百年を願う音の花

キャラクターノベル制作 伊治納品 2021年11月17日 12時13分06秒

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 終わりに向かうアベリアの花が微かに揺れている。
 この花は蜂に気を付ける必要はあるが、開花時期が長期的である点からカペル領内の街々にも多く植えられている。その季節だけに顔を表す花とは異なり、所謂『常連さん』と親しまれる花の一つだ。
「変わらず愛でていられるのは嬉しいことだね」
 そう思わないかな?
 シルヴィア・A・カペルの視線は、艶めいたフィドルへと向けられる。
 このフィドルが産声を上げた季節は今より少し遡るが、その時もアベリアら『常連さん』は咲き誇っていた。

 そう、このフィドルと出会った季節は――

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 シルヴィアにとって、そのフィドルは特別だった。
 何故なら、それは自分の意思で選んだフィドルだったからだ。
 カペル家の令嬢であるシルヴィアは生まれた時から侯爵家の人間としての責任を持っている。その責任は、時として自らの意思を縛る。選択肢を奪う。
 舞踏会のドレス、装飾品、扇やバッグといった小物といった貴族の装いに必要なものだけでなく、身の回りを世話をする使用人、己の考えを形にすることさえ影響を与えてしまう場合がある。
 シルヴィアはカペル家が始まりの百家に連なるという意味合いを聞かされて育った為、意味合いは理解していた。
 けれど、たった一年だけ放浪の旅をしていた時だけ、シルヴィアはただのシルヴィアだった。そして、自分の意思で選んだフィドルを手にしたからこそ、今がある。
 そのフィドルは、既に音を奏でることはできない。壊れたとも言う。まだ子どもで、貴族の姫でも何でもないシルヴィアが買える程度のフィドルとしては長く扱えた方らしい。
 新しいものを、とは思うのだけど――
(今 の 私(侯爵令嬢)では、迂闊に選べないな)
 家族のように思う領民にとって、いつだって、シルヴィアはギルドの冒険者ではなく、咲き誇る薔薇色の侯爵令嬢なのだ。
 楽器のことで悶々としている内にラベンダー薫る芸術祭の日を迎え、シルヴィアはあくまで一般参加者(ただの冒険者)として参加者用のフィドルを借り、ペアを組んだ冒険者と共にステージへと立った。
 ペアを組んだ冒険者共々満足のいく演奏をしたし、他の冒険者の演奏も楽しめた。
 でも、とシルヴィアは思う。
 この楽器は、相棒ではない。

 相棒となる楽器を選ぶこと、それは貴族としての責任も伴う。

 まず、カペル領外の工房は選ばない方がいい。
 王国内の文化と芸術の拠点とされるカペル領のものを選ばないこと、即ちその力が至っていないことをシルヴィアが示すことになってしまう。
 では、カペル領内の工房はどうかというと、これはこれで問題がある。
 領内には楽器を扱う工房も多いが、それだけに慎重にならないといけない。侯爵家に選んでもらった栄誉と引き換えに失うものだってあるかもしれない。
 ままならない――そんな状態のシルヴィアへある提案がなされた。
 それは、領内の工房視察。

