ねがい
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年11月14日 11時14分43秒
「そうです。上手ですよ、ティト」
「う、うん……ありがと」
当主自慢の楽団が奏でる音楽の中、ロングスカートの悪戦苦闘しながらも懸命に踊るティトを、セロンガード・シュタインドルフは優しくリードしていく。
他の参加者に埋もれてしまわないようにと、この日のために特別に新調したドレスとスーツ。
ティトは白を基調とした清楚なドレス。所々に施された淡蒼の装飾が単調な白のドレスにアクセントを添え、大きく開いた胸元には輝く二連の大粒黒真珠がドレスを惹きたてる。
一方、セロンガードはシンプルな黒のタキシード。刺し色に赤を添えて、オーソドックスながらもセンスが光る仕上がりだった。
「足運びはもっと軽やかに。そうそう、スカートのすそにも注意を払って」
「こ、こう?」
身長差がある二人の踊りは、未来の美しい令嬢をリードする青年貴族にも見えたのか、壁際で鑑賞する貴族たちから熱い視線が注がれる。
「もっとリラックスして、パートナーに身を委ねるんです」
「パートナーに、身を委ね、る……」
決してうまいとは言えない二人のダンス。教導のような二人の舞は、その不完全さゆえに食事を楽しむ他の参加者達の眼を楽しませていた――。
●
話は前日に遡る――。
「はぁ……一体どこから嗅ぎ付けてきたのやら」
ご丁寧に封筒に施された封蝋には、以前によく見た家名の紋章が刻まれていた。
セロンガードは中身に一通り目を通した後、机の引き出しの奥へとしまい込む。
「後で燃やしておきましょう。これは今の私の領分ではありませんからね」
「領分……?」
「……ティト、いつからそこに? というか、ここは私の部屋ですし、しっかりと施錠していたはずですが」
まるで気配を感じさせず当然のようにそこに佇むティトは、閉じたばかりの机の引き出しを興味深そうにのぞき込んでいた。
「鍵が一つなのは……不用心だよ、ね?」
「そう言う文句は宿の主人に言ってもらえますか?」
自前の道具をちゃらちゃらと鳴らすティトに、セロンガードはがくりと肩を落とす。
「……そんな事より、何の、手紙? 女?」
「ティトが気にするようなものではありませんよ。ちなみに女性からのものではありません」
「ふーん……ふーん……」
「関心のない振りをしつつ、机ににじり寄ってくるのはやめなさい。本当に何でもない昔馴染みからの手紙ですから」
言いつつも軽いフットワークでセロンガードにゆさぶりをかけるティト。
ティトのフェイントをものともせず、引き出しのキープに入るセロンガード。
無言の攻防は続く――。
「とった」
「ぐっ……!」
しかし、その攻防も長くは続かず、結局、ティトの速度についてこれなくなったセロンガードの敗北で終わる。
ティトは嬉しそうに引き出しから手紙を取り出すと、セロンガードを横目にお行儀悪くも机を椅子に手紙を開いた。
「なになに……。拝啓 ノーフェイス殿……ノーフェイス?」
「あー……一時期使っていた偽名です。気にしないでください」
「……ふーん。ノーフェイスどの……」
「何度も呼ばなくて結構ですから。続きを読むならさっさと読んで返してください」
取り上げる事は諦めたのか、セロンガードは溜息をつきながらティトに続きを急かした。
一方のティトは、知らなかったセロンガードの過去に触れ、満足げに頷くと再び視線を下げる。
手紙の内容は、巧妙に隠匿されてはいるものの、わかる人間にはわかる内容であった。
少し前までのティトであればその内容を読み解けなかっただろうが、セロンガードと関わる様になってこういう事にも精通してきている。
内容はセロンガードへの秘密の依頼。とある王国貴族の秘密を暴けというものだった。
「本当に何処から嗅ぎ付けてきたのか……迷惑千万とはこの事ですね」
「……断る、の?」
「ええ、ギルドの正式な依頼以外は受けませんよ」
「……なんで?」
「なんでって……過去はどうあれ、今の私は冒険者ですからね。こういう依頼はどんな危険が待っているか知れたものではない」
「……なん、で?」
「……えっと、ティトさん、聞いてました?」
膝の上に手紙を丁寧に畳んで置き、何度も首をかしげるティトに、セロンガードは不穏な空気を感じる。
「……何を期待しているのかわかりませんが、受けませんからね?」
不思議そうに見つめてくるティトに、セロンガードは手紙を返してと手を伸ばした。
その手を素早く取り胸元へ抱き寄せたティトは、セロンガードの瞳をじっと見上げる。
「ぼく……行きたいな」
「ティト、これは遊びではないのです。それに条件が合わない」
「それは……相手がいないから、でしょ?」
「……そうですね、この話はペアでなければいけませんから」
普通の女性よりも体温の高いティトの胸に抱かれ、腕は熱を帯びてくる。
ここは宿の一室。このままもう片方の手をティトの背に回して――。
「……じゃ、決まり、だね。丁度ペアに、なった、よ」
セロンガードが自らの理性と野生を戦わせている間に、ティトの中ですでに決定事項になったのか、満面の笑みでセロンガードの手に自分のそれを絡めてくる。
「……ティト、その献身は大変ありがたいのですが、危険なことには変わりがありませんし、仮に私と貴方が組んだとすると、それは周りから見れば親子―――――いでででっっ!!!」
ティトが笑顔のままセロンガードの手を捻り上げた。
「……ね?」
「……はぁ、わかりました。ただし危ない事はしないと約束できますか?」
「……………もち、ろん?」
「そのながーい間と疑問符がとても気になりますが……やると決めたからには徹底してやりますよ。いいですか?」
「う、うん……」
途端に仕事の顔になったセロンガードに、ティトは神妙に頷く。
「では貴方は今この瞬間から貴族令嬢です」
「貴族、令嬢……!」
「浮かれている場合ではありませんよ。礼儀作法、言葉遣い、貴族らしい所作から笑い方一つまで、覚えてもらう事は沢山あります」
「う……」
「止めるなら今の内です」
「……やる! やりた、い!」
「そうですか……わかりました。では、ビシバシ行きます」
「は、はいっ……!」
セロンガードの教師然とした仕草に、ティトは机に腰かけたまま、ビシッと背を伸ばした。
●
楽隊の音楽が鳴りやみ、歓談の時間へと移行した。
セロンガードは次々と挨拶に訪れる王国貴族の令嬢の相手に談笑を繰り広げる。
その仕草や話し方はまるで、本物の貴族のようであった。
「何にか飲み物でも取って来ましょうか?」
「……ワイン」
「ぶどうジュースですね。少し待っていてください」
セロンガードが給仕にドリンクを注文に行く。いつもならここで二人のお約束があるのだが、今のティトにその元気はなかった。
「――どうぞ」
「ありが、と……」
「ティト、大丈夫ですか……?」
「足、痛い……手が、痛い……腰も、痛い……全部……痛い」
「ええ、そうでしょうね。まったく、だからやめておけばいいものを……」
ティトは差し出されたグラスを受け取ると、ちびりと口を付ける。
本当はぐびっと一気にいきたい所だけど、ここは社交界。そんなはしたない恰好は見せられない。
「――これが終わればまたダンスの時間です。始まりと同時に抜けますよ」
グラスを傾けていたらセロンガードが小さく囁きかけて来た。
ティトはこくりと頷くと残りのぶどうジュースをゆっくりと飲みほした――。