戦後~セリーヌとセロンと弓の修練~
キャラクターノベル(グループ)制作 望月誠司納品 2021年07月16日 10時46分21秒
(私って弱いのね)
初めての実戦を経てセリーヌが己に対し強く感じた思いはそれだった。
這い寄るものは強大だった。
神の祝福を与えられたエーテル操作に長けた者達――いわゆる授恵者は、駆け出しの者でさえ熟練の兵士と同等以上の力を有するという。
その授恵者達が束になってかからなければ倒せないというのが、先日遭遇したような数メートルサイズのクリーパーだ。
俗に中型クリーパーと呼ばれているらしい。
中型のクリーパー相手にはセリーヌの弓矢ではろくなダメージを与えられなかった。実際二射目は完全に弾かれていた。
対してクリーパーから放たれる闇の蛇の直撃を受ければセリーヌはきっと一撃で死亡していただろう。
あのクラスのクリーパーを相手にして生き残れたのは運が良かった。奇跡に近い。
授恵者ではなく非授恵者の一般人であり非授恵者の中でもベテラン兵士の域にも達していない、そんなセリーヌでは中型以上のクリーパーはおろか、小型のクリーパーだって一人で倒す事は難しそうだった。
恐らく、一生を弓の鍛錬に費やしてもセリーヌでは先日遭遇したクリーパーを一人で倒せるようにはなれないだろう。
(わかってはいたけれど……)
現実を目の当たりにして、セリーヌは胸が重く締め付けられるような感覚を覚えた。
その為、しばらくの間、落ち込んでいたエルフ少女だったが、
(まぁでも無いものねだりしたって仕方ないのよ)
そう思い、再び弓の修練場へと足を運んでいた。
結局、少しでも強くなりたかったら、己が今持っているものを鍛え上げるしかないのだ。
努力すれば強くなれるとは限らないが、強くなる為には努力するしかない。
頭部と胴体に円型の的が描かれているカカシを睨み、弓に矢を番え引き絞る。
息を吐いて止め、矢を撃ち放った。
鋭く空間を裂いて飛んだ矢は、セリーヌと的との間の距離を瞬く間に制圧し、快音を響かせながら頭部の的へと突き立った。
(もっと素早く、もっと正確に)
先の戦いを経験して理解した事は、実戦では早々のんびりとは狙いをつけていられないという事だった。
常に相手の側もこちらへと攻撃を加えんと狙ってきているから、攻撃を回避しながら、あるいは、攻撃されるよりも前に射撃しなければならない。
必要なのは速度だった。
しかし速度の為に精度を犠牲にして外してしまっては意味が無い。
速度と精度を共に高い水準で両立させる必要があった。
それを成し遂げる為には修練あるのみである。
だからセリーヌは的へと向かい、無心で矢を撃ち続けた。
訓練するエルフ少女の後姿を、隠れながら密かに見守っている少年がいた。
セロンガード・シュタインドルフである。
彼は先日の潜入の結果からセリーヌの弓の技術に興味を抱いていた。
(夜天の末裔の弓か……)
一目見てセロンは感じるものがあり、数回のセリーヌの射撃を観察して、それは確信に変わった。
(……なるほど、森の、というより帝国式だ。教則通りの綺麗な撃ち方)
セリーヌに射法を教えたのはゾフィーだという話の通り、弩弓課程で首席を取った秀才少女の射撃姿がダブって見えた。
ゾフィーはセリーヌへと基本を忠実に教えたのだろう、シルトラース帝国が弩弓課程伝来の、スタンダードな癖の無い綺麗なフォームをしていた。
翠瞳の娘がひとしきり矢を撃ち放って一息をついた所でセロンは姿を現し声をかけた。
「こんにちはセリーヌ」
「あら、セラン殿? こんにちはです。どうしてこちらに」
黒髪の少年に見られていた事に気づいていなかったセリーヌは少し驚きつつ翠瞳をセロン――正体を隠し偽名を名乗り学生兼家庭教師として活動中の帝国諜報員――へと向けた。