 侯爵令嬢としての公務であった。

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 ヒマワリが一夏の敬慕を捧げ終わったこの季節は、次の花の隙間の季節。『常連さん』だけが風に揺れて世間話をしている季節だ。
(確かに、次の葡萄踏みには楽隊も必要だしね)
 シルヴィアは、『青薔薇』マイスター、アーカネラ・ユルヴェウスの提案を思い浮かべる。
 アーカネラ推薦のダール工房という工房はフィドル工房だった。
 民と共にある音楽を奏でるフィドルは基本ソロで行うもので、領内の葡萄踏みの際にフィドルを奏でられるのは腕だけでなく葡萄を踏む領内の娘達の様子を見ながら合わせる即興性や柔軟性も求められる為、特に領民に慕われている奏者という認識を持つ者もカペルの領民の中にはいる。
 その為、フィドル工房の視察自体は珍しくないが――
(口に出していなかったのだけどね)
 シルヴィアはまだまだ修行が足りないと笑みを零してから、工房に立ち入る。
 事前に通達がされているのもあり、工房内は職人が勢揃いしていた。
「これは、見事なものだね」
「恐れ入ります」
 工房を統括する親方が代表し、シルヴィアへ頭を下げる。
 工房の中において白と青を基調とした白影の外套は溶け込まない色彩であったが、それ故に鮮烈な白い光のようでもあった。
 見習いが修行として既製品を作る一画を案内された後は顧客の要望に応じて作るエリアへと案内された。
 こちらは職人が個室を持っているらしく、依頼主の為の一品を作るのだそうだ。
「後ほど応接間にも案内します」
 基本、職人と依頼主のやり取りは応接間で行うのだという。
 理由として、工房の個室は職人の聖域であり、発注しているから、悪気はないなどと言って、職人にとっては侮辱甚だしい行為をする者も過去にいた為で、マナーも守れない無礼者にさせないよう一律の対応をしているのだとか。
「といっても、最近の話です。ヴェルクリエから戻ってきた私の息子の提案によります」
 親方の息子はヴェルクリエの工房にいたらしいが、帝国崩壊後故郷に戻ってきたのだという。
 ヴェルクリエでの経験からそうした提案をした所、過去に面白くない経験をした職人達が諸手を挙げて賛成し、こういう形になったのだとか。
「セテス!」
 親方が呼ぶと、工房の個室からお館によく似た顔が出てきた。
 職人としてはまだ若いが、それでもシルヴィアより五歳は年上だろう。
「親方、どうかしました?」
「シルヴィア様が視察に来られると言っていただろう」
 セテスと呼ばれた職人は親方の言葉を反芻すると、シルヴィアを見た。
「シルヴィア、様……」
「はじめま……」
 言葉は最後まで言えなかった。
 物凄い勢いで個室に引っ込んだその職人はフィドルを持って戻って来たかと思うと、陽気なメロディを奏で始めたからだ。
「申し訳ございません。ヴェルクリエに戻ってから、感極まるとあのように」
 全てのヴェルクリエの者がそうではないことなど冒険者のシルヴィアは改めてフォローされる必要もないが、そういう周囲だったらしい彼、見事に染まって帰って来たそうだ。
「気にしないでいい。それに、音域がかなり豊かだ。特に高音は澄み渡った空を思い出す」
 シルヴィアの誉め言葉に、セテス職人は奏でまくった。
 そうして、奏でまくった後で、彼はシルヴィアに言い切った。
「恐縮です。自分はまだまだ未熟ですが、候爵家に選ばれる程の良い職人になりたい。そして、その音色を百年先にまで届けられるようになりたいと思っています」
 己を真っ向から見据えるその眼は職人としての情熱が宿り、形にした言葉には気迫が感じられた。
 何より、百年先にまで音色を届けたいという信念が――気に入った。
「では、ある冒険者の依頼を請けてほしいのだけど、いいかな」
 それは、侯 爵 令 嬢(ただのシルヴィア)としての立場ではない依頼。
 彼ならば――私でさえも道の途中としてくれるだろう。
 答え代わりの演奏を聴きながら、シルヴィアは湖の瞳を静かに細めた。

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 季節は巡り、フィドルは産声を上げた。
 葡萄踏みも終わった今の季節はあの時と同じ隙間の季節。『常連さん』が世間話をしている。あの時と違うのは、アベリアの花がもうすぐ次の季節まで眠ること。
 シルヴィアはフィドルをそっと撫でた。
 このフィドルにはシルヴィアが愛するカペルがある。
「共に奏でよう。百年先まで届くように」

 初めて奏でた音色は、もうすぐ眠るアベリアにとっては子守歌。
 『常連さん』たちだけが、初めての音色を聴く栄誉を賜っている。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0