夜明け前の流星群

キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年07月09日 14時42分20秒

 夜明け前の空は黒く、深い。

「こんな場所でよかったのですか。もっといい場所もあったのでは?」
「……いいのここ、が。海は好き、だし。今年はちょっと海に来る機会がなさそう……だから」
「……そうですか」

 砂浜には足跡が二人分。波打ち際まで続いていた。
 ティトとセロンガード・シュタインドルフ。
 二人は穏やかな波の音に包まれながら空を見上げていた。

「海……綺麗」
「真っ黒で不気味ですけどね」
「……セロンは、ロマンがなさ、すぎ」
「そうは言われましても……夜の海って、なぜかこう……引きずり込まれそうな恐怖を感じませんか?」
「セロンのこわ、がり」
「本当におかしいですよね。クリーパーや魔獣には恐怖を感じませんが、この様な吸い込まれそうになる系はどうにも慣れません」
「おこちゃまセロン」
「恐怖に大人子供は関係ありませんよ。人ぞれぞれ恐怖対象は違いますからね。……そう言えば、ティトは何か怖いものは無いのですか」
「おまんじゅう」
「ああ、それは知っていますよ。シャルガネで有名なお伽噺ですよね。ふふ、ティトは甘いですね。そんな事でお饅頭を貰えると思ってい……今度、シャルガネに行った時、お腹一杯奢ると約束しましょう」
「……ふんっ」

 ティトはセロンガードのわき腹に突き付けたナイフをしまい、ツンとそっぽを向いた。

「今度って……予定も立てられないくせ、に」
「……そうですね。今のところ予定が立てられません」
「うそつきは泥棒の始ま、り」
「窃盗犯と一緒にされるのはちょっと……これでも真面目に生きてきたつもりなので」
「まじ、め……?」
「そこに疑問符を付けられると、とても悲しいのですが」
「日頃の行い……でも、今日は一緒に来てくれて、ありがと、う」
「……」
「……セロン?」
「……はっ。すみません、ティトが素直に礼を言うとは思ってもいなくて、一瞬呆気に取られ――はい、冗談です。ごめんなさい」

 いつの間にか取り出していたナイフをスチャッとしまうティト。

「せめて昼にすればよかったのではないですか? 貴方の為になら時間くらいつくりますよ」
「ありが、と。さっきも言ったけど、これでいい、の。ぼくは泳ぐの苦手だから、どうせ海に入るつもりはない、し。それにこの時間の海が好きだ、から」
「そうですか。ティトがそれでいいというのなら、何も言いません。私はただのボディーガードですからね」
「……本気で言って、るの?」
「……どう思いますか?」
「そう言う、試すの嫌い」
「すみません。少し調子に乗りました」
「……」

 ティトはそれっきり応えずじっと海を見つめる。
 東の空が少しだけ紫色へと変化してきていた。

「ティト」
「なに?」
「何も言わないのですか?」
「何に対し、て?」
「その……」

 と、真っ直ぐなティトの言葉にセロンガードは珍しく言い淀む。

「突然の事で申し訳ありません」
「……気にしない、で。セロンにもやらなきゃいけない事、たくさんだもん、ね」
「はい、あれだけはどうしても私の手でケリを付けないといけません」
「応援してる、よ。セロンならきっとうまくやるって」
「ありがとうございます。ティトはいい子ですね」
「……そんなことない、よ。ぼくは……我儘だ、から」

 隣でティトが俯く気配がした。

「貴方が我儘なら、私は自分勝手……でしょうか」

 潮風に吹かれて消えてしまいそうな弱々しい気配。
 セロンガードは心の内に湧き上がってくる黒くもやもやした感情を、言葉で無理やりに押さえつける。

「セロンが自分勝手……? なんで?」
「貴方の許しもなく、色々と決めてしまったからですよ」
「ぼくの許しが必要、なの?」
「……その問いは少し傷つきますね」
「……ごめん。そんなつもりじゃなかった」

 ティトが振り向く気配を感じる。
 不安気に見つめてくるあの大きく綺麗な瞳。そちらも振り向けばその瞳に映る景色を独占できる。そんな考えがふと過った。

「……駄目ですね。まったく駄目です」
「なに……いきなり」
「何でもありません。自らの未熟に呆れている所です」
「……変な、セロン」
「本当に、貴方といると『変なセロン』がちょくちょく顔を出してきて困ってしまいますね」
「む……ぼくと居るのが嫌、なの?」
「そうは言っていません。……いや、そう聞こえますね。申し訳ありません」

 セロンガードはティトに向かわず、あえて海に向かって頭を下げる。

「貴方と共にあることは、私にとってとても大切な事です」
「……うん」
「それはこれからも変わることはありません」
「……うん」
「しかし、貴方には貴方の目的がある。そして、私には私の目的がある」
「うん……」
「二つの道は交わらないのです」
「……そう、だね」

 ティトの声が萎んでいく。
 しかし、セロンガードは自ら発した言葉の重さを自覚しつつも、やめようとしない。

「二つの道がこれからのどのように変化し続いていくのか、私にはまるで予想がつかない」
「セロンは、預言者じゃないから……当然だ、よ」
「そうですね……ですが、交わる未来が見えないのは、なぜか確信してしまうのです」
「……追いかけるものが、ぜんぜん、違うから……とう、ぜんだ、よ」

 ティトが何とか言葉を絞り出すと、突然砂浜の砂を蹴り上げた。
 砂は緩やかな黎明の風に巻かれ、後ろへと流れていく。

「泣かないでください」
「……泣いて、ない」
「そうですか? 声が少しかすれ――ええ、泣いてませんね。ティトは全く全然完璧に泣いてませんから、そのナイフはしまってください」

 両手を上げたセロンガードから、ティトはナイフを下げた。

「……いじわる」
「……すみません。こういうやり取り、実は嫌いじゃないもので」
「しつこい男はきらわれる、よ」
「そうですね。程々にしておきます」
「やめないん、だね」
「ティトは止めてほしいですか? いえ、止めません。止めませんから、ナイフはちゃんとしまいましょうね?」

 硬質の感触が遠のくのを感じ、セロンガードはほっと胸をなでおろす。

「ふぅ……こうしていられるのも、いつまででしょうか」
「……ずっと、だよ」
「ずっと……そうですね。そうありたいと思います。体が二つあればいいのに」
「二つにしよう、か?」
「本当にされそうなのと、半分持って行っても楽しくないと思うので、止めましょうね?」
「ちっ……」
「その舌打ち、ティトには似合いませんからやめましょう。無理に背伸びして大人ぶらなくても――いえ、『仕事』には必要なスキルですね。はい、これからも磨いていってください、期待していますよ一流の舌打ち」

 カチャリとナイフをしまう音が聞こえ、セロンガードは手を下げた。

「……ねぇ、セロン」
「はい、なんですかティト」
「抱いて、よ」
「ええ、そんな事でよければいくらでも」

 セロンガードはティトの後ろに回ると、小さな身体を優しく抱きしめる。
 ティトの前で重ねた手に小さな手が添えられた。
 子供の様に少し高い体温が、潮風に冷えていた体に心地いい。

「……バカ」
「馬鹿はひどいですね。こうして貴方の希望通り抱きしめたというのに」
「わかってるくせ、に……もうぼくだって、子供じゃないんだか、ら……! どうして、いっつもそう、なの……もう会えない……かもしれなんだ、よ!」

 喋るのが苦手なティトが懸命に言葉を繋ぐ。ずっと溜めてあった思いを爆発させるみたいに、たどたどしい言葉で、それでいて力強くセロンガードに向けて放った。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0