羽を編む者
キャラクターノベル(グループ)制作 崎田航輝納品 2021年05月18日 11時25分14秒
久しぶりだな、と。
快活な声に呼び止められて、サイラスは足を止めた。
外からの帰りで、店に戻る所である。声の方に視線を向けると、丁度街の入口との境目に――荷馬車を引く男がいた。
「ああ、トマか。仕事か?」
「そうさ。会えるとは思わなかった」
サイラスの声に応えて彼、トマは笑顔で降りてくる。
荷馬車には陶器や織物、鉱物と種々の商材が載っている。組織に属さず各国を巡る、自由な商人で――何か共鳴する所を感じているのか、サイラスの事を気に入っていた。
「鍛冶はまだやってるか?」
「まあ、いつもの調子だ」
サイラスは応えた。
というのはつまり、基本的に店は開けず、自分で必要と判断した仕事だけ受けているという事である。要らぬ指示には従わぬ為、相変わらず鍛冶ギルドからは睨まれている日々だ。
けれど別段、仕事をするのにそこに頼る必要はない。サイラスは同業者を始め、独自のつながりを持っているからだ。
トマもその一人。サイラスは思い立って聞いた。
「何か素材はあるか? 武器の仕事があるんだが」
「丁度、いい物があるぞ。それも幾つもな」
トマは言って荷馬車を示した。
確認したサイラスは成程、と頷く。
「確かに都合がいいが。これ程の物なら他所に売る予定もあったんだろう?」
「誰に何を売るかは俺が決めるさ。いい素材は、腕のいい職人に使われるべきだ」
トマは声に熱を込める。
「弟に作ってもらった剣の事、忘れちゃいねえ。盾も他の武器もぐしゃぐしゃになったのに、あの剣だけがクリーパーの攻撃を受け止めた」
命の恩人さ、と。
その言葉にサイラスは「助かるよ」と、仄かにだけ瞳を和らげた。
白妙の髪が、艷やかに風にそよぐ。
麗しい見目に凛とした立ち居振る舞い。道行く者の視線を時折、意図せず奪ってしまいながら――シルヴィア・A・カペルは街を歩みゆく。
「風が暖かくなってきたな……」
生まれた地から離れ、一人彼方の風を受ける。
その事にふと、あの一年間の事を脳裏に過ぎらせながら。一度瞳を閉じて、それから再び踏み出そうとすると――
「偶然だな」
そこに丁度通りかかる、サイラスの姿があった。
シルヴィアはああ、と表情を柔らかくして歩み寄る。
「丁度、訪ねようと思っていたところだよ」
「武器の話か?」
「うん。とりあえずイメージだけでも伝えておきたくてね」
偶然の出会いに楽しげな心も抱くシルヴィアだが――その期待以上の事を、サイラスは変わらぬ表情でさらりと言った。
「色々といい素材が手に入った。おそらく必要な分はあるから、早めに作業は始められるぞ」
「本当かい! それは嬉しいな」
シルヴィアが花の咲いたような笑みを見せると、サイラスは頷く。
「とは言っても、細かい部分を詰める必要はあるが。新たに必要になる素材も出てくるかも知れないしな」
「それじゃあ、その為にもお邪魔していいかい」
サイラスは「ああ」と応え――共に鍛冶屋へと歩み出した。
目指す先は街外れだ。ひとけもなくなってくると、サイラスは再び口を開く。
「鉄扇だったな」
「うん」
期待の声音でシルヴィアは応える。
以前東方の武器について読んだ際に興味を惹かれたもので――単純に格好良いけでなく、武器として有用らしいと知って欲しくなった。
「普段の武器は刀だったか。鉄扇も勿論刃として使えるが――戦いのスタイルはそれなりに別物になりそうだな」
「そうだね」
シルヴィアはそれを否定しない。
平素シルヴィアが愛用する武器は軍刀「水仙」。癒やし手だとしても一人で攻防をこなせるよう、サイラスのアドバイスにも従って鍛錬をしていた。
