想い出を夏に刻み

キャラクターノベル(グループ)制作 小緑 一滴納品 2021年09月19日 16時02分51秒

「絶好のBBQ日和ですわね」
 夏の日差しで儚く溶けてしまいそうな可憐な佇まいでありながら、ネーヴェ・グラヌローザからは太陽にも負けぬほどの活気がほとばしっている。
 白いレースの繊細な模様を青い生地が際立たせる上品なビキニ。お嬢さん風のカンカン帽と透けるほどに薄手のガウンが太陽光を和らげる。鮮やかなオレンジ色の花飾りに目を引かれるが、髪留めや太もものレース飾りの中に可愛らしいデザインで取り入れられた魚の存在がオシャレなアクセントになっている。
 その手にしっかりと握られた白い三叉槍(トライデント)は魚獲りへの熱意の証。背後に大漁旗の幻覚さえ見えてきそうだ。
 海の行楽にはしゃぐ――いや、漁の機会に腕を鳴らす恋人の横ではキーゼが竃の準備中だ。砂の上で直に火を燃やさずに済むよう焚火台を設置し横三方を囲む。薪をくべやすいか。しっかりと安定しているか。そういった確認をしつつ効率的に作業を進めていく。
 キーゼが着ているものは黒いシャツにハーフパンツ型の水着。白地の水着のサイドにすっと走る青のラインが、大人らしい爽やかさを演出している。ネーヴェの水着と色合いが揃っており、二人の関係を無言のうちに主張しているようだった。
 今日は仲の良い九人のメンバーと動物達でビーチに遊びに来ている。快適に整備された海で、海水浴はもちろんのことBBQや魚の銛突きも楽しめる場所だ。
 宿もとってあるので帰りの心配はいらない。心置きなく夜まで遊び尽くすことができる。
「キーゼの旦那、俺に手伝えることはあるかい? しかしネーヴェの嬢ちゃんは随分と気合が入ってるなぁ」
 パヴェル・A・サムルガチェフが穏やかに目を細める。その腕の中には優雅なふかふかの毛並みの白い猫、フーアが抱かれている。
「こう見えて日常的に魚を獲っておりますの。海鮮類はどうぞお任せ下さいまし」
「期待してるぜ。フーアもついていったらどうだぁ?」
「んなぁお」
「はは。フーアは魚獲りに精を出すって気分じゃねぇんだなぁ」
 毛繕いに勤しむ相棒にそそぐパヴェルの眼差しには慈愛が含まれていた。そんなパヴェルの姿が、まるで猫と仲良しな優しくおっとりした大型犬のように映って微笑ましい。

 漁に向かうのはネーヴェとルベア・ベルニ。
 ルベアは黒に近い青灰色のフレアビキニ姿だ。同色のパレオと白い羽織で露出は抑えている。上着とパレオには花モチーフの模様がさりげなく入れられ、肩紐の留め具にも小さな花がついている。落ち着いた配色で一見クールだが、可愛らしさがこっそりと忍ばされたルベアらしい水着だ。
 羽織の上から無意識に左腕を撫でさすった後、ルベアは魚のいる海に視線を向けた。
「漁のコツとかあるのかしら?」
「岩陰にいる魚は狙い目ですわ」
 目を輝かせてネーヴェは漁のアドバイス。
 ルベアも理解が早い。
「なるほど。逃げる方向が限られている獲物は仕留めやすいでしょうね」
 どう魚を狙っていくか、二人で作戦を練っていく。

