影日向に想う

キャラクターノベル(グループ)制作 夏八木ヒロ納品 2021年07月02日 11時07分04秒

 その日、リブラネスタの陽射しは強かった。ここのところの雨続きを思えば久しぶりの晴れだ。適度な雨も陽光も、畑の作物達の生育にはかかせないもの。豆やトマトはそろそろ収穫の時期も近いだろうかと、伸ばしっぱなしの黒髪の間から空を見たエル=バ=ノイアンは思い巡らす。
 ノイアンの朝は早い。浅い眠りのせいもあるが、農業もまた早朝に行うのが一番適しているのだ。その後修練を重ねたり買い物に出たりしていれば、依頼を請け負わない日でもあっという間に昼下がり。しかも今日は暑い。だから半ばふらふらとした足取りで、『踊る小熊亭(なじみのみせ)』へと吸い込まれてしまう。
 幾分か涼しい店内に入れば、すぐに名を呼ぶ者があった。

「ノイアン! 君も来たんだね」

 ノイアンは足を止めた。最早とても耳に馴染んだ涼やかな音。見れば、シルヴィア・A・カペルが涼やかに目を細めて片手を振っていた。雪のような色合いの長髪が、嬉しそうに揺れている。「元気そうで何よりだ」と、ノイアンもまた口を開いた。

「良ければ一緒にどうかな? 実はこれから昼食にするところなのだけど」
「ああ、もちろん」

 ノイアンの言葉はいつもそう長くはない。表情もほとんど変わることはないが、その返答は極めて早かった。そうして、自身が一人の時に良く選ぶ隅の席をちらりと見た後、シルヴィアの座る中央のテーブル席へと歩く。昼の繁忙を過ぎ、店内は閑散としていた。どこか穏やかな空気が涼しく心地よかった。


 こうしてノイアンとシルヴィアが卓を囲むのも、今やそう珍しいことではない。
 シルヴィアは場の雰囲気を作るのが上手い人だと、ノイアンは思っている。同業の冒険者に関しては、よく声をかけている様子を目にするほど。話しやすく、面倒見がいい。自然と人が集まる、木漏れ日のような優しさがある。

「朝の買い物ついでに、一つ手伝いを頼まれてしまってね。終わってから昼にしようと思ったらこんな時間だった。丁度、誰も居ない頃合いだろう? ノイアンが来てくれて良かったよ」

 朗らかに口にするシルヴィアに、ノイアンが頷く。一人であればそれで、彼女はここで静かに充実した時間を過ごしたのだろうとも思うが、それでもその言葉に胸の内が嬉しくなった。やがて運ばれてきたメニューに、二人は手を合わせる。作りたての料理の、温かな湯気が空腹を誘っていた。

「今日は特に静かだな。いつもはこの時間でも、もう少し人がいる」

 静かに食事を摂ることが多いノイアンも、賑やかなのは決して嫌いではない。踊る小熊亭は立地からも冒険者の利用が多い。彼らが思い思いに楽しげに過ごす様子は、見ていて心地よいものがあった。そうして南瓜のニョッキを口に入れたところで、シルヴィアが屈託無く目を細めているのに気付く。

「ノイアンはこの時間に良く来るのかな。それなら私も、次は狙ってきてみようか」
「……な、」

 恐らく、きっと、その言葉に深い意味は無いのだろうとノイアンは思う。それでも言外に『また会えたら嬉しいよ』と聞こえた気がして、二口目を皿の上に落としてしまった。

●

 シルヴィアは瑞々しいサラダを噛み締めて息を吐く。リブラネスタにも様々な店があるものの、ここの料理は安定して美味い。その上、友と摂る食事なら味の良さだって増すものだ。
 ノイアンの口数がそう多いものでは無いことを、シルヴィアは既によく知っている。二人で食べる時間は静かで穏やかで、必要以上に言葉を交わさずともかけがえないと思えた。
 大樹のような人だ、と思う。そこに居てくれるだけで安心できるような優しさがある。

