遊兵6番隊長の試練
キャラクターノベル制作 革酎納品 2021年05月06日 13時10分50秒
●経験したことの無い脅威
ロモズ歩兵団練兵場の傍らに建つ、事務棟。その屋内には隊長用執務室が軒を連ねる様に並んでいる。
その日、ナハティガル=ラーは遊兵6番隊長に就任して以来、初めて専用の執務卓に腰を据えた。
今、彼の目の前には20人分の隊員身上書が重ねられている。いずれも姓名及び年齢、性別以外は真っ白な空欄が支配しており、早く記入してくれと無言のプレッシャーを仕掛けてきていた。
ナハティガルは羽ペンの先にインクを含ませたまま、副長の身上書をじぃっと眺めている。
全く、手が動かないのだ。否、ナハティガル自身は何かを書こうという意識を持っているのだが、どこから手を付ければ良いのかが分からなかった。
「これが、事務というやつか」
思わず小声で呟く。その響きの中には、戦慄の色さえ感じられた。
ナハティガルはこれまで、敵を前にして臆するということはただの一度も無かった。
授恵者として覚醒する以前に於いても、裏社会で長らく危険と隣り合わせの生活を送り続けてきた。いつどこで命を失ってもおかしくはなかったが、ナハティガルの心には不思議と恐怖、或いはそれに類する感情はほとんど芽生えたことが無かった。
勿論、追い込まれた状況では危機感を覚えることは幾度と無くあったが、それは恐怖感ではなく、事態を打開する為の警鐘であり、敵に背を向けて我先に逃げ出すという卑屈な感情とは全くの無縁だった。
ところが今、ナハティガルは従来経験したことの無い心のざわめきに、喉がからからに渇く程の緊張感を覚えている。
事務作業という、人生初の強敵。一体何者なのだ、此奴は。
愛用の剣を振るい、鋭い拳を叩き込み、必殺の一撃で歯向かってくる相手を屠ることには一切の困難も躊躇も感じない。ナハティガル自身が意識するまでも無く、敵を討ち斃す技術はその肉体が覚えている。裏社会で培った勘の鋭さは、あらゆる危難を回避する術を彼に植え付けていた。
にも関わらず、目の前に広がる空欄という真っ白な強敵――そう、強敵といって良い。この恐るべき無地の怪物が、今にもナハティガルの心をへし折ろうとしていた。
「まぁ待て。落ち着くのだナハティガル。相手は所詮、ただの紙っぺらだ」
ナハティガルはじっとりと額に浮かぶ汗を左の手の甲で拭い、大きく息をついた。
三十数年という人生経験は、伊達では無い筈だ。自身にそういい聞かせ、ナハティガルは何度もかぶりを振った。
一応、サイドデスク上には各隊員の関連資料が積み上げられており、それらの内容については既に目を通してある。ナハティガルの頭の中には、彼らの情報が一字一句違わずにしっかりと叩き込まれていた。彼自身に限っていえば、わざわざ身上書を作成し、保管する必要などは無かった。
だがこの事務作業は、各隊に課せられた義務であった。戦場で隊員の身に何かあった場合、他の隊による救護やその他諸々の状況が発生した場合に、隊員個人の情報が必要となってくる。もし仮にナハティガルがその場に居合わせていなければ、尚更だ。
この身上書作成はいわば、部下達を守る為の最低限の保険手段なのだ。これは決して、疎かにして良いものではない。
しかしナハティガルは、隊員の誰かに身上書作成を指示するつもりも無かった。この様な作業に時間を割くぐらいならば、遊兵としての訓練や休息に充てて貰いたい。例え僅かでも、訓練不足や疲労蓄積の原因となるような作業は、隊員達には押し付けたくなかったのである。
ナハティガルは羽ペンをペン壺に戻し、両掌で己の頬を軽く打った。
「そうだ。これは俺にしか出来ない仕事だ。気合を入れろ」
左掌に右拳をばしっと叩きつけ、もう一度羽ペンを手に取る。その瞳の奥に、闘志が爛々と輝いていた。
●炎のライター
