彼らと共に
キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年05月31日 14時11分12秒
●
ロモズ歩兵団練兵場は、いつになく沸いていた。
まだ午前中の涼やかな空気の中で、重兵11番隊長アーシェル・G・クラインと、同隊副長マイジェロ・フェルーダが訓練用木製剣を携え、それぞれが得意とする構えを見せて対峙していた。
アーシェルは上段から、マイジェロは中段から互いの切っ先を打ち出す。
勝負は紙一重だった。アーシェルの振り下ろした剣撃がほんの一瞬だけ速く、革鎧に覆われたマイジェロの右肩口を打った。その衝撃を受け、アーシェルの胴部を横に薙ごうとしていたマイジェロの剣は力無く地表に転がった。
「いやぁ、流石ッ! 凄いっすよ隊長ッ!」
まだ年若い女性隊員が黄色い歓声を上げてアーシェルに飛び付く。他の面々からも、アーシェルの技量を讃える声が重なった。
一方のマイジェロは参りましたと幾分はにかんだ笑みを浮かべながら、他の隊員達の手を借りて立ち上がる。アーシェルより五つ年上の彼はスラム街出身らしく、傷だらけの顔は強面そのものだったが、アーシェルに投げかける尊敬の眼差しには偽りの色など一切感じられない。
ふたりの対決を見届けた隊員達はそれぞれの得物を手に取って所定の位置に就くと、その後は隊員同士の剣術訓練へと移行する。
アーシェルとマイジェロは練兵場脇のベンチに腰を下ろし、ひと息入れた。アーシェルに喜んで飛び付いたあの女性隊員が、ふたりの為に水筒を持ってきてくれた。
その彼女が訓練に戻ってゆく姿を眺めながら、マイジェロは苦笑を向けてきた。
「どうです隊長。うちの隊、むさくるしい奴ばっかで嫌んなるでしょ?」
ロモズ歩兵団は総勢1000名。
そのうち約三割、即ち300名程が女性ということだが、こと重兵11番隊に限っていえば女性隊員は僅かふたりだけ、つまり一割しか居ないことになる。
歩兵団の方針で、なるべく同じ出自の者を同じ隊に振り分けるという人員配置の結果、重兵11番隊にはスラム街出身者が掻き集められた。この隊の大半を男性が占めたのには、そういう経緯がある。
「いや、そうでもない。手加減を加える必要が無くて、却って楽だ」
アーシェルの正直な応えに、マイジェロは豪快に笑った。
●
隊長就任当初、アーシェルは己の出自――即ち、元帝国貴族だという血筋が彼らに受け入れられるのかを危惧した。
スラム街出身という彼らからすれば、貴族に対して良い感情を持っていない可能性がある。アーシェルが隊長に就くことで不満を抱える者や、我慢を強いられる者が居るとすれば、それは早急に解決しなければならない問題だ。少なくともアーシェル自身は、その様に考えていた。
命を奪い合う戦場で、お互いの背中を預け合う仲間となる以上、彼らには隠し事をしてはいけない。その想いからアーシェルは、自身が帝国貴族の血統に連なる者だということを正直に告白した。
しかしマイジェロをはじめとする重兵11番隊の面々は、そうですかと軽く流しただけで、然程の反応を示さなかった。
その反応にいささか不安を覚えたアーシェルは、後日になってマイジェロを事務棟内の隊長用執務室に呼び出し、隊内の己に対する感情について尋ねた。
矢張り彼らは、貴族出身者が隊長に就任したことに対し、何らかの反発心を抱いているのではないか。
ところが、アーシェルのそんな危惧は取り越し苦労に終わった。
「俺達は目に見えるものしか信じません。血筋とか血統みたいな、ぱっと見て分からんもんはどうだって良いんです」
