ロスガリアどうでしょう ~はじまりのはじまり~
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年09月24日 15時56分18秒
場末の街。安宿の一室。
安い獣脂ランプの炎に揺られ、壁に掛けた巨大な頭蓋骨が不敵に笑っていた。
自分以外の誰もいない世界で、羊皮紙に筆を走らせるリザードマン。
いや、一人ではない。机の上には小さな栗鼠がすやすやと寝息を立てている。
「ふぅ、少し肩が凝ったね」
こきりと小気味のいい音を響かせて肩を回したルチル・プルメリア・グレイハーツは、羊皮紙を改めて眺める。
びっしりと几帳面な文字が並ぶそれは、重要な情報――ではなく、ある物語だった。
そう、それは幻想の箱庭を巡る壮大なお話。
冒険者の冒険者による冒険者だけの冒険譚。
未だかつて誰も見た事がない、必ずや後世に語り継がれる一大叙事詩。
「なんて、大層なものでもないが……」
ルチルは口元を綻ばせ、しばし旅の想い出に浸る。
そう、あれは夏の暑い頃だった――。
●
「ぶはっくっょぉぉぉん!!!」
フィルエス大森林自慢の大木を揺らす程の大音声が響き渡る。
「ふぅ……やはり木陰は冷えますね。もう少し厚い防寒着を持ってくるべきでしたか」
ムズムズする鼻をこすりながらハリス・アル・ターミルが身体を摩った。
「ですから最初に申しましたのにキュ~。朝夕の森は寒くなりますとキュ~」
そんなハリスに、とても不思議な語尾付きで話しかけたネーヴェ・グラヌローザ。
「そうは申しましても、流石にネーヴェ殿と同じという訳にも参りますまい」
ハリスは困ったようにネーヴェを見下ろす。
ネーヴェは防寒からかなんなのか、なぜか青いリボンがチャ~ミングなゴマフアザラシ風の全身着ぐるみを身にまとい、首から『(nve)ちゃん』と書かれた木札を下げ、短い手足をパタパタと揺らしていた。
「何も同じ格好をとは申しませんキュ~。せめて、毛皮……そうですわ、毛皮ですわ! キュ~!」
「はっ! これはやってしまいました……大切な友人から贈られたあの穢れなき純白の毛皮を、よりにもよって忘れてしまうとは、このハリス一生の不覚! かくなる上は、この腹――」
「ハリー……」
と、ハリスがネーヴェの前で上着に手をかけた、その時だった。
突然、背後からした殺気に満ち満ちた声に、ゆっくりと振り向く。
「むむむ……ど、どうしたのですか、サフィラ殿! びっしょり濡れ濡れではありませんか!」
そこにはまるで滝で修行してきたのかと思う程にずぶ濡れになったサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブの姿があった。
「……どうしたもこうしたもないでしょ!? ハリーがくしゃみしたせいで上からなんかどばーーっと落ちてきたんですけど?! ってかなんであたしの所だけ落ちてくるわけ!? ハリーと(nve)ちゃんはちっとも濡れてないじゃない!!」
そう、先ほどのハリスのくしゃみが大地を揺らし、空気を震わせ、木々を騒めかせた結果、その葉に溜まった朝露が、サフィラに集中砲火したのだ。
「そう申されましても……しかし、見事なまでに一点集中ですね。一体どのような葉の形状をすればこのように一か所に振りそぐようになるのか。まだまだ知らぬ植物が多々ある。あ、ちなみにどの木です? ちょっと調べたいのですが」
「もぉ、ハリス様、そんな事よりも先にサフィラ様ですわキュ~。すぐに拭いて乾かしませんと、本当に風邪をひいてしまいますキュ~」
泣くぞ! と涙目のサフィラにとてとてと近寄った(nve)ちゃんは、懐で大事に温めてあったタオルをサフィラに差し出した。
サフィラは(nve)ちゃんの優しさに、感動に大粒の涙を浮かべながらタオルを受け取り――。
「魚くさっ!?」
その匂いに思わずのけぞった。
「あら、そんなに匂いましたかキュ~? 先日燻したての鮭の燻製なのですが、旅のお供に丁度いいかなと思いまして、お持ちしたのでございますキュ~」
