このひと時は貴方だけの

キャラクターノベル(グループ)制作 日方架音納品 2021年09月17日 12時19分04秒

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 大通りに面した瀟洒な館を前に。シルヴィア・A・カペルは深く息を吐いて窓ガラスに自身を写す。いつもは無造作に流れる真っ直ぐな白は、ふんわりと優しくカールを描き。編み込んで花飾りでハーフアップに留められている。絹(シルク)で出来た薄手のレースブラウスは、七分袖のパフスリーブが涼やかで。淡い桜色のハイウエストロングスカートが、悪戯な風にふわりと靡いた。

(変では――ない、と思う)

 張り切った友人にあれやこれやと指定された装いは、道行く人が見惚れて立ち止まる程――だが慣れぬ雰囲気にか、シルヴィアは気付かない。暫く迷う様に視線を彷徨わせ、気合の頷き一つ、扉に歩み寄った。


 軽やかなベルを鳴らして扉が開く。お嬢様のご帰還の合図だ。恭しく頭を下げるドアボーイに先導され現れた姿に、彼方此方から溜息が漏れ――それは勿論、己も例外では無く。

(動け。早く。……さもないと)

 見慣れぬ装いの麗しさに固まった身体を、エル=バ=ノイアンは叱咤する。かの揺蕩う碧き水面に映る栄誉を、他の誰にも渡してなるものか。影のように密やかに、指先まで気を払ってお嬢様の御前へ。その評判を傷付けぬよう、その傍らに立つ資格を欲して学んだ礼儀作法を最大限に駆使して。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 驚いたように波打つ湖面に、ごく自然と微笑む己の顔が映る。練習の成果だろうか、それとも――貴女を独占する、喜びだろうか。


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 きっちりと括られた長い黒が眼前で揺れる。天気が良いからと案内されたのは、蔓薔薇の垣根に囲まれた奥のテーブル。

(どうしよう、顔が見れない)

 席へと促す白い手袋を見詰め、シルヴィアは密かに手を握り締める。笑顔を見るのは三回目だ。君は滅多に表情を変えない――なのに、何故。動揺した心のまま思考する。ここはカフェで、君は執事(従業員)。であれば主(客)に愛想良くするのは当然の事で――と、気付く。もしや、客に皆、笑い掛けているのだろうか。つきり、と胸が痛んだ。何故、どうして、わからない……

(ああ、でも、今は)

 何かに対抗するかのように。有能なる使用人の如く、静かに佇む彼をそっと見上げる。控えめに返される蒼に泣きたい程の胸の高鳴り――今は、この時間は私だけの執事。遠慮なく、独占させて貰おうか。


 貴族の傍らに立つならば、隙を見せてはならない。己の死んだ表情筋に感謝する日がこようとは――だが。静かに見上げてくる碧に、ノイアンは理性を総動員する。貴女の視線一つで、付け焼刃の礼儀作法などあっけなく崩されてしまう。

「頼みがあるんだ」
「何なりと、我がお嬢様」
「っ……まず、君を専属としたい」
「畏まりました、そのように」

 近くに控えるボーイへと視線を送る。貴女の望みならば何なりと、喜んで聞こう。――己にも、願っても無い望みであるし。ボーイから返る了承の合図に一つ頷き、再び視線を戻した。悪戯な瞳が笑んでいる。

「ふふ、すっかりと板についているね」
「それなりに励みましたので」
「貴族家の上級使用人としても通用するんじゃないかな」
「身に余る光栄でございます」

 優雅に腰を折る。ちゃんと出来たハズなのに――顔を伏せる直前、碧が寂し気に揺れた気がして。心に漣が立つ。私は、何かを間違えた? おろおろと惑う心へと、静かに声が降る。

「……もう一つ頼みがあったんだ。どうか――何時も通りの君でいて欲しい」
「それは……」

 暫し迷う。貴女は主(客)で、私は執事(従業員)で――何故だろう、つきり、と胸が痛んだ。貴女の傍に立ちたいと学んだ礼儀作法が、越え難い深き溝のように感じられて。違う、俺は、それを欲した訳じゃない――

