指先の試練
キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年11月04日 10時51分25秒
●
夕闇が迫る薄暗い室内。
硬いベッドの上で、ヴァン・ローラントは漫然と木張りの天井を眺めていた。
今から二時間程前、リーンエス王国北部の町ホークヤードに所在地を置くローラント探偵事務所に、ホークヤード警備隊の捜査担当デリック・エズモンドが渋い表情で姿を現した。
デリックは数名の部下を引き連れており、小さな吐息を漏らしながら応対に出たヴァンに告げた。
「警備隊詰所まで来てほしい。アンタが殺人を働いた、という通報があったんだ」
何のことかと小首を傾げるヴァン。
デリックもヴァンが潔白だと信じている様で、その面には幾分の申し訳無さそうな色が滲んでいる。だが彼は警備隊員だ。個人的な感情で任務に支障をきたす訳にはいかない。
「昨晩遅くに、ホークヤード公会堂横の路地で男性が殺害された。アリバイはあるか?」
「いや……無いですね」
その時間帯はこの探偵事務所で遅めの夕食を取っていた。
どこかの料理屋にでも行っていればアリバイ成立なのだが、間の悪いことに、昨晩に限っては近所のパン屋で買ってきたサンドイッチを齧りながら、この事務所内でひとり、書類の整理に時間を費やしていた。
当然ながらデリックが語る殺人事件には全く心当たりなど無かったが、デリックの立場を慮り、ここは大人しく連行されてやろうと腹を括った。
「では行くぞ。暴れたりしたら、叩きのめしてやるからな」
強面の警備隊員が乱暴な手つきでヴァンの腕を取った。後で知ったことだが、件の殺人事件現場に最初に駆けつけたのが、この強面の警備隊員らしい。彼はドワーフであるヴァンに妙な敵意を剥き出しにしていた。
「ふん、所詮はドワーフだな。真っ当な奴なんて居る筈も無い」
強面の警備隊員はヴァンを連行する間、偏見に満ちた視線を上から叩きつけていた。彼は頭の中で、ヴァンが犯人だと決めつけているらしい。
いつもならデリックが無礼な物いいはやめろと一喝するところだろうが、現在のヴァンは第一容疑者だ。流石のデリックも助け船を出すことが出来なかった。
(まぁ良いさ……さっさと片付けて帰ろう)
しかしヴァン自身にはいささかの焦燥も怒りの念も生じなかった。
彼は探偵――その頭脳はいつでも冷静そのものであった。
●
ヴァンが通されたのは取調室隣りの留置室。
薄板一枚で区切られている為か、隣室の声はほぼ筒抜けになる様だ。他にも留置室はあるのだが、何故ヴァンはこの部屋に通されたのか。
その理由は何となく理解出来た。デリックだ。隣室で行う聴取をヴァンに盗み聞きさせ、真相を解明させようという魂胆なのだろう。
この無言の協力は確かに有り難かったが、その一方で、そこまでしなくても、と内心で苦笑を禁じ得ない。
更にこの留置室の粗末な簡易ベッド下には、今回の事件の概要を記した文書が差し込まれていた。これも恐らくはデリックの仕業だろう。そうまでして仕事をさせたいのか――此処まで来ると、却って呆れた。
すると隣室にひとの気配が。一方はデリックだとすぐに察しが付いたが、もう一方は余り馴染みの無い人物だった。その人物は、イーサン・クレイトンと名乗った。
「えぇ、殺したのは間違い無く、あのドワーフですよ。俺が見ている前で被害者を刺し殺しました。この目で見たんですからね、もう絶対あいつが犯人ですよ」
イーサンなる若い声の男性は自信満々に、そういい切った。
「被害者のジェフリー・ドレイクとは知り合いか何かかね?」
「いや、全然。でも俺は見たんですよ。あのドワーフ野郎が犯人さ」
問いかけるデリックに、イーサンは嘲笑を返した。声音だけで何となく底意地の悪そうな人相が想像出来る様な響きを湛えていた。
イーサンなる自称目撃者の証言を聞きながら、ヴァンは手燭を傍に引き寄せ、被害者の発見時の状況を何度も読み返した。
実にお粗末な証言だった。検視結果とはまるで相容れない証言を、イーサンはこれが真実だとばかりに並べ立てる。この矛盾に満ちた証言をデリックは黙って聞き続けた。ペン先が走る音から、恐らくメモを取っているのだろう。
イーサン自身は知らないだろうが、デリックが差し込んだ捜査資料には、イーサンが被害者の娘に惚れ込んでいる旨が記されていた。
だがそんなことより、ヴァンは被害者ジェフリーの検視結果がどうにも気になった。
(刺殺なのは間違い無さそうだが、靴の片方が見つかっていないのは何故だ?)
