富豪夫人のアリバイ崩し

キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年10月10日 14時00分37秒

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 秋の陽射しが斜めに傾き、路地の各所から夕餉の香りが沸き立ち始めた頃。
 リーンエス王国北部の町ホークヤードに探偵事務所を構えるヴァン・ローラントを訪ねて、ひとりのホークヤード警備隊員が足を運んできた。
 彼の名はデリック・エズモンド。まだ新人だった頃にヴァンの師匠から推理と捜査のいろはを学んだ男で、ヴァンから見れば兄弟子の様な存在ともいえる。その経歴から、凶悪事件の捜査を任されることが多い。
 警備隊捜査担当としての技量はそれなりに優秀で、通常範囲の事件ならば自力で解決に導くことも可能だ。だが彼の管轄に非常識、或いは彼自身の捜査力だけでは難解ともいえる事件が舞い込んで来た際には、ヴァンが師匠から受け継いだ探偵事務所を訪れることが少なくない。
 この日もデリックは、自身より年少ながら推理力に秀でるヴァンに協力依頼を申し入れようとしていた。
「やぁ、今日はもう店じまいかね?」
 西陽が射し込む窓を眩しそうに眺めながら、デリックは勝手知ったる我が家の様にローラント探偵事務所の玄関扉を押し開いた。
 この時ヴァンは暇を持て余していたのか、のんびりとソファーに横たわり、うとうとと夢うつつの世界に入り浸ろうとしているところだった。が、デリックの声にすぐさま現実へと引き戻され、仕方なくゆっくりと起き上がった。
「また事件ですか?」
「まぁな。ルーサー・コルドウィンっていう富豪は知ってるか?」
 いいながら、デリックは応接卓の反対側のソファーに腰を下ろす。座り直して肩をほぐす仕草を見せているヴァンは、一瞬記憶の海の中に意識を沈めたが、すぐさま聞き覚えのある名だと思い至り、デリックに真正面から視線を返す。
「確か、半年前に再婚したとか」
「後妻は若い美人だ。名前はグラディス。結婚する前は色町で働いていたのを、コルドウィン氏が見初めたんだとさ」
 それが何か、とヴァンは小首を傾げて話の先を促す。
 ここで初めてデリックは渋い表情を見せた。曰く、老齢のルーサーが遺体で発見されたのだという。
「殺人ですか?」
「被害者は自室のベッドで発見された。背中に幾つもの刺し傷があり、そのうちのどれかが致命傷になったと考えられる」
 通報があったのは、この日の正午頃。デリックが現場検証をしてみたものの、犯人特定に繋がる痕跡が発見出来ず、こうしてヴァンを訪ねて来たという訳だ。
「現場はまだ保全してありますか?」
「勿論だ」
 ヴァンの問いに、デリックは即答。
 ならばすぐに向かいましょう、とヴァンはソファーから立ち上がった。

