ロモズ歩兵団遊兵9番隊副長新任歓迎会
キャラクターノベル(グループ)制作 革酎納品 2021年10月25日 11時47分03秒
●
秋の夜長のカルケルーア・ロモズは、少しばかり寒い。
しかしながら、新築の共用食堂一階は外の寒気とは裏腹に、汗をかく程の熱気に包まれていた。
この夜、ロモズ歩兵団遊兵9番隊では新しい副長エル=バ=ノイアンを主賓に迎えての歓迎会が催された。幹事は先任副長のウーリバー・マグスである。
「それでは僭越ながら、私マグスがノイアン副長の就任をお祝いして、乾杯の音頭を取らせて頂きます」
ひとつ簡単な咳ばらいを響かせてから、エールがなみなみと注がれたジョッキを片手にウーリバーがのっそりと立ち上がった。そのウーリバーがノイアンを紹介する。
声がかかったノイアンは、別卓でゆっくりと立ち上がった。相変わらず無表情だが、それが彼の平常運転であることは隊の全員がよく知っている為、誰の口からも揶揄する様な声は上がらない。
そんなノイアンだが、胸元にはお馴染みの輝きがぶら下がっている。いわずもがなの、遊兵9番隊ペンダントだ。当然この場の全員の胸元で、同じデザインのものが小さく煌めいている。
ノイアンの傍らではペンダントの贈り主たる隊長シルヴィア・A・カペルが、端正な面に心の底から嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「改めて……エル=バ=ノイアンだ。今後とも、宜しく、頼む」
若干たどたどしい名乗りではあったが、しっかりと誰の耳にもよく聞こえる声だ。ここでウーリバーが乾杯とジョッキを掲げ、残る面々も一斉にジョッキを掲げた。
アルコールが飲めない者には、シルヴィアが別途用意した甘酒が供されていた。
「さぁ食べよう。お腹ぺこぺこだ」
ジョッキを置くや、シルヴィアは同席の面々に手ずから料理を取り分け始めた。
各テーブル上には隊員達が作った料理の他に、シルヴィア自身が手掛けた逸品も並んでいる。南京とベーコンのグラタンはノイアンの好物で、シルヴィアがじっくり手間暇かけて完成させた。それ以外にも、祖母イザベラから教わった花の砂糖漬けが小鉢としてアクセントを加えている。この時期は秋薔薇が美しいということで、シルヴィアは何種類かを用意し、卓上を華やかに色づかせた。
「なぁ……身だしなみに問題は無いよな?」
取り皿を受け取りつつ、ノイアンは神妙な面持ちでシルヴィアに訊いた。どうも、そこかしこのテーブルで女性隊員がひそひそと小声を交わしているのが気になって仕方が無い。彼女達の視線は一様に、ノイアンの真新しい真紅の歩兵団隊服を注視している様に思えたのだ。
「大丈夫、問題無いよ」
と笑顔を返したシルヴィアだが、彼女自身、内心では少しばかりもやもやするものがあった。
確かに隊服姿のノイアンは格好良いし、女性の注目を浴びるのも無理は無かろう。しかし自分以外の女子にノイアンが持て囃されるのは、何となく複雑な気分だった。
(何を考えているんだ私は……今日は彼の歓迎会なんだぞ。皆にも楽しんで貰わないと)
シルヴィアは景気づけだとばかりに茹でた枝豆を頬張り、エールを勢い良く一気に飲み干した。
「さぁ、私の演奏に付き合ってくれるノリの良いひとは居るかな?」
壁際に立てかけてあった弦楽器をウーリバーから受け取ると、シルヴィアは二度三度弦を鳴らして調律し、次いで滑らかなメロディーを奏で始める。先ずは遊兵9番隊の隊歌だ。
宴会場内で、一斉に合唱が響き渡った。
●
シルヴィアが隊員達と歌曲合唱で盛り上がっている一方で、ノイアンはジョッキと取り皿を抱えてウーリバーの卓へと出張していた。
