時を越える蓮根
キャラクターノベル(グループ)制作 赤坂納品 2021年12月03日 10時53分44秒
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御者の中には、お喋り好きの者がいた。
馬車を走らせる長い移動時間の最中、とにかく喋り続けるので人によっては嫌われるが、当人はそれを退屈な道中における貴重な娯楽としている。そういう手合いは、決まって馬の手綱を握る時間に飽き飽きした頃に喋り出した。
「リザードマンてぇのは、人手不足なんだろうなァ!」
御者の男は、二頭立ての馬車を操りながら唐突に告げた。独り言にしては声が大きいので、自分に話しかけているのだろうとハリスは思った。
二頭の馬が引くものは、見上げるほどの巨大な屋形であった。その内部には所狭しと作物が積み込まれている。戦乱の時代を終えて久しいとは言え、未だ絶える事のない孤児達を支援するための食糧であった。
ハリスの姿は、その屋形の中にあった。ディズル大湿地帯の食を支える“ターミル族”の糧守として、今回の輸送の護衛に就いているというわけだ。
「お前さんみてぇなガキが駆り出されるとはな。もうちょい、ヒトを育てた方がいいんじゃねぇか? それとも、子供が足んねぇってんなら、若い連中がもっと頑張んねぇとな。ハハハ!」
ハリスは、その話を楽しいとは思わなかった。要するにこの男は、若干十一歳の子供を護衛につけるターミル族を軽んじたのだ。
「私への侮辱は許しますが、我らがターミルへの侮辱はお控え下さい」
年不相応ともいえる冷静さで、ハリスはそのように返した。
男は、これを受けて大声で笑う。
「あんた、里が大好きなんだな! いやぁ、悪かった。だがな、おれァターミルを侮っちゃいねぇよ」
「ふむ?」
「おれは馬を操るしか能がねぇが、王国商人の下で何年も荷を運んでんだ。そのうちに、テメェが運ぶ荷の価値ぐらいは分かるようになったのさ」
そう告げた男は、屋形を振り返ると大量の作物に視線を向ける。
「丹精込めて育てられた、良い作物だぁ。けちな盗賊なんぞに奪われたんじゃたまらねぇ。おれだったら護衛に騎士隊をつけるね!」
これを聞いたハリスは、側にあった蓮根をひとつ手に取り、男に放った。浮遊農場を活用するターミルだが、蓮根は沼地の特性を利用して栽培できる。リザードマンにとって、親しみやすい食材の一つであった。
「追加の報酬です。今の時期はちょうど甘味が強い蓮根が採れるのですよ」
そう告げるハリスの心からは、先ほどまでの嫌悪感は消え去っていた。
「おお、確かに良い蓮根だ。さっそく今夜の」
男の声が突然途切れた。
硬いモノが砕ける音がした。
おや、と思ったハリスが視線を向けると、御者台の男は頭部を喪失し、断面が露わになった首から血液を噴出させていた。
男の体が倒れると共に、屋形が前に傾いた。御者台の向こう側に、血みどろの馬が二頭倒れていた。
ざあ、と作物が転がる。ハリスは弾かれたように屋形から飛び出て、剣を抜いた。
(これは)
そうしてハリスは、全てを理解する。
(この、禍々しい姿……これが話に聞いていた……)
剣を構えたハリスの眼前には、爬虫類とも鳥類とも、魚類とも人類ともつかぬ姿をした、巨大で禍々しい怪物が佇んでいた。
その口元に何かを含んでいるらしく、がりがりと、ごりごりと、硬いモノを噛み砕く音が響いてくる。
「クリーパー!」
混沌より出でし者。神々の敵対者。遥か昔に姿を現し、神代を終わらせた怪物。
ソレは神出鬼没で、何処かから突然現れ、周囲のエーテルを根こそぎ貪る。存在するだけで世界に甚大な負債を与える、極めて危険な存在であった。
