消えなかった遺言状

キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年09月13日 12時12分26秒

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 リーンエス王国北部の町ホークヤード。
 ローラント探偵事務所はこのホークヤード内の路地の、とある一角に玄関口を構えている。
 その日、所長代理ヴァン・ローラントは近所の商店で買い込んできたサンドイッチと山葡萄のジュースで、少し遅めの昼食にありつこうとしていた。
(どういう訳か、今日はやけに忙しかったな……)
 朝早くから近隣の主婦達からの探し物依頼が立て続けに舞い込み、朝食もろくに食べていなかった。半ば空腹感が麻痺しつつあったのだが、授恵者は体が資本である以上、矢張り何かを喉に通しておく必要があった。
 そうやってひと口ふた口と硬いパン生地を齧っていると、不意に玄関がノックされた。
 やれやれ、またか――ヴァンは半ば諦めた様に小さくかぶりを振り、サンドイッチを乗せた皿と紫色の液体で満たされたカップを戸棚の奥に押し込んだ。
「はい、どちら様で?」
 応対に出ると、年若い青年が佇んでいた。身なりが良く、どこかの商会の子息かと思われた。
「急にすみません。僕はチャーリー・カーターと申します。王国南部の町フラーディソンで海運業を営むカーター商会の者です」
 ヴァンは王国南部という言葉に妙な引っかかりを覚えつつも、チャーリー青年を応接卓まで招き入れた。どうやらこのチャーリー青年は、探偵としてのヴァンに依頼を申し入れたいらしい。
「急逝した父が家督相続について書き記した遺言状を、探して欲しいのです」
 それは、少しばかり奇妙な捜索依頼だった。
 件の遺言状の在処と内容については、書いた本人たる父親と、側近だったその秘書だけが知っていた。ところがこの両名は先般、馬車の事故で同時に亡くなってしまったのだという。
 その為、遺言状の行方が分からなくなり、誰がカーター商会を相続するのかという点について、兄弟間で争いが起きようとしているらしい。
「僕にはアレックスとバージルというふたりの兄が居ます。このふたりが、自分こそが相続人に相応しいといい出して争い始めているんです」
 チャーリー自身は家督相続には然程に興味が無く、いずれかの兄が家督を相続したところで気にもならないのだという。尤も、アレックスもバージルも性格に難があり、どちらが引き継いでも商会はいずれ傾くだろうという予測を立てているらしいのだが。
 本来であれば、カーター商会代表たる父が亡くなった時点で秘書が遺言状を読み上げ、カーター商会の権限やカーター家の財産についての相続を三兄弟にいい渡す手筈になっていたのだという。
 ところがその秘書も父と同じ日に亡くなってしまった為、問題が複雑化しているとの由。
「その秘書殿は、余程に御父君から信頼されていたようですね」
「はい……もしかすると、僕達なんかよりも遥かに目をかけていたのかも知れません」
 更に曰く、父は相当に疑り深い性格だったらしいが、その父が全面的に信頼を置いていたというのだから、相当な人物だったことが伺える。
 ここまでの説明で、大体の主旨は理解出来た。が、どうしても一点だけ引っかかる。
 何故、わざわざこのホークヤードまで足を延ばしてきたのか。ここからカーター商会のある王国南部の町までは相当な距離がある筈だ。近場に、頼れそうな伝手は無かったのだろうか。
「ホークヤード在住の知り合いからローラント探偵事務所のお噂を伺ったのと、近場のひとだと兄ふたりの影響を受けてしまいそうな気がしまして」
 アレックスかバージルに抱き込まれ、報酬を積まれて遺言状の偽装でもしかねない――チャーリーはその様な意味のことを口にした。
 この時ヴァンは違和感を覚えた。が、そのことについては敢えてこの場では触れないことにした。