「いえ、ちょっとした所用の帰りです。通りかかったらセリーヌの姿が見えたので、つい、失礼ですが練習の様子を拝見させていただきました。弓、お上手なのですね」
にこやかに微笑んでセロン。
セリーヌは瞳を伏せて肩を落とし、
「いえ、全然です。この間、草原で狩りをしている時にクリーパーと遭遇したのですが、自分の力の無さを痛感しました」
「そうなのですか? ふむ……見た所、矢を素早く放てるようにする訓練をなされているのでしょうか」
「ええ、そうなんです」
自分が行っている訓練の目的を言い当てられセリーヌは少し驚きつつ、
「セラン殿は弓もおわかりになるんですか?」
「いえ、私は専ら剣ばかりで弓はとんと……」
真顔で黒髪少年は首を横に振る。
貧乏下級貴族の留学生として学園に潜入している若き諜報員は、己が弓の専門家だという事を周囲へは隠していた。
「ただ、話に聞いた事はあります。それで、後ろで見ていて少々気になった事があるのですが、差し支えなければ申し上げてもよろしいでしょうか?」
「は、はい、構いませんが……」
戸惑うセリーヌをよそにセロンは己が気づいたセリーヌの射法の欠点やその改善方法などを述べてゆく。
(……客観的に見て、弓を使える訳でもないのに、後ろから少し練習を見ていただけの人間が、あれこれ聞きかじっただけと思われる知識でアドバイスするっていうのは、言われる側の気分としてはどうなんだ???)
内心、自分でもそう思うセロンである。
諜報員としても取るべきではない行為だろう。
(でも――)
必要な事だと思ったのだ。
どうしてかはわからない。
しかし、言わずにはいられなかった。
(なるほど……)
そのように心配しているセロンだったが、セリーヌの方は特に反感を覚える事もなくその指摘を受け容れていた。
というのも、セロンの実際は聞きかじっただけの素人ではなく、己自身で実践する専門家であったので、その指摘内容は尤もだと思われるものだったのだ。セリーヌの側もまた学園で勉強しているだけあって、彼が語る弓の術理を理解できる知性を持つエルフだった。
そしてもう一つ理由があった。
彼女はセランに対して不思議な親近感を覚えていたのである。
だから一通り聞き終えるとエルフ少女は笑顔になって言った。
「有難うございます。とても勉強になります。凄い、セラン殿は弓にもお詳しいのですね」
「ああ、いや、本当、知り合いから聞いただけの知識ですけどね、何かの参考になればと……」
はははと苦笑して頭を掻きつつセロン。
そんな最中、
「――あれっ? セラン? な、なんでここに居るの?」
ゾフィーがカーミラと共に射撃場へとやってきた。
「あら、こちらが噂のセランさんなんですのね。ご機嫌うるわしゅう」
黄金縦ロールお嬢様が微笑しながらスカートの端をつまんで一礼する。
「あぁフィーネか。ちょっと近くを通りかかっただけだよ。そちらの方は初めまして、セラン・フェルゼンブルクです、どうぞよろしく」
セロンはカーミラと自己紹介を互いにかわすと一礼して去っていった。
「……フィーネ殿、どうかなされました?」
「えっ? いやぁ、ちょっと吃驚しちゃって」
「同郷の方なのですよね」
そんなに驚く事なんだろうか、とセリーヌは内心首を傾げる。
「う、うん、同じシルトラースの出身でね。ところでセリーヌ、弓の特訓をしたいんだって?」
「あ、はい、先日の戦いで力不足を実感しまして……それで色々教えていただきたいんです」
「なるほど……うん、まぁ、私で良ければ構わないよ」
「有難うございます!」
そうしてセリーヌはまたフィーネの教導を受けつつ弓の修練に励むのだった。