 準備が整った竃のそばでは、エル=バ=ノイアンが持参した夏野菜の下拵えを進める。瑞々しいピーマン。朝に採った皮付きのトウモロコシ。長かったり丸かったりと生命力のまま自由に成長したナス。
 どれもノイアンがその手で育てたものばかりだ。ロスガリア農業協同組合所属は伊達ではない。
 野菜は串に刺しやすいサイズにカットし、ナスとピーマンの一部は肉詰め用に縦半分に。
 まな板の上でカットされるズッキーニを見て、粽は不思議そうに首を傾げ、大福は笑顔を弾けさせる。
「わぁ! おっきなキュウリなのだー!」
「たしかにそっくりだけど、あれはズッキーニって野菜なんだ。キュウリとは味や食感が違うから食べてみてのお楽しみだ!」
 シャルガネの倭桜ノ街育ちの大福にはズッキーニよりもキュウリの方が馴染み深い野菜だ。そんな微笑ましい勘違いをフラム・アニムスが優しく訂正した。
「ああ……癖はなく初めてでも食べやすい野菜だと思うぞ」
 彼をよく知らない者からは怖いと思われがちな顔。無愛想ともとれる態度。しかしその言動からはノイアンの優しい人柄がにじみ出ていた。
「お。嬢ちゃん達が戻ってきたみたいだぜ」
 海を見やるパヴェルの視線の先には、得意げな笑みでこちらに手を振るネーヴェとルベアがいた。
「小さい魚がたくさんと、茶色くて平たい魚が獲れたわ。ヒラメやカレイじゃないみたいだけど食べられるみたいよ」
 ルベアが獲ったのは小アジとマゴチ。どちらも今が旬の美味しい魚だ。
「私はクロダイを仕留めましたわ」
 大物をゲットしたネーヴェは満ち足りた表情だ。

 竃に火が起こされ、鉄板の上には食材が並べられた。
「潮風を感じながら皆で食べるお食事は最高ですねー! 準備をしてくれてありがとうございました!」
 食べ専のエフィルミアが愛嬌たっぷりに感謝を伝える。
 スカートが印象的な桃色のギンガムチェックのヘソ出しワンピースの水着姿は、元気で可愛いガーリー系。サンダルの足の甲を愛らしいリボンが彩る。
「大福、我が家の秘伝のタレを持ってきたのだー!」
 タレ入りの竹筒を元気よく頭上に掲げた。
「俺もシャルガネの調味料を持ってきた。味噌とかタレとか。試したい。……それから、酒のつまみもある」
 塩茹でにした枝豆を盛った皿をノイアンが仲間達に差し出す。
「嬉しいよ。私はエールに枝豆派だからね」
 エールを手にしたシルヴィア・A・カペルの顔がほころぶ。酒と料理に喜んでいるのはもちろんだが、彼女の唇に浮かぶ微笑みに込められているのはそれだけではなくて。
「シャルガネの調味料も楽しみだ。君の好きな味を私も味わってみたい」
「気に入ってもらえれば良いのだが……」
 二人の良い雰囲気を感じ取ったエフィルミアは、関係を進展させるきっかけを作れないものかとアイディアをひねり始めた。
「はわぁ……! 焼けるのが待ち遠しいのだ」
 鉄板を見つめて大福はソワソワと足踏み。無意識に尻尾をフリフリ。ノドの奥からキュンキュンと子犬らしい声が漏れ出る。いつもは父親のように面倒見が良い粽も、良い匂いに抗えずに大福と同じ有様だ。
「くっ!」
 急にフラムが胸を押さえてうずくまった。
「おいおい、なんだぁ。フラムの坊主は大丈夫かよぉ?」
「ありがとう、パヴェルさん。ちょっと俺の心臓がキュンとなっただけだ。大丈夫だ」
「それなら良かったです! 美味しいBBQを食べる前に倒れたりしたら、後悔してもしきれませんからねっ」
 エフィルミアが鉄板の上の変化に逸早く気づいた。その目が光る。
「あっ! そろそろ食べられそうですよ!」
 喜びの声と共に次から次に手が伸ばされる。
「どれも美味しいー! 秘伝のタレはお肉にもお野菜にも合いますね!」
 エフィルミアがほっぺを押さえて相好を崩す。
「そうね」
 あまりこういった食事の経験がないルベアは自分のペースを保ちつつ、ふっくらと焼けた魚に醤油を一垂らし。
「ん、美味しい」
「ええ、本当に。皆さんで頂くご飯は美味しいですわね」
 ネーヴェは魚の味噌焼きに舌鼓。新鮮な野菜にも味噌は合う。
 食べ物が焼けた順から小皿へ移し、大福の世話を焼き、かいがいしい気遣いを見せているのはフラムである。
「野菜と肉と魚はバランスよく食べ……あ! 言った傍から肉ばっかり食べてるし!!」
「育ち盛りはお肉に惹かれるのだー! でも、ノイアンの畑で採れたずっきいにぃも食べてみるのだ」
 その横では味付けなしの肉と魚を粽とフーアが堪能していた。
「美味いよなぁ。たぁんと喰うんだぜ」
 与えられた快楽には遠慮はしない。パヴェルは屈強な体躯に見合った健啖を発揮。海の幸に畑の恵、上等の肉を口中に放り込んでいく。その食べっぷりは豪快で実に気持ちの良いものだった。
「見慣れた野菜なのにいつも食べるものとは大違いだよ。ホッとする優しい味だね。……ノイアンが作ったからかな」
 朗らかに友を称えるシルヴィアの言葉のトーンが少し変わった。より特別な存在に贈る言葉へと。
 ノイアンの表情はさして変化することはなかったが、シルヴィアの言動に心が大きく揺さぶられるのを感じていた。
 心が落ち着かない。だがどこか心地良い。そんな感覚だ。