「あ、そうなんだ。それは楽しみだね。……でも、その中に入れるのは、どうかと思うんだ……」
「まぁ、ご心配ありがとうございます。でも、今の私は(nve)ちゃんですので、(nve)ちゃんならどう持つかなと考えに考えた結果、やっぱり胃の中かなと思ったのでございますキュ~」
「ぇえっ! それで着ぐるみの中に……?」
「着ぐるみではございません。(nve)ちゃんですキュ~」
完全に役になりきっている彼女は、頬を膨らせてサフィラに抗議する。
「流石、徹底しておいでだ。それでこそ、我らが(nve)ちゃんですね……!」
一方、そんな(nve)ちゃんのこだわりに、ハリスはいたく感動していた。
「うぅ……もういいよ。これで拭く。――うっ」
ハリスに褒め囃されエッヘンと胸を張る(nve)ちゃんに、サフィラはがっくりと肩を落とし、鮭の燻製の残り香が薫るタオルで体を拭く。
「うっ……く――」
さい、とは言えない。これは仮にも(nve)ちゃんが懐から出してきたものだ。それを何度も「くさい」などと言えば、彼女を傷つける。そんな事になったら、せっかくの旅が――。
「ははは、実に魚臭いですな!」
「いや、デリカシー!!」
いつの間にか(nve)ちゃんから防寒用マラーを借りていたハリスに、サフィラは思いっきりツッコんだ。
「ハリー! (nve)ちゃんは女の子なんだから、そんなこと言っちゃダメじゃない! いくらゴマフアザラシ風だからっていっても、中身はねべちゃんなんだよ! 言っていい事と悪い事が――」
「ふふ、今度は鯵の干物でもご用意いたしますねキュ~」
「(nve)ちゃん……!!」
折角の心配がまったくの杞憂。(nve)ちゃんは嬉しそうにハリスに話しかけている。
森に入ってからずっとこんな調子で目的地を目指す3人。
今回の旅の目的地はフィルエス大森林にあるとある場所だった。
3人は落書きかと疑いたくなるような『宝の地図』を頼りに、人気のない森を進んでいく。
●
そして、そんな3人を木上から見つめる小さな瞳。
『ふふふ、楽しそうじゃないか』
そう、ラトだ。
ラトは3人に気付かれないように、葉の影に潜みながらその動向を見守っていた。
『そうそう、そのまま真っ直ぐだよ。大丈夫、今は危険はないから』
心の内でそう呟き、ラトは3人の旅先を見つめる。
●
「ねぇ、あたし、ちょっとお腹空いてきたんだけど」
「あ、鮭の燻製召し上がられますかキュ~」
「い、いや、それは一度火を入れてからにするね……」
「あら、そうですか。燻してありますからこのままでも召し上がれますよキュ~? あ、でも確かに一度炙った方がうま味が引き立ちますわね。流石サフィラ様でございますわキュ~」
「そうですね、私も(nve)ちゃんの自慢の一品を食してみたいと思っていたところです。一度休憩して息を整えましょう」
3人は手近な木の根元にスペースを見つけ火を起こし始める。
パチパチと薪の爆ぜる音を聞きながら、(nve)ちゃんの用意した鮭の燻製を炙り始めた。
「さて、召し上がってくださいませキュ~」
着ぐるみのまま焚火に炙られたものだから、額に大量の汗をかきつつ(nve)ちゃんが、二人に燻製を手渡す。
二人は待ってましたと齧りついた。途端、口の中に溢れる芳醇なうまみと香り。二人はあっという間に完食してしまった。
「実に美味でした。今度、是非製法を教えていただきたいものです」
「はい、もちろんでございますよキュ~」
(nve)ちゃんはハリスにニッコリと微笑む。
「それにしてもルッチーはどこに居るんだろうね」
おかわりの燻製を炙りながら、サフィラが辺りを見渡した。
昼でもなお暗い大森林。目的地は子供の悪戯のような地図が一枚。
そもそも、この旅はルチルが計画したもの。発案者が居ないでは話にならない。そう思いながら探すが、やはりルチルの姿はなかった。
「やはり、この『X』印の所にいるのではないでしょうかキュ~」
「そうなのですか!? 私はてっきりこの『X』印は何か宝物があるやもと思っていたのですが」
「ルッチーことだから、その辺からこっそり見てたり?」
「「あー、あり得ますね(キュ~)」」
