今しばらく甘い夢を 1/2
キャラクターノベル(グループ)制作 九蓮宝燈納品 2021年07月19日 10時26分10秒
冒険者酒場『大地の雫』。
迷宮都市エドゥノーグの、大通りから脇道に入って徒歩数分のところにある酒場である。
決して高級な店ではないが、店主のこだわりがそこかしこに見える粋な店。
料理を味わうというよりは、酒を飲むのがメインの店だが、酒に詳しくない客には料理に合わせて適当な酒を見繕ってくれる。
この店を訪れた二人の女性冒険者。
一人目は、瓶底眼鏡をかけた小柄な女性ララノア。ぶかぶかのローブは垢抜けず年配向けのように見えるが、着ている本人は女性というより少女と表現するのがふさわしい外見年齢。手には、これまた古めかしい杖を大事そうに握っている。
もう一人は、波打つ夜空のような濃紫色の髪がつややかな細身の美女、エミリア・シバ。急所を皮革でしっかりと保護した冒険者らしい堅実な衣装を着込んでいるものの、隠しきれないウエストから脚への流麗なラインは十分に女性美を主張している。
「なんでかわからないけれど、無性に食べたい気分なのよね」
席に着いたエミリアがメニューを広げる。
「ララノアちゃんはドリンクなんにする?」
「そ、その……ぉ、お酒を飲んでみたく」
エミリアの目にとまったのは『グラヴラックス』。
刻んだディルと砕いた黒こしょう、アクアヴィット、塩とほんの少しの砂糖を混ぜた漬けダレで、生の川魚をマリネした料理である。
本来は鮭を使うのだが、この店のものは鱒を使っているらしい。
内陸に位置し、迷宮の浅層一、二階に生息する淡水性の水生生物を主な蛋白源としているエドゥノーグらしいアレンジレシピだ。
これに白いワインを合わせ、それとシーフードライスを。
デザートはあとから頼もうとエミリアは考えた。
「この子お酒はあまり飲んだことがないの。おすすめのはあるかしら?」
エミリアが店員に尋ねると、『サングリア』という答えが返ってきた。
サングリアとは、ワインに果物やシロップを漬け込んで風味付けしたもの。果汁や炭酸水を混和することでアルコール度数が調整できるため、自分の酒の強さがわからない者でもリカバリーが効く。
六月下旬から七月にかけての今の季節であれば、使用する果物は少し早めの桃、杏、そしてメロンになるという。
「そうね。白ワイン一杯ずつと、きつかったときのために一応サングリアもピッチャーで頼もうかしら」
ちなみにサングリアは度数の高い酒で割ることで、呑兵衛でも満足できる度数に上げることもできる。初心者と熟練者が同席する食卓にぴったりのメニューである。
事情を聞いた店員はセイヨウネズで香り付けをした腸詰めを勧めてきた。
セイヨウネズは香りと苦みがあり、豚肉やジビエによく合うと。時に、殺菌とデトックスの効能があり、二日酔いに効果がある。
エミリアはそれも追加した。
やがて酒と料理、取皿と杯が運ばれてくる。
マリネされた鱒の薄切りは花びらのように愛らしく鮮やかな、黄色がかった赤色。
付けあわせの葉物野菜はハリがあって新鮮そう。
粒マスタードが添えられた腸詰めは、皮の中から肉汁が煮え立つ音が聞こえる。
シーフードライスはサフランの黄色とチャイブの緑のコントラストが美しく、バターのよい香りが食欲をそそる。取り分けるとき、トッピングされたチーズが長く長く糸を引いた。
二人は杯を合わせ、互いの健康を祈る。
ララノアは緊張しながら杯に口をつけた。
「ぁ……のみやすい……?」
店員は初心者にも飲みやすい銘柄のワインを見繕ってくれたようだ。
エミリアは笑顔を浮かべ、お冷を注ぐ。
「飲み友達が増えちゃったわねぇ。料理とお水も摂りながらゆっくりね。気分悪くなったら無理をしないのよ」
エミリアは酒の道の先輩としてアドバイスをする。
そして、ララノアが話を切り出した。
エミリアを誘った理由は、相談ごとがあったから。
「目覚めた後から……何だか心が落ち着かず……」
ララノアは赤面して下を向く。眼鏡がずり落ち、慌てて押さえる。
「何かしら?」
エミリアはララノアに尋ねるが、おおよその見当はついていた。
「れ、レイン様のことで……」
(やっぱりね)
エドゥノーグ在住。迷宮専門の冒険者――青銅級探索者のレイン・カミナギ。
背は低いが、東方大陸人の血を引く異国情緒漂う美形。性格はいささか……いや、かなりの変人。
外見の良さと腕っぷしの強さから女性人気は高いものの、今まで彼の恋人の座についた者はいないという。
その原因はレインのコミュニケーション能力の欠如にある。
人の顔を覚えられない、説明下手、他人の気持ちがわからないという三つの欠点があるのだ。
度重なるスキャンダルから、いつしか彼はこう呼ばれるようになった。『女泣かせの朴念仁』と。
