友よ、またどこかで

キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年09月05日 12時54分22秒

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 月が傾き始めた深更――カペル侯爵領辺境の地、カジュラ渓谷。
 その奥深い谷底に、一件の廃屋が佇んでいる。
「あそこに、イザベラが」
 茂みの奥に身を隠したふたつの人影の一方が、低く絞り出す様に囁いた。絹の如き滑らかな金髪と、鋭く射貫く様な紫の瞳が特徴的なエルフの青年だ。
 傍らには白い髪に青い瞳がよく映える、端正な顔立ちのヒューマン男性の戦士。外見は若いが、その表情にはベテランの古強者を思わせるいぶし銀の重厚さが見え隠れしている。
 エルフ青年の声に、ヒューマンの戦士は低く頷いた。
「下級吸血鬼とはいえども、油断は禁物だよ」
 愛用の長剣を鞘から抜き払い、ヒューマンの戦士――アルヴィン・カペルは腰を浮かせた。裏手に廻り込み、密かに潜入しようというのである。
「ディヴァンス、撃ち込むタイミングは任せたよ。僕は奴が表に出たところで突入する」
 エルフの青年ディヴァンス・ファルヴェントが静かに頷き返すと、アルヴィンは茂みの裏側を静かに駆け抜けてゆく。それから数分後、アルヴィンの影が廃屋の裏手に廻り込んだことを遠目に確認したディヴァンスは、自らも茂みの中から飛び出して正門の門柱付近へと一気に奔った。
 屋内には動く気配は無いが、相手は吸血鬼。そもそも死者なのだから、生者同様に気配を感じさせるのかどうかも怪しい。
 ディヴァンスは門柱の陰から上体を乗り出す様な格好で愛用の長弓に矢をつがえ、木製の玄関扉目掛けて立て続けに放った。
 二発、三発、四発と鏃が撃ち込まれ、五発目の矢を構えたところで玄関扉が内側から派手に蹴破られた。
 月光が照らし出す薄明かりの中に飛び出してきたのは、病的な程に白い肌の中年男。血走った眼と不自然に突き出た犬歯から、最早通常の人間ではないことが伺える。
 アルヴィンの婚約者を攫った吸血鬼だ。
(さぁ、追ってこい)
 ディヴァンスは踵を返して廃屋から遠ざかる姿勢を見せたが、上体だけは半身で斜め後方に振り向き、弓を構え続ける。敵に背を向けるのではなく、矢の牽制を加えながら廃屋から引き離す囮になろうという訳だ。
 吸血鬼は獣の如き咆哮をばら撒きながら、獰猛な勢いでディヴァンスの追跡に入った。

 十数分後、眠れる美女を抱きかかえたアルヴィンは、ディヴァンスとの合流予定地点へと足を急がせた。今宵の目的は婚約者のイザベラを救出することであり、吸血鬼撃破は必須ではない。先ずは兎に角、三人が無事にカジュラ渓谷から生還することが何よりも重要であった。
 渓谷の断崖上へと駆け登ったアルヴィンは、待機していたカペル侯爵家騎士団に未だ意識不明のイザベラを預けると、自らは再び渓谷の底へと舞い戻った。
(どうしたんだディヴァンス……何か、あったのか)
 じわりと焦燥の念が鎌首をもたげる。それでも何とか冷静さを保ち続けることが出来たのは、アルヴィンが授恵者だったからに他ならない。
 そしてディヴァンスもまた、授恵者だ。下級吸血鬼如きに後れを取る筈が無い。
 そんなアルヴィンの想いを裏打ちするかの様に、渓谷の底に近い斜面で、岩陰に潜んでいるディヴァンスの姿が見えた。ディヴァンスの方でもアルヴィンに気づいたらしく、頭を下げろというジェスチャーで手信号を送ってきた。
 敵が近くに居るのか――アルヴィンは咄嗟に判断し、手近の茂みの中に飛び込んだ。
 月光の中で再び、ディヴァンスが手信号を使って下級吸血鬼の位置を伝えてきた。敵は渓谷の底を流れる小川のほとり、巨大な岩陰の向こうに身を潜めているらしい。
 ディヴァンスは弓を構えて岩陰から上体を乗り出した。同時にアルヴィンも斜面を一気に駆け下り、巨岩の後方を伺う位置へと走る。
 耳障りな咆哮が闇の中で震撼した。ディヴァンスの矢が数発撃ち込まれ、敵はその場に釘付けになっている。当然、アルヴィンの接近には気付いていない。
 ディヴァンスが矢を撃ち込む手を止めた。吸血鬼はここぞとばかりに巨岩の陰から飛び出したが、そこにアルヴィンの白刃が待ち構えていた。
 その瞬間、下級吸血鬼の首から上が胴部と永遠の別れを果たした。