「俺は傭兵暮らしが長かった所為か、指揮されることには慣れているが、自分で隊を率いることに関しては素人だ。今後ともご指導ご鞭撻を宜しくお願いしたい」
「大丈夫ですよ、ご心配ご無用です。ノイアン副長の戦術眼と豊富な知見は、皆もう十分に知ってますから」
頭を下げるノイアンに、ウーリバーはからりと弾ける様な笑顔を返した。何より、副長選抜考査でノイアンの秀逸な戦術思考を誰よりも評価したのがウーリバー自身だったのだ。彼のノイアンに対する信頼の念には、全く揺らぐところが無かった。
「まぁ硬い話はそれぐらいにして、食いましょう。折角隊長がこんなに色んな豆料理を用意して下さったんですからね」
ウーリバーが笑う様に、シルヴィアが用意した豆料理は実に多種多彩だ。豆の煮込み料理、豆の焼き物、豆の揚物、豆の酢漬け、豆の甘辛煮、更には豆腐料理に味噌料理まである。
相当研究したんだろうな――ノイアンならずとも、シルヴィアの豆への探求心には感嘆せざるを得ない。
その間もシルヴィアと隊員達の合唱は続いていたが、締めの一曲として再び隊歌が宴会場内に響き渡ったところで、一旦合唱会はお開きとなった。
ノイアンが見るところ、シルヴィアは弦楽器を奏でている間にも何杯かエールを煽っていた。きっと酔いが回っているだろうと推測したノイアンは、再び自席、即ちシルヴィアの隣りへと位置を変えた。
夜も更け、飲み疲れた遊兵9番隊の面々はそこかしこでいびきをかき始めているか、千鳥足で上階の簡易宿泊所へと引き揚げていった。
シルヴィアとノイアンは壁際で床に直接腰を下ろし、お互いの上体に軽くもたれ合う格好になっていた。
「酔っているだろう? さぁ、遠慮せず私の膝枕でゆっくり眠ると良い」
床に放り出した自らの太腿を軽く叩くシルヴィア。呂律が少しばかり怪しい。
「いや、酔っているのはあんただ。さぁ、水を飲め」
いささか呆れた様子でノイアンは水を注いだカップを手渡す。シルヴィアはとろんとした目つきで受け取り、エールか何かと間違えた様子でぐいっと一気に飲み干した。
「私は……私は別に、良いんだよ。君が隊員の女子達と仲良くなっても、それは君の自由だ」
突然何をいい出すのかと驚きを禁じ得ないノイアンだったが、シルヴィアは上気した頬を更に朱色へと染めて言葉を繋いだ。
「でもね、私は、その……他の女子よりも、君の近くに、在りたいんだ……」
それは一体どういう意味なのか――とノイアンが訊き返すよりも早く、シルヴィアの上体がずるずると壁沿いに下がってゆく。そしてその直後には、シルヴィアの白くて滑らかな髪がノイアンの逞しい太腿の上で花弁の如く咲き乱れた。
膝枕をしてやるといいながら、逆にノイアンの太腿枕のお世話になってしまっているシルヴィア。
穏やかな寝息が、桜色の唇の隙間から静かに漏れ出ていた。
「……しまった、動けない」
ノイアンは思わず天を仰いだ。仕方が無いので、朝までこのままの姿勢をキープするしか無いだろう。
「あれ? ノイアン副長、大丈夫ですか?」
飲み疲れて寝入ってしまっている隊員達に毛布を掛けて廻っていたウーリバーが、幾分眠そうな眼差しでひょっこりと顔を覗かせた。ノイアンは右手の人差し指を立てて、自らの唇に押し当てる。静かに寝かせてやって欲しいとの合図だ。
成程、とウーリバーも合点がいった様子で、ふたり分の毛布と枕を手渡してくれた。
「俺もそこで寝てますんで、何かあったら呼んで下さい」
「済まない……何から何まで世話になる」
ウーリバーに応じてから、ノイアンは幸せそうな寝顔を見せているシルヴィアの横顔を静かに眺めた。
「あんたの隊は、皆良い奴ばかりだな」
そんな隊に自分も加わることが出来た。