まず攻略しなければならないのは、自由記入欄だ。身長や体重、出身地、外見的特徴等は、ただ機械的に分かっている情報を書き込んでいけば良い。何も考える必要は無い。後回しにしたところで、支障は無いだろう。
だが、自由記入欄という奴は極めて厄介だ。何を書いても良いが、逆をいえば、何を書けば良いのかがはっきりとしない。
日頃接している際に感じた、あらゆる事象をそのまま書けば良いのだろうか。いやしかし、そんなものを細かく書き始めたらきりが無い。或る程度のフィルターをかける必要がある筈だ。
文体にも気を遣わなければならない。何から何まで、堅苦しい語調で書けば良いというものではないだろう。時には少しばかり砕けた表現で書いた方が、事実が伝わり易いというケースもある。
同じ表現や用語を繰り返し使うのは、如何なものだろう。他の隊長達は気にしないかも知れないが、少なくとも歩兵団長は貴族だから、余り宜しくないかも知れない。読んでいる側に、こいつ語彙が無いんじゃないか、と思われるのは少々癪だ。
いやいや、ちょっと待て。何を迷っている。そんなことはどうでも良い。要は事実が的確にして簡潔に伝われば良いのであって、その様な文学的考慮は必要無いだろう。
ナハティガルは再び羽ペンをペン壺に戻し、腕を組んで考え込んだ。初心者の物書きにありがちな負のスパイラルに陥りつつあったのだが、本人には全くその自覚が無い。事務作業や文書作成の経験が少ない者ならば、大体一度は通りそうな道であった。多分。
すっかり冷えてしまったティーカップの中身をごくりと飲み干してから、ナハティガルはもう一度、圧倒的な程に巨大過ぎる空欄を、無言で凝視した。
何故、ここまで苦しめられるのか。その点について、思考を巡らせる。
「俺が初めて剣を振るい、敵と戦った時はどうだったか?」
誰でも最初は、初心者だ。ベテランと呼ばれる熟練の戦士といえども、ビギナーだった時期はある。それはナハティガルであっても例外ではない。
初めて剣を振るい、命のやり取りをした時は、兎に角生き延びることに必死だった。技量を尽くし、的確に務めを全うするという様なプロとしての責任感は無かった。死なないことだけを考えた筈だ。
今はもう記憶の奥底に埋もれ、思い出すことも困難だが、確かに経験した。それは間違いない。
ならば、身上書作成も同じ発想で手を付ければ良いのではないか。
ナハティガルにとっては、事務作業は今回が初めての戦場なのだ。
これはもう、ただの文書作成ではない。戦いだ。ひとつの真剣勝負だ。得物が剣ではなく、ペンに置き換わっただけだ。
「あの時の緊張感を、もう一度思い出せ。そうすれば、勝てる」
勝つのは自分自身に対してだ。
今更ながらの話だが、正直いって、かなり面倒な作業を引き受けてしまった。だが逃げる訳にはいかない。これは己との戦いなのだ。
その時、扉をノックする乾いた音が、室内に鳴り響いた。
「隊長、紅茶のお代わりでも……」
遊兵6番隊所属の若き女性隊員がティーポットをトレイに乗せて入室してきたが、彼女は身上書を睨みつけ、羽ペン片手に闘志を剥き出しにしているナハティガルに相当びっくりしたらしく、言葉を失ってその場に立ち尽くしてしまった。
ナハティガルは目線を動かさず、空になったティーポットを掲げた。
我に返った女性隊員はまさに恐る恐るといった調子で執務卓に近づき、熱い紅茶で満たされた代わりのティーポットを卓上にそっと置くや、ナハティガルから受け取った空のティーポットを小脇に抱え、まるで逃げる様にして室を辞していった。
後に、この女性隊員が証言した内容は以下の如きである。
「あの時の隊長は、本当に燃えてました。まるで全身から炎が噴き出る様な、物凄い形相で……きっとああいうのを、炎のライターっていうんでしょうね」
●勝利の朝
ナハティガルは、羽ペンをペン壺に差し込んだ。
彼の背には、爽やかな朝の陽光が窓越しに降り注いでいる。
