雨のひととき、そのあとに。

キャラクターノベル(グループ)制作 夜団子納品 2021年07月19日 10時27分44秒

「へくちっ」
「ああ、ティト。大丈夫ですか? ほら、こっちを向いて」
 小さなくしゃみがロモズ歩兵団の宿舎の一室に響く。次いでそんな彼女を心配する声。セロンガード・シュタインドルフは彼女——ティトの顔を拭ってあげながら、その柔らかい白い髪を撫でた。

 ことの顛末はつい先日。任務先で急な雨に襲われたことだった。宿屋に変えるにも雨よけはセロンガードのマントしかなく、ふたりでくっつきながらドキドキする時間を過ごしたわけだが。
 やはりマントだけでは防御が心もとなかったのか、冷やした体からティトは風邪を引いてしまったのである。
 始めその話を伝え聞いたとき、セロンガードはとても驚いていた。
「えっ、私たち授恵者は風邪なんか罹らないんじゃ……いやいや、別にそんな事はないのか……?」
 ティトは確かに小さくて愛らしい。だがそれと同時に強く、背中を預けることもできる仲間だ。そんな彼女が風邪を引くとは想像もしていなかった。
(思い込みすぎだったかもしれませんね……)
 授恵者である前に、一人の少女だ。任務を片付けたあとセロンガードは市場や薬屋であれこれと色んなものを買い込み、ティトの部屋へと向かった。
 ……極々当たり前に彼は、彼女の看病を自分の役割と認識していたのである。

「ティト、この白湯を。水分は取りすぎるくらいがちょうどいいんですよ」
「……なんか、あまい?」
「塩分も糖分も、寝込むと不足しがちですから」
 看病に慣れているセロンガードはスマートだった。彼女の熱を覚ますため濡れタオルを用意して、水分補給のためのドリンクを自作して。弱った彼女が心穏やかに療養できるよう、最大の意識を払っていた。
「それにしても、驚きました。あの日は無茶をさせてしまったようですね」
「そんなこと、ない……あのね、ぼく、昔から病弱で……」
 いつもより弱々しい声でティトがせいいっぱい言葉を紡ぐ。
「普通に運動したり、稽古する分には大丈夫なんだけど、風邪とか疫病とか、抵抗力に直接的な作用をもたらすところは昔から弱いの……母上は『純血の呪い』って言ってた」
 呪い。物騒な言葉にセロンガードの肩が揺れる。動揺した彼にティトは変わらず微笑みかける。
「どんどん弱って死んじゃうとか、そういうことじゃない、よ。ただ……血が濃くなると、病弱になるんだって」
 ティトは一族唯一の純血な末裔。その血を濃く保つという純血思考に傾けば、人間は容易に一線を超える。そうして生まれた彼女の体には——常人とは違う弱点があったわけで。
「イデンシ? 劣勢? ……訳は分からなかったけど、寝込むたびにみんなが励ましてくれたから、苦しくても乗り越えられた、よ。授恵者になってから頻度はかなり減ったけれど、たまに……調子の悪くなる時がある……の」
「そう、だったんですか……」
 ティトとセロンガードは、もう短くない時間を共に過ごした身。仲間や同じ歩兵団所属という関係性以上のものが二人にはある。だというのに、その体のことをセロンガードは知らなかった。言葉を探すように、彼は睫毛を揺らす。
「ティト、なにか私にしてほしいことはありませんか? できることなら、なんでも叶えますよ」
「……なんでも?」
 その言葉にティトの耳がぴくりと動く。心なしかその瞳が輝いたようにも見え。そわそわと寝返りを打ってセロンガードの傍へ寄る。
「じゃあ……」
 そう言いながらもぞもぞと毛布の中からティトの手が顔を出す。その小さな白い手がセロンガードの袖をぎゅっと握った。
「手、握ってくれたら……早く治る気がする」
「おや、手だけでいいんですか?」
 その手を包み込むように握り。さらに包み込むようにもう一方の手も添えて。あたたかな感触に思わず狼の耳がぴこぴこと動けば、ティトは嬉しそうにえへへと笑う。
「じゃあぎゅーって、して?」
「寝ていたら難しいのでは……ああ、わざわざ起き上がっては意味がないでしょう」
「お水飲むから、どうせ起きるもん」
 セロンガードの体に寄りかかるようにしながらちびちびとお水を飲むティト。その視線はちらちらと、期待するように向けられていて。セロンガードは「しかたないですね」と優しく苦笑しながら、ティトの肩に手を回した。
「ひゃわっ……!」
「今のティトはいつもより温かくて……むしろ熱いですね。熱が下がっていないようで心配です」
「……これ、うれしい、けど。熱、あがっちゃいそう……」
「ティト?」
 ぽそりとつぶやいたティトの顔はやはり赤く。それは熱のせいなのか、火照ったせいなのか、それははっきりとしないが。彼女の顔にかかった髪を指先で払い、額に手を付け。その熱さを確かめながらセロンガードは濡れタオルを取り換える。
「熱い……」
 そんな彼の一方で熱にうかされたティトは暑そうに寝間着のボタンを開けた。息はしやすくなったが彼女の胸元は少しはだけ。濡れタオルを乗せてやるためティトへ向き直ったセロンガードの手が止まる。
「ティ、ティト! 暑いのはわかりますがそれはダメです!」
「うー……今、セロンしか、いない……だいじょうぶ、だよ?」
「私相手でも問題あるでしょう!」
 ティトと同じくらい顔を真っ赤にしながらセロンガードはティトの寝間着を直していく。それにむすー……とむくれながらティトは彼を見上げ。赤みの抜けない頬のまま、セロンガードは困ったように視線を逸らしていた。
 熱のせいか、繰り返した咳のせいか。ティトの瞳は潤み、頬は紅潮し。いつも以上に愛らしくて……直視できなくなってしまっている。無論ティトは無意識なのだろうが——セロンガードにとってはかなり危なく、こほんと取り繕うように咳ばらいをして誤魔化していた。
「暑いのなら空調を操作してあげますから……。ほら、そろそろ横になってください」
「やだ……」
「やだじゃありませんよ」
 ぷくー、とむくれて駄々をこねるティトの肩を抱き、そっと寝台に戻す。弱っている彼女を甘やかしてやりたい気持ちはやまやまでも、それで体調を悪化させては意味がない。
「たっぷり休んで、早く元気になってください。……ティトが、元気がないというのは私も少し寂しいです」
「セロン……」
 寝台にその体を沈め、セロンガードの手を握りしめながら、ティトは彼を見上げる。困ったように微笑む彼の表情はまだ少し照れが残っていて、同時に瞳にはティトを慮る色が映っていて。つい、心配されていることが嬉しい、なんて感じてしまった。
 普段は物騒で恐ろしい……こともあるティトだからこそ、今こうして弱っている姿は珍しくもあり、セロンガードの日常がすっかり静まり返ってしまっているようにも感じられた。ティトだってそれほど騒がしい少女というわけではないというのに——それほどまでに、セロンガードの『当たり前』に、ティトはなっていた。
 そのことをしみじみと実感しつつ、改めてセロンガードは濡れタオルをティトの額の上へ乗せた。同時にその汗をハンカチで拭ってやりながら。
「抱きしめるのは元気になってからでも遅くないでしょう? 熱が下がったらたくさん、ぎゅーっとしてあげますから」
「……約束、だよ?」
「はい、約束です」
 かつてした約束を思い出すように。大切な少女の手を握りつつセロンガードはしっかりと頷いた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0