正体不明の女使者より与えられた指令
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2021年05月27日 13時08分04秒
黒い木目が浮いた飴色の壁だ。
闇の中、吊るされた洋灯の橙色の明かりに照らされて、磨かれた木造の壁が独特の光沢と深い色合いを見せている。
セロンガード・シュタインドルフはカサンドラやゾフィーとは別行動で単身、王都の一角に建つ高級酒場を訪れていた。
華やかに繁盛している大きな店構えの酒場だ。昼夜を問わず多数の人間が出入りしている。
表向きはただの流行りの酒場だったが、その裏、北の軍事大国シルトーラスが諜報部隊、見えざる見張り番の息がかかった店だった。
以前、帝国への亡命を図っていた仮面の要人達との面会に用いられたのも、この酒場である。
リーンエス王国の心臓部に喰い込んでいる、見えざる帝国の諜報員達の拠点たる、高級酒場の奥、防音処理が施された薄闇の一室にて、黒髪の少年が瀟洒な細工を施された卓を挟み、向かい合っているのは、一人の若い女だった。厳密に言うならば恐らくは若い女である。
何故、推察になるのかというと、女は室内にあってもフードを深々とかぶり、その顔の半ば以上が隠されていたからだ。絞られた光量が産み落としている陰影もあって、顔が良く見えない。
しかしながら、フードの下から覗く柔らかそうな薄桃色の唇の艶、張りのある白肌から察するに年齢は恐らくは若いのだろう、と判断する事は出来た。
長衣越しに浮かび上がっている身体の線も、細く引き締まった若い女のものだ。
だが、世には外見では年齢を推し量れない存在も多いから、あるいは、眼前の彼女もまた若く無いという可能性も無い訳ではなかった。
「――セロンガード・シュタインドルフ、貴方に任務を授けます」
女の薄桃色の唇が動き、澄んだソプラノの声が発せられた。
それは祭礼の場で運命を告げる巫女の神託のように、あるいは、星の見えない夜に魔女が嵐の到来を告げる予言のように、闇に響いた。
この顔を見せぬ長衣の女は、シルトラース帝国からセロンへと遣わされた使者だ。彼女はそれを示すものを持っていた。偽造は難しく、奪う事もまた難しいから、偽者が成り済ましている、という事は恐らくは無い。世の中『完全』というものは無いが……しかし、それを言い出すと切りが無いから、証明がある以上は、信じるべきだろう。もっとも諜報員としては万一の可能性も頭の隅に置いてあたる必要はあったが。
ともあれ、目の前の女は帝国からの本物の使者であると仮定する。
しかし、これがどうも今までの見えざる見張り番とは別の系統から来ている人間であるような匂いがした。
少なくともセロンは今までに彼女から指令を受け取った事は無かった。
姓名不明。
年齢不明。
所属不明。
何から何まで謎な、わかっているのはシルトラース帝国の関係者であり、諜報部隊員であるセロンに対して命令する権限を持っているという事だけの――正体不明の女使者だ。
謎めいた長衣姿の女は黒髪の少年へと告げた。
「――とある少女の家庭教師をしてください」
それは意外な指令のように聞こえた。
「家庭教師……ですか」
軍事大国シルトラースの中でも最精鋭である諜報部隊の隊員が少女の家庭教師?
(――いや、額面通りに受け取るな)
それこそが諜報部隊なのである。情報戦だ。
家庭教師というのは、恐らく方便だろう。
セロンが現在パンクリアース学園の生徒に身を変えているのと同じ事である。
それは仮の姿。
現在もセロン達は一介の学園生徒のふりをしながらその裏、諜報活動を行っている。
有力貴族に探りを入れ、情報を抜き取る。場合によっては指令を受け取って直接働きかける事もある(それは多岐に及ぶ潜入諜報員の任務の中のあくまで一つに過ぎなかったが)。
それらの事を踏まえると、この家庭教師というのも、恐らくは教師のふりをして入り込み、情報を奪取せよという事である可能性が高い。
あるいは、
(その少女に何かあるのか)
抹殺するのか、それとも逆に護衛するのか。対象の懐に潜り込めば、生かすも殺すも生殺与奪は自在となる。
そういう事を、この女性――……あるいはこの女性の背後にいるさらなる上位の命令者――は期待しているのだろうか?