 喧噪から少し離れた木陰でエールを傾ける男が一人。キーゼである。野菜串や魚や肉を皿にとり、流し込む酒の間にちょこちょこつまんでいる。
「皆さん楽しそうで何よりですね」
 こうして静かな場所で皆が楽しむ様子を眺めるのがキーゼの性に合っていた。
 恋人のネーヴェもそんな彼の好みを知ってか、特に寂しがったり怪訝に思うこともなく楽しく過ごしているようだ。
 ふと、ネーヴェとキーゼの視線が合う。微笑んで手を振るネーヴェにこちらも軽く手を挙げる。

●
 食事の後はのんびり過ごす者と思い切り体を動かす者でわかれ、それぞれ夏の海を満喫する。
「やっぱり海は大きいな! 森の中の池や泉とは広さが全然違うよな」
 空がそのまま溶け込んだような澄んだ海に体を預け、フラムは心のままにつぶやいた。
 炎のように強く温かく、優しい子に育つように。フラムの名にはそんな願いが込められている。彼の橙色の大きな尻尾は海の中でも灯火の如く揺らめく。
 そんな魅惑の尻尾をつかもうと大福の手が伸びる。
「おっと! そう簡単には捕まらないからな」
 ぱしゃりと軽快な水飛沫を上げて身をひるがえす。
「大福さん。私も助太刀いたしますわ」
 そこにネーヴェも参戦。
「二人がかり!? いや、粽さんも含めて一対三!?」
 ピンチに陥ったフラムがパヴェルの後ろに回り込んだ。 
「ははっ。気張って逃げるんだなぁ」
 パヴェルの立場は中立だ。一緒になって夢中で遊ぶというより、落ち着いた眼差しで皆の様子をうかがう。水の事故がないようにと気を配っていた。
「俺だって逃げてばかりじゃないからな! それっ」
 フラムが逆に大福を捕まえて、追いかけっこの決着がつく。笑い声をあげながらジタバタ暴れる大福をパヴェルがひょいと抱き上げて軽々と肩車した。

