彼は、それを『 』と呼ぶ
キャラクターノベル制作 伊治納品 2021年06月02日 14時10分37秒
学術都市ヴェルクリエは、種類を問わず優れた製作物、類を見ない技術を輸出し、発展してきた都市だ。
実力主義が根強いこの都市には種族の禍根から来る対立をあまり耳にしないが、奇人変人による衝突は日常茶飯事、それへの対処として傭兵や冒険者が雇われている。
巡回依頼を請けたミルディンは、傭兵、冒険者の立ち寄り所にもなっている治療所のひとつへ向かった。今日はちょっと忙しいらしく、ヒーラーは巡回ではなく治療の手伝いをしてほしいとかで。
「過労です。寝てください」
「でも、脳内にティンって」
「貧血です。転んだ拍子にできた額の傷は治しました」
「えー」
「倉庫には小麦粉しか入ってないのに爆発した……」
「小麦粉が入ってる倉庫だからそうなりました。傷治しますのでそのままで」
奇人変人気にした方がいいことを気にしない。
日常茶飯事だとそういうものになってしまうのだろうか。
「神官さんは冒険者ギルドの所属なんだっけ」
「ええ。授恵者は皆そうですよ」
小麦粉爆発負傷で担ぎ込まれてきた未来のパン職人はミルディンのヒールで傷を癒してはいるが、爆発で吹っ飛んだ際に頭を軽く打った為様子見で半日はベッドの住人だ。
ミルディンは一息ついたこともあり、話に応じる。
「だよなー、なんか、最近変な奴がうちのパン屋に来て親父が呼んだ傭兵に摘まみ出されてたんだけどさー」
人を探している、とその男は言った。
パン屋なら不特定多数を相手にすることもあるだろうから、と。
神聖なる黒き闇をその身に下す神の子であり、山脈の竜の王……と言った瞬間にパン屋の主が竈を三回叩いた。
これはこのパン屋が周囲に店内の異常を知らせる合図であり、音を聞いた周囲によって傭兵が連れて来られ、授恵者でも何でもなかったその男は摘まみ出された。
「この辺で山脈って言ったらクリエスター山脈で、そこの竜って言ったら邪竜……それを神聖な黒き闇って言った時点で、関わっちゃいけないだろうって。新興宗教の類じゃないかって言ってたけど……」
「確かに新興宗教の類かもしれませんが、冒険者ギルドでは今の所聞いたことありません。ですが、事が起きればギルドは必ず動きますよ。大丈夫」
未来のパン職人たる少年は、恐らくその男が怖かったのだろう。
だから、普段はやらないミスをしでかした。
ミルディンはそう推測しつつ、少年へ休息を促す。
見ず知らずの、けれども話しやすそうなミルディンに話せたことに満足したのか、少年は眠りに落ちた。
(冒険者ギルドでは今の所聞いたことない)
知らないとは言っていない。
神聖なる黒き闇をその身に下す神の子。
そんな下らない妄信は久し振りに聞いた。
迎えに来た両親と共に帰る少年を見送り、自身も帰路に着いて、改めて思い返す。
何もない顔を保てていただろうか――そう思うのは、思い返している自分の眉が顰められていると自覚しているからだ。
ベラガナ教団、という名を知っている者はどれだけいるだろうか。
クリエスター山脈に跋扈する邪竜を奉じ、『器』へ神を下ろす――という連中だ。所謂、自らのなさんとする道に関わる神の逸話を信じ、継承を目指す類の信仰が妄執方面に突き抜けている。新興かもしれないが他のまともな新興宗教に失礼だ、新興邪教と言った方がいい。
で、その最高傑作とやらがミルディンだったが、15年前逃げた。
何を信じるかは他人を巻き込まない限りは自由だろうが、信じたものが実現可能であるかは別の話で、ミルディンは彼らの妄想に付き合うなんてごめんだったからだ。
運良く、隊商に拾われ、そこのリーダーの口利きで帝国貴族の家で行儀作法を学んだ後、神官と称して文官の真似事をして貴族の家を渡り歩いた。貴族達には見た目の力も大きかったようで、帝国崩壊まで生活に困ることはなかった。
(15年も前なのにまだ囚われているのか)
そうよ。
いつの間にか目の前に女が立っていた。
御子の子を宿す役目を宛がわれた女だ。
この女には食指が動かない。
だって、あなたは御子だもの。
あなたは、私達の神様のものよ。
と、ミルディンの影が異様に伸び、せり上がったと思うと巨大な黒竜となった。
イ タ ダ キ マ ス。
言葉を発する前にミルディンは黒竜に食われ――
「!!」
目が覚めた。
いつの間にか眠っていたようだ。
窓の外を見れば、まだ夜も明けぬ刻限――夢の残滓そのもののような夜空が忌々しい。
「誰かに差し上げる生などどこにある」
この生は、余すことなく自分のもの。
髪の1本でもやりたくないし、瞬きの間すら委ねたくない。歓びも憎しみも理性も衝動も全て自分のものだ。
「譲る程私は親切ではない」
それは、自らの生への渇望であり執着。
祝福された命だからこそ持ち得る自分だけの意思であった。