驚愕するハリスだったが、クリーパーの次の行動を目にした瞬間、思考が空白になる。
あろうことかクリーパーは、ハリスには目もくれずに屋形に手を伸ばしたのだ。
生者であるハリスはそれなりのエーテルを持つ。だが、クリーパーは自分を無視して屋形に狙いを定めた。
明らかに、食材を目当てとする動きであった。
「ターミルの糧をぉおおおおおお!!」
怒号と共に、ハリスはクリーパーの巨躯に突貫する。
●
作物を扱う関係上、ハリスは調理方法についても多少の知識を得ていた。
文化によって様々な調理方法が編み出されているが、シャルガネに“モチツキ”なる調理方法があることを、ハリスは朦朧とした意識の中で思い出す。
巨槌の如き拳が振り下ろされる。
それがもう何往復目であるか、ハリスには分からなかった。既に動かない肉体は、クリーパーからの暴力を享受するだけの肉袋と化している。
その内にクリーパーはハリスへの興味を失い、馬車の屋形を振り返った。どうやら本当に、中の作物が目当てであるらしい。
こつん、と。
クリーパーの背に小石が当たる。
振り向いたクリーパーの瞳には、起き上がり、自分を睨むハリスの姿が映った。ハリスが小石を再び投げると、それはクリーパーの腹にぶつかって地面を転がった。
「ター……糧は……さな……わたし……ぼくは……」
ハリスの生命は風前の灯火にあったが、その瞳は未だ煌々とした光を放つ。
それは、ハリスという男が既にどうしようもなく完成されてしまっていた事を意味していた。
「ぼぐっ……は……ターミルの、ハリス……だ」
クリーパーの足がハリスに向く。次の瞬間ハリスに齎されるのは致命的な結末だろう。
だが、その時は訪れなかった。
微かな茂みのざわめきの直後、クリーパーの眉間に矢が突き立った。
クリーパーが怒りの咆哮をあげる中、ハリスは確かに背後から囁かれた男性の低い声を聞いた。
「その獲物、頂戴します」
●
「十年以上昔の人探しとは、まったく妙な仕事を請けちまったもんだねぇ」
ルチル・プルメリア・グレイハーツはヤレと溜め息を吐いた。
彼女の姿は、沼地にあった。友から請けた依頼のため、ディズル大湿地帯を訪れていたのだ。
「十年ほど前、この辺りで活動していた男の弓使い……。いくら助けられたからって、十年も昔の恩を返そうって言うんだから、呆れた律儀さだよ」
ルチルはぼやきながらも、依頼者の話を想起する。十年ほど昔、依頼者はこの辺りに出現したクリーパーと刃を交えた。そこに助太刀をしたのが謎の男の弓使いであるという。
そこで、ルチルは自分にも似た経験がある事を思い出した。当時自分はこの辺りを“狩り場”にしており、弾みで他人を助ける事もあった。
「あの時は、確か――」
●
クリーパーは矢の発射地点である茂みに当たりをつけると、大顎を開いてカメレオンのように舌を伸ばした。鞭の如くしなるそれは茂みを薙ぎ払うが、射手と思しい者の姿は影も形もない。
(馬鹿だな。射手は常に移動するものだ。お前、ヒトと戦った経験はないな)
音もなく物陰の裏を移動しながら、リザードマンの少女は冷徹に敵を分析する。明らかに破壊力が高く間合いも広いが、狡猾さはない。
(なら勝てる。見ていてくれ、“フィラム”の師父。一人でもこの程度のクリーパーなら倒せるぞ)
少女は心の中で独り言ちると、全身にエーテルの燐光を帯びた。それは、彼女が授恵者である事を意味するものだ。
少女は、影の如く走る。足音を消す独特の足運びで戦場を駆け、クリーパーに位置を悟らせなかった。
時折足を止め、矢を射った。複数本の矢を番えて、僅かな予備動作でそれを射れば、トトト、という軽い音と共にクリーパーの体に矢が生える。