 砂浜の日陰。布を織った涼やかな敷物の上で、キーゼは肘をついて横になっていた。
「パヴェル氏もご苦労なことですね。あのように注意を払う方が同行しているのなら、僕も楽ができるというものです」
 静かに独り言ちる。波の音に混ざって恋人とその友達が和気あいあいと楽しむ声が耳に届く。
 あの場に混ざっていくよりも少し離れて見守るこの距離が丁度良く、また心地良い。恐らく今、自分は充足感というものを得ているのだろう。キーゼは己の心理状態を俯瞰的に見つめそのように解釈した。
 キーゼにも当然感情はある。ただ表情筋のやる気の欠乏と、仕事において自身すら顧みぬ徹底された合理的判断力から、感情の動きを前面に出す機会も意味もそれほど見出せないというだけで。
「……」
 キーゼの瞳にネーヴェの姿が映される。キーゼは無言で目を閉じた。その姿を自分の瞼の奥だけに留めるかのように。

 見せたいものがあるからと粽と共に砂浜で準備をしてきた大福が、海で遊ぶ皆の前に威風堂々と姿を現した。
「これが大福と粽の絆がなせる技なのだー!」
 その名も――。
「わんわんぼーと!」
 粽の体にハーネス状に紐が結ばれ、しっかり捕まるための持ち手も伸びている。平たく適度な厚みのある紐なので、粽の体に負担がかかることはない。背中にまたがるのは大福。粽の方もまた誇らしげだ。
「粽さんも嬉しそうだよな」
 小さな子を肩車している父親みたいな顔をしている。そんなイメージがフラムの頭に広がった。
 大福を背に乗せたまま粽が砂浜を駆ける。そのまま青く澄んだ水の世界へと、水飛沫を上げて飛び込んだ。
「きゃっ」
 飛沫を浴びたネーヴェから戯れの悲鳴と笑い声。
「おぉーい。大福の坊主ぅ、粽よぉ、お前さん達大丈夫かぁ?」
 すぐに水面に出てこない大福達を心配し、パヴェルは声を張って呼びかける。
 海中を進む影がフラムの場所まで近づいたかと思うと、潜水からの盛大なジャンプで大福と粽が飛び出してきた。
「わっ! びっ……くりしたぁー!! 今のすごかったな!」
 驚きつつもフラムの顔はすぐに屈託のない笑顔へと変わる。
「えへへ。粽のかっこいいところを見てもらいたくて、はりきっちゃったのだ」
「ああ。本当にすごかっ……。大福さん、ちょっと……」
 それまでにこやかに話していたフラムが急に声をひそめた。何かを気にする素振りも見せ始める。
 まだ状況が飲み込めない大福ではあったが、フラムの様子から並々ならぬ事態が起きているのではないかと警戒を強める。
 押し殺した声でフラムがささやいた。
「大福さん、海パンズレて尻が……ごにょごにょ」
「はわわっ!」
 慌てて小さな手を腰の後ろへと回す。フラムにも手伝ってもらい、大福は事なきを得たのであった。

 寄せては返す波に気ままに猫パンチを繰り返すフーア。そんなフーアに微笑みを向けながらネーヴェが海から上がる。向かうのは一人日陰で涼むキーゼのもと。
 声をかける前に、彼は閉じていた目を開けた。
「海は気持ち良いですわよ」
「それは良かったですね」
 キーゼは泳ぐことにそれほど乗り気でない態度を隠さない。のらりくらりと無難な返事で受け流す。
 もっとも、そこでしょんぼりと諦めるようなネーヴェではない。寝転がるキーゼの頭側に淑やかに座る。彼の顔を覗き込んだ。
「折角ここまで来たんですもの、一緒に参りませんか?」
 キーゼの肩にそっと触れた後、その手をゆっくり滑らせる。肘、手首、手の甲と進んでいき、終点の指を優しく引っ張る。
 ネーヴェには敵わない。キーゼは観念して重い腰を上げる。黒い上着は置いて海へと向かった。
 海に入る二人の姿にパヴェルが気づき、遊んでいたフラムと大福が泳いで近づいてくる。
「こうして仕事以外で水に浸かるのも、たまには悪くないかもしれませんね」
「すみません、私があなたと海に入りたかったんですの」
「このぐらいの我儘でしたら、言って頂けたら叶えますよ」
「ふふ。お優しい」
 腹の辺りまで海に入ったところで、ネーヴェが繋いだ手を放し、少し悪戯っぽい笑みを見せた。ぱしゃりとキーゼに水をかける。
「偶には水遊びに興じるのも楽しいかと」
「そうなのだ! いっしょに遊ぶのだ」
 もっと仲良くなりたいと勇気を出して大福もキーゼに水をかける。
「……」
 黒い髪からぽたぽたと水を滴らせ、キーゼは黙って二人を見る。
「僕にも反撃する権利がありますね、これは」
「ご、ごめんなさーい! なのだー!」
 泳いで逃げる大福。
 逃げ遅れたネーヴェはキーゼの腕の中に抱き留められる。
 そんな甘い反撃を受け止めながら、ネーヴェはくすくす笑ってキーゼを水の中へと誘った。

