森の流れ星たち
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年05月21日 13時24分27秒
夜の帳はすっかりと落ち、空は星々の輝きで満たされている。
「お疲れ様です。成果はどうでしたか?」
焚火に鍋をかけていたイズレンディル・パラリムが、森の奥から現れた気配に声をかけた。
「兎が一匹だけだったよ。猪も見つけたんだけどね。残念ながら、逃げられた」
現れた気配――ヨル・スレイマンは、丸々と太った兎を持ち上げている。
「貴方から逃げおおせるなんて、その猪はよほどの強運の持ち主だ」
それが彼なりの冗談だという事は、イズレンディルにはわかっていた。きっと猪を発見したのは嘘だろう。必要以上に命を刈り取る事をよしとしない心優しき狩人。それが友人であり、刹那を共にする仲間であるヨルだと。
「うん? 何かついてるかい?」
そんな友人をじっと見つめていたら、ヨルが首を傾げた。
「いえ、素顔の貴方も素敵だなと思っていただけです」
今日のヨルは、普段滅多に外す事のない骨面を地面に預けている。
「なんだい? 二人きりのこの状況でその文句は、色々と想像をかき立てられるんだけど?」
「おや、それは失礼しました。他意はありませんよ」
「ふーん、どんな他意だとは聞かないでおくことにするよ」
和やかな二人だけの空間。周りには木々のざわめきと虫の声しかない。
二人は旅の最中に偶然出会い、道が途中まで重なるからと旅を共にしていた。
「ヨルさんのおかげで、食事が豪華になりました。感謝します」
「それはこちらの台詞だろう? イズ君のおかげで、味気ない炙り肉が彩り鮮やかな豪華ディナーに早変わりだ」
ヨルが獲ってきた兎を捌きながら答える。
肉担当のヨルに対し、イズレンディルは木の実担当。それぞれ得意な分野で獲物を提供し合う。旅行きでは、よくある光景だ。
「それにしてもイズ君は流石に詳しいね。俺はいつも食ってみて舌が痺れないかで判断してたから」
「ヨルさんらしい判別方法ですが、ほどほどにしてくださいね」
友人の食糧事情に苦笑しつつ、イズレンディルは鍋をかき回す。
「――っと、これでよし。焚火空くかい?」
話す間にも手を動かし兎を肉塊へと変えていたヨル。串に刺し炙ろうと焚火へ持ってくる。
「ええ、使ってください」
「ありがとう。それじゃ焼いていくよ」
ヨルは串を地面に差し、火に当てる。
二人は肉の焼ける香ばしい匂いが漂う中、しばらく無言で炎を見つめていた。
「――さて、そろそろいいかな」
ヨルが肉の焼け具合をチェックしイズレンディルに手渡す。
「ありがとうございます」
香ばしく焼けた兎肉の香りに目を細めながら、イズレンディルは用意してあった皿に添えた。
皿には鍋で煮込んでいた木の実のシチューが盛られており、肉を添える事で一気に豪華さが増す。
取り分けられた皿が旨そうな湯気を上げる中、二人は瞳を閉じ――。
「森と大地の恵みに感謝を」
「感謝を」
いただく命に感謝の言葉をかけた。
「感謝の作法もすっかり板についてきましたね」
「君に叩き込まれたからね」
くすくすと笑うイズレンディルに、ヨルは肩を竦める。
無頼の出であるヨルにとって、食事は単なる栄養補給だった。腹が満たされればそれでいい。明日を生き抜くためだけに摂取する煩わしい生命維持活動の一つでしかなかった。まぁ、酒は別だが。
そんな意識を変えてくれたのが目の前の友人イズレンディルだ。
二人はしばらく無言で料理を食べ進める。
「む。少したんぱくすぎたかな」
炙った兎肉を頬張ったヨルが、眉をしかめた。
「そうですか? 素材の味が活きた、いい塩梅だと思うのですが」