サフィラの台詞に二人は大きく頷いた。
「まぁ、危険はなさそうだし、目印の所もあとちょっとだし、行ってみれば何かわかるかもね」
サフィラはそう言うと、ぴょんと跳ねるように立ち上がる。
「さ、そろそろ進もうか。あんまりぼやぼやしてたら日が暮れちゃうし」
サフィラに続き、二人も立ち上がり、旅路を急ぐ。
目的地の『X』印まではもうすぐだった――。
●
「さて、いい所まで来てくれたね。そろそろアレの準備を始めようか」
薄暗い闇の中、ルチルの声が楽しそうに弾む。
「平坦な旅路じゃ依頼主のご希望に添えないからね。それに少しくらいはハプニングが無いと、物語にも『厚み』が生まれないんだよ」
ルチルは闇の中で瞳を閉じる。
「それにしても、変な依頼もあったものだ。いや、酔狂な依頼主もいたものだ、という方が正しいか」
言葉は木霊す。
視界が溶けて――開いた時には、別の何かの目線を借り受けていた。
●
――カリ。
「あれ、今何か聞こえなかった?」
休憩地点から10分ほど歩いた時、サフィラがふと足を止めた。
「そうですか? 特に何も聞こえませんでしたが……ハリス様何か聞こえましたかキュ~?」
「いえ、これといって特には。小鳥の囀りか葉擦れの音ではないのですか?」
立ち止ったサフィラに、二人は首をかしげ応える。
フィルエス大森林には命が多い。鳥、獣、虫、そして樹木。一見静かそうに見えても、耳をすませば様々な音が聞こえてくる。
二人もそんな音のどれかではないのかと言うのだが……。
――カリカリカリ。
「やっぱり何か聞こえる。ちょっと待って、今辺りを探るから」
サフィラは真剣な目で首を振ると、周囲に【探波】を放った。
「……あれ? なにこれ」
しばらく辺りを探っていたサフィラが、近くにあった大木の根元を指さした。
「何と申されましても、ただの木の様ですが……。何かありましたかキュ~?」
「えっと、この木、中身が無いんだよね。まるでくり抜かれたみたいに」
「ああ、それは永き樹齢を経た木にはよくある事ですね。中身が腐ろうとも、その程度の事で死んでしまう程、樹木は弱くはありません」
植物に関しては一日の長があるハリスが、大木を背に教師然と話をするが。
「あ、うん、そういう自然にできた感じじゃなくて、もっとこう、誰かがわざとやったあぁぁぁぁぁぁ!!!」
――メキメキメキ。
「来てる来てる! ハリー、きてる!!」
サフィラが慌てて声を上げた。
「はい? 何が来ているのでしょうか」
ハリスはわたわたと慌てるサフィラに首をかしげつつも、せっかくの機会だと熱弁体勢に入る。
「いいですか、樹木というものは――」
――メキメキメキ……。
「永期の年月の末、環境に適応――」
――ドォォォォォン!!!!
「ハリー!!」
傾いた大木は、熱弁を振るっていたハリスを巻き込む形で倒壊した。
巻き上げた土煙が辺りを覆い、視界を塞ぐ。
「そんな……ハリー、嘘だよね……?」
土煙を前にサフィラが呆然と佇む。
直撃だった。
教鞭に気を取られ、まったく気づいていなかった。
「ハリー!!!」
サフィラは倒れた巨木に向け、ハリスの名前を何度も叫んだ。
「はい、呼びましたか?」
「……は?」
「ごほごほっ……はぁ、まさか倒壊するとは。森枯れの呪いがこの辺りにも影響しているので――うん? サフィラ殿、どうかされましたか?」
「ハリー!!」
「はい、ハリスです」
身体についた土埃を払いながら、首をかしげるハリスに、サフィラは思わず突進していた。
「よかった……無事だったんだね」
サフィラはハリスの腕の中で彼を見上げる。その瞳には光るものが浮かんでいた。
「無事と言えば、無事ですね。突然突き飛ばされたこと以外は」
「……え?」
首をコキコキと鳴らすハリスに、サフィラは呆然と口を開ける。
「突き飛ばされたって……(nve)ちゃん!?」
サフィラはすぐにハリスの腕の中から脱すると、辺りを見渡した。
しかし、どこにも(nve)ちゃんの姿が見当たらない。
「そんな、まさか(nve)ちゃんが、ハリーの代わりに……」