●
 日が暮れる前に海から引き上げ宿へと移る。愛想の良い働き者の女将と大将が歓迎に出迎える。夫婦が営む気取らず素朴な海辺の宿といった雰囲気だ。室内は白と水色と砂色をベースにしたマリンリゾート風で統一され、天井から下がった白い貝殻のオブジェがほのかに良い香りを放っている。
「なんだか夏真っ盛り! 弾ける青春! って感じの匂いですねっ」
 マンダリンとココナッツが織りなす新鮮な甘さをエフィルミアはそう表現した。
 この後、夜には肝試しをしようという話になっている。エフィルミアはルベアの隣に近づくと目配せをしてさりげなく内緒話。
「あの二人から、甘酸っぱくじれったい空気を感じませんか?」
 春の若葉の輝きを閉じ込めたかのようなキラキラとした瞳の先にいるのは、ノイアンとシルヴィア。
「ええ。私も察してはいるけれど……」
 奥ゆかしいのも美徳ではあるが、それにしても距離の詰め方が慎重すぎる。とルベアが嘆息。ルベア自身も他人との距離感について深く考えるあまり慎重になりがちではあるのだが、その彼女から見ても二人の関係はもどかしい。
「誰かがちょっと後押ししても良いかもね……」
 そんなお節介も時には必要だ。友情ゆえの悪巧み。
「肝試しのドキドキ効果で、急接近作戦! ですね!」

 肝試しの舞台は寂れたハーブガーデンだ。月光に照らし出された植物達は明るい太陽の下とはガラリと印象を変える。遠くから聞こえるかすかな波の音も、どこか心細さを掻き立ててくる。
 庭園に置かれた、白い石で作られた小人や幻獣の像までも静かに呼吸をしているようで。葉が茂って形が崩れかけた動物のトピアリーが今にも動き出しそうだ。
「幽霊も月夜の散歩を楽しんでいるのかな」
 陰気な雰囲気と言う代わりにシルヴィアが選んだのはそんな詩的な言葉。
「幽霊……と言われてもピンとこないが。霊魂は実在するようだし、いてもおかしくないな」
「冒険者をしていると依頼で幽霊に対処するなんてこともあるだろうしね」
「……怖いなら、俺の近くに」
 振り向いたシルヴィアは余裕ある表情でノイアンを見つめている。幽霊を恐れている様子ではなかったが、そっと歩みを寄せる。
「ありがとう。お言葉に甘えて近くにいさせてもらうね」
「……ああ」
 並んで歩く二人の距離は恋人同士というには慎みがあり、ただの友人というには互いに向けた想いに熱がある。
 月明かりの中でふっと香ったラベンダーにシルヴィアの意識が向く。