「……その少女というのは?」
学園の制服ではなく貴族の若者風の服装――酒場に出入りしていてもそう違和感が無い――に身長176cmの精悍な体躯を包んでいる少年は、しかしその装いとは対極にある、厳しく訓練された職業軍人特有の静謐さを秘めた黒瞳で以って、卓の向こうの顔の見えぬ長衣姿の女を見据えた。
答えは淀み無く返ってきた。
「名はセリーヌ。パンクリアース学園に通っているエルフの少女です。三年生で歳は十四」
セロンはこの時十六歳だったから二つ年下になる。
十四歳というなら世間ではまだまだ子供だろう。
自らも若くはあるが、自分は進んで軍の道へと入った。しかし、軍人でもないパンクリアース学園の生徒ならば、豊かで平穏な王国で青春を謳歌しているのが普通である年頃の筈だ。
それが鉄と血と謀略の匂いを纏う北の軍事大国の特殊部隊員に付き纏われる事になるとは、と黒髪黒瞳の少年兵は、顔も知らぬ少女に微かに憐憫の情を抱いた。
まぁこの豊かな南の王国ならともかく、北辺境の貧しい農村の子供達なら親の手伝いで朝から晩まで働きづめか、あるいは最悪それでも足りずに餓死している事も珍しい話ではなかったから、考えてみればそれほど不幸でもないのかもしれない。
地獄への片道手形は世に溢れている。誰しもが闇の底に引きずり込まれる可能性を秘めている。ロスガリア大陸において、不幸というのは、珍しい話ではないのだ。
女はそれからセリーヌという少女に関して、学園で所属しているクラスなどの細かい情報をセロンへと伝えた。
しかし、
「……いただける情報はそれですべてでしょうか?」
「はい」
肝心要の所は話されなかった。
「何の為に、その少女の家庭教師の役を私が担うのか、その目的をお尋ねしても?」
「それは貴方には知る権限がありません。少なくとも現在の所は」
チェスの駒は考える必要は無い、という事だろう。軍では良くある事だ。
考えるのは駒の差し手の役目であって、駒ではない。
だから知る必要が無い。本当に良くある話だ。それが気分が良いか悪いかはまた別の話だが――兵士の職務というのは、そういうものだ。
やれと言われればやる。
もっとも、セロンガード・シュタインドルフという少年兵は、やれと言われた事に従わず、度々命令違反を起こして自らの考えで動いていたが。
教育課程を首席で卒業し一戦士としての技量も高く、メドゥの幹部を捕縛するなど大きな功績を幾つもあげている優秀な兵士だったが、しかし同時に独断で動きがちな、『兵士としては問題児でもある』との評価を上層部からは得ている兵士でもあった。
「承知しました」
しかし、黒髪黒瞳の少年はこの場は淡々と頷いた。彼としても好き好んで命令違反をおかしている訳ではない。
ただ、過去のそれらの時はそれをやらなければならない状況だっただけだ。
つまり、状況がそうなったらまたやる、かもしれない。
(……この指令をくだした人物は、僕に何を期待しているんだ?)
