Transport Of Joy
キャラクターノベル(グループ)制作 伊治納品 2021年05月23日 10時53分54秒
アーシェル・G・クラインが夢見宿ガーデニアの玄関に入ると、アンネエルカが笑顔で出迎えた。
「アーシェルさん、いらっしゃい!」
入口から見て正面に受付、右手に階段、左手に食堂への入り口と宿屋としては珍しくない作りだが、受付だけでなく会談にも緑があり、温かみを感じさせる。
アーシェルは挨拶を返しつつ、アンネエルカの星空模様の角に目をやった。
星空を彩る桃花は、アーシェルが作ったもの。角飾りに拘るのが毎朝の楽しみとも聞いていたから、身に着けていることが嬉しく、頬を緩めた。
「良く似合ってる」
「アーシェルさんからの贈り物だもの」
アンネエルカは嬉しそうに微笑みながら、アーシェルを食堂へ案内した。
本日は宿泊者がおらず、『おじさま』がお仕事に専念したいこともあり、この夢見宿はお休みの体を取っているから、食堂にもその奥の厨房にも誰もいない。
「今日は、ポトフを作ろうと思うの」
アンネエルカは、アーシェルを見上げて微笑んだ。
手料理の味見をしながら宿で1日を過ごして欲しい。
誕生祝いに何かお願いを聞くとアーシェルから言われた時、アンネエルカはそう願った。
アンネエルカは『おじさま』の作るベッドは素敵だと思っている。手料理もベッドも味わってほしい思いがあった。
アーシェルから了承を貰ったアンネエルカは何を作ろうかと考え、ポトフに決めた。煮込み料理だから煮込みながらお喋りもできるし、野菜もお肉も食べられるから。
「火の調子は強くなくていいのか?」
「そうなの。沸騰させないのがコツなんですって」
アンネエルカはアーシェルに答えつつ、アクを掬い上げる。
沸騰させてしまっては野菜のえぐみが出てしまう――最初、アンネエルカは火加減が上手くできず、この言葉通りのえぐみが出てしまったスープを作ってしまった。今は、何とか頑張ってるけど。
できあがったスープを濾すと、野菜くずもない深い琥珀色のスープが出来上がった。
アンネエルカが小皿にスープを入れて、アーシェルへ差し出す。
「味見をしてもらえたら嬉しいわ!」
「ああ。――すげぇ美味い」
受け取り、確かめてみた味はえぐみもなく、優しい、野菜だけの味だ。
アクを丁寧に取っていたアンネエルカの優しさがこのスープに表れていると思う。
「やったわ!」
スープだけだったと言われないように頑張らないと!
嬉しそうに笑うアンネエルカを見、アーシェルは自分まで嬉しくなる。
やがて、こんがり焼いたベーコンとソーセージ、野菜くずの大元でもある野菜がスープと合流し、ローリエを載せて蓋をすれば、あとは出来上がりまで待つだけだ。
「こうしてのんびりできる日は素敵ね。おでかけする日も好きだけど。アーモンドのお花、綺麗だったもの!」
「あの恰好は驚いたけどな……」
アーモンドの花の下の出来事を思い出し、アーシェルは苦笑する。
話に花を咲かせている内にポトフは出来上がった。
食堂の一角に腰を下ろしたアーシェルの前にポトフだけでなく、パンやサラダも並べられていく。
「たくさん食べて!」
アンネエルカに促され、アーシェルは「いただきます」とポトフを口に運んだ。
「美味い」
「ありがとう!」
ベーコンにはしっかり野菜スープの味が通っているし、逆に野菜スープには肉の風味が加わってる。ハーブの入ったソーセージとも相性が良い。野菜もアンネエルカは少し不格好だと笑うが、丁寧さを心掛けて作ってくれたと判るし、アンネエルカの人柄を反映した優しい味がする。
「ありがとう、は、俺の言葉だろ。……お替り」
