死して生きる
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年08月24日 16時22分02秒
その日、リーンエス王国のとある侯爵家に、待望の長子が誕生した。
「そうか! 生まれたか!!」
メイドからの報告に当主である男は歓喜し、政務を投げ出し妻の元へと走る。
廊下ですれ違う使用人達は、普段見る事のない主人の姿に驚くが、次の瞬間その理由を理解し微笑ましく見送った。
妻の寝室へと辿り着いた男は、乱暴にドアを開けてはメイド長に注意されながら、妻が寝る豪奢なベッドへ駆け寄る。
「よくぞ……よくぞやってくれた……!」
男はベッドわきに両膝をつくと、産着に巻かれた赤子と共に横たわる最愛の妻へとねぎらいの言葉をかけた。
「あなた……生まれました。男の子です」
「おぉ……おぉぉっ!! でかした! よくぞやってくれた!! 流石、我が妻だ!!」
出産の疲労から回復しきっていない妻が弱々しく答えると、男の興奮は最高潮に達する。
数ある王国貴族の中でも由緒のある家名を持つ一族の跡取りだ。この場に居る誰もが望んだ祝事であり、侯爵家の未来を約束する希望の誕生だ。
しかし……。
「……なんだ、お前達。なぜ祝わない」
侯爵夫妻以外の表情はすぐれない。主人は使用人達の様子を訝しみ、非難を向ける。
「恐れながらご主人様……」
答えたのはメイド長の女だった。長年侯爵家につかえる古参のメイド長は、この場に居る誰しもが口にするのを躊躇う事実を口にした。
「な……」
メイド長から知らされた事実に主人は絶句すると、突然妻の横で安らかに寝息を立てる赤子に手を伸ばした。
「あ、あなたっ!?」
妻が悲鳴に似た声を上げるが、主人はお構いなしに赤子をくるむ産着を剥ぎ取る。
「な、なんだ……これは」
愛らしい赤子は産着を剥ぎ取られ寒いのか、ぐずぐずと鼻を鳴らしている。
目元は母親に、それ以外は父親に似た整った顔立ちは、将来の社交界を背負って立つだろうと思わせる男前だ。だが……。
「一体、どういう事だ!」
主人は母親である妻の肩を強く掴んだ。
「なんだこれは……なんだ、この耳は!!」
これを見ろと、主人は赤子の耳元を指さした。
そこには明らかにヒューマンと違う特徴――尖った耳があったのだ。
主人の指摘に夫人も絶句した。
「もしや、不貞を働いたのではあるまいな!!」
「な、何を仰いますか! 私がこの屋敷から出ていないことは貴方もご存知でしょう! それにこの子の顔は……どう見てもあなたの子です!!」
詰め寄る主人に、妻も必死になって反論する。
「ぐっ……! なんという事だ……。まさか、先祖返りだとでもいうのか」
普段大人しい妻の反論に、主人は落ち着きを取り戻す。そして、改めて赤子を見た。
その顔は両親の特徴を濃く映し出し、二人の子だと疑う余地はない。
しかし、問題は『耳』だった。
エルフ程ではないにしろ、ヒューマンとは明らかに違う尖った耳。それは、ドワーフやハーフリングに現れる特徴だ。
夫妻はどちらもヒューマン。由緒ただしき王国貴族である。その血筋を辿ってもすべてがヒューマンであり、他種族の血が混ざっている事などあり得ない。
「ありえない……」
そう、あり得ないはずだった。
「他にこの事を知っているものは!」
主人は部屋の隅に控える使用人達に向かって声を荒げる。
その迫力に押され使用人達は無言で何度も首を振った。
「……この事は他言無用だ。もし外に漏れるような事があれば……ここにいた者、全てを処分する」
主人の凍り付くような声に使用人達は縮み上がり、決して他言しないと誓約した。
「……赤子を処分する。いや、この様な子など生まれてこなかったのだ」
「なっ! 何を仰るんですか、あなた!!」
「当然だろう! 我が侯爵家に他種族の血だと!? 許される訳が……許される訳がないだろう!!」
「生まれてきたこの子に何の罪もありません! 私は断じて反対です!」
「口答えをするか! 侯爵家当主のこの私に!」
「確かに侯爵家当主であらせられます! でも、貴方はこの子の父親でもあるのですよ!」
「ふんっ! 混じり物の親など、死んでもごめんだ!」
「貴方!」
夫婦の主張は平行線をたどる。普段物静かな妻がこうまでして主人に楯突いたのは、自らの腹を痛め生んだ子を想っての事に他ならない。
侯爵夫妻は長い話し合いを行った。結果、子供は生まれたが死産だったと発表され、誰の眼にもとまらない屋敷の地下牢で育てられることとなった――。
●
小さな光取りの窓が唯一の下界との門。
差し込む温かな光が、今日も冷たい石室を照らしてくれる。
「今日は数字のお勉強をしましょうか」
無骨な鉄格子に向こうから母の温かな笑顔が向けられる。
屋敷の地下牢は主人の命に背いた使用人などが一時的に懲罰を受けるために収容される場所であるため、お世辞にも住みやすい環境とは言えない。