恐らくはこれが事件を解く鍵になりそうだ。聴取の後にでも、デリックに探して貰うことにした。
●
次いで取調室に通されてきたのは、年若い娘だった。彼女の名はアビゲイル・ドレイク。殺されたジェフリーの娘だった。
デリックは最近、ジェフリー周辺で変わったことや、彼を恨む様な人物が居なかったかと訊いたが、アビゲイルは要領を得ない答えを口にするばかりだ。
「別に父さんが死んだからって、あたしの生活に何か困ることがあるって訳でもないし」
「随分な発言だな。君のお父上だぞ?」
若干の怒気が含まれているデリックの声。しかしアビゲイルはふふんと鼻を鳴らした。
「実の娘の素行調査を赤の他人に任せる様な奴だよ。何が父親さ。自分の娘を信じず、どこの馬の骨とも知れない奴のいうことは素直に聞いたりしてさ」
成程――ここで漸く、ヴァンは合点がいった。ジェフリー・ドレイクという名に聞き覚えがあったのだが、彼は数カ月前、ヴァンにひとり娘アビゲイルの素行調査を依頼した人物だった。
アビゲイルは奔放で遊び好きだが、時折ストーカーに付きまとわれることもあった。そのストーカーが、あのイーサンだった。
後で聞いた話だが、ジェフリーは素行調査の件をアビゲイルに打ち明けたらしい。馬鹿なことを、とも思ったが、それがジェフリーなりの娘に対する誠意だったのかも知れない。
イーサンがヴァンに濡れ衣を着せようとしているのも、アビゲイルの父への嫌悪感と、素行調査を請け負ったヴァンへの怒りをイーサンなりに消化した結果なのだろう。
ヴァンは薄板の隙間から隣室をそっと覗き見た。そしてアビゲイルの耳元に注目した。ある事実に気付いたからだ。
(読み通りなら、恐らく現場はあそこだな)
捜査資料、イーサンの証言、そしてアビゲイルの聴取内容から、ヴァンは確信を持って真の殺害現場を割り出していた。
アビゲイルからの聴取を終えたデリックは、ヴァンの留置室の扉を押し開き、幾分疲れた顔を見せた。
「で、どうだった?」
「大体のところは分かりました。手間をかけて申し訳ありませんが、ホークヤード公会堂の屋上を調べて来て貰えませんか」
そこが殺害現場だ、とヴァンはいい切った。
但しひとつだけ、どうしても分からないことがある。それは、動機だ。一体何が、犯人をジェフリー殺害へと駆り立てたのか。
そこだけがどうにも引っかかった。
●
翌日、取調室にはイーサンとアビゲイルがふたり同時に通された。
この日もヴァンは板壁の隙間から隣室をそっと覗き、デリックの手腕を見学することにした。
警備隊側はデリックの他に、ヴァンを酷く毛嫌いしていた強面の警備隊員。デリック以外の三人が、ヴァンの有罪確定を期待している素振りだった。
デリックは事前にヴァンからいい含められた通り、懐から幾つかの品を取り出して卓上に並べた。
最初にアビゲイルの顔が青ざめ、次いでイーサンと強面の警備隊員の表情が驚愕へと変じる。
卓上の品々は、いずれもホークヤード公会堂の屋上から発見されたものであった。
「まずこの血染めのナイフだが、刃の形状が被害者の傷と一致した。そしてこの靴だがね、これも屋上の隅っこに転がっていた。つまりドレイク氏は公会堂屋上で殺害された後、横合いの路地に落とされたって訳だ」
事実、ジェフリーの遺体はほぼ全身の骨が砕けていた。
ヴァンが路上でジェフリーを刺殺したというイーサンの証言では、どう考えてもジェフリーの全身の骨が砕ける筈が無い。この矛盾点を突かれ、イーサンはすっかり色を失っていた。
「君は偽証で捜査を妨害した。然るべき措置を取らせて貰うよ」
デリックの断固たる声に、イーサンは全身で小刻みに震えていた。警備隊の捜査能力を甘く見るな、とデリックは無言の怒りを叩きつけている様にも見えた。