目的は見えなかったが、わざわざセロンを選んで指令をくだしてきたからには、理由がある筈だ、と思った。
なんせ対象は少女だ。警戒されない、という点においては同性の方が向いている。
その観点から見れば、気難しい所のあるゾフィーはともかく、カサンドラの方がセロンよりも適任の筈だ。物腰が柔らかいから対象と親密になる事が十分に期待できる――人間関係というのはそう単純なものではなかったが、しかし一般的に出目があるように見えるのは、そちらの筈だった。荒事的なこともセロンと比較すれば純粋な技量は劣るが、彼女も強力な授恵者だ。ブランクがあったが既にゾフィーよりも強い。並み以上の相手でもカサンドラなら引けはとらない。
だが、選ばれたのはセロンだ。
(理由と思惑がある筈だ)
自分が選ばれたのには何か理由がある、若くして既に多数の実戦を重ねている少年兵はその事実に明敏に勘付いていた。それは権限の名のもとに伏せられているようだったが、何かがある。
セロンは「ではよろしくお願いします」と頭を下げる女を無表情で見つめていた。
●
黒髪黒瞳の少年兵が酒場の一室から立ち去った時、フードの女は我知らず息を吐いていた。
精鋭の諜報部隊員と一対一で向き合うというのはなかなか息が詰まるものだ。ともすれば相手にとって不愉快ともなりえる指令を与えなければならない立場にあってはなおさらだ。
しかし、
(……大きくなりましたね)
彼女の胸に満ちていたのはそれだけではなかった。
昔日、彼女はセロンガードと接触した事があった。
セロンガードが幼少の頃、記憶を封じられてしまった時、失われた紅瞳子と賢狼の記憶を呼び覚まし、再起と救いを担った人物は、他ならぬ彼女だった。
(セロン君、どうかセリーヌをお願いします)
そして彼女はまたセリーヌの母親でもあった。
かつてフィルエス大森林に居を構えていたエルフである。
幼いセリーヌの手を引いて森から山脈を越え、凍える北の大平原を幼子を連れて越えた母である。
見た目通りの年齢ではなかった。
セリーヌは今、その命を狙われていた。
刺客が迫っていた。
それが予期されたからこそヴェヒター・ヌルはセロンを極北ではなくパンクリアース学園へと送り込んだのである。
彼が選ばれたのには理由があった。
セロンとセリーヌの実の父親は、同一人物だったのだ。
十六歳の少年はまだその事実を知らなかったが。
セロンガードの、そしてセリーヌの、命運を大きく左右するような時が、迫って来ていた。
闇の中、吊るされた洋灯の橙色の明かりに照らされて、磨かれた木造の壁が独特の光沢と深い色合いを見せている。
セロンガード・シュタインドルフはカサンドラやゾフィーとは別行動で単身、王都の一角に建つ高級酒場を訪れていた。
華やかに繁盛している大きな店構えの酒場だ。昼夜を問わず多数の人間が出入りしている。
表向きはただの流行りの酒場だったが、その裏、北の軍事大国シルトーラスが諜報部隊、見えざる見張り番の息がかかった店だった。
以前、帝国への亡命を図っていた仮面の要人達との面会に用いられたのも、この酒場である。
リーンエス王国の心臓部に喰い込んでいる、見えざる帝国の諜報員達の拠点たる、高級酒場の奥、防音処理が施された薄闇の一室にて、黒髪の少年が瀟洒な細工を施された卓を挟み、向かい合っているのは、一人の若い女だった。厳密に言うならば恐らくは若い女である。
何故、推察になるのかというと、女は室内にあってもフードを深々とかぶり、その顔の半ば以上が隠されていたからだ。絞られた光量が産み落としている陰影もあって、顔が良く見えない。
しかしながら、フードの下から覗く柔らかそうな薄桃色の唇の艶、張りのある白肌から察するに年齢は恐らくは若いのだろう、と判断する事は出来た。
長衣越しに浮かび上がっている身体の線も、細く引き締まった若い女のものだ。
だが、世には外見では年齢を推し量れない存在も多いから、あるいは、眼前の彼女もまた若く無いという可能性も無い訳ではなかった。