 その一瞬の隙をつき、茂みの陰から青緑の血管と傷の走るゾンビ娘が現れた。
「がおー!」
 びくりと体をすくませたその背後から、別の恐怖が忍び寄る。
「ねぇ、アナタ……私と一緒に遊びましょう……」
 不気味な少女人形が作り物めいた動きでシルヴィアの肩をつかんだ。
「っ!?」
 シルヴィアの表情がさっと変わる。素早く反応し、咄嗟にノイアンを守る――かと思いきや。
「ひゃっ! やだっ、あっちにいってー! 助けてノイアンッ」
 背中に隠れて助けを求めた。
 シルヴィアは幽霊自体は怖くはない。しかし、闇の中から突然何かが出てくるという恐怖のシチュエーションなら話は別だ。その手の驚かしには弱い。
「シ、シルヴィア……?」
 涙目になり悲鳴を上げる姿は、普段の凛々しい立ち振る舞いからは想像できなかった。ぎゅっとしがみついた手を放そうとしない。
 シルヴィアが見せたか弱い部分は意外ではあったが、ノイアンはこれもまた彼女の一面と受け止める。
 恐怖のあまりシルヴィアは自由な方の手でゾンビやホラードールをぺちぺちと攻撃。
「わーっ! いたたたっ! ストップ! 私! 私ですー!」
「シルヴィアさん、落ち着いて。私達は肝試しの驚かし役よ」
「ルベアにエフィルミアか」 
「……え?」
 聞き慣れた声にピタリと手を止める。
「す、すまない! 大丈夫だったかな?」
 ゾンビ娘と呪いのドールの正体はシーフの二人だ。物陰に潜んで急に跳び出すというシンプルな驚かしだったが、熟練のシーフの隠密能力は非常に高度。シルヴィアも手練れの授恵者だが、心臓が跳ね上がるほどびっくりしてしまった。
「やりすぎちゃったかしら?」
 白い肌に黒いひび割れという人形メイクも、ルベアだとわかれば怖いながらも可愛らしく見えてくる。
「気合を入れてゾンビメイクをしたかいがありました! こんなに驚いてもらえたら爽快感もありますねっ」
 まだノイアンの背中を放さないシルヴィアの手を見て、エフィルミアがにこりと微笑む。
「俺も驚いた。三人共、仮装のクオリティが高いな……」
 ホラードールやゾンビや全身ずぶ濡れの幽霊といった怖い仮装をしてはいるが、脅かし役の三人はシルヴィアとノイアンの背を押す恋の橋渡し役でもあり……。
「ちょっと待って。三人って何?」
 引っかかりを覚えたルベアが疑問に眉をしかめる。
「私達、ずっと二人で行動してたんですけどねー?」
 エフィルミアはきょとんと首をかしげる。
「……ん? あの人は違うのか?」
 ノイアンの視線を皆で追えば、そこには水を滴らせた幽霊が青春を謳歌する若者への恨みつらみを燃やして立っていた。
「い、嫌っ……きゃああぁっ!」
 ルベアが甲高い悲鳴をあげる。わななく腕で口元を隠し、震える脚は今にも倒れてしまいそうだ。
「きゃーー!! 出た出た出た! 本物出たー!!」
 相手がただの敵ならこんなに恐れることはないのだが、物理攻撃の効かない敵となると手に負えない。ノイアンとシルヴィアを二人まとめてちゃっかり盾にするエフィルミア。
「なっ。本物……なのか?」
 周囲で飛び交う恐怖の叫びにノイアンの思考も焦りと驚きで塗り潰される。
「ひゃあーーっ! む、無理ですーー!」
 エフィルミアが一目散に逃げ出した。
「ま、待って! 置いていかないで!」
 震えるルベアが追いかける。
 そんな混乱のさなかでも、ノイアンは逃げる時にシルヴィアの手をしっかりとつかんで引いていた。

「ま、まさか本物が出るなんて思いませんでしたね」
「このハーブガーデンが寂れてる理由がわかったわ……」
 四人で荒い息を整える。
「シルヴィアは落ち着いたか?」
「ああ、ノイアン。恥ずかしいところを見せてしまったね」
 少し気まずそうではあるが、シルヴィアはいつもの調子を取り戻しつつあるようだ。水で濡らした綺麗な布を所在なげに手にしていた。肝試し中に木にぶら下げて驚かすつもりで用意したのだが、本物の幽霊騒ぎがあった後に仕掛ける気にもなれず持て余していたものだ。
「気遣ってくれてありがとう」
 布の使い道が決まった。手を伸ばしてノイアンの汗を優しく拭う。