次いでデリックは最後の品、即ちイヤリングを摘まんでアビゲイルの顔前に突き付けた。アビゲイルの左の耳たぶには同じ品がぶら下がっている。だが右の耳たぶには小さな傷跡が残っているだけで、イヤリングなど影も形も無い。
「調べてみたんだが、このイヤリングは手作りの品だ。つまり同じものはふたつと無い。その片方が、殺害現場に落ちていた……これがどういうことか、分かるね?」
デリックは、アビゲイルが真犯人だと断定した。
最初のうちは驚愕に凝り固まっていたアビゲイルだが、デリックに証拠を突きつけられ、最早いい逃れも出来ないと悟ったのか、まるで開き直った様に甲高い笑い声を室内に響かせた。
「もしかして、それもあの探偵の入れ知恵かい? はっ、そうだよ。ご名答だよ。父さんを殺したのは、このあたしだよ。それが何だってんだい?」
すると今度は、強面の警備隊員とイーサンが驚きの色を湛えて、アビゲイルをじっと凝視した。彼女が犯人だとは全く思っても見なかったらしい。
しかしデリックは冷静そのものだ。事前にヴァンから推理を聞いており、真相について知ったところで、今更驚く要素は無かったのである。
「ひとつだけ教えて欲しい……動機は何だ?」
「ふふん、テストだよ……あたしがメドゥの指先に入信するのに相応しいか、のね」
これには流石のデリックも言葉を失った。
まさか、こんなところで世間を騒がせるテロリスト集団の名を聞かされることになろうとは。
身の潔白を証明した格好のヴァンも、これは完全に予想外だった。
夕闇が迫る薄暗い室内。
硬いベッドの上で、ヴァン・ローラントは漫然と木張りの天井を眺めていた。
今から二時間程前、リーンエス王国北部の町ホークヤードに所在地を置くローラント探偵事務所に、ホークヤード警備隊の捜査担当デリック・エズモンドが渋い表情で姿を現した。
デリックは数名の部下を引き連れており、小さな吐息を漏らしながら応対に出たヴァンに告げた。
「警備隊詰所まで来てほしい。アンタが殺人を働いた、という通報があったんだ」
何のことかと小首を傾げるヴァン。
デリックもヴァンが潔白だと信じている様で、その面には幾分の申し訳無さそうな色が滲んでいる。だが彼は警備隊員だ。個人的な感情で任務に支障をきたす訳にはいかない。
「昨晩遅くに、ホークヤード公会堂横の路地で男性が殺害された。アリバイはあるか?」
「いや……無いですね」
その時間帯はこの探偵事務所で遅めの夕食を取っていた。
どこかの料理屋にでも行っていればアリバイ成立なのだが、間の悪いことに、昨晩に限っては近所のパン屋で買ってきたサンドイッチを齧りながら、この事務所内でひとり、書類の整理に時間を費やしていた。
当然ながらデリックが語る殺人事件には全く心当たりなど無かったが、デリックの立場を慮り、ここは大人しく連行されてやろうと腹を括った。
「では行くぞ。暴れたりしたら、叩きのめしてやるからな」
強面の警備隊員が乱暴な手つきでヴァンの腕を取った。後で知ったことだが、件の殺人事件現場に最初に駆けつけたのが、この強面の警備隊員らしい。彼はドワーフであるヴァンに妙な敵意を剥き出しにしていた。
「ふん、所詮はドワーフだな。真っ当な奴なんて居る筈も無い」
強面の警備隊員はヴァンを連行する間、偏見に満ちた視線を上から叩きつけていた。彼は頭の中で、ヴァンが犯人だと決めつけているらしい。
いつもならデリックが無礼な物いいはやめろと一喝するところだろうが、現在のヴァンは第一容疑者だ。流石のデリックも助け船を出すことが出来なかった。
(まぁ良いさ……さっさと片付けて帰ろう)
しかしヴァン自身にはいささかの焦燥も怒りの念も生じなかった。