「そうかな、俺としてはもう少し塩味が欲しいな」
「なるほど、狩りで汗を流されましたからね。しかし、塩は貴重ですし……あぁ、そうです、では――」
と、イズレンディルは友人の味覚を満足させるために、袋を漁り緑の果実を取り出した。
「ライムかい?」
「ご明察です。塩味は足せませんがこれなら満足いただけるかもしれません」
そう言うとイズレンディルはナイフでライムを二つに割る。
「なるほど、イズ君は肉にレモン派か」
「え?」
片割れを受け取りつつヨルが何やら頷いている。
「いや、こっちの話だ。派閥には属していないけど、俺も嫌いじゃない」
「はぁ……嫌いでないのならよかったです」
そう言いつつライムをかけた肉に齧り付いているヨルに、イズレンディルは首を傾げた。
食事も終わり、食後にどうぞと淹れてくれたイズレンディル自慢の香茶を楽しんでいると、空に星が流れた。
「この森は静かでいいね」
芳醇な香茶の香りを胸に吸い込み、ヨルが呟く。
「ええ、平和な森です」
香茶のカップで手を温めながら、イズレンディルが呟き返した。
「そういえば、イズ君は旅の徒になってどれくらい経つんだい?」
「旅立ってですか……そうですね、もう随分と前の事なので正確には覚えていませんが、ざっと80年ほどでしょうか」
ヨルの問いに答えイズレンディルは星を見上げた。
「80年か。気が遠くなる時間だね」
「まだまだ若造ですよ」
「若造か……本当、エルフのその時間感覚には馴染めないよ」
肩を竦めるヨルにイズレンディルは小さく笑う。
「短く濃く生きるヒューマンの生も素晴らしいものだと、僕は思いますけどね」
「はは。濃ければいいけどね。薄く短い無為な生だって存在するよ」
何処か自嘲にも聞こえる声で答えたヨルが、カップに口を付けた。
「イズ君は森の外は好きかい?」
口の中に広がる甘みと苦みのバランスに感動しながらヨルが再び問いかける。
「いきなりな質問ですね。もちろん好きですよ。でなければ、森と外との交流所なんて設けません」
ヨルの質問に首を傾げたイズレンディルだったが、何か意図があるのだろうと素直に答えた。
「ん、確かにそうか」
「どうしたんですか、いきなりそんな話をして」
「……いや、君の聖人君子の如き生きざまが眩しく思えただけだよ」
「なんですかそれは。答えになっていませんよ」
じっとこちらを見つめてくるヨルに、イズレンディルは苦笑を向ける。
「――少し昔話をしましょうか」
そして、イズレンディルは誰が求めるまでもなく話し始めた。――ヨルの瞳に不安の色を感じたから。
「僕は氏族の役目に従って森を出ました。最初は不安で仕方がなかったですよ。何せ20になったばかりの子供が『外を見てこい』だなんてお役目を与えられたんですから」
「20で子供ね」
隣で苦笑が聞こえるがそのまま話を続ける。
「でも、心弾んでいたのも確かです。古い慣習に囚われ、時の停滞を望む氏族達に疑問を感じていましたから、森の外を旅する機会を得られる氏族に生まれたのは運命だったのかもしれません」
イズレンディルは香茶を一口すすると、故郷の方角に視線を向けた。
「森から出て、人生の殆どを旅の中で過ごしました。他の種族からすればとても長い時間をかけて、様々なモノやヒトに触れてきました。世界のあり様を見て、ヒトの生きざまを見て、それを心に刻みながら旅を続けてきました」
「……沢山の別れもあっただろう。辛くはないのかい?」
「……旅の別れは辛いですよ」
ヨルの問いにイズレンディルは少し間を取って答える。
もちろんヨルの質問の意図はわかっていた。エルフと他種族の命の長さの差を言っているのだろうと。
