水仙と蝶

キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年05月12日 12時48分40秒

●寄る辺の紡ぎ手である為に
 ロモズ旧村郊外に位置する練兵場。その傍らに佇む事務棟には各隊の隊長用執務室が設えられているが、シルヴィア・A・カペルにも専用の一室が与えられている。
 ロモズ歩兵団の制服デザイン小委員会が開催されていたその日、シルヴィアは自身の執務室に引きこもっていた。木椅子に腰を据え、執務卓上に両肘を付き、右手に光る物を摘まんでいる。
 ペンダントだった。
 鮮やかな色彩が躍る水仙の花弁に、蝶の羽があしらわれた上品な意匠。その中央には澄んだ蒼玉が煌めき、それだけでひとつの芸術品としての完成度を誇る逸品だ。
 ロモズ歩兵団遊兵9番隊ペンダント――シルヴィアは自身が率いる隊の全員に、同じものを贈っていた。
 副長も、そして隊員の皆も、シルヴィアからの贈り物に歓喜の輪を広げていた。
 ところがこの日の未明、このペンダントが絡んで思わぬ事故が発生した。
 山岳訓練中だった遊兵9番隊の隊員一名が、肩を強打して骨折する事故に見舞われたのである。その原因が、このペンダントかも知れなかったのだ。
(まさか……こんなことが起こるとは)
 シルヴィアは右手で摘まみ上げている美しい輝きを、漠然と眺めていた。こんなことなら、ペンダントなど贈るべきではなかったとさえ思い始めている。
 隊員達が、寄る辺の紡ぎ手である為に。
 ただ、その願いを込めただけだというのに。
 それが何故、こんな事故に繋がってしまったのか。シルヴィアは押し寄せつつある罪悪感と後悔の念を何とか抑え込もうと必死だったが、それもいつまで持つだろう。

 事故の経緯は、単純だった。
 背の高い樹々が生い茂る暗い岩場で、隊員達は切り立った崖に近しい急な斜面を登る訓練を受けていた。そのうちのひとりが足を滑らし、3メートル程の高さから真っ逆さまに落ちてしまったのである。
 この時、たまたま崖下に居た若い女性隊員が、落下した隊員の真下に廻り込んだ。彼女は隊員ではなく、ペンダントだけを見ていたのだという。
 結果、この女性隊員は落下した隊員の下敷きとなり、肩を強打した。足場もまたいびつな岩に覆い尽くされており、女性隊員は下敷きとなった際、鋭く尖った岩に細い肩を叩きつけられた。
 肩の骨が折れ、深い裂傷を負った女性隊員は、すぐさまシルヴィアや他の隊員達の治癒術を施術され大事には至らなかったものの、この負傷に至る経緯がシルヴィアの心に暗い陰を落とし込んだ。
 シルヴィアも、件の女性隊員がペンダントに向けて両手を伸ばしていた瞬間を目撃していた。あの光景から考えても、怪我をした女性隊員は矢張りペンダントを大事に思うが余りに無謀な行動を取り、結果として重傷を負ったと考えられる。
 今回は骨折程度で済んだが、万が一にも命を落とす様な事態になっていれば、シルヴィアの後悔は一生彼女の中で深い根を下ろすことになっていただろう。

 シルヴィアはペンダントを握り締めた。力を込める余り、拳が小さく震える。
 寄る辺の紡ぎ手たる精神を象徴する筈が、たかだかペンダントひとつを己が命よりも大事に考える馬鹿な行動に導いてしまった。
 こんな物を配ってしまったばかりに――暗鬱とした思考がシルヴィアの端正な美貌に苦しげな色を誘う。
 その時、執務室にノックの音が響き渡った。入室してきたのはウーリバー・マグスという青年である。遊兵9番隊の副長を務める若者で、歳はシルヴィアより四つ程上であった。
 元々は帝国兵で斥候任務を専門としていたが、ヴィント崩壊の際、市井民を避難させることに注力した為、そのままヴァイセントラフ砦ではなくカルケル集落群の臨時難民キャンプに居ついてしまったというのが、本人の弁であった。
「隊長、制服デザイン小委員会が先程、終わりました。基本デザイン指針の資料がこちらです」
「ありがとう。そこの未決箱に入れておいて。後で見ておく」
 シルヴィアは後ろめたい表情などは見せてはならぬと、努めて笑顔を浮かべた。だがその青い瞳の中には矢張り、どこか暗い色が浮かんでいたらしい。ウーリバー副長は怪訝な表情でシルヴィアの美貌を覗き込んだ。
「隊長、どうかなさったんですか?」
「いや……ところで負傷者の容態はどんな感じ?」
 シルヴィアに問われ、ウーリバー副長もピンときたらしい。シルヴィアがペンダントを握り締めている様から、自分の上司が何を考えていたのかも、ほとんど瞬間的に理解した様子だった。
「あぁ、隊長。それは誤解ですよ。彼女はペンダントを守ろうとした訳ではありません」
 ウーリバー副長の優しげな微笑に、シルヴィアは僅かに目を剥いた。
 一体、どういうことなのか。
 ウーリバー副長はいう。負傷した女性隊員の説明によれば、彼女は確かにペンダントを注視していた。だがそれは落下した隊員のペンダントを守ろうとした訳ではなく、ペンダントの反射光で落下してくる隊員の頭の位置を確認していた、というのである。
 あの高さから、いびつな岩が並ぶ地面へ真っ逆さまに落下すると、どうなるか。
 第一に考えるべきは、頭部の保護であった。だが頭上には樹々が天井の様に覆いかぶさり、辺りは非常に暗かった。そんな中で、あのペンダントだけは僅かな星明りを反射して微かに輝いていた。女性隊員は落下する仲間の命を守る為、ペンダントの輝きで頭部の位置を目測したのだ。
 負傷した女性隊員は落下する仲間の命を守る為に、ペンダントの輝きを利用したに過ぎない。決して命よりもペンダントを優先した訳ではなかった。寧ろ、その逆だ。命を守ることを最優先に行動したのである。
 仲間の命が失われることに比べれば、肩の骨折など大した話ではない。
 寄る辺の紡ぎ手の精神は間違いなく、隊員達の心の中にしっかりと根付いていたのだ。
 水仙は希望を、そして蝶は不死と復活を象徴している。その意味合いが示す様に、このペンダントは命の危険を回避する一助となった訳だ。
「そうだったのか」
 シルヴィアは右拳を開き、掌の中で相変わらず蒼い輝きを放っている光玉に視線を落とした。
 ただただ純粋に、ほっとした。それ以上の感慨は湧いてこなかった。