やがて、朝が来る。
ミルディンはいつも通り振舞う。
自分自身の生を譲らない我欲を、彼は信仰と呼ぶ。
実力主義が根強いこの都市には種族の禍根から来る対立をあまり耳にしないが、奇人変人による衝突は日常茶飯事、それへの対処として傭兵や冒険者が雇われている。
巡回依頼を請けたミルディンは、傭兵、冒険者の立ち寄り所にもなっている治療所のひとつへ向かった。今日はちょっと忙しいらしく、ヒーラーは巡回ではなく治療の手伝いをしてほしいとかで。
「過労です。寝てください」
「でも、脳内にティンって」
「貧血です。転んだ拍子にできた額の傷は治しました」
「えー」
「倉庫には小麦粉しか入ってないのに爆発した……」
「小麦粉が入ってる倉庫だからそうなりました。傷治しますのでそのままで」
奇人変人気にした方がいいことを気にしない。
日常茶飯事だとそういうものになってしまうのだろうか。
「神官さんは冒険者ギルドの所属なんだっけ」
「ええ。授恵者は皆そうですよ」
小麦粉爆発負傷で担ぎ込まれてきた未来のパン職人はミルディンのヒールで傷を癒してはいるが、爆発で吹っ飛んだ際に頭を軽く打った為様子見で半日はベッドの住人だ。
ミルディンは一息ついたこともあり、話に応じる。
「だよなー、なんか、最近変な奴がうちのパン屋に来て親父が呼んだ傭兵に摘まみ出されてたんだけどさー」
人を探している、とその男は言った。
パン屋なら不特定多数を相手にすることもあるだろうから、と。
神聖なる黒き闇をその身に下す神の子であり、山脈の竜の王……と言った瞬間にパン屋の主が竈を三回叩いた。
これはこのパン屋が周囲に店内の異常を知らせる合図であり、音を聞いた周囲によって傭兵が連れて来られ、授恵者でも何でもなかったその男は摘まみ出された。
「この辺で山脈って言ったらクリエスター山脈で、そこの竜って言ったら邪竜……それを神聖な黒き闇って言った時点で、関わっちゃいけないだろうって。新興宗教の類じゃないかって言ってたけど……」
「確かに新興宗教の類かもしれませんが、冒険者ギルドでは今の所聞いたことありません。ですが、事が起きればギルドは必ず動きますよ。大丈夫」
未来のパン職人たる少年は、恐らくその男が怖かったのだろう。
だから、普段はやらないミスをしでかした。
ミルディンはそう推測しつつ、少年へ休息を促す。
見ず知らずの、けれども話しやすそうなミルディンに話せたことに満足したのか、少年は眠りに落ちた。
(冒険者ギルドでは今の所聞いたことない)
知らないとは言っていない。
神聖なる黒き闇をその身に下す神の子。
そんな下らない妄信は久し振りに聞いた。
迎えに来た両親と共に帰る少年を見送り、自身も帰路に着いて、改めて思い返す。
何もない顔を保てていただろうか――そう思うのは、思い返している自分の眉が顰められていると自覚しているからだ。
ベラガナ教団、という名を知っている者はどれだけいるだろうか。
クリエスター山脈に跋扈する邪竜を奉じ、『器』へ神を下ろす――という連中だ。所謂、自らのなさんとする道に関わる神の逸話を信じ、継承を目指す類の信仰が妄執方面に突き抜けている。新興かもしれないが他のまともな新興宗教に失礼だ、新興邪教と言った方がいい。
で、その最高傑作とやらがミルディンだったが、15年前逃げた。
何を信じるかは他人を巻き込まない限りは自由だろうが、信じたものが実現可能であるかは別の話で、ミルディンは彼らの妄想に付き合うなんてごめんだったからだ。
運良く、隊商に拾われ、そこのリーダーの口利きで帝国貴族の家で行儀作法を学んだ後、神官と称して文官の真似事をして貴族の家を渡り歩いた。貴族達には見た目の力も大きかったようで、帝国崩壊まで生活に困ることはなかった。
(15年も前なのにまだ囚われているのか)
そうよ。
いつの間にか目の前に女が立っていた。
御子の子を宿す役目を宛がわれた女だ。
この女には食指が動かない。
だって、あなたは御子だもの。
あなたは、私達の神様のものよ。
と、ミルディンの影が異様に伸び、せり上がったと思うと巨大な黒竜となった。
イ タ ダ キ マ ス。
言葉を発する前にミルディンは黒竜に食われ――
「!!」
目が覚めた。
いつの間にか眠っていたようだ。
窓の外を見れば、まだ夜も明けぬ刻限――夢の残滓そのもののような夜空が忌々しい。
「誰かに差し上げる生などどこにある」
この生は、余すことなく自分のもの。
髪の1本でもやりたくないし、瞬きの間すら委ねたくない。歓びも憎しみも理性も衝動も全て自分のものだ。
「譲る程私は親切ではない」
それは、自らの生への渇望であり執着。
祝福された命だからこそ持ち得る自分だけの意思であった。
やがて、朝が来る。
ミルディンはいつも通り振舞う。
自分自身の生を譲らない我欲を、彼は信仰と呼ぶ。