金翡翠の姫と月華の魔法使い

キャラクターノベル(グループ)制作 久生夕貴納品 2021年09月14日 11時52分29秒

 ――シンデレラは、魔法使いのまほう(メイク)でお姫さまになったのです

 ハーヴェンで開催された晩餐会は、夢のような料理の時間を経て、ダンスタイムへと移り変わっていた。
「大丈夫。さ、自信を持って、前を向いて」
 ダンスホールの入り口で立ち止まったララノア(お姫さま)の背を、ネーヴェ・グラヌローザ(榛の魔法使い)がそっと押した。
 アイシャドウに彩られた瞳が、不安げにこちらを向く。柔らかな山吹色が、新緑を思わせる彼女の瞳によく映える。
「ネーヴェ様のメイクの魔法は……凄いのでしゅ。私のような者でも……」
 いつもの瓶底眼鏡をはずし、髪もドレスも整えられたララノアは、誰が見ても可憐で愛らしい女性だ。元々持っていた彼女の魅力を、ネーヴェの魔法が引き出した。
「硝子越しではない、あなたの目で直接見る世界は、いかがですか?」
「皆さまとてもキラキラしていて……雰囲気に気圧されそうですが……」
 小さく深呼吸し、すっと背筋を伸ばす。
「……私は楽しむって決めたのです」
 色々なものを見て、聞いて、経験して。今の自分を精一杯生きると、決めたから。
 ネーヴェは微笑みながらうなずき、ララノアの手を取る。
「さ、一曲踊りましょうか。ふふ、お任せ下さいまし。私がリード致しますから」
 魔法使いに手を引かれた姫は、ダンスホールの中央へ歩み出た。
 ネーヴェのリードは自然で、ララノアは流れるように音楽に合わせてステップを踏む。
(足が軽い……羽が生えたみたいでしゅ)
 ダンスなんて自分には無理だと思っていたのに、体が動くたびに心が浮き立っていく。

 軽やかに、華やかに。
 姫の笑顔が咲けば、魔法使いの笑みも深くなる。

「ダンスって……楽しいのですね」
 こんなに自然に動けるのは、ネーヴェのリードのおかげ。踊れた喜び以上に、自分のために手を引いてくれる彼女の温かさが嬉しい。
「今のララノアさんは、とても魅力的ですわ。ほら、誰もがあなたに見惚れていますでしょう」
「ふえっ!? そ、そうでひゅか?」
 今夜のララノアは、見る者を惹きつける輝きをまとっている。それは着飾っただけでは生まれない、内面から匂い立つ美しさだ。
「ネーヴェ様も、綺麗で……見惚れてしまいましゅ」
 薄紫のドレスを着こなす彼女は、いつもゆったりとしていて余裕を感じさせる。自分もいつか、彼女のように優雅に踊れるようになるだろうか。
 いや、そうなりたい――ララノアの心に小さな灯がともる。
「……私、ダンスをもっと上手く……なりたい……です」
「ええ。いつでもお相手をつとめますわ。ララノアさんなら、きっとできます」
 告げた先で、新緑の瞳が気恥ずかしそうにうなずく。
 ”自分なんて”と思いがちな彼女が、踏み出すことを覚え、ひとつひとつ、かたちにしてゆこうとする。
 そんな友人のひたむきさを、ネーヴェは愛おしく思うのだ。
「あの……ネーヴェ様はどうして、いつも堂々と……できるのでしょう……?」
「私ですか? ふふ、意外とそうでもありませんのよ」
 そう言ってネーヴェはいたずらっぽく笑ってみせる。
「今だって、ララノアさんが心から楽しんでいただけているのか、心配になりますもの」
「そ、そんな……! 私、本当に楽しくて……」
「ええ、わかっていますわ」
 頷くネーヴェを、不思議そうに見上げる。銀細工のような瞳が、やわらかく細められた。
「あなたは嘘をつくような方ではありませんもの。なによりその輝く笑顔が、教えてくれます」
「では、なぜ……?」
 しなやかに手を引きながら、ネーヴェは当たり前のように告げた。
「ララノアさんのことが、大切だからですわ」
 大切な相手だから、何度も自分に問いかける。ちゃんと寄り添えているのか、彼女は今、幸せか。
 そんな風に思える相手がいることは、きっと素敵なことだから。
「……ネ……ネーヴェしゃまああああ」
 急に声を上げたララノアの顔は、どういうわけか今にも泣きだしそうだ。
「どうしました? どこか痛いのですか」
「違いましゅ……わ、私……嬉しくて……」
 きょとんとなるネーヴェの前で、彼女はぐすぐすと鼻をすすった。
「私も……ネーヴェ様のことが、大好きで……大切でし!」
 こんなにも自分を想い、寄り添ってくれる友がいる。
 嬉しくて、気恥ずかしくて、どうしようもないくらい胸がいっぱいになってしまって。
「ありがとうございます。あらあら、それ以上泣くとメイクが崩れてしまいますわよ」
 ネーヴェはグローブをはめた指先で、そっとララノアの目元をぬぐう。二人して微笑みあったとき、曲がアップテンポのものに変わった。
「さあ、ララノアさん。少し速くなりますけど、大丈夫ですわね?」
「はいっ! その……頑張りましゅ!」