「でも、道を歩けば新しい出会いも沢山ありますから。別れを悲しんでばかりもいられません」
だからあえて旅の一期一会に例えて答える。
「お疲れ様です。成果はどうでしたか?」
焚火に鍋をかけていたイズレンディル・パラリムが、森の奥から現れた気配に声をかけた。
「兎が一匹だけだったよ。猪も見つけたんだけどね。残念ながら、逃げられた」
現れた気配――ヨル・スレイマンは、丸々と太った兎を持ち上げている。
「貴方から逃げおおせるなんて、その猪はよほどの強運の持ち主だ」
それが彼なりの冗談だという事は、イズレンディルにはわかっていた。きっと猪を発見したのは嘘だろう。必要以上に命を刈り取る事をよしとしない心優しき狩人。それが友人であり、刹那を共にする仲間であるヨルだと。
「うん? 何かついてるかい?」
そんな友人をじっと見つめていたら、ヨルが首を傾げた。
「いえ、素顔の貴方も素敵だなと思っていただけです」
今日のヨルは、普段滅多に外す事のない骨面を地面に預けている。
「なんだい? 二人きりのこの状況でその文句は、色々と想像をかき立てられるんだけど?」
「おや、それは失礼しました。他意はありませんよ」
「ふーん、どんな他意だとは聞かないでおくことにするよ」
和やかな二人だけの空間。周りには木々のざわめきと虫の声しかない。
二人は旅の最中に偶然出会い、道が途中まで重なるからと旅を共にしていた。
「ヨルさんのおかげで、食事が豪華になりました。感謝します」
「それはこちらの台詞だろう? イズ君のおかげで、味気ない炙り肉が彩り鮮やかな豪華ディナーに早変わりだ」
ヨルが獲ってきた兎を捌きながら答える。
肉担当のヨルに対し、イズレンディルは木の実担当。それぞれ得意な分野で獲物を提供し合う。旅行きでは、よくある光景だ。
「それにしてもイズ君は流石に詳しいね。俺はいつも食ってみて舌が痺れないかで判断してたから」
「ヨルさんらしい判別方法ですが、ほどほどにしてくださいね」
友人の食糧事情に苦笑しつつ、イズレンディルは鍋をかき回す。
「――っと、これでよし。焚火空くかい?」
話す間にも手を動かし兎を肉塊へと変えていたヨル。串に刺し炙ろうと焚火へ持ってくる。
「ええ、使ってください」
「ありがとう。それじゃ焼いていくよ」
ヨルは串を地面に差し、火に当てる。
二人は肉の焼ける香ばしい匂いが漂う中、しばらく無言で炎を見つめていた。
「――さて、そろそろいいかな」
ヨルが肉の焼け具合をチェックしイズレンディルに手渡す。
「ありがとうございます」
香ばしく焼けた兎肉の香りに目を細めながら、イズレンディルは用意してあった皿に添えた。
皿には鍋で煮込んでいた木の実のシチューが盛られており、肉を添える事で一気に豪華さが増す。
取り分けられた皿が旨そうな湯気を上げる中、二人は瞳を閉じ――。
「森と大地の恵みに感謝を」
「感謝を」
いただく命に感謝の言葉をかけた。
「感謝の作法もすっかり板についてきましたね」
「君に叩き込まれたからね」
くすくすと笑うイズレンディルに、ヨルは肩を竦める。
無頼の出であるヨルにとって、食事は単なる栄養補給だった。腹が満たされればそれでいい。明日を生き抜くためだけに摂取する煩わしい生命維持活動の一つでしかなかった。まぁ、酒は別だが。
そんな意識を変えてくれたのが目の前の友人イズレンディルだ。
二人はしばらく無言で料理を食べ進める。
「む。少したんぱくすぎたかな」
炙った兎肉を頬張ったヨルが、眉をしかめた。
「そうですか? 素材の味が活きた、いい塩梅だと思うのですが」
「そうかな、俺としてはもう少し塩味が欲しいな」
「なるほど、狩りで汗を流されましたからね。しかし、塩は貴重ですし……あぁ、そうです、では――」
