孤独の花

キャラクターノベル制作 赤坂納品 2021年09月06日 12時31分00秒

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 自分が無力である事さえも知らなかった。
 恐怖というものの冷たさに無頓着だった。
 ヒトがどれほど恐ろしく笑う生き物なのかを理解させられた。
 けれどそれ以上に強くこの瞳を焼いたのは、暗闇を斬り裂いて現れた一筋の光と、差し出された手の暖かみ。
 あの日見た一人の騎士の姿は、どれほど高価な絵画よりもずっと上等な額縁に納められて、今もわたしの心の一番奥で鮮烈な光を放ち続けている。

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 パンクリアース学園への入学が決まった半年ほど前から、ゲルダ・クラインは同じ時期に入学する生徒の名簿を両親から渡された。そして、爵位を持つ家柄の生徒の名前は毎晩の夢に出るほど暗記させられた。その家の領地、輸出入、取り引きのある商家、先々々々……代の当主の名前と、その人物の武勇伝まで教え込まされる事もあった。
「名前はもうイヤ! これ以上覚えさせようとするなら、ぬいぐるみ三年分を要求します!」
 ゲルダの精一杯の抵抗の結果、両親はゲルダの私室をぬいぐるみで埋め尽くした代わりに、依然として名前を覚えさせる権利を獲得した。当然不服であったゲルダが両親の所業の意味を知ったのは、入学した後の事であった。
 パンクリアース学園は建前の上では学業の場でありながらも、実情は貴族らの政治の道具であった。このため、相対する人物の政治的な背景を知る事が極めて重要である事を、ゲルダの両親はよく理解していたのだ。

 学園に入学した後、ゲルダは名簿の知識に従い、ある女子生徒に声をかける事を決めた。
 名簿が正しければ、その生徒は平民の出だが、騎士に就任する事を夢見ているらしい。
 ゲルダがその生徒に興味を持った理由は、“誰かを護れる自分でありたい”という彼女の漠然とした夢にあった。
 幼い頃、ゲルダは身代金を目的に拐かされた経験があった。そして、恐怖に震えるばかりであった自分を救い出してくれた一人の騎士の姿に、たとえようもない輝きを見た。いつしかそれは、人生の目標となっていった。
 一方で、この夢を誰かに打ち明ける事はしてこなかった。商家たれと育てられた以上、それを口にする事は両親への裏切りになると考えていたのだ。
 だが、学園という数多の人間が暮らす環境に立てば、この夢を分かち合う誰かに巡り合う事が出来るのではないか?
 そのような淡い期待は、この日、儚くも霧散する事となったのである。
(ヒトって、色々な考えがあるんだな。同じような夢なのに、全然違う事って、あるんだな)
 件の女子生徒が騎士を目指す理由は、金銭であるようだった。
 リーンエス王国から正式に騎士として認可を受ければ平民としては破格の給金を得る機会にありつける。その女子生徒が騎士という立場に見出したものは、富であったのだ。
(色んな人がいるっていうのは……自分と“同じ”が沢山いるんじゃないんだ。自分と“違う”が、沢山いるって事なんだ……)
 この経験は、他者に必要以上に踏み込まない事をゲルダに学ばせた。

 ゲルダのクラスメイトで最も権力を持つ生徒は、公爵家の子女であった。
 非常に遠縁ではあるが王家の血筋を引いていたため、彼女がヒエラルキーの頂点に立つ事に異を唱える者は誰もおらず、当人もそれが当然だと心得ていたようだった。
 公爵令嬢には、早くも恋仲の生徒がいた。
 何れは政治的な選定によって嫁ぎ先が決定されるであろうため、表立っての付き合いではなかったが、生徒は皆知っていた。本人も隠す気など微塵もないらしく、教場ではよく恋仲の生徒の話をした。
 だが、子供の未熟な恋愛だ。当初こそ幸せばかりを口にしていた彼女は、徐々に呪いの言葉を呟くようになる。思い通りにならぬ恋愛を涙ながらに相手のせいにする。取り巻きがそれを慰める……そんな光景が繰り返された。
「そんなに辛いなら、別れちゃえばいいのに」
 ゲルダも幼かったのだろう。他意の無い感想だったが、言葉にした事がまずかった。
 ゲルダの発言は、聞きつけた他の生徒の手ですぐさま公爵令嬢の耳に入る。翌日ゲルダが登校すると、クラスメイトの誰からも透明人間のように無視された。この扱いは、公爵令嬢が飽きるまで続いた。

 そのような生活でも、楽しくないという事はなかった。元来、学ぶ事は嫌いではない性分だ。それ故に良好な成績の者として目立つ事もあった。
 加えて、本人は自覚していなかったが、その容姿は際立って可憐であった。百人の中では分からぬが、十人の中では間違いなく目を引く顔立ちだった。
 ゲルダに好意を寄せる男が現れたとて、何ら不思議な事ではないだろう。
 ある時期から、同じクラスの男子生徒に頻繁に声をかけられた。ゲルダにはその理由が分からなかったが、相手が何かを期待している事は分かった。
 その期待を裏切らぬよう、ゲルダは笑顔で応対をした。気をよくした相手の男は、暫くは良い夢を見られたに違いない。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0