 金翡翠の姫と月華の魔法使い。
 ふたつの花が、くるくると舞い踊る。
 ステップを踏むたび笑みが咲き、音楽が弾むたびにドレスの裾が踊り華やぐ。

 ネーヴェが心から楽しませようとし、その想いにララノアが呼応した。
 友と過ごすひとときを愛し、めいっぱい楽しむ二人の笑顔は、どんな魔法より彼女たちを輝かせる。
 やさしくて、綿菓子のようにやわらかな時間――

●それは瞬く間に

 楽しいひとときは、例外なく駆け抜けてゆくもの。
 ダンスホールを彩る花々の頭上で、刻(終幕)を告げる鐘がなった。
 夢のような時間は終わり、二人は名残惜しさをそっと胸に忍ばせながら、会場を後にする。
「はあ……とっても楽しかったのです」
 ララノアはいまだ夢心地で、頬を上気させている。先ほどまでステップを踏んでいたせいか、足元がふわふわと浮遊感に包まれていて。
 このまま、空へだって飛んでいけそう――
「わわわっ!」
 気がついた時には階段から足を踏み外していた。派手に転んだお姫様を、ネーヴェが助け起こす。
「ララノアさん、お怪我はありませんか?」
「しゅ、しゅみませんでし! く……靴が……」
 見ればララノアの足元から、靴が片方無くなっている。転んだ拍子に脱げてしまったのだろう。
「少しお待ちになってくだささいね」
 ネーヴェは靴を拾うと、スマートな所作で跪いた。
「さ、お姫様(シンデレラ)。どうぞ」
「わわわわ、ネーヴェ様にそんなこと……!」
 恭しく靴を差し出す魔法使いに、ララノアは慌てふためいた。
 こんな時でもドジっ子発動してしまう自分が恥ずかしくて、友人に申し訳なくて、消え入りそうになる。
「私の魔法は、時計の鐘がなっても解けませんのよ」
「え……?」
 ネーヴェはララノアの足に靴を履かせながら、微笑んだ。
「お姫様、前を向いて。あなたは美しいのだから」
「ネーヴェ様……」
 立ち上がった二人は、手を取り歩き始める。足を踏み出したララノアの表情から、泣き出しそうな色は消えていた。

 ふと空を見上げれば、小さな宝石のような星々が瞬き始めている。そのひとつ、ひとつを見つめてから、ララノアはネーヴェを振り向いた。
「今日は本当に……ありがとうございます……」
「こちらこそ、ご一緒していただけて嬉しかったですわ」
 美しい魔法使いは、宵の中でもやっぱり綺麗だった。

 私の大好きで、大切な友だち。

「ねえ、これから二次会に行きません?」
「はいっ。行きたいでし!」
 即答するララノアを見て、ネーヴェは思わず笑みをこぼす。
「今夜はたくさんお喋りしましょう」
 まだまだ時間は、いくらだってある。
 月華の魔法使いが奏でる魔法は、永遠に解けないのだから。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0