(彼もこの時間を良く思ってくれているなら、嬉しいのだけれど)

 黙々と食事を口へ運ぶノイアンを見る。最近は共に行動することも増えた。言葉には出さないが、それを悪いものと思っていないのであればそれだけで――

「畑をやっていると、昼を過ぎてしまう時がある。今日みたいに」

 唐突に、ノイアンが口を開く。先程の質問の答えだろう。変わらぬ表情は、それでも何かを思惑しているようだった。やがて何かに観念したように視線を上げる。

「……普段はもう少し早く来ることが多い」

 もし本当に時刻を合わせるつもりなら、と明らかに迷う様子でノイアンは言う。その言葉に、シルヴィアは心から顔を綻ばせた。

「君らしいな」
「……何?」
「ううん、何でも」

 もし本当にシルヴィアが時間を合わせてここへ来たならば、それは徒労になってしまうと、ノイアンはそう危惧したに決まっている。だから迷っても言わなければ気が済まなかったのだろう。また黙々と食事に戻るノイアンを見て、不器用な優しさに心が温かくなった。彼のそれは、実に気付かれにくい優しさだった。事実、無愛想さも相まって彼を怖がる人も多いと聞く。そういうところも、シルヴィアとしては放っておき難いところなのだが。

「そういえば、普段はやっぱり端の席かい?」

 そう言ってシルヴィアが見たのは、店内でも誰の目にも止まらなさそうな窓辺の席だった。シルヴィアがこの店でノイアンに出会った時、彼が座っていた場所。ノイアンは頷く。

「妙に落ち着く。拘りがあるわけではないが」

 ノイアンの目が、少し懐かしそうな色を帯びた。彼もまた同じように、いつかの夜を思い出す。

「あの日、シルヴィアは楽器(フィドル)を弾いていたな」
「そんなに前のことじゃないけれど、何だか懐かしい感じがするね」

 シルヴィアは光の当たる場所にいた。楽しげにフィドルを掻き鳴らし人々の心に火を灯すような、それが彼女の姿だった。窓辺の少しくらい席からノイアンは見ていた。二人の間には、あの時確かな距離があった。

「……一緒に、と言われた時は驚いた」
「ふふ。でも来てくれたね。楽しかったよ」

 距離を縮めたのはシルヴィアだった。彼女はなんてこと無いようにノイアンを見つけ、手を引いて光の下へ連れ出したのだ。
 慣れない踊りも、間近に聞いた演奏も、あの突き抜けるように美しい歌声も、ノイアンにとっては忘れがたいものになっている。

「次があったらまた踊ってくれるかい?」

 ふと、少し戯けた様子でシルヴィアが首を傾げる。それはほんの、軽い冗談のようなものだったが、

「あの音をまた聴けるなら、悪くはない」

 するりと返したノイアンの言葉は、シルヴィアには少々予想外だった。いつか『綺麗だ』と言ってくれたのは、歌声のことだっただろうか。何より、言った彼の表情がいつもより柔らかく見え、シルヴィアは次の句を継げなくなってしまう。

「それは、ずるいなぁ……」

 ようやくそれだけ言って、シルヴィアは珈琲を流し込んだ。

●

「さて。私はこの後ギルドに行く予定なのだけど、ノイアンはどうだい?」

 シルヴィアの誘いはいつも何気ない。気負わず気負わさせず、けれどもこうして手を差し出してくれる。

「俺も行く。今は稼ぎ時でもある」

 だから断る理由も無い。少し多めの昼食をすっかり平らげたノイアンもまた、店員へ礼を言いつつ立ち上がる。
 強く頼れる同朋。同期の冒険者。共にいると心地よい相手。優しい人。関係性を示す言葉は数あれど、どれか一つを選ぶのは難しい。一つとして合うものは無いのかもしれない。

「良かった。それなら、また頼らせて貰おう」

 笑うシルヴィアと無表情のノイアン、同じ色の目が合った。先に目を逸らしたノイアンが、「行くぞ」とだけ促す。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0