ノイアンはこの時初めて、遊兵9番隊副長としての自覚が芽生えた様な気がした。
秋の夜長のカルケルーア・ロモズは、少しばかり寒い。
しかしながら、新築の共用食堂一階は外の寒気とは裏腹に、汗をかく程の熱気に包まれていた。
この夜、ロモズ歩兵団遊兵9番隊では新しい副長エル=バ=ノイアンを主賓に迎えての歓迎会が催された。幹事は先任副長のウーリバー・マグスである。
「それでは僭越ながら、私マグスがノイアン副長の就任をお祝いして、乾杯の音頭を取らせて頂きます」
ひとつ簡単な咳ばらいを響かせてから、エールがなみなみと注がれたジョッキを片手にウーリバーがのっそりと立ち上がった。そのウーリバーがノイアンを紹介する。
声がかかったノイアンは、別卓でゆっくりと立ち上がった。相変わらず無表情だが、それが彼の平常運転であることは隊の全員がよく知っている為、誰の口からも揶揄する様な声は上がらない。
そんなノイアンだが、胸元にはお馴染みの輝きがぶら下がっている。いわずもがなの、遊兵9番隊ペンダントだ。当然この場の全員の胸元で、同じデザインのものが小さく煌めいている。
ノイアンの傍らではペンダントの贈り主たる隊長シルヴィア・A・カペルが、端正な面に心の底から嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「改めて……エル=バ=ノイアンだ。今後とも、宜しく、頼む」
若干たどたどしい名乗りではあったが、しっかりと誰の耳にもよく聞こえる声だ。ここでウーリバーが乾杯とジョッキを掲げ、残る面々も一斉にジョッキを掲げた。
アルコールが飲めない者には、シルヴィアが別途用意した甘酒が供されていた。
「さぁ食べよう。お腹ぺこぺこだ」
ジョッキを置くや、シルヴィアは同席の面々に手ずから料理を取り分け始めた。
各テーブル上には隊員達が作った料理の他に、シルヴィア自身が手掛けた逸品も並んでいる。南京とベーコンのグラタンはノイアンの好物で、シルヴィアがじっくり手間暇かけて完成させた。それ以外にも、祖母イザベラから教わった花の砂糖漬けが小鉢としてアクセントを加えている。この時期は秋薔薇が美しいということで、シルヴィアは何種類かを用意し、卓上を華やかに色づかせた。
「なぁ……身だしなみに問題は無いよな?」
取り皿を受け取りつつ、ノイアンは神妙な面持ちでシルヴィアに訊いた。どうも、そこかしこのテーブルで女性隊員がひそひそと小声を交わしているのが気になって仕方が無い。彼女達の視線は一様に、ノイアンの真新しい真紅の歩兵団隊服を注視している様に思えたのだ。
「大丈夫、問題無いよ」
と笑顔を返したシルヴィアだが、彼女自身、内心では少しばかりもやもやするものがあった。
確かに隊服姿のノイアンは格好良いし、女性の注目を浴びるのも無理は無かろう。しかし自分以外の女子にノイアンが持て囃されるのは、何となく複雑な気分だった。
(何を考えているんだ私は……今日は彼の歓迎会なんだぞ。皆にも楽しんで貰わないと)
シルヴィアは景気づけだとばかりに茹でた枝豆を頬張り、エールを勢い良く一気に飲み干した。
「さぁ、私の演奏に付き合ってくれるノリの良いひとは居るかな?」
壁際に立てかけてあった弦楽器をウーリバーから受け取ると、シルヴィアは二度三度弦を鳴らして調律し、次いで滑らかなメロディーを奏で始める。先ずは遊兵9番隊の隊歌だ。
宴会場内で、一斉に合唱が響き渡った。
●
シルヴィアが隊員達と歌曲合唱で盛り上がっている一方で、ノイアンはジョッキと取り皿を抱えてウーリバーの卓へと出張していた。
「俺は傭兵暮らしが長かった所為か、指揮されることには慣れているが、自分で隊を率いることに関しては素人だ。今後ともご指導ご鞭撻を宜しくお願いしたい」