そこに武器が増えれば新しく慣れる必要があるし、或いはスタイルが崩れる危険もある。
けれどシルヴィアは……それを自然と使う事が出来る気がした。
両の手にそれを握り雅に、或いは旋律に乗るように――戦う自身の姿を具体的に想像する事が出来る。
「使ってみないと判らないけれど。合っているという気もするんだ」
舞うように振るい、奏でるように戦う。
そこに抵抗がないのは、令嬢として踊りを嗜んでいたからだろうか。或いは……諸国を回っていた時分、楽器を覚えた経験があるからかも知れなかった。
「音楽と戦いは違うけれどね。似ているとも感じる」
これも旅のお陰かな、と。
シルヴィアの言葉に、サイラスは目を向けた。
「色々、巡っていたんだったか」
「うん。『先生』と一緒にね」
シルヴィアはその人の声を、その美しい相貌を思い出す。そしてすれ違いや、別離もまた。
ぽつぽつとそんな話をしながら――いつしか二人は店に着いていた。
サイラスが店内のカウンターにつくと、シルヴィアはその対面へ。
それから――そうだ、と、ショコラを取り出した。
「次に来る時はつまみを持ってくるって、言ってあったからね」
「なら、打ち合わせが終わったら飲むか」
サイラスは言いつつ、羽ペンを握る。
「じゃあ、始めよう」
「――うん」
武器の発注といっても、見た目や機能、素材に値段と、決める事は多い。
シルヴィアはそっと奥に視線をやる。
「工房は見せてくれないのかい?」
「ああ。誰にも見せない事にしている」
サイラスの言葉は本当で、内部には決して誰も立ち入らせない。だから必要な事は全てここで決めるのが常だった。
了解、と頷くシルヴィアは、イメージを言葉にし始める。
護身用としてだけでなく、攻防に使える仕込み武器にしたい。それでいて威力に妥協はせず、同時に取り回しも意識して。
「使い方を考えれば、重すぎない方がいいな」
「扇面部分はどうする? 刃物にも出来るが」
そうだね、とシルヴィアは顎にそっと指を当てつつ考える。
「物理的な攻防は骨で行う事が多いと思うから。扇面は魔力にもよく耐えうるよう、エーテルの通りを重視してほしいかな」
「じゃ、そういう形で。色は?」
サイラスがメモを取りながら聞くと、シルヴィアは想像しつつ少々愉しげな顔になった。
「前も言ったかな。白か蒼を基調にして、胡蝶模様の装飾に、飾り房。華やかな印象になるといいね」
「対になる感じかな」
サイラスが軽くデザインを描くと、覗き込んだシルヴィアはイメージ通りの図柄にそうそう、と頷きを返す。
サイラスは最後に数字を綴る。
「軽く、威力も出すなら使う素材の種類や量も変わってくるが。値段もその分上がる」
「良いものなら惜しまないよ」
提示された額は低いものではない。けれどシルヴィアは涼やかな口ぶりで、その取引に合意したのだった。
その後、軽く杯を交わすと――シルヴィアは鍛冶屋を後にする。
「楽しみだね」
振り返って、そう声を零す。
きっと、いいものを作り上げてくれるという期待があった。
「……」
サイラスが今生で竜になろうとしている事を、シルヴィアは心の中で察している。
転生、前世。それについての彼の言葉を思い出す。サイラスは遠大過ぎる未来を見ている訳じゃなく、現在の時の中で、現在の人生を生きているのだ。
それは自分ともどこか似ていると、シルヴィアは思う。
祖父と先生の縁は自分を形作る大事なもので、どちらも大切な存在だ。けれど――自分には自分の人生がある。
自分の足で、これからも歩んでいく為に。
その助けとなる新しい相棒を、サイラスが作ってくれる事を楽しみにして。シルヴィアは再び人目を惹きながら――街へ歩み出していった。