考えられる事はただ一つ。(nve)ちゃんはハリスを助けようと、身代わりとなり、この大木に押し潰されたのだ。
「(nve)ちゃんっっ!!!」
サフィラががくりと膝から崩れ落ちた――。
安い獣脂ランプの炎に揺られ、壁に掛けた巨大な頭蓋骨が不敵に笑っていた。
自分以外の誰もいない世界で、羊皮紙に筆を走らせるリザードマン。
いや、一人ではない。机の上には小さな栗鼠がすやすやと寝息を立てている。
「ふぅ、少し肩が凝ったね」
こきりと小気味のいい音を響かせて肩を回したルチル・プルメリア・グレイハーツは、羊皮紙を改めて眺める。
びっしりと几帳面な文字が並ぶそれは、重要な情報――ではなく、ある物語だった。
そう、それは幻想の箱庭を巡る壮大なお話。
冒険者の冒険者による冒険者だけの冒険譚。
未だかつて誰も見た事がない、必ずや後世に語り継がれる一大叙事詩。
「なんて、大層なものでもないが……」
ルチルは口元を綻ばせ、しばし旅の想い出に浸る。
そう、あれは夏の暑い頃だった――。
●
「ぶはっくっょぉぉぉん!!!」
フィルエス大森林自慢の大木を揺らす程の大音声が響き渡る。
「ふぅ……やはり木陰は冷えますね。もう少し厚い防寒着を持ってくるべきでしたか」
ムズムズする鼻をこすりながらハリス・アル・ターミルが身体を摩った。
「ですから最初に申しましたのにキュ~。朝夕の森は寒くなりますとキュ~」
そんなハリスに、とても不思議な語尾付きで話しかけたネーヴェ・グラヌローザ。
「そうは申しましても、流石にネーヴェ殿と同じという訳にも参りますまい」
ハリスは困ったようにネーヴェを見下ろす。
ネーヴェは防寒からかなんなのか、なぜか青いリボンがチャ~ミングなゴマフアザラシ風の全身着ぐるみを身にまとい、首から『(nve)ちゃん』と書かれた木札を下げ、短い手足をパタパタと揺らしていた。
「何も同じ格好をとは申しませんキュ~。せめて、毛皮……そうですわ、毛皮ですわ! キュ~!」
「はっ! これはやってしまいました……大切な友人から贈られたあの穢れなき純白の毛皮を、よりにもよって忘れてしまうとは、このハリス一生の不覚! かくなる上は、この腹――」
「ハリー……」
と、ハリスがネーヴェの前で上着に手をかけた、その時だった。
突然、背後からした殺気に満ち満ちた声に、ゆっくりと振り向く。
「むむむ……ど、どうしたのですか、サフィラ殿! びっしょり濡れ濡れではありませんか!」
そこにはまるで滝で修行してきたのかと思う程にずぶ濡れになったサフィラ・アズラク・ナハルハルアリーブの姿があった。
「……どうしたもこうしたもないでしょ!? ハリーがくしゃみしたせいで上からなんかどばーーっと落ちてきたんですけど?! ってかなんであたしの所だけ落ちてくるわけ!? ハリーと(nve)ちゃんはちっとも濡れてないじゃない!!」
そう、先ほどのハリスのくしゃみが大地を揺らし、空気を震わせ、木々を騒めかせた結果、その葉に溜まった朝露が、サフィラに集中砲火したのだ。
「そう申されましても……しかし、見事なまでに一点集中ですね。一体どのような葉の形状をすればこのように一か所に振りそぐようになるのか。まだまだ知らぬ植物が多々ある。あ、ちなみにどの木です? ちょっと調べたいのですが」
「もぉ、ハリス様、そんな事よりも先にサフィラ様ですわキュ~。すぐに拭いて乾かしませんと、本当に風邪をひいてしまいますキュ~」
泣くぞ! と涙目のサフィラにとてとてと近寄った(nve)ちゃんは、懐で大事に温めてあったタオルをサフィラに差し出した。
サフィラは(nve)ちゃんの優しさに、感動に大粒の涙を浮かべながらタオルを受け取り――。
「魚くさっ!?」
その匂いに思わずのけぞった。
「あら、そんなに匂いましたかキュ~? 先日燻したての鮭の燻製なのですが、旅のお供に丁度いいかなと思いまして、お持ちしたのでございますキュ~」
「あ、そうなんだ。それは楽しみだね。……でも、その中に入れるのは、どうかと思うんだ……」
「まぁ、ご心配ありがとうございます。でも、今の私は(nve)ちゃんですので、(nve)ちゃんならどう持つかなと考えに考えた結果、やっぱり胃の中かなと思ったのでございますキュ~」