「今よそうわね!」
アーシェルは、お替りも幸せそうに食べていく。
デザートはリンゴのコンポートだったけど、こちらは買ったそうで、次は練習して手作りをと約束してくれた。
昼食も終わり、のんびりした後は、夢見宿のご案内。
「階段を上ると、宿泊するお部屋になっているの!」
長期滞在も一時滞在も歓迎しているが、長期滞在は奥、一時滞在は手前と、アンネエルカが説明し、窓の外にある離れを指し示した。
「あの離れはおじさまの工房。今日はずっとお仕事されてるのよ!」
アーシェルも話には何度も聞く『おじさま』は、あの工房でヴェルクリエらしい拘りを形にしているのだろう。
邪魔をするつもりもない為、工房の説明はそれで終わり、部屋のひとつへ案内された。
部屋は2人部屋ではないのもあるが、狭い方ではない。窓の向きも悪くなく、それでいて工房が見えないようになっていて、どちらへも配慮がされた位置だろう。アンネエルカがおしかけお手伝いになるまでは殺風景な宿だったらしいが、職人らしい計算のある建物だ。大柄な種族も想定した大きさのベッドが2つ並んでいて、宿としてはそれなりにするだろうと想像できる。
「ふかふかしてるでしょう!」
「ああ。寝心地もよさそうだし、手足もしっかり伸ばせそうだ」
アンネエルカに促されてアーシェルが腰を下ろしてみると、手足が伸ばせるだけでなく、寝心地もいいだろうと思う。
「おじさま自慢のふかふかベッドだもの、是非味わって!」
「え、いいのか?」
「勿論よ! 一緒にお昼寝しましょう!」
アーシェルの時間が、停止した。
が、一瞬で復帰し、アンネエルカへ優しく諭した。
「アンネ……年頃の男女が同じ布団で寝てはいけない」
最終的に、アンネエルカは隣のベッドでお昼寝するよう説得され、アーシェルの隣のベッドで横になった。
説得に成功し安堵するアーシェルも横になると、微かに落ち着く香りが漂ってくる。
「この香りは?」
「カモミールのポプリが枕には入っているの」
季節によってはラベンダー、アンゼリカの香りが安眠を呼ぶらしいが、今はカモミールだという。
ふかふかした寝具に落ち着く香り、十分に腹も満ち、アンネエルカと言葉を交わす穏やかな時間――いつしか、アーシェルは眠りに落ちていた。
アンネエルカは、沈黙したアーシェルが眠っていることに気づいた。
じっと顔を見つめてみる……起きない。
ベッドに腰を掛けてみる……起きない。
(少しだけなら……)
普段は身長差で顔をよく見られないから。
アンネエルカは布団の中にごそごそ潜り込む。
睫毛や通った鼻は、この距離だからこそみられるもの。
眠っているから、彼の瞳は見られないけど。
「私ね、アーシェルさんの瞳は、好きよ」
他の人より鮮やかに世界が見えるのはいいことばかりではなくとも。
あんまり好きじゃないって思っていたとしても。
綺麗で、好きよ。
(……少し眠くなってきちゃったみたい)
アンネエルカもゆっくりと瞼を閉じる。
やがて、部屋の中には、2人分の寝息しか聞こえなくなった。
そうして、結構な時間が過ぎた頃――
アーシェルは、目が覚めた。
「!」
星空模様の角、桃花の角飾り、とくれば、アンネエルカだ。
自分の腕を枕にし、すうすうと眠っている。
いつの間に隣に入り込まれていたのか――アーシェルは気づかなかった自分に驚いた。
無防備すぎると思うも、起こす気にはなれない。アンネエルカの目覚めをまとう。
起きたら、おはようと言おう。よく眠れたかと聞こう。
アンネエルカもきっと同じことを言うし、聞いてくるだろうけど。
「……たく、アンネには、敵わねぇな」