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 その日の午後、ヴァンとチャーリーはホークヤードの冒険者ギルドを訪れ、ビッグオウムでの移動手続きを取った。チャーリーはヴァンが授恵者且つ冒険者であることを知らなかったらしく、相当に驚いていた。
「態々陸路を取らなくても、ビッグオウムで飛べばすぐです」
「あ……そ、そうですか」
 ふたりはその日の夜にはフラーディソンに到着していた。ヴァンはその足で冒険者ギルドに足を向け、数日分の宿を確保した。
 そして翌日。
 ヴァンはチャーリーの案内でカーター邸を訪問した。
 出迎えたふたりの兄、アレックスとバージルは露骨に胡散臭そうな顔つきでヴァンを出迎えた。
 応接室に通されたヴァンだが、アレックスもバージルも決してヴァンを歓迎している様子は見せなかった。
「ふん、探偵などという訳の分からん者を連れて来ずとも、我が家だけでどうにか出来たものを……」
 幾分ふんぞり返った様な調子でヴァンを見下ろすアレックス。
 一方のバージルはというと、ぶしつけな程の態度でヴァンのやや小柄な体躯を上から下までじろじろと舐める様に凝視しまくっていた。
「あんた、本当に探偵なのか? チャーリーに雇われた詐欺師か何かじゃないのか? 探偵なんて職業自体、全く一般的じゃねぇだろうに」
 流石にヴァンも、内心で苦笑を禁じ得ない。正直なところ、何だこの兄弟は、と呆れてしまった。だがこれも仕事だ。一応表面上は穏やかな顔色を演じつつ、チャーリーから依頼を受けた旨を説明する。
「何が遺言状だ。あんなものがなくとも、俺がカーター商会を立派に引き継いでみせる。俺以外に、一体誰が家督相続出来るというのだ?」
 アレックスがバージルとチャーリーに冷笑を浴びせかけた。するとバージルはふざけるなといわんばかりの勢いで唾を飛ばし始める。
「ば、馬鹿なことをいうんじゃねぇよ兄貴。俺こそがカーター商会の家督相続者に相応しいに決まってんじゃねぇか。親父の性格に一番近いのはこの俺だって、親父だって認めてたんだからな」
 父親の疑り深い性格を色濃く受け継いでいるのは自分だから、家督も相続されるべきだとバージルは声高に主張するが、アレックスはせせら笑うばかりでまるで取り合おうともしない。
 アレックスもバージルも、全く折れる気配が無い。チャーリーはそんなふたりの調子に、小さな溜息を漏らしていた。
「でもね兄さん達。遺言状は絶対だよ。この相続条件書がある限り、どうしようもないよ」
 いいながらチャーリーは、一通の書面を応接卓上に広げた。その書面上には、家督相続と商会運営権の相続についての条件が明記されていた。
 遺言状で名を読み上げられた者が家督相続を受けること。この遺言状が効力を発揮出来ない場合には、カーター商会の現運営執行部が家督相続者について協議することが記されている。
 アレックスとバージルは、二番目の項目に触れた時に、不機嫌そうな顔色を見せた。どうやらふたりとも、カーター商会の現運営執行部とは折り合いが悪いらしい。
「今のままだと争いは終わらないし、ふたりとも家督相続者として認められないかも知れない。だから僕は、こちらのローラント探偵に遺言状の捜索をお願いしたんだ。分かってくれるよね?」
 チャーリーの説得に、アレックスとバージルは渋々ながら応じる旨を口にした。
「こちらの相続条件書ですが、お借りしても宜しいですか?」
 ヴァンは応接卓上の書面に手を伸ばした。チャーリーが一瞬驚いた様子で口を開きかけたが、アレックスとバージルが好きにしろといい放ってしまった為か、それ以上は何もいおうとはしなかった。
「では失礼して……」
 何気ない調子で、ヴァンは相続条件書を懐に収めた。