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 コルドウィン氏は富豪といわれるだけのことはあり、その邸宅は非常に豪奢だった。
 ヴァンはデリックの案内で邸内へと踏み込むと、すぐさまルーサーの寝室へと足を運んだ。
 室内へ踏み込むと、まず目に付くのが天蓋付きのベッドだ。その中央に、うつ伏せになって倒れている老人の遺体が、ほぼ手付かずのままで残されていた。
「第一発見者は?」
「専属のメイドだ。事情聴取の内容はさっき見せた通りだが、まだ何か訊きたいことがあるんだろう?」
 デリックの苦笑に、ヴァンは無言で頷き返す。程無くして、エプロン姿の中年女性が青ざめた表情で室の外に姿を現した。
 主人たるルーサーの遺体をこれ以上直視したくないのか、入室は出来れば勘弁して欲しいとの由。さもありなんと、ヴァンは寝室外の廊下で話を聞くことにした。
「コルドウィン氏を最後に見たのは?」
「昨晩の夜遅くです。奥様を迎えに行くから馬車を用意して欲しい、と」
 若き後妻のグラディス・コルドウィンは別宅に友人を招いてのパーティーを開催していた。そのグラディスが何時になっても戻ってこない為、ルーサーは自ら迎えに行くといい出したらしい。
 しかし一度の往復では済まず、馬車を二度も出したということが分かっている。ルーサーは二回に亘ってグラディスを別宅から連れ戻そうとしたが、結局二回とも無駄足に終わった様だ。
「馬車は今、どこに?」
「えぇと、別宅の方でしょうか」
 ここでヴァンは、妙な矛盾に引っかかった。ルーサーは二度往復した。つまり馬車は今、このコルドウィン邸にあるべきであろう。それが何故、別宅の方にあるのだろうか。
「いわれてみれば、確かにおかしいですわね……もしかしたら旦那様は別宅から、歩いてお帰りになられたのかも知れません」
 グラディスの帰りの足を確保しておいてやる為に、ルーサーは敢えて別宅から自邸まで徒歩で帰ってきた可能性がある、とメイドはいう。
 確かにその可能性もあるが、ヴァンにはどうにもこの点が妙に引っかかった。
 馬車についてはまた後程検証するとして、兎に角メイドがルーサーと最後に会ったのは、一度目に馬車を出す前だということだった。
 そして今朝になって、メイドがベッドメイクの為にルーサーの寝室を訪れると、そこで彼は故人となって横たわっていた、という訳である。
 メイドは慌ててグラディスの寝室へと急を告げに走ったが、グラディスは結局別宅で朝を迎えた為、すぐに駆け付けることは出来なかったらしい。
 ひと通り話を聞き終えてから、ヴァンはルーサーの寝室へと戻った。
 床には大量の血痕が広がっており、デリックはここが殺害現場に違いないと断定していた。
「後妻のグラディス夫人には会えますか?」
「あぁ。この邸の自室に待機して貰っている。案内しよう」
 デリックと肩を並べて、グラディスの部屋へと足を向ける。途中、ヴァンは夫婦なのに何故部屋が違うのかと訊いた。
「まぁ年齢が親子以上に離れているからな。旦那の方が気を遣ったんじゃないか」
 年若い妻に窮屈な想いをさせたくない、とルーサーは常々語っていたという。裏を返せば、それ程にルーサーはグラディスを愛していたともいえる。
 そのグラディスだが、彼女の自室で最初に顔を合わせた第一印象は、何かおかしい、という違和感だった。
 しおらしい態度でヴァンとデリックを出迎えたグラディス。その表情や仕草をつぶさに観察していたヴァンは早い段階から、彼女に疑念を抱いた。

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「主人のことは、心から愛していました。あのひとが死んだなんて、今でも信じられません」
 憔悴し切った様子で語るグラディスに対し、デリックはお悔やみの言葉で慰めようとしている。その間もヴァンはグラディスの声の調子にじっと聞き入っていた。
「私がパーティーなど開かず、一緒に居ればあのひとが死ぬことも無かったでしょうに……」
 如何にも責任を感じているといわんばかりの台詞を受けて、必ず犯人を捕まえてみせますと胸を張るデリックだったが、ヴァンは依然として内心の疑念を抑え込もうとはしなかった。
 やがてふたりはグラディスの心労を鑑みて、一旦室を出ようということになった。
「可哀想にな……折角幸せを掴んだ矢先だってのに」
「そうでしょうか」
 同情の念を滲ませるデリックに、ヴァンは冷や水を浴びせかけるひと言を放った。デリックは驚いた様子でヴァンの能面の様な無表情を覗き込む。
「まさか……彼女が犯人だというんじゃないだろうな?」
 デリックの声には多少の怒気が含まれている。しかしヴァンは遠慮も容赦も無しに、その通りですと静かに答えた。
「彼女は少しも悲しんでいません。それどころか、莫大な財産が懐に転がり込んで来る喜びを押し殺していましたよ」
「冗談も大概にしろ。彼女は朝まで別宅に居たんだぞ」
 真っ向から反論するデリックを尻目に、ヴァンは再度ルーサーの寝室へと足を運んだ。デリックは不満げな様子ではあったが、捜査に感情を挟むべからずという鉄則を守り、この場は取り敢えずヴァンの検証に付き合うことにしたようだ。
 ヴァンは床の血溜りとベッド上の遺体を交互に見遣り、次いで被害者の左手に注目した。
「結婚指輪がありませんね」
「寝る前に指輪を外す習慣のあるひとだって居る。別に珍しくもないだろう」
 ふんと鼻を鳴らすデリック。しかしヴァンは、昨晩グラディスが寝泊まりしたという別宅を捜索して欲しいと告げた。別宅のどこかに、恐らく血まみれの結婚指輪が転がっている筈だ。
 どういうことかと目を丸くするデリック。
「つまりそこが、殺害現場だということですよ。コルドウィン氏が殺されたのは、ここじゃありません」
 まさか、とデリックは絶句した。
 しかしヴァンは、血溜りの位置と遺体の位置の不自然さを鋭く指摘した。
「血溜りがあるのは床の上だけです。ベッドは綺麗なものだ……何故か。ここが捏造された現場だからです」
 本当にここが殺害現場ならば、被害者の血は床ではなくベッドにこそ大量に広がっている筈だ。そしてこの深い刺し傷から見ても、噴き出した血が天蓋にまで飛び散っているべきであるが、それらしい血痕も一切見られない。
 何ということだ、とデリックは奥歯を噛み締めている。遺体があり、血痕が残されている。ならばこの寝室こそが殺害現場だと断じるのが自然であり、彼自身、そこに深い疑念は抱かなかった。
 だが、最初にこの寝室を訪れた時から、ヴァンは殺害現場はここではないと瞬時に見抜いていた。
 この観察眼の違いが、デリックとヴァンの捜査能力の決定的な差だといえるだろう。

