蛍光に宿る魂の行方は
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年10月06日 10時27分55秒
朧な月光に、柔らかな闇。
障子を開くと、虫達の声が遠くで聞こえた。
「……」
シャルガネ独特の夜景を窓から眺めながら、アルフィー・リッパーは思いにふける。
静かな夜だった。
部屋を同じにする友人達はもう寝静まっている。
「ほんとに寝てる……よな」
アルフィーはチラリと後ろを振り返った。
友人二人と同じ部屋。布団を『畳』という床に敷く何とも不思議な寝床だ。
一人は穏やかな寝顔で。そして、もう一人は……。
「寝相悪っ」
兄貴分と慕うアーシェル・G・クラインは、寝苦しいのか布団を思い切り蹴り飛ばして寝ていた。
アルフィーはアーシェルの寝相に呆れながら見つめる。
根無し草の野良猫のようだった自分に手を差し伸べ、友人として迎えてくれた男。
ちょっと気障で独占欲が強くて、カッコつけでちょっと危なっかしくて……でも、優しい変な奴。
アルフィーは無意識の内に窓際から離れ、アーシェルの元へと歩いていく。
「変な奴」
静かに寝息を立てる整った顔立ちをよく見れば、小さな傷が無数にあった。
どれだけの過酷な戦場を歩いて来たのか……。
アルフィーはアーシェルの寝顔にそっと手を伸ばし――。
「……」
鼻をつまんだ。
息ができず苦しそうに眉根を寄せるアーシェルに、アルフィーはじっと見入る。
すぐに開放してやると、安心したかのように再び緩やかな寝息を立て始めた。
「……寝てるな」
アルフィーはアーシェルの眠りが深い事を確認すると、音もなく立ち上がりそのまま部屋を出ていった。
「……ったく。好き放題やりやがって」
アルフィーが出ていった部屋で、もそりと立ち上がる人影。
アーシェルははだけた浴衣を直すと、隣の布団に目を遣った。そこにはうっすらと片眼だけ開け微笑んでいる相棒の姿。
「……ちょっと行ってくる」
アーシェルは相棒にそう告げると、アルフィーの後を追う様に部屋を出た。
●
小川のせせらぐ音の中、アルフィーは一人川辺を歩く。
先ほど仲間達を訪れた時とは打って変わって、辺りはとても静かだった。
人はおらず、蛍達も眠っているのかその数はとても少ない。
「……なんで、思い出すんだ」
仲間達と見た蛍の光。夜の闇を舞台に飛び回る光の情景は、とても美しかった。だが、それと同時にあの時の火の粉を思い出させた。
それは美しい蛍光が舞う情景とは似ても似つかない凄惨な情景だった。鼓膜の奥にこびりついて離れない悲鳴と絶叫。瞼の裏に焼き付いて剥がれない、家が物が人が炎に巻かれ焼かれる地獄。
アルフィーは立ち止りぐっと拳を握った。
「ルーシェ……」
思わず口をついて出た名前に、自然と涙がにじむ。
尻尾に巻いた想い出のリボンを見るのが辛くて、じっと正面だけを見つめていた。
「眠れないのか」
「っ!?」
突然聞こえた声に、アルフィーは勢いよく振り返る。
そこにはゆっくりとこちらに向かってくるアーシェルの姿があった。
「アーシェル……? なんでここに……寝てたんじゃ」
「寝てたさ。誰かさんに起こされるまではな」
驚くアルフィーの元にやってきたアーシェルは、自分の鼻を摘まみながら肩を竦める。
「なんで……」
アルフィーはなんと声をかけたらいいのかわからず、視線を下げ地面を見つめた。
「いい夜だな、静かで。さっきの賑やかさが嘘みてぇだ」
「……」
「折角だ、ちょっと話をしようぜ。土産も持ってきたしな」
アーシェルはそう言うと川辺の岩に腰かけた。
「む、月は陰っちまったか。月見酒とはいかねぇな」