「大丈夫ですよ、ご心配ご無用です。ノイアン副長の戦術眼と豊富な知見は、皆もう十分に知ってますから」
頭を下げるノイアンに、ウーリバーはからりと弾ける様な笑顔を返した。何より、副長選抜考査でノイアンの秀逸な戦術思考を誰よりも評価したのがウーリバー自身だったのだ。彼のノイアンに対する信頼の念には、全く揺らぐところが無かった。
「まぁ硬い話はそれぐらいにして、食いましょう。折角隊長がこんなに色んな豆料理を用意して下さったんですからね」
ウーリバーが笑う様に、シルヴィアが用意した豆料理は実に多種多彩だ。豆の煮込み料理、豆の焼き物、豆の揚物、豆の酢漬け、豆の甘辛煮、更には豆腐料理に味噌料理まである。
相当研究したんだろうな――ノイアンならずとも、シルヴィアの豆への探求心には感嘆せざるを得ない。
その間もシルヴィアと隊員達の合唱は続いていたが、締めの一曲として再び隊歌が宴会場内に響き渡ったところで、一旦合唱会はお開きとなった。
ノイアンが見るところ、シルヴィアは弦楽器を奏でている間にも何杯かエールを煽っていた。きっと酔いが回っているだろうと推測したノイアンは、再び自席、即ちシルヴィアの隣りへと位置を変えた。
夜も更け、飲み疲れた遊兵9番隊の面々はそこかしこでいびきをかき始めているか、千鳥足で上階の簡易宿泊所へと引き揚げていった。
シルヴィアとノイアンは壁際で床に直接腰を下ろし、お互いの上体に軽くもたれ合う格好になっていた。
「酔っているだろう? さぁ、遠慮せず私の膝枕でゆっくり眠ると良い」
床に放り出した自らの太腿を軽く叩くシルヴィア。呂律が少しばかり怪しい。
「いや、酔っているのはあんただ。さぁ、水を飲め」
いささか呆れた様子でノイアンは水を注いだカップを手渡す。シルヴィアはとろんとした目つきで受け取り、エールか何かと間違えた様子でぐいっと一気に飲み干した。
「私は……私は別に、良いんだよ。君が隊員の女子達と仲良くなっても、それは君の自由だ」
突然何をいい出すのかと驚きを禁じ得ないノイアンだったが、シルヴィアは上気した頬を更に朱色へと染めて言葉を繋いだ。
「でもね、私は、その……他の女子よりも、君の近くに、在りたいんだ……」
それは一体どういう意味なのか――とノイアンが訊き返すよりも早く、シルヴィアの上体がずるずると壁沿いに下がってゆく。そしてその直後には、シルヴィアの白くて滑らかな髪がノイアンの逞しい太腿の上で花弁の如く咲き乱れた。
膝枕をしてやるといいながら、逆にノイアンの太腿枕のお世話になってしまっているシルヴィア。
穏やかな寝息が、桜色の唇の隙間から静かに漏れ出ていた。
「……しまった、動けない」
ノイアンは思わず天を仰いだ。仕方が無いので、朝までこのままの姿勢をキープするしか無いだろう。
「あれ? ノイアン副長、大丈夫ですか?」
飲み疲れて寝入ってしまっている隊員達に毛布を掛けて廻っていたウーリバーが、幾分眠そうな眼差しでひょっこりと顔を覗かせた。ノイアンは右手の人差し指を立てて、自らの唇に押し当てる。静かに寝かせてやって欲しいとの合図だ。
成程、とウーリバーも合点がいった様子で、ふたり分の毛布と枕を手渡してくれた。
「俺もそこで寝てますんで、何かあったら呼んで下さい」
「済まない……何から何まで世話になる」
ウーリバーに応じてから、ノイアンは幸せそうな寝顔を見せているシルヴィアの横顔を静かに眺めた。
「あんたの隊は、皆良い奴ばかりだな」
そんな隊に自分も加わることが出来た。
ノイアンはこの時初めて、遊兵9番隊副長としての自覚が芽生えた様な気がした。