二人の瞳に映るのは
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年07月02日 12時16分26秒
『なぁ、なんでいつまでもここに居るんだ?』
6月のある日、店の主人であるナハシュからそう聞かれた。
「……なんで、こたえなかったの?」
「うーん、なんでかな」
妹に問われ姉は掃除の手を止めた。
「ノーノだったらなんて答えてた?」
「え……そんなのわかんない」
「はは、だよね」
困ったように俯いた妹ノーノに、苦笑する姉ナーレ。
二人の小さな姉妹はこの『トカゲのしっぽ』に住み込みで働いている。しかし、それは強制でもなんでもなく、この姉妹がそうしたいからしている事だった。
だから、ナハシュからそう聞かれた時、正直ドキッとした。追い出されるのだろうか。もう必要ないと言われるのだろうか。そう思った。
しかし、ナハシュは、答えられない姉妹にそれ以上何も言わず、「まぁ別にどうでもいいけどよ」と気にもしていない様子だった。
「ナハシュはへんな人だね」
「ほんと、変わった人だね」
「でも、ちょっとやさしい」
「そうだね……失敗しても、殴らないしね」
「ご飯もくれるし」
「お布団もくれるし」
「服もくれた」
「沢山もらったね。いっぱいお返ししないとね」
「うん、ノーノがんばるよ」
「わたしもがんばるよ。出て行けって言われたくないもんね」
「うん、ノーノはここがいいよ」
「わたしもだよ」
真剣な眼差しで見上げてくる妹に微笑み、ナーレは「さぁ、お掃除おわらせよ」と妹に話しかけた。
ノーノはバケツに溜めた水でぞうきんを絞り、一生懸命床を磨いている。
まだまだたどたどしいけど、初めてこの店に来た時と比べれば格段に上達していた。
「すごいね、ノーノ」
ナーレは頑張る妹の姿を見ながら、あの日の事を思い出す――。
あの日の事はよく覚えている。
両親が死に兄弟が死に、ノーノと二人だけが残された。家もなく食べるものもない。周りに頼れる大人は……当然いなかった。
妹と二人危険なゴールディの下町を彷徨った。そこ以外に生きる場所を知らず、外へ出るには幼すぎた。だから、怖い大人に殴られようが蹴られようが、この場所にしがみ付くしかなかった。時折、残飯を漁り雨水を飲み生を繋ぐ。生活とすら呼べないものがしばらく続いた。
そんな時、この店を見つけた。中には誰もいない建物。屋根がある建物に人がいないなんて、自分達はついている。そう思ってすぐに中に入った。
中は血だらけだった。きっと大変な事が起きたのだろうと思ったけど、そんな事気にしていられなかった。やっと、ゆっくりと寝られる。そう思った。汚れていない床を探して、破れた布を見つけて、二人でくるまって寝た。久しぶりに怖くない夜だった。
朝、物音に目覚めた。妹はまだ腕の中でぐっすり寝ている。
『おぉ、こりゃ見事にぶっ潰れてんな』
声が聞こえた。
建物に入ってきた気配は、とても楽しそうに奥へと入っていく。
息を殺しじっと過ぎ去るのを待っていたら、腕の中でもぞもぞと動く気配がする。
妹の瞳が不安気に揺れていた。
『折角だ、独り立ちのお祝いでも貰っておくかね』
再び声が聞こえて大きな音がした。家具が倒れる音。そして、程なく気配が消えた。
逃げるなら今だと、妹を立たせて急いで出口に向かった。
勝手に入っていたことがバレたら、また殴られる。
二人は急いで建物を後にした。
「ノーノはナハシュの事、好き?」
「えっ……!」
人見知りで物静かな妹が珍しく多いな声を出した。
ナーレはそれがおかしくて思わず吹き出してしまった。
「ごめんごめん。そんなに大きな声を出すって思わなかったから」
