失われし故人の想いは、安息の中へ

キャラクターノベル制作 ウケッキ納品 2021年06月30日 13時13分59秒

●それはある日の風景

 日の差す森の中を仮面をつけた白いローブの男グレイブ・ヤードが歩いている。
 そこはリーンエス王国、レインディア貴族領郊外にある森の中であり、彼の背後には誰かが埋葬されたのであろう小さく真新しい墓があった。
 死者を弔い、埋葬する……これもまた教会に属する彼の仕事の一つである。
 馬車へと戻ってきたグレイブを一人の少女が出迎えた。少女は馬車の荷台からひょこっと顔を覗かせ彼を見た。
 彼女はリーンエス王国レインディア貴族領の領主レリトール・レインディアの娘【アルメール・レインディア】である。
「終わったの?」
「……ええ、滞りなく」
 グレイブはそう小さく返すと馬車の御者台に昇り、馬の手綱を握って馬をゆっくりと走らせた。
 ゆったりと道を進む馬車には理由がある。それは荷台に戦場から集めた遺体が乗せられているからだ。遺体は損傷が激しいものもあり、過度な衝撃は更なる損壊を及ぼしてしまう。それは彼が望むことではないのだ。
「青ざめた死は、貧者の小屋も、王者のそびえ立つ館も等しい足で蹴りたたく」
「えっ、何? その難しそうな言葉?」
「そうですね……どんな地位にあろうと、どんな強い者だろうと弱い者だろうと皆等しく、死ぬときは死ぬ、そういった言葉ですよ」
「ふーん……なんだか小難しいこと考えてるのね、あなた」
 いまいち理解できてないというかピンときていないアルメールの言葉を聞いて仮面の中で彼は少しだけ笑う。
「……まだ理解が及ぶにはあなたは若い。ですが、心のどこかにでも留め置いてくれれば、それでいいと思います」
 そんな会話をしながら二人は次の目的地へと到着する。
 そこは滝が見える崖の上。爽やかな森の風が通る場所だった。
 棺桶に収められた遺体を馬車からよく滝が見える場所へと運び、グレイブは埋葬を始める。
 彼の手法は実に手際が良く、この手の仕事に慣れているように見えた。
 実は遺体の埋葬というのは難しいのだ。
 宗教の違い、家族の意向と遺書による食い違い……あげればハプニングはきりがない。
 それらを頭に入れ、最適な方法で埋葬する……それが遺体を扱う者に必要な技能と言える。
 埋蔵しながら決して“綺麗”ではない彼のローブを見てアルメールは彼に問いかけた。
「ねえ、なんで血肉とかそういうもんで汚れるの気にしてないの? 結構、後が大変だと思うけど」
「この血肉にも彼らの想いが詰まっているんです。わかりますか、血は身体を巡り、肉は感情を受けて動いていた……それらは大切な彼らの生きていた証なのですよ。そんな証を無下に不当に扱うことは私にはできません」
 そういうグレイブの白いローブは埋葬の過程で遺体の血や肉で汚れていた。
 一見すればただの汚れだったが、それを聞いたアルメールにはそれら血肉がただの汚れではない、そんな気がしているのであった。
 埋葬準備が終わり、グレイブは懐から一つの紙片を取り出した。そこには何かが書かれているように見える。
「ねえ、その紙は何?」
「ああ、これですか。遺族の方からの彼らに対する別れの言葉です」
「別れの言葉……」
 誰しもが隣にいる誰かが急にいなくなることを想像することができない。いや、したくないのかもしれないが。
 不幸な形での戦場での再会、早すぎる死。
 あまりにも唐突過ぎる別れはその本人だけでなく、彼らの家族や恋人、友人などの関係者達にとっても耐えがたいものになるのだ。
 だが、気持ちには折り合いを付けねばならない。
 どれだけ嘆こうが。
 どれだけ悲しもうが。
 故人は戻ってこない。戻ってはいけない。
 だからこそ手紙に想いを込め、棺桶に詰め込み……送り出すのだ。彼らを。
 それもまた遺された生者の努めとも言えるのだから。
 棺桶の蓋を閉じるとグレイブは持ってきていたスコップで周りの土を棺桶にかけていく。木の棺桶がゆっくりと土に埋もれ、永久の眠りへとつくのだ。
 土をかけ、棺桶を埋め終わったグレイブは木の棒を土に刺し、雨風で風化しないようにその基部を石とレンガでしっかりと固める。
 最後に鳥の羽を木の棒の先端に括り付け、故人が身に着けていたであろう古びた剣を土に刺した。
「さっきと埋葬方法が違うのね? これもその、宗教の違い? って奴なの?」
「ええ、そうです。故人によって適切な埋葬方法が違います。彼らに聞くことはできないので、方法と場所は家族に委ねるのが基本ですね」
「へぇ、そうだったんだ。全然知らなかった……だったら、ここはこの人が好きだった場所、だったのかな?」
 アルメールがそう言って崖の上から滝の方を眺める。
 大きな音を立てて流れ落ちる滝。静かな森の小鳥の声。そよ風が運ぶ木の匂い。
 それら全てがきっと故人の愛したものだったのだろう。
 墓の最終チェックを終わらせたグレイブは胸の前で手を合わせ、祈りを捧げる。それはもうこの景色を見ることの叶わない故人への祈りだ。
「きっと……そうなのでしょう。愛した場所で永遠の眠りにつく……それが彼の家族の望んだ彼の最期ですから」
 二人は墓を後にし、もと来た道を戻って馬車に乗り込んだ。先ほどの遺体が最後の遺体だったようで馬車は行きよりも速度が出ている。
 手綱を握りながら呟くようにグレイブはアルメールに話す。
「……死者は何をしても決して取り返すことはできない、取り返せてはいけないんです。だからこそ大切な人との日々を噛みしめ、出会った友には笑いあえるよう、通りすがった者にもにこやかに会釈できるよう、あの時ああすればよかったという後悔をしないよう、その想い達は“埋葬”するべきなんです」
「…………結構、考えさせられる話よね、それ」
「それほど難しい話ではありませんよ。私はただ、理解してほしいんです。犠牲者は紙の上にいるのではない、ここにいるのだと。貴女は人の上に立つことになる方です、そんな貴女にこそ知ってほしくて今日、同行してもらったんですよ。お忙しい所、ありがとうございましたアルメール」
「いいのよ、領内の民を個人的に弔うって私の立場だと難しいから。こういった機会がないと知ることすらできなかったわけだし。犠牲者は紙の上じゃない……覚えておくことにするわ。私の方こそ、連れてきてくれてありがとうグレイブ。貴重な体験だったわ」
「いえいえ、このぐらいであればいつでもどうぞ。彼らを送る人、想う人が一人でも多くなるのはいいことです」
 そんな会話をする二人を乗せた馬車は森を後にし、街の方へと戻っていくのであった。
 死者を送り出す。
 それは誰にでも簡単にできることではない。
 だが彼らを想い、彼らが確かにそこで“生きていた”のだと、覚えておくことはできるだろう。
 遺体は“物”ではない。
 生きて。
 笑って。
 泣いて。
 怒って。
 愛して。
 人生を謳歌していた一人の“人”なのだから。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0