「――セロンガード・シュタインドルフ、貴方に任務を授けます」
女の薄桃色の唇が動き、澄んだソプラノの声が発せられた。
それは祭礼の場で運命を告げる巫女の神託のように、あるいは、星の見えない夜に魔女が嵐の到来を告げる予言のように、闇に響いた。
この顔を見せぬ長衣の女は、シルトラース帝国からセロンへと遣わされた使者だ。彼女はそれを示すものを持っていた。偽造は難しく、奪う事もまた難しいから、偽者が成り済ましている、という事は恐らくは無い。世の中『完全』というものは無いが……しかし、それを言い出すと切りが無いから、証明がある以上は、信じるべきだろう。もっとも諜報員としては万一の可能性も頭の隅に置いてあたる必要はあったが。
ともあれ、目の前の女は帝国からの本物の使者であると仮定する。
しかし、これがどうも今までの見えざる見張り番とは別の系統から来ている人間であるような匂いがした。
少なくともセロンは今までに彼女から指令を受け取った事は無かった。
姓名不明。
年齢不明。
所属不明。
何から何まで謎な、わかっているのはシルトラース帝国の関係者であり、諜報部隊員であるセロンに対して命令する権限を持っているという事だけの――正体不明の女使者だ。
謎めいた長衣姿の女は黒髪の少年へと告げた。
「――とある少女の家庭教師をしてください」
それは意外な指令のように聞こえた。
「家庭教師……ですか」
軍事大国シルトラースの中でも最精鋭である諜報部隊の隊員が少女の家庭教師?
(――いや、額面通りに受け取るな)
それこそが諜報部隊なのである。情報戦だ。
家庭教師というのは、恐らく方便だろう。
セロンが現在パンクリアース学園の生徒に身を変えているのと同じ事である。
それは仮の姿。
現在もセロン達は一介の学園生徒のふりをしながらその裏、諜報活動を行っている。
有力貴族に探りを入れ、情報を抜き取る。場合によっては指令を受け取って直接働きかける事もある(それは多岐に及ぶ潜入諜報員の任務の中のあくまで一つに過ぎなかったが)。
それらの事を踏まえると、この家庭教師というのも、恐らくは教師のふりをして入り込み、情報を奪取せよという事である可能性が高い。
あるいは、
(その少女に何かあるのか)
抹殺するのか、それとも逆に護衛するのか。対象の懐に潜り込めば、生かすも殺すも生殺与奪は自在となる。
そういう事を、この女性――……あるいはこの女性の背後にいるさらなる上位の命令者――は期待しているのだろうか?
「……その少女というのは?」
学園の制服ではなく貴族の若者風の服装――酒場に出入りしていてもそう違和感が無い――に身長176cmの精悍な体躯を包んでいる少年は、しかしその装いとは対極にある、厳しく訓練された職業軍人特有の静謐さを秘めた黒瞳で以って、卓の向こうの顔の見えぬ長衣姿の女を見据えた。
答えは淀み無く返ってきた。
「名はセリーヌ。パンクリアース学園に通っているエルフの少女です。三年生で歳は十四」
セロンはこの時十六歳だったから二つ年下になる。
十四歳というなら世間ではまだまだ子供だろう。
自らも若くはあるが、自分は進んで軍の道へと入った。しかし、軍人でもないパンクリアース学園の生徒ならば、豊かで平穏な王国で青春を謳歌しているのが普通である年頃の筈だ。
それが鉄と血と謀略の匂いを纏う北の軍事大国の特殊部隊員に付き纏われる事になるとは、と黒髪黒瞳の少年兵は、顔も知らぬ少女に微かに憐憫の情を抱いた。
まぁこの豊かな南の王国ならともかく、北辺境の貧しい農村の子供達なら親の手伝いで朝から晩まで働きづめか、あるいは最悪それでも足りずに餓死している事も珍しい話ではなかったから、考えてみればそれほど不幸でもないのかもしれない。
地獄への片道手形は世に溢れている。誰しもが闇の底に引きずり込まれる可能性を秘めている。ロスガリア大陸において、不幸というのは、珍しい話ではないのだ。