見ればノーノが頬を膨らせ目に涙をためている。
「あの紋具、大切なものだって言っちゃったけど……本当の事知ったらナハシュ怒るかな」
「え……おこられるの」
「どうかな。わたしにもわからないや」
怒られたら、殴られる? と不安げに見つめてくるノーノに、小さな笑みを返しつつナーレは窓から外を見る。
あの後、逃げた先で妹がいきなり紋具を差し出してきた。
聞けば、あの建物から逃げる時、咄嗟に掴んで持ってきてしまったと言う。
何の紋具かはよくわからないけど、もし無くなったと気づかれれば大変な事になるかもしれない。
今にも泣きだしそうな妹の頭を撫でてから、紋具を受け取った。
返しに行かないと。また……殴られるかもしれない。
「ないしょにしておく」
「そうだね。言っても大丈夫な気がするけど……でも、言わない方がいいかな」
「おこる……?」
「怒らないと思うよ。たぶん『んなもん知らねぇよ』って言うんじゃないかな」
ナーレはナハシュの真似をしながらノーノに微笑みかけた。
「にてない」
「あはは、難しいね、ナハシュのマネ」
怖がる代わりに、なぜか不機嫌になってしまった妹の頭を優しく撫でながら、使い終わった掃除道具の片付けにはいる。
家事の事はナハシュの友達だっていう骨の人に教えてもらった。
ナハシュと違ってとても丁寧にいろんなことを教えてくれた。
今はもうどこかに旅に出てしまったらしいけど、また来てくれると嬉しいなと思う。
「ノーノ、バケツの水捨ててきて」
「わかった」
水の入ったバケツを一生懸命持ち上げて、床にいっぱい水をこぼしながら、汚れた水を外に捨てに行くノーノ。
ナハシュの留守の間に、出来るだけ綺麗にしないといけない。
ナハシュが帰ってきたら、お店は汚れていく一方なので、居ない今がチャンスだから。
冒険者のナハシュはよくいなくなる。とても危険な事をしているって聞いた事があるけど、どんなことをしているのかはよくわからない。でも、帰ってくるとすぐにベッドに潜り込むくらい疲れているから、大変なのだと思う。
お店はナハシュがいない間はお休み。ナハシュは「お前等が字でも書けりゃなぁ」と言っていたから、もしかしたら字を教えてくれるのかもしれない。……ナハシュは字を知っているのだろうか。
「ノーノ、ナハシュがそろそろ帰ってくるかもしれないから、ご飯の用意しよ――」
と、ナーレは床にこぼれた水を拭きながら、外に出たノーノに声を掛けた。――その時だった。
「ナーレ……!」
ノーノが慌てて店の中に駆け込んできた。
「おい!」
続いて、恰幅のいいゴブリンの雄も。
ノーノは急いでナーレの背に隠れ、がくがくと震えている。
「前買った剣が折れたぞ! どうしてくれんだ、金返せ!」
怖い大人が怒鳴りながら唾を飛ばしている。半ばで折れた剣を床に叩きつけた。
折角ノーノが磨いた床がごっそりと削れる。
「あの……いま、ナハシュはいないので――」
「あぁ? そんなもん知るか! 金を返せって言ってんだよ!」
ナーレが勇気を振り絞って伝えた言葉にも、怖い大人は聞く耳を持たない。
それどころか、ずかずかと店内へと入ってきて、勝手にカウンターを漁り始めた。
「や、やめてください!」
ぐずぐずとすすり泣くノーノを背に隠し、ナーレが大きな声を上げる。
しかし、怖い大人はぶつぶつと文句を言いながらカウンターを漁るのを止めない。
そして、カウンターに目的のものがないとわかるや、姉妹の方を振り向き唾を吐いた。
「おい! 金はどこに隠しやがった。さっさと吐かねぇと、痛い目見るぞ」
折角磨いた床がまた汚れてしまった。
ナーレは怖い大人の恫喝よりも、そっちが気になった。きっとナハシュが怒ってしまう。
「手前ぇ、聞いてやがるのか!」