「ぇえっ! それで着ぐるみの中に……?」
「着ぐるみではございません。(nve)ちゃんですキュ~」
完全に役になりきっている彼女は、頬を膨らせてサフィラに抗議する。
「流石、徹底しておいでだ。それでこそ、我らが(nve)ちゃんですね……!」
一方、そんな(nve)ちゃんのこだわりに、ハリスはいたく感動していた。
「うぅ……もういいよ。これで拭く。――うっ」
ハリスに褒め囃されエッヘンと胸を張る(nve)ちゃんに、サフィラはがっくりと肩を落とし、鮭の燻製の残り香が薫るタオルで体を拭く。
「うっ……く――」
さい、とは言えない。これは仮にも(nve)ちゃんが懐から出してきたものだ。それを何度も「くさい」などと言えば、彼女を傷つける。そんな事になったら、せっかくの旅が――。
「ははは、実に魚臭いですな!」
「いや、デリカシー!!」
いつの間にか(nve)ちゃんから防寒用マラーを借りていたハリスに、サフィラは思いっきりツッコんだ。
「ハリー! (nve)ちゃんは女の子なんだから、そんなこと言っちゃダメじゃない! いくらゴマフアザラシ風だからっていっても、中身はねべちゃんなんだよ! 言っていい事と悪い事が――」
「ふふ、今度は鯵の干物でもご用意いたしますねキュ~」
「(nve)ちゃん……!!」
折角の心配がまったくの杞憂。(nve)ちゃんは嬉しそうにハリスに話しかけている。
森に入ってからずっとこんな調子で目的地を目指す3人。
今回の旅の目的地はフィルエス大森林にあるとある場所だった。
3人は落書きかと疑いたくなるような『宝の地図』を頼りに、人気のない森を進んでいく。
●
そして、そんな3人を木上から見つめる小さな瞳。
『ふふふ、楽しそうじゃないか』
そう、ラトだ。
ラトは3人に気付かれないように、葉の影に潜みながらその動向を見守っていた。
『そうそう、そのまま真っ直ぐだよ。大丈夫、今は危険はないから』
心の内でそう呟き、ラトは3人の旅先を見つめる。
●
「ねぇ、あたし、ちょっとお腹空いてきたんだけど」
「あ、鮭の燻製召し上がられますかキュ~」
「い、いや、それは一度火を入れてからにするね……」
「あら、そうですか。燻してありますからこのままでも召し上がれますよキュ~? あ、でも確かに一度炙った方がうま味が引き立ちますわね。流石サフィラ様でございますわキュ~」
「そうですね、私も(nve)ちゃんの自慢の一品を食してみたいと思っていたところです。一度休憩して息を整えましょう」
3人は手近な木の根元にスペースを見つけ火を起こし始める。
パチパチと薪の爆ぜる音を聞きながら、(nve)ちゃんの用意した鮭の燻製を炙り始めた。
「さて、召し上がってくださいませキュ~」
着ぐるみのまま焚火に炙られたものだから、額に大量の汗をかきつつ(nve)ちゃんが、二人に燻製を手渡す。
二人は待ってましたと齧りついた。途端、口の中に溢れる芳醇なうまみと香り。二人はあっという間に完食してしまった。
「実に美味でした。今度、是非製法を教えていただきたいものです」
「はい、もちろんでございますよキュ~」
(nve)ちゃんはハリスにニッコリと微笑む。
「それにしてもルッチーはどこに居るんだろうね」
おかわりの燻製を炙りながら、サフィラが辺りを見渡した。
昼でもなお暗い大森林。目的地は子供の悪戯のような地図が一枚。
そもそも、この旅はルチルが計画したもの。発案者が居ないでは話にならない。そう思いながら探すが、やはりルチルの姿はなかった。
「やはり、この『X』印の所にいるのではないでしょうかキュ~」
「そうなのですか!? 私はてっきりこの『X』印は何か宝物があるやもと思っていたのですが」
「ルッチーことだから、その辺からこっそり見てたり?」
「「あー、あり得ますね(キュ~)」」
サフィラの台詞に二人は大きく頷いた。
「まぁ、危険はなさそうだし、目印の所もあとちょっとだし、行ってみれば何かわかるかもね」