アーシェルは夜空を見上げながら、腰に下げていた酒入のヒョウタンを取り出す。
「……俺はまだ飲めないぞ」
「はは、わかってる。お前にはこれだ」
と、アーシェルはずっと佇んでいるアルフィーに小さな包みを差し出した。
「なんだ、これ」
「アップルパイ」
「……はあ? こんな時間にそんなもん食べれるかよ!」
「はっはっ、この時間だからいいんじゃねぇか。背徳的だろ?」
「お、お前ってやつは」
ニヤリと子供じみた笑みを浮かべるアーシェルに、アルフィーは大きくため息をつくとそのままアーシェルの横に座った。
「焼きたてとはいかねぇけどな」
「……別にそんなもん期待してねぇよ」
「そうか、そりゃよかった」
乱暴に包みを攫って行ったアルフィーを楽しそうに見つめながら、アーシェルはヒョウタンの蓋を開ける。
「お前、飲めるようになってからずっと酒ばっか飲んでねぇか?」
「お前も飲めるようになったらこいつの魅力がわかるさ」
ジト目を向けるアルフィーに、アーシェルは笑ってヒョウタンを煽った。
旨そうに酒を煽るアーシェルの横顔を見つつ、アルフィーは包みを開ける。そして、アーシェルの飲みっぷりに負けるかと、大きく口を開き齧り付いた。
夜遅くに甘いものを食べたら虫歯になる、と怒られたことがある。
その時はうざいと思ったものだが、なぜかその教えはずっと耳の奥にこびりついていた。
「……うまいな」
アルフィーは小さく呟く。
「だろ?」
そんなアルフィーを見てアーシェルは嬉しそうにヒョウタンを振った。
二人は随分少なくなった蛍の光と、せせらぐ小川の音の中、しばし無言で食を進める。
「なぁ、アル」
アルフィーが最後の一欠けを口に放り込んだ時、アーシェルが改めて声をかけて来た。
「こうやって二人でじっくり話をするのは初めてかもしれねぇな」
「……」
アーシェルはアルフィーの返事がないのも気にせず、話し続ける。
「初めて会った時は正直どうなるんだって心配したが、それも杞憂だったみてぇだ。他の奴ともうまくやってるみたいだし、ギルドの依頼も頑張って受けてるみてぇじゃねぇか」
「……本当にそう思うか?」
アルフィーの沈んだ表情を見て励まそうと思ったのだろうアーシェルの言葉。しかし、それはアルフィーにとって望むものではなかった。
「俺は……なんでここに居るんだ?」
「……」
「一人で……一人だけ生き残って……こんなに、いい奴等に囲まれて……なんで、俺だけ」
絞り出すような言葉に、アーシェルは何も返さない。ヒョウタンを煽るのもやめ、ただじっと耳を傾けた。
「なぁ、アーシェル。お前は死んだ人間がどこへ行くのか知ってるか?」
振り向いたアルフィーの顔には深い悲しみと恐怖が滲んでいる。
アーシェルはしばらく答えずアルフィーの顔を見つめた。続きを話せと。
「……じいちゃんが言ってたんだ。死んだ人を土に埋めると大地に還って、みんなを見守ってくれるって……じゃあ、土に埋めてもらえなかった人はどうなるんだ? 誰にも看取られずに死んでいった人間は、みんなを見守る役目も貰えずに、ずっとこの世を彷徨っているのか?」
アルフィーはごちゃごちゃに渦巻く心の内を何とか言葉にして吐き出す。
胸の中にずっと燻っていた想いを、少しずつ吐き出していった。
「ルーシェは……今、どこに居るんだ? 弔ってやれなかったルーシェは、今もこの世に縛られているのか? 俺が逃げたから……炎が怖くて……死を受け入れるのが怖くて、逃げだしたから……ルーシェは、今も大地に還れずに彷徨っているのか?」
今にも泣きそうな掠れた声で言葉を紡ぐアルフィーを、アーシェルはじっと見つめていた。
吐き出せるものがあるなら、全部吐き出してしまえと。俺が全部聞いてやるからと。