 吸血鬼を仕留めたアルヴィンが、ディヴァンスのもとへと駆け寄る。
 ディヴァンスは脇腹から僅かに血を流していたが、動けない程ではない。
「案外、すばしっこい奴だった」
 自らの負傷よりも、敵の能力分析に意識を割く辺り、相変わらずだなとアルヴィンは苦笑を禁じ得なかった。だが兎に角も、敵は斃したのだ。後は渓谷上に引き返し、手当てを受けてカペル邸に戻るだけである。
「さぁ、帰ろう……また今回も、君には大いに助けられたね」
「当然のことをしたまでだ。友の嘆く姿など、見たくはないからな」
 アルヴィンはディヴァンスに肩を貸して、坂道を登り始めた。
 だがこの時、ふたりはまだ気づいていなかった。
 あの下級吸血鬼がディヴァンスに与えたのはただの傷ではなく、ある特殊な呪毒を含んだ一撃だったのだ。この呪毒は長い時間をかけて、ゆっくりとディヴァンスの精神を蝕むこととなる。
 この事実にディヴァンスが気づいたのは、これから数十年後のことであった。

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 ディヴァンスには、友との約束があった。
「自分と同じ白髪青眼の子孫が生まれたら、それは僕の生まれ変わりだから、どうか友人になってほしい」
「必ずまた、君に会いに来る」
 それは他人を嫌う友の為であると同時に、自分自身の願いでもあった。
 また一緒に冒険を――その当該の子孫が10歳の誕生日を迎えた暁には、ディヴァンス自らがその手を引いて、共に諸国を旅巡りして欲しいというのが、友からの最後の願いだった。
 友の訃報を聞いた時、ディヴァンスは途方も無い喪失感に襲われ、自らが率いていたカペル侯爵家の諜報組織『青薔薇』の指揮権をも放棄してしまおうかという程の自暴自棄状態に陥った。
 だが、ディヴァンスの壊れかけた心をすんでのところで救ったのは、友とうり二つの外観を持つ少女、シルヴィア・A・カペルの屈託の無い笑みであった。
 シルヴィアの姿は友の若き日の姿と比較しても、まさに生き写しといっても良い程によく似ていた。
 アルヴィンはもともと、始まりの百家のひとつである某伯爵家の出身だと聞いていた。貴族でありながら自由人であり、妻が作る花の砂糖漬けが好物という家庭人でもあった。
 シルヴィアの面には、そんなアルヴィンの面影が色濃く浮き出ていた。
 それは僕の生まれ変わりだからというあの台詞は、まさしく現実だったのか――ディヴァンスは、改めて友の言葉を信じることにした。
 何とか己の精神を前向きな方向に繋ぐことが出来たディヴァンスはカペル侯爵邸を訪れ、アルヴィンとの約束を果たしたい旨を伝えた。
 この申し出はカペル侯爵家を上から下までひっくり返す程の騒ぎに発展したが、結局は事実上の権力者たるイザベラの鶴のひと声と、シルヴィア自身のディヴァンスと一緒に旅をしたいという意思を尊重する形で何とか承諾を取り付けた。
 旅の名目はディヴァンスの故郷を目指す教育旅行、というものであった。
 そしてこの決定が下った時から、まだ10歳の少女に過ぎなかったシルヴィアはディヴァンスを『先生』と呼ぶようになった。
「先生、宜しくお願いします」
 まだ幼さを残すシルヴィアの、あどけない笑顔。だがその容貌はまさしく友のそれだった。
 初めて出会った時には内心に激しい動揺を抱いたディヴァンスだったが、数度顔を合わせた時には、寧ろ安堵感が己の中に広がってくるのを実感していた。
(友よ……また会えたな)
 そしてディヴァンスの故郷、フィルエス大森林の奥深くに巨大な集落を形成する氏族の里を目指す旅へと出立した。そこは五大氏族『ロスラバ(樹花)』を源流とするエルフ至上主義の集落だった。