その優しい眼差しも声も知る者は誰もいない。
――そう、本人さえも。
ガーデニアは、喜びを運ぶという意味そのままを示していた。
「アーシェルさん、いらっしゃい!」
入口から見て正面に受付、右手に階段、左手に食堂への入り口と宿屋としては珍しくない作りだが、受付だけでなく会談にも緑があり、温かみを感じさせる。
アーシェルは挨拶を返しつつ、アンネエルカの星空模様の角に目をやった。
星空を彩る桃花は、アーシェルが作ったもの。角飾りに拘るのが毎朝の楽しみとも聞いていたから、身に着けていることが嬉しく、頬を緩めた。
「良く似合ってる」
「アーシェルさんからの贈り物だもの」
アンネエルカは嬉しそうに微笑みながら、アーシェルを食堂へ案内した。
本日は宿泊者がおらず、『おじさま』がお仕事に専念したいこともあり、この夢見宿はお休みの体を取っているから、食堂にもその奥の厨房にも誰もいない。
「今日は、ポトフを作ろうと思うの」
アンネエルカは、アーシェルを見上げて微笑んだ。
手料理の味見をしながら宿で1日を過ごして欲しい。
誕生祝いに何かお願いを聞くとアーシェルから言われた時、アンネエルカはそう願った。
アンネエルカは『おじさま』の作るベッドは素敵だと思っている。手料理もベッドも味わってほしい思いがあった。
アーシェルから了承を貰ったアンネエルカは何を作ろうかと考え、ポトフに決めた。煮込み料理だから煮込みながらお喋りもできるし、野菜もお肉も食べられるから。
「火の調子は強くなくていいのか?」
「そうなの。沸騰させないのがコツなんですって」
アンネエルカはアーシェルに答えつつ、アクを掬い上げる。
沸騰させてしまっては野菜のえぐみが出てしまう――最初、アンネエルカは火加減が上手くできず、この言葉通りのえぐみが出てしまったスープを作ってしまった。今は、何とか頑張ってるけど。
できあがったスープを濾すと、野菜くずもない深い琥珀色のスープが出来上がった。
アンネエルカが小皿にスープを入れて、アーシェルへ差し出す。
「味見をしてもらえたら嬉しいわ!」
「ああ。――すげぇ美味い」
受け取り、確かめてみた味はえぐみもなく、優しい、野菜だけの味だ。
アクを丁寧に取っていたアンネエルカの優しさがこのスープに表れていると思う。
「やったわ!」
スープだけだったと言われないように頑張らないと!
嬉しそうに笑うアンネエルカを見、アーシェルは自分まで嬉しくなる。
やがて、こんがり焼いたベーコンとソーセージ、野菜くずの大元でもある野菜がスープと合流し、ローリエを載せて蓋をすれば、あとは出来上がりまで待つだけだ。
「こうしてのんびりできる日は素敵ね。おでかけする日も好きだけど。アーモンドのお花、綺麗だったもの!」
「あの恰好は驚いたけどな……」
アーモンドの花の下の出来事を思い出し、アーシェルは苦笑する。
話に花を咲かせている内にポトフは出来上がった。
食堂の一角に腰を下ろしたアーシェルの前にポトフだけでなく、パンやサラダも並べられていく。
「たくさん食べて!」
アンネエルカに促され、アーシェルは「いただきます」とポトフを口に運んだ。
「美味い」
「ありがとう!」
ベーコンにはしっかり野菜スープの味が通っているし、逆に野菜スープには肉の風味が加わってる。ハーブの入ったソーセージとも相性が良い。野菜もアンネエルカは少し不格好だと笑うが、丁寧さを心掛けて作ってくれたと判るし、アンネエルカの人柄を反映した優しい味がする。
「ありがとう、は、俺の言葉だろ。……お替り」
「今よそうわね!」
アーシェルは、お替りも幸せそうに食べていく。
