【花想】What's this yearning?

キャラクターノベル制作 炙りとろ左門納品 2021年06月19日 12時30分13秒

 恋とは、どんなものだろう。

 これまで持ってきた交流の中で、恋文を代筆することは多々あった。そしてそれは今も変わっていない。だから、恋焦がれる人間がどんな目で、口で、表情で言葉を紡ぐのか、理解はしていた。
 ただ、そういった人間を好ましいとは思えども、同じような炎が自分に燃え移ることも、裡(うち)に灯ることもなかったというだけの話。
 それは、無意識に防衛をしていたのかもしれないし、単に機会に恵まれなかったのかもしれない。いずれにせよ——侯爵令嬢(王国貴族)であるシルヴィア・A(アルヴィン)・カペルにとって、結婚とは果たすべき役割(使命義務)であり、通過儀礼であり、ゆえに恋もまた必要のないものだ。

「もう長い付き合いなのに、仕事一辺倒で、妻に何もしてやれていないのです」

 シルヴィアにそう語るのは、旅をしていた頃から付き合いのあるハーフリングの織物商人だ。シルヴィアが出会った時には、彼は同じハーフリングの幼馴染みを妻として迎え、溺愛していた。傍から見てもその愛情の深さは手に取るように分かったものだが、本人はそれが伝わっているかどうかいつも不安そうにしている。
「妻は、夫である私の贔屓目を差し引いても……美人でしょう? ですから気が気ではなくて」
 商人の言う通り、彼の妻は非常に愛らしい。いつも控えめに夫の影に隠れているが、笑顔を見せた時など花が咲くようだ。うんうんと頷いて同意を示しながら、シルヴィアは確認が済んだ書類を商人に差し出す。
「そろそろ奥さんの誕生日だったよね」
「そうなんです。何か贈り物をと思うのですが……花くらいしか思いつかなくて」
 愛するひとへの贈り物に苦慮している商人は、おろおろと視線を彷徨わせる。仕事も手につかないといった様子だ。本人には悪いが、それが微笑ましく、シルヴィアはふっと笑う。
「愛する人から贈られるものなら、なんでも嬉しいに決まっている。この世に花の似合わない女性などいないし、よほどの事情がない限りは喜ぶと思うよ」
 シルヴィアは執務机の上に飾られている一輪のデルフィニアを見やる。その視線の先にたどり着いた商人は、目を瞬かせた。
「花を貰ったんですか」
「ああ」
 突然花を一輪携えて現れた彼。言葉少なな彼は多くを語らないがゆえに、どういう経緯で花を手にしたのだとか、どうして贈ろうと思ったのだとかは聞けずじまいではあったが、メッセージカードに書かれた「真心を込めて」という一言に、温かい気持ちになった。
「デルフィニアの花言葉は知っているかい?」
「清明、高貴、幸せを振りまく、ですね。シルヴィア様のような花だと思います」
「私には過ぎた評価じゃないかと思うけれど……花を贈ろうと思ってくれたことが、嬉しかった」
 そっと、傷つけないように花びらに触れる。
「……嬉しいんだ、とても」
 目を伏せ、そう囁いた声は、自分でもびっくりするほどに穏やかだった。その動揺を隠そうと、ぱっと花から手を離して商人に向き直る。
「お返しをしたいな。いい案はないかい?」
「は、ええ、私にそれを聞くんですか!?」
「商人だろう、あなたは。それにただの返礼だ。愛するひとへの贈り物とは違うよ」
 そう口にして。きゅ、と胸が締め付けられるような気がしたのは、果たして錯覚だったのか。
「はあ……それでしたら、匂い袋(サシェ)などいかがですか」
「ああ、いいね。彼はあまりよく眠れていないようだし……って、すぐに出てくるじゃないか」
「他人のことですし、商人ですから」
 先程のうろたえようはどこへやら、商人はきりりと背筋を伸ばしている。
「商売のことになると途端に口達者に戻るんだから……中身は何にしようかな」
「この季節であればラベンダーが良いのでは? 乾燥花も出回っていましょう」
 ついでと、商人は鞄を開ける。織布の取引を主に扱うだけあって、早速匂い袋に使う布を選定し始めた。
「おすすめは亜麻布(リンネル)ですね。ちょうどいいのが入っています。匂い袋に使うのならそれほど量はいらないでしょうから、今回特別にご提供ということで」
「ふむ。領内の職人に口利きを、ということだね。いいだろう」
 商談成立だ。簡易的な契約書を交わし、商人が立ち去った後、シルヴィアは引き出しを開けて刺繍糸と針を取り出した。
 刺すのは、カペル領に伝わる魔除けの図案だ。紫のラベンダーで花の輪を作る。
(ラベンダーの花言葉は、清潔、優美、幸せがくる……そして、)

 ——あなたを待っています。

 風に揺れる黒い髪が。自分を見て優しく細められる青い瞳が。
 目を閉じれば、手を伸ばせば届く場所に思い起こされて。

「本当に、不思議な気持ちだ」

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0