と、イズレンディルは友人の味覚を満足させるために、袋を漁り緑の果実を取り出した。
「ライムかい?」
「ご明察です。塩味は足せませんがこれなら満足いただけるかもしれません」
そう言うとイズレンディルはナイフでライムを二つに割る。
「なるほど、イズ君は肉にレモン派か」
「え?」
片割れを受け取りつつヨルが何やら頷いている。
「いや、こっちの話だ。派閥には属していないけど、俺も嫌いじゃない」
「はぁ……嫌いでないのならよかったです」
そう言いつつライムをかけた肉に齧り付いているヨルに、イズレンディルは首を傾げた。
食事も終わり、食後にどうぞと淹れてくれたイズレンディル自慢の香茶を楽しんでいると、空に星が流れた。
「この森は静かでいいね」
芳醇な香茶の香りを胸に吸い込み、ヨルが呟く。
「ええ、平和な森です」
香茶のカップで手を温めながら、イズレンディルが呟き返した。
「そういえば、イズ君は旅の徒になってどれくらい経つんだい?」
「旅立ってですか……そうですね、もう随分と前の事なので正確には覚えていませんが、ざっと80年ほどでしょうか」
ヨルの問いに答えイズレンディルは星を見上げた。
「80年か。気が遠くなる時間だね」
「まだまだ若造ですよ」
「若造か……本当、エルフのその時間感覚には馴染めないよ」
肩を竦めるヨルにイズレンディルは小さく笑う。
「短く濃く生きるヒューマンの生も素晴らしいものだと、僕は思いますけどね」
「はは。濃ければいいけどね。薄く短い無為な生だって存在するよ」
何処か自嘲にも聞こえる声で答えたヨルが、カップに口を付けた。
「イズ君は森の外は好きかい?」
口の中に広がる甘みと苦みのバランスに感動しながらヨルが再び問いかける。
「いきなりな質問ですね。もちろん好きですよ。でなければ、森と外との交流所なんて設けません」
ヨルの質問に首を傾げたイズレンディルだったが、何か意図があるのだろうと素直に答えた。
「ん、確かにそうか」
「どうしたんですか、いきなりそんな話をして」
「……いや、君の聖人君子の如き生きざまが眩しく思えただけだよ」
「なんですかそれは。答えになっていませんよ」
じっとこちらを見つめてくるヨルに、イズレンディルは苦笑を向ける。
「――少し昔話をしましょうか」
そして、イズレンディルは誰が求めるまでもなく話し始めた。――ヨルの瞳に不安の色を感じたから。
「僕は氏族の役目に従って森を出ました。最初は不安で仕方がなかったですよ。何せ20になったばかりの子供が『外を見てこい』だなんてお役目を与えられたんですから」
「20で子供ね」
隣で苦笑が聞こえるがそのまま話を続ける。
「でも、心弾んでいたのも確かです。古い慣習に囚われ、時の停滞を望む氏族達に疑問を感じていましたから、森の外を旅する機会を得られる氏族に生まれたのは運命だったのかもしれません」
イズレンディルは香茶を一口すすると、故郷の方角に視線を向けた。
「森から出て、人生の殆どを旅の中で過ごしました。他の種族からすればとても長い時間をかけて、様々なモノやヒトに触れてきました。世界のあり様を見て、ヒトの生きざまを見て、それを心に刻みながら旅を続けてきました」
「……沢山の別れもあっただろう。辛くはないのかい?」
「……旅の別れは辛いですよ」
ヨルの問いにイズレンディルは少し間を取って答える。
もちろんヨルの質問の意図はわかっていた。エルフと他種族の命の長さの差を言っているのだろうと。
「でも、道を歩けば新しい出会いも沢山ありますから。別れを悲しんでばかりもいられません」
だからあえて旅の一期一会に例えて答える。