 教育旅行は直接にフィルエスを目指すのではなく、ロスガリア大陸の東方からぐるりと回り込む形のルートが取られた。シルヴィアに諸国の様々な事情を見せることも、この旅のメインテーマのひとつだったからだ。
 シャルガネ居住区では、シルヴィアは思わぬ実力を発揮した。文筆業の才能である。
 たまたま滞在先として選んだのは、下町の旅館だった。ディヴァンスはここで数日賭場に潜り込み、予想外に消費の早かった路銀をこの地で補充することにしたのである。
 多少のイカサマも躊躇わない。バレなければ、それはイカサマではないのだという強気の精神で押し切るという一面が彼にはあった。
 そしてその間、シルヴィアはひとりで過ごす時間が多かったが、心配の必要は無かった。彼女には早い段階から剣術や体術を基礎から叩き込んでおり、大のおとなが数人がかりでも組み伏せることが困難な程に、シルヴィアは戦士として急成長を遂げていたのである。
 そんな訳で、シルヴィアはシャルガネ居住区の下町を自由に散策する時間を得た。
「あらお嬢ちゃん、こんなところをひとりでうろついてたら、変なおじさんに引っかかってしまうよ」
 シルヴィアに声をかけてきたのは妙に大人の色気が漂う、派手な衣装の女だった。後で知ったことだが、この時シルヴィアが散策していたのは遊女街だったのだ。声をかけたのは近隣では比較的名の知れた遊女だった。10歳前後の娘がひとりで徘徊するのは拙かろうということで、心配になったのだという。
 素直なシルヴィアは遊女に手を引かれるまま、お茶屋へと足を運んだ。ここで時間潰しがてら、シャルガネ文字の手習いを受けることにした。
 シルヴィアの学習能力は恐ろしい程に速く、遂には遊女達から恋文の代筆を任される程にまで上達した。当初シルヴィアは遊女達が使う言葉の意味など然程に理解しないまま、彼女達の口言葉をそのまま文章に書き留めることに専念した。
 だが次第に、自分の文章を書きたいと考える様になった。そして矢張り、言葉の意味が分からないと成立した一文が書けないことに気付いたシルヴィアは、賭場帰りのディヴァンスに遊女達から聞きかじった言葉の意味を立て続けに質問する様になった。
「一体どこで、そんな言葉を」
「だって先生が、路銀は自分で稼げって仰ってましたから」
 ディヴァンスは思わず頭を抱えた。この年で早くも耳年増になろうとは、流石に想定していなかった。
 結局ディヴァンスは、艶やかな遊女言葉を一般的な表現に置き換えて教えることにしたが、それでもシルヴィアは矢張り女性だ。男女の機微の何たるかを、この時から既に理解する様になっていた。
 だが、ディヴァンスが真に困惑する事態に直面したのは、寧ろこの後だった。

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 シルトラース帝国を東西に横断し、いよいよフィルエス大森林へと向かう途上。
 シルヴィアはどういう訳か、若き日の祖父アルヴィンの言動を真似ることが多くなってきた。更には男子の服装にまで手を出す様になった。
 ディヴァンスはこれらの言動が、先生を喜ばせたいという一心から出たシルヴィアの思い遣りだということを理解していた為、渋い表情を浮かべることはあっても、無理に制止することまではしなかった。
 切欠は恐らく、シャルガネでの代筆業だろう。ひとの心を文章に書き留めることを続けるうちに、先生が何を欲しているのかということをシルヴィアなりに考える様になったものと推測される。
 それでも最初のうちは、子供の気遣いに過ぎぬと己を制することにした。それがディヴァンスに出来る、唯一の解決方法だったから。
 その様な状況下で、ふたりは遂にフィルエス大森林へと足を踏み入れた。

 ディヴァンスの故郷たる氏族集落は、何十年ぶりかで里帰りを果たしたディヴァンスを快く出迎えたものの、シルヴィアに対しては形の上では歓迎の意を示しながら、しかし放たれる視線にはどこか冷たいものが含まれていた。
 それはシルヴィアが男子の様ないでたちと、少女らしくない言動や振る舞いをしているから、ということには端を発していない。純粋に彼女がヒューマンだからという種族的な壁が、そこにあったからだ。
 シルヴィアは困惑を抑えることに必死だった。
(本当にこの中から、先生の後任を選ぶことが出来るのかな)
 実はシルヴィアには亡き祖父アルヴィンから、ひとつの命題が与えられていた。
 ディヴァンスが選ぶ青薔薇マイスター後任適格者を、シルヴィア自身の言葉で説得し、納得させるというものであった。
 既にディヴァンスは、後任候補を決めているらしい。ふたりはユルヴェウス氏というエルフ一族のもとを訪ねることになった。ディヴァンスはユルヴェウス氏を、優しい一族と称えていた。
 シルヴィアとアーカネラ・ユルヴェウスの出会いは、この時が最初だった。そしてディヴァンスはアーカネラこそが青薔薇マイスター後任に最も相応しいと心に決めていた。
 ユルヴェウス氏の領地は、彼らが属する氏族集落からは少し距離を置いた場所にあった。
 聞けば、ユルヴェウス氏は他のエルフ氏族社会とは対立しているというのである。
「昔ね、迷い込んだ東方のヒューマン一族を助けたことがあったの。それからユルヴェウスは、他のエルフから爪弾きにされる様になったって訳」
 自身の艶やかな黒髪を何気なく撫でさすりながら、アーカネラは寂しそうに笑った。例え他のエルフ達と対立しようとも、ユルヴェウス氏は同じ黒髪を持つ者達を庇い続けた。彼らを何とか人里へ送り届ける努力をしているだけだという主張も通じず、遂には対クリーパー戦に於いて囮扱いされる始末だったのだという。
 これが優しい一族と呼ばれる所以か。シルヴィアは年少ながら、その意味を理解した。
「それでもユルヴェウスは志を曲げなかった。私はその意志を受け継いだことを、誇りに思ってるの」
 歓待の食事の席で、アーカネラは艶っぽく笑った。その笑顔が、シルヴィアには印象的だった。
 そして同時に、このひとならば青薔薇マイスター後任に相応しいと、自身の心の中でひとつの結論をもたらす結果となった。