ララノアはそんなレインと、今までで初めて継続的な関係の維持に成功している希有な存在である。
その理由は、ララノアのオババ様のものであるローブと眼鏡と杖が、人の顔を覚えられないレインにとってもララノアを判別する目印として機能しているから。
しかし、ララノアはいつかこの三つの心の自衛アイテムをいつか手放したいと思っている。
「そうねぇ、彼を好きなのは自覚しているわよね?」
ララノアは真っ赤になりながらも、こくりとうなずく。
「将来を考えた時、彼とはどうなっていたいのかしら?」
「将来ですか……?」
――守られるだけでは置いていかれてしまう。強くあらねば、と。
「お傍に……いたく……」
オババ様はララノアを深く愛し、いささか過剰なまでに守っていた。
しかし不幸な事件があり……。
ララノアはそれを繰り返したくないと思っている。
エミリアはそれを理解していたが、質問の趣旨とは違っていた。
ララノアが共に在りたいと願う相手は、レインも含まれているだろう。
が、エミリアが聞いているのは、もう少し具体的なことである。
「今のようなままがいいのかしら? それとも、家族になりたいか。そこから考えてみるといいと思うわ」
ララノアが驚いて悲鳴に似た声を上げる。
「かかか、家族!?」
婚姻し、家庭を築く。同じ家に住んで仲睦まじく生活し、穏やかに年齢を重ね。子供も生まれるかもしれない。髪の色は黒か金か、それでも違う色? 性別は男の子女の子……。
想像がララノアの脳内を走馬燈のように駆けめぐり、最高速度に達してホワイトアウト。
「それは……素敵なことですが……」
ララノアは消え入りそうな声を絞り出す。
今のララノアとレインの関係は、まだ恋人とも言えないほどの距離がある。
現状維持か。それとも、恋人関係を経て、その先へ。
エルフとヒューマン。ただでさえ成就しても寿命の違いという困難のある二人。
夢から覚めて、現実へと向き合ったとき、乗り越えるべきハードルはあまりにも高く多い。
今の関係になれたのはいくつかの要因が奇跡的に噛み合った結果。
動かずにいれば、この危ういバランスを維持していくことはそう難しくないに違いない。
しかしこれより先を望むのであれば、勇気を出して行動せねばならない。
ララノアはレインに顔を覚えてほしくてがんばっている。
最近、友達の力を借りてお洒落をした。
眼鏡やローブを外すため。魅力的な女性になれば、きっと彼も顔を覚えてくれると願って――。
迷宮都市エドゥノーグの、大通りから脇道に入って徒歩数分のところにある酒場である。
決して高級な店ではないが、店主のこだわりがそこかしこに見える粋な店。
料理を味わうというよりは、酒を飲むのがメインの店だが、酒に詳しくない客には料理に合わせて適当な酒を見繕ってくれる。
この店を訪れた二人の女性冒険者。
一人目は、瓶底眼鏡をかけた小柄な女性ララノア。ぶかぶかのローブは垢抜けず年配向けのように見えるが、着ている本人は女性というより少女と表現するのがふさわしい外見年齢。手には、これまた古めかしい杖を大事そうに握っている。
もう一人は、波打つ夜空のような濃紫色の髪がつややかな細身の美女、エミリア・シバ。急所を皮革でしっかりと保護した冒険者らしい堅実な衣装を着込んでいるものの、隠しきれないウエストから脚への流麗なラインは十分に女性美を主張している。
「なんでかわからないけれど、無性に食べたい気分なのよね」
席に着いたエミリアがメニューを広げる。
「ララノアちゃんはドリンクなんにする?」
「そ、その……ぉ、お酒を飲んでみたく」
エミリアの目にとまったのは『グラヴラックス』。
刻んだディルと砕いた黒こしょう、アクアヴィット、塩とほんの少しの砂糖を混ぜた漬けダレで、生の川魚をマリネした料理である。
本来は鮭を使うのだが、この店のものは鱒を使っているらしい。
内陸に位置し、迷宮の浅層一、二階に生息する淡水性の水生生物を主な蛋白源としているエドゥノーグらしいアレンジレシピだ。
これに白いワインを合わせ、それとシーフードライスを。
デザートはあとから頼もうとエミリアは考えた。
「この子お酒はあまり飲んだことがないの。おすすめのはあるかしら?」
エミリアが店員に尋ねると、『サングリア』という答えが返ってきた。
サングリアとは、ワインに果物やシロップを漬け込んで風味付けしたもの。果汁や炭酸水を混和することでアルコール度数が調整できるため、自分の酒の強さがわからない者でもリカバリーが効く。
六月下旬から七月にかけての今の季節であれば、使用する果物は少し早めの桃、杏、そしてメロンになるという。
「そうね。白ワイン一杯ずつと、きつかったときのために一応サングリアもピッチャーで頼もうかしら」