女はそれからセリーヌという少女に関して、学園で所属しているクラスなどの細かい情報をセロンへと伝えた。
しかし、
「……いただける情報はそれですべてでしょうか?」
「はい」
肝心要の所は話されなかった。
「何の為に、その少女の家庭教師の役を私が担うのか、その目的をお尋ねしても?」
「それは貴方には知る権限がありません。少なくとも現在の所は」
チェスの駒は考える必要は無い、という事だろう。軍では良くある事だ。
考えるのは駒の差し手の役目であって、駒ではない。
だから知る必要が無い。本当に良くある話だ。それが気分が良いか悪いかはまた別の話だが――兵士の職務というのは、そういうものだ。
やれと言われればやる。
もっとも、セロンガード・シュタインドルフという少年兵は、やれと言われた事に従わず、度々命令違反を起こして自らの考えで動いていたが。
教育課程を首席で卒業し一戦士としての技量も高く、メドゥの幹部を捕縛するなど大きな功績を幾つもあげている優秀な兵士だったが、しかし同時に独断で動きがちな、『兵士としては問題児でもある』との評価を上層部からは得ている兵士でもあった。
「承知しました」
しかし、黒髪黒瞳の少年はこの場は淡々と頷いた。彼としても好き好んで命令違反をおかしている訳ではない。
ただ、過去のそれらの時はそれをやらなければならない状況だっただけだ。
つまり、状況がそうなったらまたやる、かもしれない。
(……この指令をくだした人物は、僕に何を期待しているんだ?)
目的は見えなかったが、わざわざセロンを選んで指令をくだしてきたからには、理由がある筈だ、と思った。
なんせ対象は少女だ。警戒されない、という点においては同性の方が向いている。
その観点から見れば、気難しい所のあるゾフィーはともかく、カサンドラの方がセロンよりも適任の筈だ。物腰が柔らかいから対象と親密になる事が十分に期待できる――人間関係というのはそう単純なものではなかったが、しかし一般的に出目があるように見えるのは、そちらの筈だった。荒事的なこともセロンと比較すれば純粋な技量は劣るが、彼女も強力な授恵者だ。ブランクがあったが既にゾフィーよりも強い。並み以上の相手でもカサンドラなら引けはとらない。
だが、選ばれたのはセロンだ。
(理由と思惑がある筈だ)
自分が選ばれたのには何か理由がある、若くして既に多数の実戦を重ねている少年兵はその事実に明敏に勘付いていた。それは権限の名のもとに伏せられているようだったが、何かがある。
セロンは「ではよろしくお願いします」と頭を下げる女を無表情で見つめていた。
●
黒髪黒瞳の少年兵が酒場の一室から立ち去った時、フードの女は我知らず息を吐いていた。
精鋭の諜報部隊員と一対一で向き合うというのはなかなか息が詰まるものだ。ともすれば相手にとって不愉快ともなりえる指令を与えなければならない立場にあってはなおさらだ。
しかし、
(……大きくなりましたね)
彼女の胸に満ちていたのはそれだけではなかった。
昔日、彼女はセロンガードと接触した事があった。
セロンガードが幼少の頃、記憶を封じられてしまった時、失われた紅瞳子と賢狼の記憶を呼び覚まし、再起と救いを担った人物は、他ならぬ彼女だった。
(セロン君、どうかセリーヌをお願いします)
そして彼女はまたセリーヌの母親でもあった。
かつてフィルエス大森林に居を構えていたエルフである。
幼いセリーヌの手を引いて森から山脈を越え、凍える北の大平原を幼子を連れて越えた母である。
見た目通りの年齢ではなかった。
セリーヌは今、その命を狙われていた。
刺客が迫っていた。
それが予期されたからこそヴェヒター・ヌルはセロンを極北ではなくパンクリアース学園へと送り込んだのである。
彼が選ばれたのには理由があった。
セロンとセリーヌの実の父親は、同一人物だったのだ。
十六歳の少年はまだその事実を知らなかったが。
セロンガードの、そしてセリーヌの、命運を大きく左右するような時が、迫って来ていた。