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 カーター邸を辞したヴァンは、フラーディソンの王立役場へと足を向けた。だがその目的は遺言状の手がかりを得る為ではなかった。
 ヴァンが閲覧申請を出したのは、全く別の文書だった。そしてその内容を目にした時、矢張りそうか、と小さく呟いた。
(まぁ、そういうことなら、最後まで付き合ってやるさ……これも彼なりの良心なんだろうしな)
 意を決したヴァンは、取り敢えずその日はカーター商会本部や公文書館を訪れるなどして、遺言状捜索に全力を尽くす構えを見せた。
 途中、何度かカーター邸にも足を向け、アレックスとバージル両名に対して個別に面談を申し入れた。色々と聞いておかなければならないことがあったからだ。
 アレックスとバージルは兎に角も仲が悪い。だから敢えて個別での面談に踏み切った訳だが、その際にも彼らは互いの悪口を止めようとしなかった。
 どうしてそこまでお互いを毛嫌いしているのかと不思議に思える程の、仲の悪さだった。
 カーター商会でも、アレックスとバージルの評判はすこぶる悪かった。彼らは一応、故代表の息子達ということでそれなりの役職と肩書を持ってはいたが、能力面ではお世辞にも秀でているとはいえない存在だった。
 逆にチャーリーは実務的で商会運営の才能も見出されており、カーター商会の現運営執行部からもその実力を認められているという話であった。
 だがこれでいよいよ、ヴァンは確信を得る様になった。
(これはもう決定的だな)
 後はどうやって最終結論をあの三兄弟に突き付けてやるべきかと頭を巡らせたヴァンだったが、どうせ同じ結末ならば然程に悩むこともないかと、あっさり踏ん切りをつけた。
 その翌日も、ヴァンは朝からフラーディソン内を駆け廻った。特に目的がある訳ではなく、昨日同様、一応遺言状捜索に頑張っている姿をひとびとの目に焼き付ける為であった。
(そろそろ頃合いも良さそうか)
 正午を過ぎたところで、ヴァンはカーター邸へと足を向けた。
 チャーリーが幾分緊張した面持ちで出迎え、ヴァンを応接室へと通す。それからややあって、アレックスとバージルも姿を見せた。
 三人は揃って硬い表情だ。チャーリーは兎も角、アレックスとバージルはいよいよ家督相続に決着がつくのかという期待と不安を同時に抱いている様な顔つきだった。
 しかしヴァンは、チャーリーから預かった相続条件書を応接卓上にそっと差し戻しながら、淡々と告げた。
「遺言状は結局、見つけられませんでした。何者かに処分されたか、或いはそもそも未完成だったのかも知れません」
 その瞬間、アレックスとバージルは弾ける様な勢いで立ち上がった。
「そ、そんな馬鹿な! では、今の運営執行部に全てを委ねろ、というのか!」
「おい、う、嘘ついてんじゃねぇだろうな。隠したりしてんじゃねぇだろうな」
 激高するふたりに対し、ヴァンは無いものはどうしようもございませんと、冷たくあしらうばかりだった。

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 夕刻。
 宿屋で帰り支度を進めているヴァンのもとを、今回の依頼料を持参したチャーリーが訪問した。
 この時のチャーリーの顔は、とても晴れやかだった。流石にヴァンも、苦笑を禁じ得ない。
「結局遺言状は見つかりませんでしたが……その、今回は色々、ありがとうございました」
 ほっとした表情で依頼料を手渡すチャーリー。それに対してヴァンは、飽くまでも淡々と抑揚の無い声で、静かに応じた。
「遺言状など、最初から存在しなかった。私をここへ呼んだのは遺言状を見つける為ではなく、存在しないことを第三者に証明させる為……違いますか?」
 受け取った依頼料を旅行鞄に詰め込みながら、ヴァンは表情の乏しい顔で告げた。
 チャーリーは幾分はにかんだ笑みを浮かべつつ、矢張りバレていましたか、と少しばかり申し訳なさそうな調子で頭を下げた。
「あの相続条件書は、あなたが作成した偽物ですね。役場で御父君と秘書殿の筆跡が入った文書を閲覧して、すぐに分かりました」
 カーター商会はアレックスにもバージルにも引き継がせない。今回の一件は、その為に仕組んだチャーリーの策だった。或いは、現運営執行部の口添えもあったのかも知れない。
「でも、いつ怪しいと思ったんですか?」
「最初にうちの事務所で事情説明をなさった時ですよ」
 あの時チャーリーは、家督相続に対しては距離を取っている旨を告げたが、しかしその直後に、遺言状が偽造されては困るなどと矛盾したことをいい放った。家督相続がどうでも良いなら、遺言状が偽造されようが気にならない筈であろう。
 チャーリーは決してカーター商会を見捨ててはいなかった。寧ろ、ふたりの兄以上に大切に思っていた。だからこそ、兄ふたりを蹴落とす必要があった。
 これもチャーリーなりの良心だと悟ったからこそ、ヴァンは敢えて狂言に乗ることにした。
 ただ、それだけであった。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0