これによりクリーパーは、前面に矢を受けたかと思えば、次の瞬間には背面に矢を受ける事になり、大いに混乱させられた。
御者の中には、お喋り好きの者がいた。
馬車を走らせる長い移動時間の最中、とにかく喋り続けるので人によっては嫌われるが、当人はそれを退屈な道中における貴重な娯楽としている。そういう手合いは、決まって馬の手綱を握る時間に飽き飽きした頃に喋り出した。
「リザードマンてぇのは、人手不足なんだろうなァ!」
御者の男は、二頭立ての馬車を操りながら唐突に告げた。独り言にしては声が大きいので、自分に話しかけているのだろうとハリスは思った。
二頭の馬が引くものは、見上げるほどの巨大な屋形であった。その内部には所狭しと作物が積み込まれている。戦乱の時代を終えて久しいとは言え、未だ絶える事のない孤児達を支援するための食糧であった。
ハリスの姿は、その屋形の中にあった。ディズル大湿地帯の食を支える“ターミル族”の糧守として、今回の輸送の護衛に就いているというわけだ。
「お前さんみてぇなガキが駆り出されるとはな。もうちょい、ヒトを育てた方がいいんじゃねぇか? それとも、子供が足んねぇってんなら、若い連中がもっと頑張んねぇとな。ハハハ!」
ハリスは、その話を楽しいとは思わなかった。要するにこの男は、若干十一歳の子供を護衛につけるターミル族を軽んじたのだ。
「私への侮辱は許しますが、我らがターミルへの侮辱はお控え下さい」
年不相応ともいえる冷静さで、ハリスはそのように返した。
男は、これを受けて大声で笑う。
「あんた、里が大好きなんだな! いやぁ、悪かった。だがな、おれァターミルを侮っちゃいねぇよ」
「ふむ?」
「おれは馬を操るしか能がねぇが、王国商人の下で何年も荷を運んでんだ。そのうちに、テメェが運ぶ荷の価値ぐらいは分かるようになったのさ」
そう告げた男は、屋形を振り返ると大量の作物に視線を向ける。
「丹精込めて育てられた、良い作物だぁ。けちな盗賊なんぞに奪われたんじゃたまらねぇ。おれだったら護衛に騎士隊をつけるね!」
これを聞いたハリスは、側にあった蓮根をひとつ手に取り、男に放った。浮遊農場を活用するターミルだが、蓮根は沼地の特性を利用して栽培できる。リザードマンにとって、親しみやすい食材の一つであった。
「追加の報酬です。今の時期はちょうど甘味が強い蓮根が採れるのですよ」
そう告げるハリスの心からは、先ほどまでの嫌悪感は消え去っていた。
「おお、確かに良い蓮根だ。さっそく今夜の」
男の声が突然途切れた。
硬いモノが砕ける音がした。
おや、と思ったハリスが視線を向けると、御者台の男は頭部を喪失し、断面が露わになった首から血液を噴出させていた。
男の体が倒れると共に、屋形が前に傾いた。御者台の向こう側に、血みどろの馬が二頭倒れていた。
ざあ、と作物が転がる。ハリスは弾かれたように屋形から飛び出て、剣を抜いた。
(これは)
そうしてハリスは、全てを理解する。
(この、禍々しい姿……これが話に聞いていた……)
剣を構えたハリスの眼前には、爬虫類とも鳥類とも、魚類とも人類ともつかぬ姿をした、巨大で禍々しい怪物が佇んでいた。
その口元に何かを含んでいるらしく、がりがりと、ごりごりと、硬いモノを噛み砕く音が響いてくる。
「クリーパー!」
混沌より出でし者。神々の敵対者。遥か昔に姿を現し、神代を終わらせた怪物。
ソレは神出鬼没で、何処かから突然現れ、周囲のエーテルを根こそぎ貪る。存在するだけで世界に甚大な負債を与える、極めて危険な存在であった。
驚愕するハリスだったが、クリーパーの次の行動を目にした瞬間、思考が空白になる。
