手突の矢と忍び寄る赤い影

キャラクターノベル(グループ)制作 望月誠司納品 2021年08月28日 10時36分42秒

「手突矢、ですか?」

 聞きなれない単語に少女は小首を傾げた。

「ええ、手で持って槍のように直接突く事も出来るように作られた矢ですね」

 そう語るのはセロンガード(セラン)・シュタインドルフ(フェルゼンブルク)。
 彼はセリーヌが弓の訓練をしている所にふらりと現れ、世にはこういうものもあるのだと教えてくれた。

「弓術の心得は私にはないですが、こちらでしたら、刀槍術の亜種のようなものですので、私でも使用法をご説明差し上げられます」

 弓の弱点は距離を間近まで詰められた時だが、その際に使える隠し玉を一つ持っていると幾分か違うのではないか、とセランは言う。

「もしご興味をお持ちでしたらご習得されてみませんか?」
「良いんですか?」

 学べる技術は学んでもっと強くなりたいセリーヌだったので、セランの申し出はとても興味深いものだった。

「ええ、勿論」

 にこりと微笑んで黒髪の青年が頷く。
 すぐに頼もうとした少女だったが、そこでふと疑問が湧いた。

「あ、でも……何故、そこまで教えてくださるのでしょう? セラン殿には私の家庭教師をお願いしていますが、それに武術の鍛錬までは含まれていませんが……」

 エメラルド色の瞳の少女がちらりと窺うように年上の青年を見上げると、

「いえ、セリーヌはこの前クリーパーと遭遇したとおっしゃっていましたが、その時、とても勇敢に立ち向かったそうじゃないですか」
「えっ……」

 勇敢、かどうかはセリーヌには解らなかったが確かに途中から立ち向かいはした。
 どうしてセランはその事を知っているのだろう?
 滅多に危険がないという平原にクリーパーが出現したというのは、噂になっていてもおかしくはない出来事ではあったが。

「フィーネから聞きました」
「……なるほど」

 セランとフィーネは親しいのだから、そういう話をしても不思議ではなかった。
 というか、当然の如く伝わると考えても良いくらいかもしれない。
 セリーヌの事は二人にとって共通の話題となりえる。

「立ち向かった事も、生き残った事も、とても立派です。私は知識を溜め込んでいますが、その知識はどうせなら世の為人の為になる事で活用したい。セリーヌでしたら、私の知識と技術を、善きように使ってくださるのではないかと」

 祖国の為に遥か南の王国に留学してきたという苦学生の青年はにこやかに言う。

「…………それは買いかぶりでは? 私はそんなに立派な人間ではないですよ。あの時は、友達が危なかったから、咄嗟に動いただけで」

 眉を潜めて少女は青年を見上げた。
 評価してくれるのは嬉しいが、そこまで持ち上げられるとちょっと困る。

「そうですか。しかし、そうであっても好ましいものです。まぁ要するに、私は貴方を気に入ったので、個人的に応援したいと、そういう事ですね。セリーヌは勉学の方でも良い生徒ですし。勿論、追加料金などは取りません」
「……そうですか、有難うございます」

 セリーヌはちょっと考え、じっと目の前の青年を見つめた。
 セランは人が良さそうにニコニコとしている。

 …………先生の折角のご厚意であるし素直に教わっておいたほうが良いだろうか?
 その人柄は信用出来るものだと知っている。

「それじゃ……教えていただいても良いでしょうか?」
「喜んで」

 という訳でセリーヌは手突矢の技術をセランから教えて貰う事になったのだった。

●
 セランはしっかり手突用の矢をどこからか調達してきていたらしく、一本手渡された。
 手突矢は通常の矢よりも矢柄が頑丈に作られているようだった。鏃も通常の物よりも大きい。さながら槍の穂先のようである。