スラム街出身者らしい、如何にも即物的な回答だった。彼らにとって重要なのは目の前の現実であり、思想や伝統、宗教などは何の実入りにもならないというのである。
「隊長が強くて頼りになる。それさえ分かってりゃあ、俺達には十分でさぁ」
マイジェロはアーシェルの黄金と真紅に輝く瞳を、真正面からじっと見据えた。幼い頃から生きるか死ぬかの壮絶な生活環境の中に置かれてきた彼らは、目を見て第一印象を決定づけるらしい。身なりや性別、社会的な階級は二の次なのだという。
「隊長は強いし、俺達を引っ張ってくれるし、何よりその目だ。地獄を見てきたんでしょ? それぐらい、俺達にも分かるってもんでさぁ」
幼い頃から同じく生き地獄を見てきた者同士、相通ずるものがあるのかも知れない。
アーシェルはマイジェロや隊員達に出自や過去、これまでの人生経験について訊こうとも思ったが、やめた。訊くこと自体が馬鹿馬鹿しいと思った。
彼らにとって大事なのは現在と未来だ。過去は全くどうでも良い。勿論、経験から得た知識や技量は大切であるが、それらは飽くまでも現在と未来の為に行使されるものであり、過去を懐かしむ為のものではない。
貴族社会で重要視される家柄や勲功は、それこそ過去の遺物だ。そういう意味では、スラム街出身である彼らの方こそ、まさに未来指向といえる。
(過去に拘っていたのは、俺だけだったという訳か)
室を辞してゆくマイジェロの広い背中を見送りながら、アーシェルは小さくかぶりを振った。その口元は、苦笑の形に歪んでいた。
●
事務棟のロビー兼休憩室へと足を運んだアーシェルは、壁に掲げられている掲示板に制服デザイン要綱の決定稿が張り出されていることに気づいた。
(そうか、決まったんだな)
アーシェルにも腹案が無い訳でも無かったが、矢張り実際に着用して戦場を駆け回るのは隊員達だ。彼らの好みを最大限取り入れようと考え、重兵11番隊の全員を食堂に呼び集めた。
「どんな服を着たいのか、教えてくれないか」
「うーん、どんなっていわれてもねぇ……まぁ動き易けりゃ、それで良いってな感じですかねぇ」
顎先を指で摘まんで首を捻るマイジェロ。他の面々も同じ様な反応だ。僅かふたりの女性隊員達も、余り突拍子もない格好でなければ何でも良いと答えた。
流石にアーシェルは内心で頭を抱えた。
すると女性隊員のひとりが、ロモズ歩兵団長が着用している基本デザイン稿を卓上に差し出してきた。
「隊長が決めて下さったら、うちらは従いますよ。うちら、見た目とかはあんまり気にしない方だけど、隊長なら色んな服のデザインとか知ってるでしょ?」
この言葉は決して厭味ではなく、経験を活かせ、といっているのである。
経験か――アーシェルは過去を思い返す。確かに女物も男物も、両方について着用の経験がある。一方の性別だけに偏るのではなく、男女いずれが着用しても着こなし易いものを考えなければならない。
「そうだな……動き易さを求めるなら、いっそ袖は取っ払うか?」
アーシェルは基本デザイン稿の肩口を指差す。ノースリーブではなく、肩口付近から先の袖を切り落とすという訳だ。腕っぷし自慢には上腕筋のアピールにになるし、スリムな二の腕に自身のある女性隊員ふたりにとっても見栄えするデザインだ。シャルガネで時折見られる、袖なし法被という形に近い。
トップスはふわっと緩めに余裕を持たせ、ベルトで腰元を巻けばそれなりに格好がつく。
ボトムスはロングパンツで良さそうだが、外套の有無は個人で選択すれば良い。
「よし……これを基本線に考えるか」
「頼りにしてますぜ、隊長」
マイジェロが軽く握った拳でアーシェルの胸元を軽く叩いた。