デザートはリンゴのコンポートだったけど、こちらは買ったそうで、次は練習して手作りをと約束してくれた。
昼食も終わり、のんびりした後は、夢見宿のご案内。
「階段を上ると、宿泊するお部屋になっているの!」
長期滞在も一時滞在も歓迎しているが、長期滞在は奥、一時滞在は手前と、アンネエルカが説明し、窓の外にある離れを指し示した。
「あの離れはおじさまの工房。今日はずっとお仕事されてるのよ!」
アーシェルも話には何度も聞く『おじさま』は、あの工房でヴェルクリエらしい拘りを形にしているのだろう。
邪魔をするつもりもない為、工房の説明はそれで終わり、部屋のひとつへ案内された。
部屋は2人部屋ではないのもあるが、狭い方ではない。窓の向きも悪くなく、それでいて工房が見えないようになっていて、どちらへも配慮がされた位置だろう。アンネエルカがおしかけお手伝いになるまでは殺風景な宿だったらしいが、職人らしい計算のある建物だ。大柄な種族も想定した大きさのベッドが2つ並んでいて、宿としてはそれなりにするだろうと想像できる。
「ふかふかしてるでしょう!」
「ああ。寝心地もよさそうだし、手足もしっかり伸ばせそうだ」
アンネエルカに促されてアーシェルが腰を下ろしてみると、手足が伸ばせるだけでなく、寝心地もいいだろうと思う。
「おじさま自慢のふかふかベッドだもの、是非味わって!」
「え、いいのか?」
「勿論よ! 一緒にお昼寝しましょう!」
アーシェルの時間が、停止した。
が、一瞬で復帰し、アンネエルカへ優しく諭した。
「アンネ……年頃の男女が同じ布団で寝てはいけない」
最終的に、アンネエルカは隣のベッドでお昼寝するよう説得され、アーシェルの隣のベッドで横になった。
説得に成功し安堵するアーシェルも横になると、微かに落ち着く香りが漂ってくる。
「この香りは?」
「カモミールのポプリが枕には入っているの」
季節によってはラベンダー、アンゼリカの香りが安眠を呼ぶらしいが、今はカモミールだという。
ふかふかした寝具に落ち着く香り、十分に腹も満ち、アンネエルカと言葉を交わす穏やかな時間――いつしか、アーシェルは眠りに落ちていた。
アンネエルカは、沈黙したアーシェルが眠っていることに気づいた。
じっと顔を見つめてみる……起きない。
ベッドに腰を掛けてみる……起きない。
(少しだけなら……)
普段は身長差で顔をよく見られないから。
アンネエルカは布団の中にごそごそ潜り込む。
睫毛や通った鼻は、この距離だからこそみられるもの。
眠っているから、彼の瞳は見られないけど。
「私ね、アーシェルさんの瞳は、好きよ」
他の人より鮮やかに世界が見えるのはいいことばかりではなくとも。
あんまり好きじゃないって思っていたとしても。
綺麗で、好きよ。
(……少し眠くなってきちゃったみたい)
アンネエルカもゆっくりと瞼を閉じる。
やがて、部屋の中には、2人分の寝息しか聞こえなくなった。
そうして、結構な時間が過ぎた頃――
アーシェルは、目が覚めた。
「!」
星空模様の角、桃花の角飾り、とくれば、アンネエルカだ。
自分の腕を枕にし、すうすうと眠っている。
いつの間に隣に入り込まれていたのか――アーシェルは気づかなかった自分に驚いた。
無防備すぎると思うも、起こす気にはなれない。アンネエルカの目覚めをまとう。
起きたら、おはようと言おう。よく眠れたかと聞こう。
アンネエルカもきっと同じことを言うし、聞いてくるだろうけど。
「……たく、アンネには、敵わねぇな」
その優しい眼差しも声も知る者は誰もいない。
――そう、本人さえも。
ガーデニアは、喜びを運ぶという意味そのままを示していた。