口にはせず視線で訴えながら、アルフィーの言葉を聞いている。
障子を開くと、虫達の声が遠くで聞こえた。
「……」
シャルガネ独特の夜景を窓から眺めながら、アルフィー・リッパーは思いにふける。
静かな夜だった。
部屋を同じにする友人達はもう寝静まっている。
「ほんとに寝てる……よな」
アルフィーはチラリと後ろを振り返った。
友人二人と同じ部屋。布団を『畳』という床に敷く何とも不思議な寝床だ。
一人は穏やかな寝顔で。そして、もう一人は……。
「寝相悪っ」
兄貴分と慕うアーシェル・G・クラインは、寝苦しいのか布団を思い切り蹴り飛ばして寝ていた。
アルフィーはアーシェルの寝相に呆れながら見つめる。
根無し草の野良猫のようだった自分に手を差し伸べ、友人として迎えてくれた男。
ちょっと気障で独占欲が強くて、カッコつけでちょっと危なっかしくて……でも、優しい変な奴。
アルフィーは無意識の内に窓際から離れ、アーシェルの元へと歩いていく。
「変な奴」
静かに寝息を立てる整った顔立ちをよく見れば、小さな傷が無数にあった。
どれだけの過酷な戦場を歩いて来たのか……。
アルフィーはアーシェルの寝顔にそっと手を伸ばし――。
「……」
鼻をつまんだ。
息ができず苦しそうに眉根を寄せるアーシェルに、アルフィーはじっと見入る。
すぐに開放してやると、安心したかのように再び緩やかな寝息を立て始めた。
「……寝てるな」
アルフィーはアーシェルの眠りが深い事を確認すると、音もなく立ち上がりそのまま部屋を出ていった。
「……ったく。好き放題やりやがって」
アルフィーが出ていった部屋で、もそりと立ち上がる人影。
アーシェルははだけた浴衣を直すと、隣の布団に目を遣った。そこにはうっすらと片眼だけ開け微笑んでいる相棒の姿。
「……ちょっと行ってくる」
アーシェルは相棒にそう告げると、アルフィーの後を追う様に部屋を出た。
●
小川のせせらぐ音の中、アルフィーは一人川辺を歩く。
先ほど仲間達を訪れた時とは打って変わって、辺りはとても静かだった。
人はおらず、蛍達も眠っているのかその数はとても少ない。
「……なんで、思い出すんだ」
仲間達と見た蛍の光。夜の闇を舞台に飛び回る光の情景は、とても美しかった。だが、それと同時にあの時の火の粉を思い出させた。
それは美しい蛍光が舞う情景とは似ても似つかない凄惨な情景だった。鼓膜の奥にこびりついて離れない悲鳴と絶叫。瞼の裏に焼き付いて剥がれない、家が物が人が炎に巻かれ焼かれる地獄。
アルフィーは立ち止りぐっと拳を握った。
「ルーシェ……」
思わず口をついて出た名前に、自然と涙がにじむ。
尻尾に巻いた想い出のリボンを見るのが辛くて、じっと正面だけを見つめていた。
「眠れないのか」
「っ!?」
突然聞こえた声に、アルフィーは勢いよく振り返る。
そこにはゆっくりとこちらに向かってくるアーシェルの姿があった。
「アーシェル……? なんでここに……寝てたんじゃ」
「寝てたさ。誰かさんに起こされるまではな」
驚くアルフィーの元にやってきたアーシェルは、自分の鼻を摘まみながら肩を竦める。
「なんで……」
アルフィーはなんと声をかけたらいいのかわからず、視線を下げ地面を見つめた。
「いい夜だな、静かで。さっきの賑やかさが嘘みてぇだ」
「……」
「折角だ、ちょっと話をしようぜ。土産も持ってきたしな」
アーシェルはそう言うと川辺の岩に腰かけた。
「む、月は陰っちまったか。月見酒とはいかねぇな」
アーシェルは夜空を見上げながら、腰に下げていた酒入のヒョウタンを取り出す。
「……俺はまだ飲めないぞ」