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 動機は恐らくルーサーの財産だ、とヴァンは推測した。
 デリックの説明によれば、一応遺言書は用意してあったらしい。そこにはルーサー亡き後の遺産は全て慈善事業へ寄付する様にと記されてあったが、最近になって書き換えられていた。
 もし仮にルーサーが妻帯者となっていれば、その相続権は全て妻にある、と。これ程の心変わりをするまでにルーサーはグラディスにすっかり魂を奪われていたと見て良い。
 しかしグラディス程の若さと美貌を兼ね備えた女性が、いつまでも老齢のルーサーのもとで大人しくしていられるとは思えない。彼女は早く自由の身になりたかったのだろう、とも思える。
「動機があるのは認めよう。だが、どうやってコルドウィン氏の遺体をここまで運んだんだ?」
「馬車ですよ」
 メイドの証言によれば、馬車は都合、一往復半、昨晩のうちに動いている。
 最初の往路でルーサーが別宅へ向かった。その別宅でルーサーは殺害され、一度目の復路でグラディスが自ら馬車を駆り、ルーサーの遺体をコルドウィン邸へと運ぶ。
 遺体を寝室へと運び入れ、そこが殺害現場となるよう偽装してから、そのまま二度目の往路で別宅へと移動。こうすれば、グラディスは一度もコルドウィン邸には戻らず、朝まで別宅で過ごしていたというアリバイを偽装することが出来る上に、殺害現場も捏造することが出来たという訳だ。
「色町で働いていたということは、多少の力仕事も自らこなしたり、馬車を扱うといったこともやっていたでしょうね」
 恐らくはグラディスの単独犯行だ、とヴァンは付け加えた。昨晩は別宅でパーティーを開催していたというのだが、主催者たるグラディスが少々姿を見せなかったとしても、会場は彼女の別宅であり、誰も不審に思ったりはしないだろう。
「グラディスに恋人は居るのでしょうか?」
「……それも調べさせよう。もし居るとすれば、昨晩のパーティーにも顔を出しているだろうからな」
 デリックはすっかり不機嫌そのものだ。
 先程まではグラディスを気の毒な未亡人だとばかり思っていたのが、ヴァンの推理でその思い込みが完璧に突き崩され、今や悪女というイメージが凝り固まっているらしい。

 そして、それから数時間後。
 デリックが部下を使って別宅を捜索したところ、血まみれの結婚指輪が発見された。別宅の寝室、それもベッドの下から発見されたのだという。
 恐らくルーサーはグラディスに襲われた際、ダイイングメッセージとして咄嗟に血まみれの結婚指輪を抜き取り、グラディスに気付かれぬ様ベッドの下に隠しておいたのだろう。
 これが決定打となった。
 デリックはグラディスをルーサー殺しの容疑者として、逮捕に踏み切った。

 すっかり日が暮れ、夜の冷たい風が吹きすさぶ中、コルドウィン邸を辞したヴァン。
 そういえば、夕食がまだだったことを思い出し、どこで食事を済ませようかと考えていた時に、背後からデリックが呼びかけてきた。
「晩飯を驕ろう。勿論、依頼料とは別だ」
 デリックの表情に、明るさが戻っていた。流石は現職の警備隊捜査担当、いつまでも己の感情に引きずられてはいなかった。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0