サフィラはそう言うと、ぴょんと跳ねるように立ち上がる。
「さ、そろそろ進もうか。あんまりぼやぼやしてたら日が暮れちゃうし」
サフィラに続き、二人も立ち上がり、旅路を急ぐ。
目的地の『X』印まではもうすぐだった――。
●
「さて、いい所まで来てくれたね。そろそろアレの準備を始めようか」
薄暗い闇の中、ルチルの声が楽しそうに弾む。
「平坦な旅路じゃ依頼主のご希望に添えないからね。それに少しくらいはハプニングが無いと、物語にも『厚み』が生まれないんだよ」
ルチルは闇の中で瞳を閉じる。
「それにしても、変な依頼もあったものだ。いや、酔狂な依頼主もいたものだ、という方が正しいか」
言葉は木霊す。
視界が溶けて――開いた時には、別の何かの目線を借り受けていた。
●
――カリ。
「あれ、今何か聞こえなかった?」
休憩地点から10分ほど歩いた時、サフィラがふと足を止めた。
「そうですか? 特に何も聞こえませんでしたが……ハリス様何か聞こえましたかキュ~?」
「いえ、これといって特には。小鳥の囀りか葉擦れの音ではないのですか?」
立ち止ったサフィラに、二人は首をかしげ応える。
フィルエス大森林には命が多い。鳥、獣、虫、そして樹木。一見静かそうに見えても、耳をすませば様々な音が聞こえてくる。
二人もそんな音のどれかではないのかと言うのだが……。
――カリカリカリ。
「やっぱり何か聞こえる。ちょっと待って、今辺りを探るから」
サフィラは真剣な目で首を振ると、周囲に【探波】を放った。
「……あれ? なにこれ」
しばらく辺りを探っていたサフィラが、近くにあった大木の根元を指さした。
「何と申されましても、ただの木の様ですが……。何かありましたかキュ~?」
「えっと、この木、中身が無いんだよね。まるでくり抜かれたみたいに」
「ああ、それは永き樹齢を経た木にはよくある事ですね。中身が腐ろうとも、その程度の事で死んでしまう程、樹木は弱くはありません」
植物に関しては一日の長があるハリスが、大木を背に教師然と話をするが。
「あ、うん、そういう自然にできた感じじゃなくて、もっとこう、誰かがわざとやったあぁぁぁぁぁぁ!!!」
――メキメキメキ。
「来てる来てる! ハリー、きてる!!」
サフィラが慌てて声を上げた。
「はい? 何が来ているのでしょうか」
ハリスはわたわたと慌てるサフィラに首をかしげつつも、せっかくの機会だと熱弁体勢に入る。
「いいですか、樹木というものは――」
――メキメキメキ……。
「永期の年月の末、環境に適応――」
――ドォォォォォン!!!!
「ハリー!!」
傾いた大木は、熱弁を振るっていたハリスを巻き込む形で倒壊した。
巻き上げた土煙が辺りを覆い、視界を塞ぐ。
「そんな……ハリー、嘘だよね……?」
土煙を前にサフィラが呆然と佇む。
直撃だった。
教鞭に気を取られ、まったく気づいていなかった。
「ハリー!!!」
サフィラは倒れた巨木に向け、ハリスの名前を何度も叫んだ。
「はい、呼びましたか?」
「……は?」
「ごほごほっ……はぁ、まさか倒壊するとは。森枯れの呪いがこの辺りにも影響しているので――うん? サフィラ殿、どうかされましたか?」
「ハリー!!」
「はい、ハリスです」
身体についた土埃を払いながら、首をかしげるハリスに、サフィラは思わず突進していた。
「よかった……無事だったんだね」
サフィラはハリスの腕の中で彼を見上げる。その瞳には光るものが浮かんでいた。
「無事と言えば、無事ですね。突然突き飛ばされたこと以外は」
「……え?」
首をコキコキと鳴らすハリスに、サフィラは呆然と口を開ける。
「突き飛ばされたって……(nve)ちゃん!?」
サフィラはすぐにハリスの腕の中から脱すると、辺りを見渡した。
しかし、どこにも(nve)ちゃんの姿が見当たらない。
「そんな、まさか(nve)ちゃんが、ハリーの代わりに……」
考えられる事はただ一つ。(nve)ちゃんはハリスを助けようと、身代わりとなり、この大木に押し潰されたのだ。
「(nve)ちゃんっっ!!!」
サフィラががくりと膝から崩れ落ちた――。