あろうことかクリーパーは、ハリスには目もくれずに屋形に手を伸ばしたのだ。
生者であるハリスはそれなりのエーテルを持つ。だが、クリーパーは自分を無視して屋形に狙いを定めた。
明らかに、食材を目当てとする動きであった。
「ターミルの糧をぉおおおおおお!!」
怒号と共に、ハリスはクリーパーの巨躯に突貫する。
●
作物を扱う関係上、ハリスは調理方法についても多少の知識を得ていた。
文化によって様々な調理方法が編み出されているが、シャルガネに“モチツキ”なる調理方法があることを、ハリスは朦朧とした意識の中で思い出す。
巨槌の如き拳が振り下ろされる。
それがもう何往復目であるか、ハリスには分からなかった。既に動かない肉体は、クリーパーからの暴力を享受するだけの肉袋と化している。
その内にクリーパーはハリスへの興味を失い、馬車の屋形を振り返った。どうやら本当に、中の作物が目当てであるらしい。
こつん、と。
クリーパーの背に小石が当たる。
振り向いたクリーパーの瞳には、起き上がり、自分を睨むハリスの姿が映った。ハリスが小石を再び投げると、それはクリーパーの腹にぶつかって地面を転がった。
「ター……糧は……さな……わたし……ぼくは……」
ハリスの生命は風前の灯火にあったが、その瞳は未だ煌々とした光を放つ。
それは、ハリスという男が既にどうしようもなく完成されてしまっていた事を意味していた。
「ぼぐっ……は……ターミルの、ハリス……だ」
クリーパーの足がハリスに向く。次の瞬間ハリスに齎されるのは致命的な結末だろう。
だが、その時は訪れなかった。
微かな茂みのざわめきの直後、クリーパーの眉間に矢が突き立った。
クリーパーが怒りの咆哮をあげる中、ハリスは確かに背後から囁かれた男性の低い声を聞いた。
「その獲物、頂戴します」
●
「十年以上昔の人探しとは、まったく妙な仕事を請けちまったもんだねぇ」
ルチル・プルメリア・グレイハーツはヤレと溜め息を吐いた。
彼女の姿は、沼地にあった。友から請けた依頼のため、ディズル大湿地帯を訪れていたのだ。
「十年ほど前、この辺りで活動していた男の弓使い……。いくら助けられたからって、十年も昔の恩を返そうって言うんだから、呆れた律儀さだよ」
ルチルはぼやきながらも、依頼者の話を想起する。十年ほど昔、依頼者はこの辺りに出現したクリーパーと刃を交えた。そこに助太刀をしたのが謎の男の弓使いであるという。
そこで、ルチルは自分にも似た経験がある事を思い出した。当時自分はこの辺りを“狩り場”にしており、弾みで他人を助ける事もあった。
「あの時は、確か――」
●
クリーパーは矢の発射地点である茂みに当たりをつけると、大顎を開いてカメレオンのように舌を伸ばした。鞭の如くしなるそれは茂みを薙ぎ払うが、射手と思しい者の姿は影も形もない。
(馬鹿だな。射手は常に移動するものだ。お前、ヒトと戦った経験はないな)
音もなく物陰の裏を移動しながら、リザードマンの少女は冷徹に敵を分析する。明らかに破壊力が高く間合いも広いが、狡猾さはない。
(なら勝てる。見ていてくれ、“フィラム”の師父。一人でもこの程度のクリーパーなら倒せるぞ)
少女は心の中で独り言ちると、全身にエーテルの燐光を帯びた。それは、彼女が授恵者である事を意味するものだ。
少女は、影の如く走る。足音を消す独特の足運びで戦場を駆け、クリーパーに位置を悟らせなかった。
時折足を止め、矢を射った。複数本の矢を番えて、僅かな予備動作でそれを射れば、トトト、という軽い音と共にクリーパーの体に矢が生える。
これによりクリーパーは、前面に矢を受けたかと思えば、次の瞬間には背面に矢を受ける事になり、大いに混乱させられた。