しかし、この一室だけは快適――とまでは言えないものの、寝起きするのに不自由を感じない程度には整えられていた。
「えっと、3と5があわさると……」
鉄格子の奥で小さな子供が指折り数字を数えている。
「わかった! 8だ!」
「ええ、そうよ。賢いわ、ヴァン」
鉄格子を挟んだ母子の会話。侯爵夫人であり、牢に囚われた赤子の母親でもある彼女は、毎日欠かすことなく子供へ食事を運び、話し相手となっていた。
生まれてから既に6年。ヴァンと名付けられた子供は、日に日に心身ともに成長し母親の眼を楽しませている。
聡明な子であると親バカながらに思ってしまう程、物覚えもよくはつらつとしているヴァンの姿に、母親は何度ヒューマンであればと口惜しさを飲み込んだ事か。
「――これで最後の問題よ。ヴァンに解けるかしら?」
「だいじょうぶ! どんなもんだいがきても、といちゃうから!」
母親の試すような視線に、ヴァンは鼻息荒く答える。
こうして、今日も母との時間が過ぎていった。
「それじゃ、また明日ね、可愛い坊や」
「もう、行っちゃうの……?」
「ええ、お父様がお待ちだから……」
「おとうさま……ぼくもあってみたいな……」
「ヴァン……」
母親は鉄同士の隙間からヴァンに手を伸ばそうとして、ぐっと思いとどまった。
世話を焼くことは辛うじて許可されていたが、触れることは一切禁止されていた。それほどまでに、侯爵の他種族への偏見は強い。
「……もう行かなきゃ。ごめんねヴァン」
「ううん、ぼくのほうこそ、よびとめてごめんね」
「……」
公爵夫人は気丈に微笑む息子の顔を直視できず、背を向けてその場から去っていった。
●
更に2年の時が流れる――。
「そんな! 話が違います!」
「うるさい! あれから世継ぎが生まれないのも、全てあの地下牢のドワーフのせいだ!」
「なにを言っているのです! あの子は関係ありません!!」
「うるさい! 口答えするな!!」
侯爵が思わず夫人に向け手を振り上げる。
夫人は怒りで小刻みに震える侯爵の拳をじっと睨みつけた。
「……殺して来い。これは家長としての命令だ」
振り上げた拳をゆっくりと下しながら、侯爵は冷たく言い放つ。
「できません! 何と言われようと、あの子は……あの子には生きる権利があります!」
「……お前がやらないのであれば、私がやる」
「貴方!?」
追いすがる夫人を払いのけ、侯爵は扉に手をかけた。
「……待ってください」
ドアノブに手をかけた侯爵の手がピタリと止まる。
「私が長らく面倒を見て来た子です。私が最後を見届けます」
かけられた声に振り向いた侯爵は、ゆっくりと夫人の元へ戻ると無言で煌びやかな短刀を手渡した。
「……馬鹿な考えを起こすなよ」
侯爵は夫人の耳元で小さく囁き、とんと背を押した。
●
「ヴァン」
「なんですか、お母さま」
この2年ですっかり背も伸びて、話し方にも品が現れて来たヴァン。
夫人はそんな自慢の我が子をじっと見つめる。
「どうかしたんですか? 今日のご飯もおいしかったです!」
ヴァンは神妙な顔をする母に違和感を覚えつつも、明るい笑顔を向けた。
「ヴァン、手を出しなさい」
「えっ、手ですか? で、でも、さわったらいけないって……」
「いいから出しなさい」
いつも優しく朗らかな母が、なんだか少し怖い。
ヴァンは言われた通りに、鉄格子の隙間から手を伸ばした。
「こ、これでいいですか……?」
これから一体何が起きるのか。ヴァンは心臓が激しく脈打つのを感じながら、母の言葉を待った。
「……少しだけ我慢していてね」
母はそう言うと、生まれてから初めて触る息子の腕に手を添え、空いた手で短刀を抜き放った。
「お、お母さま……? 痛っ!!」
母は抜いた短刀を容赦なくヴァンの腕に宛がい――引いた。
ぽたぽたと冷たい石床にヴァンの真っ赤な血が零れていく。
「痛い! 痛いよ、お母さま!!」
ヴァンは必死で痛みを訴えるが、斬られた腕は母が強く掴んでいて引き戻すことができない。
「もうしばらく我慢していなさい。これもすべて、あなたの為なの」
母は今にも泣きそうな顔でヴァンを見つめる。その間にもヴァンの腕からは大量の血が地面へ落ち、血だまりを作った。
「……もういいわ。もう……。ごめんね、ヴァン。本当にごめんね……」
ヴァンが母の言葉を守りグッと耐えているのを見て、ついに涙をこぼした母は、血に濡れたヴァンの腕を胸に抱く。
傷付いた腕で初めて感じる母の温もり。
ヴァンは痛みも忘れ、その柔らかく温かな感触に身を委ねた――。
●
「……殺して埋めてきました」
血に塗れた短刀。真っ赤に染まったドレス。
夫人は侯爵の元へ戻り、淡々と報告する。
「よくやった。これで我が侯爵家に新たな命が授かるはずだ」
報告を受けた侯爵は、夫人とは目を合わせずただ静かにそう呟いた。
こうして、侯爵家に生まれた忌み子は母親の手で葬られ、名実ともにこの世のものではなくなった――。