彼は探偵――その頭脳はいつでも冷静そのものであった。
●
ヴァンが通されたのは取調室隣りの留置室。
薄板一枚で区切られている為か、隣室の声はほぼ筒抜けになる様だ。他にも留置室はあるのだが、何故ヴァンはこの部屋に通されたのか。
その理由は何となく理解出来た。デリックだ。隣室で行う聴取をヴァンに盗み聞きさせ、真相を解明させようという魂胆なのだろう。
この無言の協力は確かに有り難かったが、その一方で、そこまでしなくても、と内心で苦笑を禁じ得ない。
更にこの留置室の粗末な簡易ベッド下には、今回の事件の概要を記した文書が差し込まれていた。これも恐らくはデリックの仕業だろう。そうまでして仕事をさせたいのか――此処まで来ると、却って呆れた。
すると隣室にひとの気配が。一方はデリックだとすぐに察しが付いたが、もう一方は余り馴染みの無い人物だった。その人物は、イーサン・クレイトンと名乗った。
「えぇ、殺したのは間違い無く、あのドワーフですよ。俺が見ている前で被害者を刺し殺しました。この目で見たんですからね、もう絶対あいつが犯人ですよ」
イーサンなる若い声の男性は自信満々に、そういい切った。
「被害者のジェフリー・ドレイクとは知り合いか何かかね?」
「いや、全然。でも俺は見たんですよ。あのドワーフ野郎が犯人さ」
問いかけるデリックに、イーサンは嘲笑を返した。声音だけで何となく底意地の悪そうな人相が想像出来る様な響きを湛えていた。
イーサンなる自称目撃者の証言を聞きながら、ヴァンは手燭を傍に引き寄せ、被害者の発見時の状況を何度も読み返した。
実にお粗末な証言だった。検視結果とはまるで相容れない証言を、イーサンはこれが真実だとばかりに並べ立てる。この矛盾に満ちた証言をデリックは黙って聞き続けた。ペン先が走る音から、恐らくメモを取っているのだろう。
イーサン自身は知らないだろうが、デリックが差し込んだ捜査資料には、イーサンが被害者の娘に惚れ込んでいる旨が記されていた。
だがそんなことより、ヴァンは被害者ジェフリーの検視結果がどうにも気になった。
(刺殺なのは間違い無さそうだが、靴の片方が見つかっていないのは何故だ?)
恐らくはこれが事件を解く鍵になりそうだ。聴取の後にでも、デリックに探して貰うことにした。
●
次いで取調室に通されてきたのは、年若い娘だった。彼女の名はアビゲイル・ドレイク。殺されたジェフリーの娘だった。
デリックは最近、ジェフリー周辺で変わったことや、彼を恨む様な人物が居なかったかと訊いたが、アビゲイルは要領を得ない答えを口にするばかりだ。
「別に父さんが死んだからって、あたしの生活に何か困ることがあるって訳でもないし」
「随分な発言だな。君のお父上だぞ?」
若干の怒気が含まれているデリックの声。しかしアビゲイルはふふんと鼻を鳴らした。
「実の娘の素行調査を赤の他人に任せる様な奴だよ。何が父親さ。自分の娘を信じず、どこの馬の骨とも知れない奴のいうことは素直に聞いたりしてさ」
成程――ここで漸く、ヴァンは合点がいった。ジェフリー・ドレイクという名に聞き覚えがあったのだが、彼は数カ月前、ヴァンにひとり娘アビゲイルの素行調査を依頼した人物だった。
アビゲイルは奔放で遊び好きだが、時折ストーカーに付きまとわれることもあった。そのストーカーが、あのイーサンだった。
後で聞いた話だが、ジェフリーは素行調査の件をアビゲイルに打ち明けたらしい。馬鹿なことを、とも思ったが、それがジェフリーなりの娘に対する誠意だったのかも知れない。
イーサンがヴァンに濡れ衣を着せようとしているのも、アビゲイルの父への嫌悪感と、素行調査を請け負ったヴァンへの怒りをイーサンなりに消化した結果なのだろう。