「で、ここをこう、右手一本で持ちまして……基本は、不意打ちですね、相手が突っ込んで来たら、こう入るッ」

 黒髪の青年が手突矢を右手に持ち、滑るように動いて目にも止まらぬ速度で突きを放った。予備動作が無い。コマ落とし絵(フリップブック)の途中のコマが抜け落ちたように、構えた次の一瞬にはもう突き終わっている。
 その雷光のような鋭さにセリーヌはぽかんと呆気に取られた。
 確かにこれは『今、相手は接近戦で使える武器を持ってないぞ』と油断している敵の不意を突き逆に仕留められる一撃かもしれない。

「なるほど……」
「相手に対し直角になるくらいの深い半身に変化しつつ、両肩と右手のラインを一直線上に揃えて突くと普通に突くよりリーチと威力が出ます。手首も横でなく縦に。原則、奇策の類ですね。一発で仕留める、ないし、この痛打で発生した崩れを逃さず連続して一気に制圧すべきです」
「勉強になります。それにしてもセラン殿もとってもお強かったのですね」

 鮮やかな動きに対しセリーヌが称賛の眼差しを向けると、

「えっ? ええ、まぁ、それなりには。でもフィーネ程じゃないですよ、私は一般人なので」

 ハハハと、はにかむようにセラン青年は謙虚に笑った。
 接近戦の素人であるセリーヌの目から見ると、さっきの一撃は常人離れした鋭さだったような気もしたが、本人がそういうのなら、まぁそうなのだろう。
 強さを計るにも強さが必要である、とよく言うから、セランの動きがフィーネ並み、あるいはそれ以上に鋭く見えた不思議も、きっとそういう事なのだ。
 見る側が未熟だからきっと、同じように凄く見えるのだろう。
 授恵者であるフィーネと一般人であるセランが同じな事はありえないのに。

「ささっ、セリーヌもやってみてください」
「はい」

 セランから促され素直に頷いてセリーヌは思考を訓練に切り替えた。
 先程のセランの動きを思い出しつつ、同じように突きを放つ。

「筋が良いですね。ただ、奇襲的に踏み込む際は地を蹴るより膝から力を抜いて身を傾け、自重を使って前に出ると良いですよ。グッと足裏で地面を踏みしめて反動をつけて入ると、これから踏み込むぞって相手に悟られてしまいますから」
「なるほど……えぇっと……こう、ですか?」
「そうそうそう! スッ! と入る」

 そんな調子でセランからの指導を受けながらセリーヌが矢突きを繰り返し、しばらく経った頃だ。
 不意にセランが振り向いた。

(セラン殿……?)

 青年の背中は、なんだか妙な気配を纏っていた。
 なんでもなさそうなのだが、なんでもなくはなさそうな、何かが覆い隠されているような……そんな妙な雰囲気だ。

 視線の先に、女が一人立っていた。
 若い女だ、墨を溶かしたような漆黒の長髪の、年の頃は十七、八といった所だろうか。
 処女雪色の肌を深紅のドレスに包んだ女は、セランを見つめていたが、やがてその黒瞳紅瞳(オッドアイ)を動かしてセリーヌを見た。
 薄桃色の唇に笑みが象られる。

「失礼セリーヌ」

 セランが声をあげた。

「急用が出来てしまいました。続きはキャロラインかフィーネに」
「えっ? はい」

 セリーヌが戸惑う中、青年は女の方へと向かい歩き出す。

「あ、あの、セラン殿!」

 声を投げるとセランは足を止めた。

「今度、一緒にビヒモーのステーキを食べにいきませんか。色々教えていただいている御礼にご馳走いたしますよ」

 伯父もそれくらいの散財なら許してくれるだろう。
 青年は振り返ると、穏やかな表情でセリーヌへと頷き、

「それは嬉しい。好物なので、是非。楽しみにしていますよ」

 言い残し深紅のドレス娘へと近づき、一言、二言の言葉をかわして、歩き去ってゆく。

 何事もない穏やかな時間だった筈だが、セリーヌは二人が放っていた雰囲気が、妙に忘れられなかったのだった。



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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0