快活な声に呼び止められて、サイラスは足を止めた。
外からの帰りで、店に戻る所である。声の方に視線を向けると、丁度街の入口との境目に――荷馬車を引く男がいた。
「ああ、トマか。仕事か?」
「そうさ。会えるとは思わなかった」
サイラスの声に応えて彼、トマは笑顔で降りてくる。
荷馬車には陶器や織物、鉱物と種々の商材が載っている。組織に属さず各国を巡る、自由な商人で――何か共鳴する所を感じているのか、サイラスの事を気に入っていた。
「鍛冶はまだやってるか?」
「まあ、いつもの調子だ」
サイラスは応えた。
というのはつまり、基本的に店は開けず、自分で必要と判断した仕事だけ受けているという事である。要らぬ指示には従わぬ為、相変わらず鍛冶ギルドからは睨まれている日々だ。
けれど別段、仕事をするのにそこに頼る必要はない。サイラスは同業者を始め、独自のつながりを持っているからだ。
トマもその一人。サイラスは思い立って聞いた。
「何か素材はあるか? 武器の仕事があるんだが」
「丁度、いい物があるぞ。それも幾つもな」
トマは言って荷馬車を示した。
確認したサイラスは成程、と頷く。
「確かに都合がいいが。これ程の物なら他所に売る予定もあったんだろう?」
「誰に何を売るかは俺が決めるさ。いい素材は、腕のいい職人に使われるべきだ」
トマは声に熱を込める。
「弟に作ってもらった剣の事、忘れちゃいねえ。盾も他の武器もぐしゃぐしゃになったのに、あの剣だけがクリーパーの攻撃を受け止めた」
命の恩人さ、と。
その言葉にサイラスは「助かるよ」と、仄かにだけ瞳を和らげた。
白妙の髪が、艷やかに風にそよぐ。
麗しい見目に凛とした立ち居振る舞い。道行く者の視線を時折、意図せず奪ってしまいながら――シルヴィア・A・カペルは街を歩みゆく。
「風が暖かくなってきたな……」
生まれた地から離れ、一人彼方の風を受ける。
その事にふと、あの一年間の事を脳裏に過ぎらせながら。一度瞳を閉じて、それから再び踏み出そうとすると――
「偶然だな」
そこに丁度通りかかる、サイラスの姿があった。
シルヴィアはああ、と表情を柔らかくして歩み寄る。
「丁度、訪ねようと思っていたところだよ」
「武器の話か?」
「うん。とりあえずイメージだけでも伝えておきたくてね」
偶然の出会いに楽しげな心も抱くシルヴィアだが――その期待以上の事を、サイラスは変わらぬ表情でさらりと言った。
「色々といい素材が手に入った。おそらく必要な分はあるから、早めに作業は始められるぞ」
「本当かい! それは嬉しいな」
シルヴィアが花の咲いたような笑みを見せると、サイラスは頷く。
「とは言っても、細かい部分を詰める必要はあるが。新たに必要になる素材も出てくるかも知れないしな」
「それじゃあ、その為にもお邪魔していいかい」
サイラスは「ああ」と応え――共に鍛冶屋へと歩み出した。
目指す先は街外れだ。ひとけもなくなってくると、サイラスは再び口を開く。
「鉄扇だったな」
「うん」
期待の声音でシルヴィアは応える。
以前東方の武器について読んだ際に興味を惹かれたもので――単純に格好良いけでなく、武器として有用らしいと知って欲しくなった。
「普段の武器は刀だったか。鉄扇も勿論刃として使えるが――戦いのスタイルはそれなりに別物になりそうだな」
「そうだね」
シルヴィアはそれを否定しない。
平素シルヴィアが愛用する武器は軍刀「水仙」。癒やし手だとしても一人で攻防をこなせるよう、サイラスのアドバイスにも従って鍛錬をしていた。
そこに武器が増えれば新しく慣れる必要があるし、或いはスタイルが崩れる危険もある。