●遊兵9番隊制服
 シルヴィアは安堵の表情でひと息入れながら、木椅子の背もたれにゆったりと体重を預けた。
 その様を穏やかに眺めていたウーリバー副長だったが、不意に何かを思い出した様子で、妙に色とりどりな書類を卓上に差し出した。制服作製を一手に請け負うフランクス商会が用意した、生地や染色のカタログ一覧だった。
「ところで隊長。うちの隊の制服デザイン、どうします?」
 ウーリバー副長からの妙な問いかけに、シルヴィアは小首を傾げた。聞けば、各隊の制服デザインは基本線さえ守っていれば、ある程度は自由にして構わないとの決定に落ち着いたらしい。
「うちの隊員は帝国貴族の家士や従者出身の者が多いから、余り無骨なのはやめておいた方が良いかも知れませんね」
 更に曰く、外套や帽子は黒地が基本だが、アクセントとして入れる別色に関しては特に規定は無いらしい。暗赤色と黒という組み合わせは、トップスとボトムスの生地に限定された話だった。
 シルヴィアは二度三度、頷きながら考える。本格的な服飾デザインには何故か心躍るものがあった。
 余り物の羊皮紙を卓上に広げ、赤と黒のインクを含ませた羽ペンをそれぞれ用意し、早速ラフ画の制作に取り掛かった。
 まずはトップスからだ。シルヴィアの脳裏にはペンダントに揃え、水仙と蝶をモチーフにしてみようという考えが咄嗟に浮かび上がってきた。
 裾の黒いラインには水仙の細長い葉を描き、中央から外側へ左右対称に膨らみを持たせる。水仙の葉が両側へ伸び広がってゆく様な形だ。
 肩の袖山部には蝶の羽をかたどったアクセントを入れる。襟から肩口へ伸びる黒ラインの一部という体裁にすれば、肩章の様な形にもなるだろう。
 襟は軍人らしく詰襟に、そして軍服形式の襟合わせにすれば、威厳あるデザインになる。但し詰襟全てを黒に塗るのではなく、端の部分を僅かに黒で縁取り、その延長で襟合わせの縁も黒いラインで辿る方が見栄えも良くなるだろう。
 袖口の黒ラインは厚めの幅に取ることにした。
 逆にボトムスはシンプルに纏めた方が良い。上下ともに凝ったデザインでは、却って見た目がうるさくなってしまう。暗赤地のロングパンツなら、細い黒ラインを両サイドに真っ直ぐ引いておけば良さそうだ。
「外套はどうします? 隊長のお好きな青と白を入れるってのはどうでしょう?」
「そうだな……ペリースを二重構造にし、外側を黒地一色、内側には青で縁取りした白地を重ねる形にしてみようか」
 帽子は黒の制帽一択だった。ウーリバー副長にも異論は無い。
 そして最後に、シンボルマークだ。隊番号は不要だが、水仙と蝶、いずれかは欲しいと悩みに悩んだ末に考えたのが、稲妻と蝶という組み合わせだった。
 中央に稲妻が迸り、その左右で三匹の小さな白い蝶が舞う。その軽やかさが実に遊兵らしい。地色は暗い青とすれば、稲妻と蝶がより際立つだろう。
 縁取り部は隊長なら金、副長なら銀、一般隊員なら黒で染める。そしてシンボルマークの取り付け位置だが、トップスは左上腕部、ペリースは胸板の辺りと、それぞれ位置を変えた方が良いというウーリバー副長の意見を取り入れることにした。
「よし、こんな感じでどうだろう」
「おぉ……良いですね。お洒落感があって、尚且つ格好良さも際立ってますから、皆喜びますよ」
 何よりウーリバー副長自身が非常に気に入っている様子である。彼はシルヴィアのデザインラフ画を手に取るや、早速発注の為に室を飛び出していった。早ければ一週間程度で全員分が揃うということらしい。
 シルヴィアは再びペンダントを手に取る。その美貌は、満足げな微笑で彩られていた。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0