「はは、わかってる。お前にはこれだ」
と、アーシェルはずっと佇んでいるアルフィーに小さな包みを差し出した。
「なんだ、これ」
「アップルパイ」
「……はあ? こんな時間にそんなもん食べれるかよ!」
「はっはっ、この時間だからいいんじゃねぇか。背徳的だろ?」
「お、お前ってやつは」
ニヤリと子供じみた笑みを浮かべるアーシェルに、アルフィーは大きくため息をつくとそのままアーシェルの横に座った。
「焼きたてとはいかねぇけどな」
「……別にそんなもん期待してねぇよ」
「そうか、そりゃよかった」
乱暴に包みを攫って行ったアルフィーを楽しそうに見つめながら、アーシェルはヒョウタンの蓋を開ける。
「お前、飲めるようになってからずっと酒ばっか飲んでねぇか?」
「お前も飲めるようになったらこいつの魅力がわかるさ」
ジト目を向けるアルフィーに、アーシェルは笑ってヒョウタンを煽った。
旨そうに酒を煽るアーシェルの横顔を見つつ、アルフィーは包みを開ける。そして、アーシェルの飲みっぷりに負けるかと、大きく口を開き齧り付いた。
夜遅くに甘いものを食べたら虫歯になる、と怒られたことがある。
その時はうざいと思ったものだが、なぜかその教えはずっと耳の奥にこびりついていた。
「……うまいな」
アルフィーは小さく呟く。
「だろ?」
そんなアルフィーを見てアーシェルは嬉しそうにヒョウタンを振った。
二人は随分少なくなった蛍の光と、せせらぐ小川の音の中、しばし無言で食を進める。
「なぁ、アル」
アルフィーが最後の一欠けを口に放り込んだ時、アーシェルが改めて声をかけて来た。
「こうやって二人でじっくり話をするのは初めてかもしれねぇな」
「……」
アーシェルはアルフィーの返事がないのも気にせず、話し続ける。
「初めて会った時は正直どうなるんだって心配したが、それも杞憂だったみてぇだ。他の奴ともうまくやってるみたいだし、ギルドの依頼も頑張って受けてるみてぇじゃねぇか」
「……本当にそう思うか?」
アルフィーの沈んだ表情を見て励まそうと思ったのだろうアーシェルの言葉。しかし、それはアルフィーにとって望むものではなかった。
「俺は……なんでここに居るんだ?」
「……」
「一人で……一人だけ生き残って……こんなに、いい奴等に囲まれて……なんで、俺だけ」
絞り出すような言葉に、アーシェルは何も返さない。ヒョウタンを煽るのもやめ、ただじっと耳を傾けた。
「なぁ、アーシェル。お前は死んだ人間がどこへ行くのか知ってるか?」
振り向いたアルフィーの顔には深い悲しみと恐怖が滲んでいる。
アーシェルはしばらく答えずアルフィーの顔を見つめた。続きを話せと。
「……じいちゃんが言ってたんだ。死んだ人を土に埋めると大地に還って、みんなを見守ってくれるって……じゃあ、土に埋めてもらえなかった人はどうなるんだ? 誰にも看取られずに死んでいった人間は、みんなを見守る役目も貰えずに、ずっとこの世を彷徨っているのか?」
アルフィーはごちゃごちゃに渦巻く心の内を何とか言葉にして吐き出す。
胸の中にずっと燻っていた想いを、少しずつ吐き出していった。
「ルーシェは……今、どこに居るんだ? 弔ってやれなかったルーシェは、今もこの世に縛られているのか? 俺が逃げたから……炎が怖くて……死を受け入れるのが怖くて、逃げだしたから……ルーシェは、今も大地に還れずに彷徨っているのか?」
今にも泣きそうな掠れた声で言葉を紡ぐアルフィーを、アーシェルはじっと見つめていた。
吐き出せるものがあるなら、全部吐き出してしまえと。俺が全部聞いてやるからと。
口にはせず視線で訴えながら、アルフィーの言葉を聞いている。