●
 肝試しの衣装から着替えて、寝る前最後のお楽しみは夜空を彩るメテオライトの打ち上げだ。
 キャスターのフラムとパヴェルは皆から離れた場所で準備を進める。
「フラムの坊主。標的に使うのはこれで良いかぁ?」
「ああ! よろしくな、パヴェルさん」
 箱の中には木の実が詰まっていた。これをメテオライトで華やかに狙い撃つのだ。空高くに投げるためにスリングも用意してある。木の実を入れた袋を高く飛ばし、魔法の一撃で袋を破って空中で木の実を散らせば、メテオライトを使った時に一層見応えのある光景にできそうだ。
 パヴェルは標的の打ち上げと魔法によるアシストを担当。フラムはメインとなるメテオライトの詠唱を担当することになっている。
「どぉれ! いっちょ派手にぶちかますとするかぁ!」
 逞しい腕がスリングを引き絞る。今日一日、パヴェルは皆を楽しませようと裏方に回ることが多かった。筋肉をまとった長身の体から豪快な人物だと思われがちだが、周りへの心配りは人一倍だ。野蛮な印象を与えないようにと整えられた爪の滑らかさから、パヴェルの柔和で繊細な人柄が伝わってくる。
 パヴェルは皆の満足を願いながら標的を空高くに打ち上げた。続けざまに放ったエーテルが袋を破る。
「いっけー!!」
 タイミングを見計らっていたフラムが無数の光球を夜空に飛ばす。
 降ってくるのではなく天へとさかのぼる光の雨の美しさに仲間達が歓声をあげる。
 木の実を一つ一つ的確に射抜くたびにエーテルの光が強く激しく輝いた。

 フラムとパヴェルが見せる光のショーを見上げながら、ルベアは今日という日を振り返る。行楽のトリを飾るメテオライトに一抹の寂しさも感じていた。旅行が終わればまたそれぞれの日常に戻っていくのだろう。ふと、満面の笑みで夜空を見上げるエフィルミアの姿が目に入る。 
「楽しかったしいっか」
 と、ルベアは切なくも満足げにつぶやく。自分とは反対のタイプだが、賑やかなエフィルミアと結託しての恋の後押しは忘れられない経験になった。

 シルヴィアとノイアンは二人並んで腰かけて空を見上げる。
 夜空は星よりも眩い光に彩られ、その光を受けて輝くシルヴィアの横顔もまた幻想的で。いつしかノイアンは空ではなく傍らの白髪青眼の令嬢に釘付けとなっていた。
 二人の目と目があう。
 ノイアンははっと息をのみ、シルヴィアは甘く微笑んだ。
 ――このまま時が止まれば良いのに。言葉にすることはなかったが、二人の気持ちは一緒だった。

 ネーヴェの細い肩がキーゼの胸板に軽くもたれかかっている。仲睦まじく座って夜空を仰ぐ。
「ネーヴェ」
 小さな声で名を呼ばれネーヴェは顔を上げた。華奢な顎はするりと滑ってきた手に音もなく包まれる。
 エーテル光の饗宴の下、艶やかな頬に口付けを一つ。
 誰かに見られてしまう前に何食わぬ顔でキーゼは元の姿勢に戻った。

「フラムー! ぱべるー! 二人の魔法、とーってもキレイなのだー」
 二人のいる方に向かって大福がぴょんぴょん飛び跳ねる。
 そして光に照らされた皆の顔をぐるりと見渡す。
「さ! みんな、明日は何して遊ぶのだ!?」
 肉球の手を高く挙げて大きく声を張り上げた。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0