 フィルエスを離れ、カペル侯爵領への帰還の旅に出ようという日の朝。
 ディヴァンスはアーカネラに青薔薇マイスター就任を打診した。アーカネラはディヴァンスのことを心から大事に思っている様子だったが、しかし様々な理由から固辞した。
 ここが勝負所だ――シルヴィアはアーカネラに真剣な眼差しを向けた。
「是非とも貴女に、青薔薇マイスター後任の務めを受けて頂きたい。これはカペル侯爵家からの正式な要請と受け取って頂きたいのだ。貴女だからこそ、是非受けて欲しい。私の偽らざる願いです」
 シルヴィアの真摯な響きを伴う声に、アーカネラは何か運命的なものを感じたのかも知れない。ディヴァンスの口説き文句には全く首を縦に振ろうとしなかった彼女だが、シルヴィアの願いを、ふたつ返事で受け入れたのである。
 その時、ディヴァンスの瞳の中に愕然たる色が浮かんでいた。彼の脳裏に、ある幻聴が響いていたのだ。
『友を取り戻した同胞に祝福を!』
 ハイアルヴの交感――ディヴァンスは、その様に感じた。
 アーカネラの快諾を受け、シルヴィアは大いに喜んだ。だがその小さな美貌が戸惑いに染まる。出立直前、ディヴァンスがシルヴィアの服装や髪型をアルヴィンそっくりに矯正させ、言葉遣いにも妙な指導を加える様になったのだ。
 そして出立の時、アーカネラは不安に襲われた。珍しく朗らかな表情のディヴァンスとは対照的に、すっかり別人の格好にさせられていたシルヴィアの困惑の表情に、不審の念を抱いたのである。

 数日後、リーンエス王国とディズル大湿地帯の境に接する商業の町メーンスの宿で、アーカネラがふたりに追いついてきた。
 ふたりが荷物を下ろした宿部屋に踏み込むなり、アーカネラはディヴァンスに詰め寄った。
「ディヴァンス……シルヴィアに一体、何をしたの?」
「何をいっている? 彼はアルヴィンだ」
 妙だ、何かがおかしい。
 アーカネラは自らの直感を信じ、ほぼ不意打ちに近しい形で強力な解呪を問答無用で施術した。何事かと驚くディヴァンスだったが、アーカネラは敢えて無視し、今度はシルヴィアに問いかけた。
「今度はあなたに訊くわね……あなたは、誰?」
「私はシルヴィアよ」
 そのシンプルで明解な応えに、ディヴァンスは膝から崩れ落ちた。その瞬間、ディヴァンスは全てを理解したのである。
 彼はシルヴィアを、我が子の様に愛していた筈だ。それがいつから、友と取り違える様になったのか。
「さっきの解呪に対する反応で分かったわ……ディヴァンス、あなた何かの呪毒を受けていたのよ。それも、もう何十年も前にね」
 アーカネラの指摘を受けて、ディヴァンスは漸く頭の中の靄が晴れる様な気分だった。
 そうか、あの吸血鬼の――だが、全てが遅すぎた。
(私は……友に何と詫びれば良い?)
 それは一生、答えが出ない難問かも知れなかった。
 そしてその翌日、ディヴァンスはシルヴィアとアーカネラの前から忽然と姿を消した。
 アーカネラ宛に一通の手紙を残して。
 そこには、こう書き残されていた。
『アーカネラ、お前こそが私の本当の祝福だった』
 泣きじゃくるシルヴィアを慰めながら、アーカネラは静かに決意した。青薔薇を必ず守り切る、と。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0