これは責任重大だぞ――それからしばらくは、隊長室で頭を悩ませるアーシェルの姿が毎晩の様に見られることとなった。
ロモズ歩兵団練兵場は、いつになく沸いていた。
まだ午前中の涼やかな空気の中で、重兵11番隊長アーシェル・G・クラインと、同隊副長マイジェロ・フェルーダが訓練用木製剣を携え、それぞれが得意とする構えを見せて対峙していた。
アーシェルは上段から、マイジェロは中段から互いの切っ先を打ち出す。
勝負は紙一重だった。アーシェルの振り下ろした剣撃がほんの一瞬だけ速く、革鎧に覆われたマイジェロの右肩口を打った。その衝撃を受け、アーシェルの胴部を横に薙ごうとしていたマイジェロの剣は力無く地表に転がった。
「いやぁ、流石ッ! 凄いっすよ隊長ッ!」
まだ年若い女性隊員が黄色い歓声を上げてアーシェルに飛び付く。他の面々からも、アーシェルの技量を讃える声が重なった。
一方のマイジェロは参りましたと幾分はにかんだ笑みを浮かべながら、他の隊員達の手を借りて立ち上がる。アーシェルより五つ年上の彼はスラム街出身らしく、傷だらけの顔は強面そのものだったが、アーシェルに投げかける尊敬の眼差しには偽りの色など一切感じられない。
ふたりの対決を見届けた隊員達はそれぞれの得物を手に取って所定の位置に就くと、その後は隊員同士の剣術訓練へと移行する。
アーシェルとマイジェロは練兵場脇のベンチに腰を下ろし、ひと息入れた。アーシェルに喜んで飛び付いたあの女性隊員が、ふたりの為に水筒を持ってきてくれた。
その彼女が訓練に戻ってゆく姿を眺めながら、マイジェロは苦笑を向けてきた。
「どうです隊長。うちの隊、むさくるしい奴ばっかで嫌んなるでしょ?」
ロモズ歩兵団は総勢1000名。
そのうち約三割、即ち300名程が女性ということだが、こと重兵11番隊に限っていえば女性隊員は僅かふたりだけ、つまり一割しか居ないことになる。
歩兵団の方針で、なるべく同じ出自の者を同じ隊に振り分けるという人員配置の結果、重兵11番隊にはスラム街出身者が掻き集められた。この隊の大半を男性が占めたのには、そういう経緯がある。
「いや、そうでもない。手加減を加える必要が無くて、却って楽だ」
アーシェルの正直な応えに、マイジェロは豪快に笑った。
●
隊長就任当初、アーシェルは己の出自――即ち、元帝国貴族だという血筋が彼らに受け入れられるのかを危惧した。
スラム街出身という彼らからすれば、貴族に対して良い感情を持っていない可能性がある。アーシェルが隊長に就くことで不満を抱える者や、我慢を強いられる者が居るとすれば、それは早急に解決しなければならない問題だ。少なくともアーシェル自身は、その様に考えていた。
命を奪い合う戦場で、お互いの背中を預け合う仲間となる以上、彼らには隠し事をしてはいけない。その想いからアーシェルは、自身が帝国貴族の血統に連なる者だということを正直に告白した。
しかしマイジェロをはじめとする重兵11番隊の面々は、そうですかと軽く流しただけで、然程の反応を示さなかった。
その反応にいささか不安を覚えたアーシェルは、後日になってマイジェロを事務棟内の隊長用執務室に呼び出し、隊内の己に対する感情について尋ねた。
矢張り彼らは、貴族出身者が隊長に就任したことに対し、何らかの反発心を抱いているのではないか。
ところが、アーシェルのそんな危惧は取り越し苦労に終わった。
「俺達は目に見えるものしか信じません。血筋とか血統みたいな、ぱっと見て分からんもんはどうだって良いんです」
スラム街出身者らしい、如何にも即物的な回答だった。彼らにとって重要なのは目の前の現実であり、思想や伝統、宗教などは何の実入りにもならないというのである。