ヴァンは薄板の隙間から隣室をそっと覗き見た。そしてアビゲイルの耳元に注目した。ある事実に気付いたからだ。
(読み通りなら、恐らく現場はあそこだな)
捜査資料、イーサンの証言、そしてアビゲイルの聴取内容から、ヴァンは確信を持って真の殺害現場を割り出していた。
アビゲイルからの聴取を終えたデリックは、ヴァンの留置室の扉を押し開き、幾分疲れた顔を見せた。
「で、どうだった?」
「大体のところは分かりました。手間をかけて申し訳ありませんが、ホークヤード公会堂の屋上を調べて来て貰えませんか」
そこが殺害現場だ、とヴァンはいい切った。
但しひとつだけ、どうしても分からないことがある。それは、動機だ。一体何が、犯人をジェフリー殺害へと駆り立てたのか。
そこだけがどうにも引っかかった。
●
翌日、取調室にはイーサンとアビゲイルがふたり同時に通された。
この日もヴァンは板壁の隙間から隣室をそっと覗き、デリックの手腕を見学することにした。
警備隊側はデリックの他に、ヴァンを酷く毛嫌いしていた強面の警備隊員。デリック以外の三人が、ヴァンの有罪確定を期待している素振りだった。
デリックは事前にヴァンからいい含められた通り、懐から幾つかの品を取り出して卓上に並べた。
最初にアビゲイルの顔が青ざめ、次いでイーサンと強面の警備隊員の表情が驚愕へと変じる。
卓上の品々は、いずれもホークヤード公会堂の屋上から発見されたものであった。
「まずこの血染めのナイフだが、刃の形状が被害者の傷と一致した。そしてこの靴だがね、これも屋上の隅っこに転がっていた。つまりドレイク氏は公会堂屋上で殺害された後、横合いの路地に落とされたって訳だ」
事実、ジェフリーの遺体はほぼ全身の骨が砕けていた。
ヴァンが路上でジェフリーを刺殺したというイーサンの証言では、どう考えてもジェフリーの全身の骨が砕ける筈が無い。この矛盾点を突かれ、イーサンはすっかり色を失っていた。
「君は偽証で捜査を妨害した。然るべき措置を取らせて貰うよ」
デリックの断固たる声に、イーサンは全身で小刻みに震えていた。警備隊の捜査能力を甘く見るな、とデリックは無言の怒りを叩きつけている様にも見えた。
次いでデリックは最後の品、即ちイヤリングを摘まんでアビゲイルの顔前に突き付けた。アビゲイルの左の耳たぶには同じ品がぶら下がっている。だが右の耳たぶには小さな傷跡が残っているだけで、イヤリングなど影も形も無い。
「調べてみたんだが、このイヤリングは手作りの品だ。つまり同じものはふたつと無い。その片方が、殺害現場に落ちていた……これがどういうことか、分かるね?」
デリックは、アビゲイルが真犯人だと断定した。
最初のうちは驚愕に凝り固まっていたアビゲイルだが、デリックに証拠を突きつけられ、最早いい逃れも出来ないと悟ったのか、まるで開き直った様に甲高い笑い声を室内に響かせた。
「もしかして、それもあの探偵の入れ知恵かい? はっ、そうだよ。ご名答だよ。父さんを殺したのは、このあたしだよ。それが何だってんだい?」
すると今度は、強面の警備隊員とイーサンが驚きの色を湛えて、アビゲイルをじっと凝視した。彼女が犯人だとは全く思っても見なかったらしい。
しかしデリックは冷静そのものだ。事前にヴァンから推理を聞いており、真相について知ったところで、今更驚く要素は無かったのである。
「ひとつだけ教えて欲しい……動機は何だ?」
「ふふん、テストだよ……あたしがメドゥの指先に入信するのに相応しいか、のね」
これには流石のデリックも言葉を失った。
まさか、こんなところで世間を騒がせるテロリスト集団の名を聞かされることになろうとは。
身の潔白を証明した格好のヴァンも、これは完全に予想外だった。