ちなみにサングリアは度数の高い酒で割ることで、呑兵衛でも満足できる度数に上げることもできる。初心者と熟練者が同席する食卓にぴったりのメニューである。
事情を聞いた店員はセイヨウネズで香り付けをした腸詰めを勧めてきた。
セイヨウネズは香りと苦みがあり、豚肉やジビエによく合うと。時に、殺菌とデトックスの効能があり、二日酔いに効果がある。
エミリアはそれも追加した。
やがて酒と料理、取皿と杯が運ばれてくる。
マリネされた鱒の薄切りは花びらのように愛らしく鮮やかな、黄色がかった赤色。
付けあわせの葉物野菜はハリがあって新鮮そう。
粒マスタードが添えられた腸詰めは、皮の中から肉汁が煮え立つ音が聞こえる。
シーフードライスはサフランの黄色とチャイブの緑のコントラストが美しく、バターのよい香りが食欲をそそる。取り分けるとき、トッピングされたチーズが長く長く糸を引いた。
二人は杯を合わせ、互いの健康を祈る。
ララノアは緊張しながら杯に口をつけた。
「ぁ……のみやすい……?」
店員は初心者にも飲みやすい銘柄のワインを見繕ってくれたようだ。
エミリアは笑顔を浮かべ、お冷を注ぐ。
「飲み友達が増えちゃったわねぇ。料理とお水も摂りながらゆっくりね。気分悪くなったら無理をしないのよ」
エミリアは酒の道の先輩としてアドバイスをする。
そして、ララノアが話を切り出した。
エミリアを誘った理由は、相談ごとがあったから。
「目覚めた後から……何だか心が落ち着かず……」
ララノアは赤面して下を向く。眼鏡がずり落ち、慌てて押さえる。
「何かしら?」
エミリアはララノアに尋ねるが、おおよその見当はついていた。
「れ、レイン様のことで……」
(やっぱりね)
エドゥノーグ在住。迷宮専門の冒険者――青銅級探索者のレイン・カミナギ。
背は低いが、東方大陸人の血を引く異国情緒漂う美形。性格はいささか……いや、かなりの変人。
外見の良さと腕っぷしの強さから女性人気は高いものの、今まで彼の恋人の座についた者はいないという。
その原因はレインのコミュニケーション能力の欠如にある。
人の顔を覚えられない、説明下手、他人の気持ちがわからないという三つの欠点があるのだ。
度重なるスキャンダルから、いつしか彼はこう呼ばれるようになった。『女泣かせの朴念仁』と。
ララノアはそんなレインと、今までで初めて継続的な関係の維持に成功している希有な存在である。
その理由は、ララノアのオババ様のものであるローブと眼鏡と杖が、人の顔を覚えられないレインにとってもララノアを判別する目印として機能しているから。
しかし、ララノアはいつかこの三つの心の自衛アイテムをいつか手放したいと思っている。
「そうねぇ、彼を好きなのは自覚しているわよね?」
ララノアは真っ赤になりながらも、こくりとうなずく。
「将来を考えた時、彼とはどうなっていたいのかしら?」
「将来ですか……?」
――守られるだけでは置いていかれてしまう。強くあらねば、と。
「お傍に……いたく……」
オババ様はララノアを深く愛し、いささか過剰なまでに守っていた。
しかし不幸な事件があり……。
ララノアはそれを繰り返したくないと思っている。
エミリアはそれを理解していたが、質問の趣旨とは違っていた。
ララノアが共に在りたいと願う相手は、レインも含まれているだろう。
が、エミリアが聞いているのは、もう少し具体的なことである。
「今のようなままがいいのかしら? それとも、家族になりたいか。そこから考えてみるといいと思うわ」
ララノアが驚いて悲鳴に似た声を上げる。
「かかか、家族!?」
婚姻し、家庭を築く。同じ家に住んで仲睦まじく生活し、穏やかに年齢を重ね。子供も生まれるかもしれない。髪の色は黒か金か、それでも違う色? 性別は男の子女の子……。
想像がララノアの脳内を走馬燈のように駆けめぐり、最高速度に達してホワイトアウト。
「それは……素敵なことですが……」
ララノアは消え入りそうな声を絞り出す。
今のララノアとレインの関係は、まだ恋人とも言えないほどの距離がある。
現状維持か。それとも、恋人関係を経て、その先へ。
エルフとヒューマン。ただでさえ成就しても寿命の違いという困難のある二人。
夢から覚めて、現実へと向き合ったとき、乗り越えるべきハードルはあまりにも高く多い。
今の関係になれたのはいくつかの要因が奇跡的に噛み合った結果。
動かずにいれば、この危ういバランスを維持していくことはそう難しくないに違いない。
しかしこれより先を望むのであれば、勇気を出して行動せねばならない。
ララノアはレインに顔を覚えてほしくてがんばっている。
最近、友達の力を借りてお洒落をした。
眼鏡やローブを外すため。魅力的な女性になれば、きっと彼も顔を覚えてくれると願って――。