けれどシルヴィアは……それを自然と使う事が出来る気がした。
両の手にそれを握り雅に、或いは旋律に乗るように――戦う自身の姿を具体的に想像する事が出来る。
「使ってみないと判らないけれど。合っているという気もするんだ」
舞うように振るい、奏でるように戦う。
そこに抵抗がないのは、令嬢として踊りを嗜んでいたからだろうか。或いは……諸国を回っていた時分、楽器を覚えた経験があるからかも知れなかった。
「音楽と戦いは違うけれどね。似ているとも感じる」
これも旅のお陰かな、と。
シルヴィアの言葉に、サイラスは目を向けた。
「色々、巡っていたんだったか」
「うん。『先生』と一緒にね」
シルヴィアはその人の声を、その美しい相貌を思い出す。そしてすれ違いや、別離もまた。
ぽつぽつとそんな話をしながら――いつしか二人は店に着いていた。
サイラスが店内のカウンターにつくと、シルヴィアはその対面へ。
それから――そうだ、と、ショコラを取り出した。
「次に来る時はつまみを持ってくるって、言ってあったからね」
「なら、打ち合わせが終わったら飲むか」
サイラスは言いつつ、羽ペンを握る。
「じゃあ、始めよう」
「――うん」
武器の発注といっても、見た目や機能、素材に値段と、決める事は多い。
シルヴィアはそっと奥に視線をやる。
「工房は見せてくれないのかい?」
「ああ。誰にも見せない事にしている」
サイラスの言葉は本当で、内部には決して誰も立ち入らせない。だから必要な事は全てここで決めるのが常だった。
了解、と頷くシルヴィアは、イメージを言葉にし始める。
護身用としてだけでなく、攻防に使える仕込み武器にしたい。それでいて威力に妥協はせず、同時に取り回しも意識して。
「使い方を考えれば、重すぎない方がいいな」
「扇面部分はどうする? 刃物にも出来るが」
そうだね、とシルヴィアは顎にそっと指を当てつつ考える。
「物理的な攻防は骨で行う事が多いと思うから。扇面は魔力にもよく耐えうるよう、エーテルの通りを重視してほしいかな」
「じゃ、そういう形で。色は?」
サイラスがメモを取りながら聞くと、シルヴィアは想像しつつ少々愉しげな顔になった。
「前も言ったかな。白か蒼を基調にして、胡蝶模様の装飾に、飾り房。華やかな印象になるといいね」
「対になる感じかな」
サイラスが軽くデザインを描くと、覗き込んだシルヴィアはイメージ通りの図柄にそうそう、と頷きを返す。
サイラスは最後に数字を綴る。
「軽く、威力も出すなら使う素材の種類や量も変わってくるが。値段もその分上がる」
「良いものなら惜しまないよ」
提示された額は低いものではない。けれどシルヴィアは涼やかな口ぶりで、その取引に合意したのだった。
その後、軽く杯を交わすと――シルヴィアは鍛冶屋を後にする。
「楽しみだね」
振り返って、そう声を零す。
きっと、いいものを作り上げてくれるという期待があった。
「……」
サイラスが今生で竜になろうとしている事を、シルヴィアは心の中で察している。
転生、前世。それについての彼の言葉を思い出す。サイラスは遠大過ぎる未来を見ている訳じゃなく、現在の時の中で、現在の人生を生きているのだ。
それは自分ともどこか似ていると、シルヴィアは思う。
祖父と先生の縁は自分を形作る大事なもので、どちらも大切な存在だ。けれど――自分には自分の人生がある。
自分の足で、これからも歩んでいく為に。
その助けとなる新しい相棒を、サイラスが作ってくれる事を楽しみにして。シルヴィアは再び人目を惹きながら――街へ歩み出していった。
登場キャラクター
サイラス
シルヴィア・A・カペル