「……シルヴィア」
「うん」
「これで、いいか?」
「……うん」

 解けるように花綻ぶ彩に、さり気無く目を伏せた。あんたのその表情(かお)は、余りにも眩しい。


 ローレラウラ湖の涼しさを含んだ風が頬を撫でる。白い手袋が繊細に茶器を扱うのへ、くすりと笑みを零した。

(あんなに荒々しく、片手斧(ハンドアックス)を振り回すのにね)

 知っている、その下には無骨な掌がある事、巧みに愛用の武器を操る事。誰よりも近くで――知っている。溢れそうな優越を微笑に隠すシルヴィアへ、ノイアンはくるりと振り返り。

「あんたはストレートを好む」
「うん?」
「酒も好きだな」
「そうだね?」

 何やら頷く姿に堪え切れず吹き出した。いつものやり取りに、何だか、傍らに戻ってきてくれた気がして心が弾む。勿論、執事然とした君も素敵だったけれど。のんびり眺めている前で、温められた薔薇意匠のカップにナニカが落とされる。

「ジャム……?」
「朝摘みの薔薇を煮詰めてみた」
「お手製とは嬉しいね、君の料理はどれも美味しいから」

 胃袋を掴まれている自覚はある。世辞で無く楽しみに待てば、丁寧に蒸らされた琥珀が注がれた。そして。

「角砂糖、に……ブランデー?」
「それを、こうする」
「へえ! フランベだね?」

 溶けた砂糖が琥珀に落ちる。どうぞ、と差し出されたソレをワクワクと一口含んだ。ふわり、香るブランデーに目を細める。

「とても美味しいよ」
「気に入って貰えたか、練習した甲斐があった。……ローズジャムのテ・ロワイヤルという」

 ホッとした気配に胸が騒めく。美味しい――だからこそ、素直に味わえない己に気付く。するりと、唇から言葉が零れた。

「――さぞかし、人気が出ただろうね?」

 君が心を込めたお茶を、何人のお嬢様が味わったのだろう。浮かぶ思考にこっそりと唇を噛む。違う、そんな事を想う資格など――

「――だけだ」
「え?」
「あんたの為だけに、考えた」

 真っ直ぐな蒼に絡めとられる。――どうしよう、味がわからなくなってしまった。


 ジャムを塗った甘さ控え目スコーンに頬を緩ませるシルヴィアを盗み見る。本日の来訪を知ってから必死に考えたレシピは、どうやらお気に召したらしい。ああでも。

(もう少し、苦くてもよさそうだ)

 一挙手一投足、些細な仕草も見逃さず、本人さえも気付いていない好みを推し量る。この一時の間は、俺だけが彼女の執事。好む香り、味、色――あんたの事を少しずつでも知れるのが、何故だか嬉しい。

「――悔しいな」
「む、何がだろうか?」
「君にばかり饗されてる気がする」
「そんな事もないと思うが……ああ、予祝の祭とか」
「あれは私個人ではないだろう?」

 ほんの少し拗ねた顔が何かを考え込んでいる。取り繕っていないその表情に見惚れていると、碧が悪戯に煌めいた。また何を思い付いたのか。

「うん、次は私が君の専属メイドになろうかな」
「……何だって?」

 何だって?? 耳を疑いながら、とりあえず空のカップにおかわりを注ぐ。混乱する俺に楽しそうに笑うあんたを見ていたら、何だか大した事ない気がしてきて。――あんたが楽しいなら、それでいい。


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 楽しい時間はあっという間に。頭を下げる君はまた、勤勉な執事へと戻ってしまった。――少し、寂しい……なんて。そんな気持ちはおくびにも出さないように、淑女の笑みで扉へと足を踏み出し――

「シルヴィア、」

 呼び止められ、振り向く。呼び止めた癖に不思議そうな顔――ああ、何時もの君だ。続く言葉はなかったけれど、何となく伝わってくる。だから。

「また、ね。――私の執事さん」
「……ああ、また。――俺のお嬢様」

 何もなくともまた会うだろう、それでも。言葉で交わされた『また(約束)』が嬉しくて。扉で隔てられた二人の口元には、小さく笑みが浮かんでいた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0