「隊長が強くて頼りになる。それさえ分かってりゃあ、俺達には十分でさぁ」
マイジェロはアーシェルの黄金と真紅に輝く瞳を、真正面からじっと見据えた。幼い頃から生きるか死ぬかの壮絶な生活環境の中に置かれてきた彼らは、目を見て第一印象を決定づけるらしい。身なりや性別、社会的な階級は二の次なのだという。
「隊長は強いし、俺達を引っ張ってくれるし、何よりその目だ。地獄を見てきたんでしょ? それぐらい、俺達にも分かるってもんでさぁ」
幼い頃から同じく生き地獄を見てきた者同士、相通ずるものがあるのかも知れない。
アーシェルはマイジェロや隊員達に出自や過去、これまでの人生経験について訊こうとも思ったが、やめた。訊くこと自体が馬鹿馬鹿しいと思った。
彼らにとって大事なのは現在と未来だ。過去は全くどうでも良い。勿論、経験から得た知識や技量は大切であるが、それらは飽くまでも現在と未来の為に行使されるものであり、過去を懐かしむ為のものではない。
貴族社会で重要視される家柄や勲功は、それこそ過去の遺物だ。そういう意味では、スラム街出身である彼らの方こそ、まさに未来指向といえる。
(過去に拘っていたのは、俺だけだったという訳か)
室を辞してゆくマイジェロの広い背中を見送りながら、アーシェルは小さくかぶりを振った。その口元は、苦笑の形に歪んでいた。
●
事務棟のロビー兼休憩室へと足を運んだアーシェルは、壁に掲げられている掲示板に制服デザイン要綱の決定稿が張り出されていることに気づいた。
(そうか、決まったんだな)
アーシェルにも腹案が無い訳でも無かったが、矢張り実際に着用して戦場を駆け回るのは隊員達だ。彼らの好みを最大限取り入れようと考え、重兵11番隊の全員を食堂に呼び集めた。
「どんな服を着たいのか、教えてくれないか」
「うーん、どんなっていわれてもねぇ……まぁ動き易けりゃ、それで良いってな感じですかねぇ」
顎先を指で摘まんで首を捻るマイジェロ。他の面々も同じ様な反応だ。僅かふたりの女性隊員達も、余り突拍子もない格好でなければ何でも良いと答えた。
流石にアーシェルは内心で頭を抱えた。
すると女性隊員のひとりが、ロモズ歩兵団長が着用している基本デザイン稿を卓上に差し出してきた。
「隊長が決めて下さったら、うちらは従いますよ。うちら、見た目とかはあんまり気にしない方だけど、隊長なら色んな服のデザインとか知ってるでしょ?」
この言葉は決して厭味ではなく、経験を活かせ、といっているのである。
経験か――アーシェルは過去を思い返す。確かに女物も男物も、両方について着用の経験がある。一方の性別だけに偏るのではなく、男女いずれが着用しても着こなし易いものを考えなければならない。
「そうだな……動き易さを求めるなら、いっそ袖は取っ払うか?」
アーシェルは基本デザイン稿の肩口を指差す。ノースリーブではなく、肩口付近から先の袖を切り落とすという訳だ。腕っぷし自慢には上腕筋のアピールにになるし、スリムな二の腕に自身のある女性隊員ふたりにとっても見栄えするデザインだ。シャルガネで時折見られる、袖なし法被という形に近い。
トップスはふわっと緩めに余裕を持たせ、ベルトで腰元を巻けばそれなりに格好がつく。
ボトムスはロングパンツで良さそうだが、外套の有無は個人で選択すれば良い。
「よし……これを基本線に考えるか」
「頼りにしてますぜ、隊長」
マイジェロが軽く握った拳でアーシェルの胸元を軽く叩いた。
これは責任重大だぞ――それからしばらくは、隊長室で頭を悩ませるアーシェルの姿が毎晩の様に見られることとなった。