完徹だった。一睡もせず、ひたすらペン先を走らせ続けた。言葉では表現出来ない程の充実感と達成感が、疲労や倦怠といった感覚を麻痺させている。
困難を乗り越え、偉業を成し遂げた気分だった。
たかが20人。されど20人。
生死を共にし、お互いの背中を預け合う大事な仲間達だ。彼らの身にもしものことが起きたとしても、この身上書があれば決して不利には働かない。
ナハティガルの努力が無に帰することは無いだろう。
それにしても、恐ろしい敵だった。
長い裏社会生活でも、そして授恵者に覚醒し、冒険者として踏み出してからも、これ程の強敵に遭遇することはそうそう無いだろう。
ナハティガルはこの日、重要なことを学んだ。
白紙――これだけは絶対に避けなければならない。兎に角、書くこと。書きさえすれば、必ずや打開の道が見えてくる。
文才や語彙量はこの際、どうでも良い。文字に臆さぬ心を持つことが、何よりも肝心だ。書かなければ始まらないし、仕上げなければ批評を受ける資格すら得られない。
(世にいう文豪達も、この様な試練と日々戦い続けているのだろうか。彼らに対しては改めて、敬意を表しなければならないな)
立ち上がり、窓の外を眺める。小鳥のさえずりが耳に心地良い。
どこかから鼻孔をくすぐる美味そうな香りが漂ってきた。昨日、紅茶のお代わりを供してくれた隊員が、朝食の用意を進めてくれているのかも知れない。
ナハティガルの人生史上、最も過酷な戦いのひとつといっても過言ではないであろう激闘を終えた朝。充足感が食欲へと変じ、胃袋が悲鳴を上げる。
ナハティガルは食堂へ向かおうとしたが、その時どこかで聞きかじったフレーズを、ふと思い出した。
「ペンは剣よりも強し……確かに、手強かった。これ程の強敵だとは思わなかった」
残念ながら、それはちょっと意味が違う。
ロモズ歩兵団練兵場の傍らに建つ、事務棟。その屋内には隊長用執務室が軒を連ねる様に並んでいる。
その日、ナハティガル=ラーは遊兵6番隊長に就任して以来、初めて専用の執務卓に腰を据えた。
今、彼の目の前には20人分の隊員身上書が重ねられている。いずれも姓名及び年齢、性別以外は真っ白な空欄が支配しており、早く記入してくれと無言のプレッシャーを仕掛けてきていた。
ナハティガルは羽ペンの先にインクを含ませたまま、副長の身上書をじぃっと眺めている。
全く、手が動かないのだ。否、ナハティガル自身は何かを書こうという意識を持っているのだが、どこから手を付ければ良いのかが分からなかった。
「これが、事務というやつか」
思わず小声で呟く。その響きの中には、戦慄の色さえ感じられた。
ナハティガルはこれまで、敵を前にして臆するということはただの一度も無かった。
授恵者として覚醒する以前に於いても、裏社会で長らく危険と隣り合わせの生活を送り続けてきた。いつどこで命を失ってもおかしくはなかったが、ナハティガルの心には不思議と恐怖、或いはそれに類する感情はほとんど芽生えたことが無かった。
勿論、追い込まれた状況では危機感を覚えることは幾度と無くあったが、それは恐怖感ではなく、事態を打開する為の警鐘であり、敵に背を向けて我先に逃げ出すという卑屈な感情とは全くの無縁だった。
ところが今、ナハティガルは従来経験したことの無い心のざわめきに、喉がからからに渇く程の緊張感を覚えている。
事務作業という、人生初の強敵。一体何者なのだ、此奴は。
愛用の剣を振るい、鋭い拳を叩き込み、必殺の一撃で歯向かってくる相手を屠ることには一切の困難も躊躇も感じない。ナハティガル自身が意識するまでも無く、敵を討ち斃す技術はその肉体が覚えている。裏社会で培った勘の鋭さは、あらゆる危難を回避する術を彼に植え付けていた。
にも関わらず、目の前に広がる空欄という真っ白な強敵――そう、強敵といって良い。この恐るべき無地の怪物が、今にもナハティガルの心をへし折ろうとしていた。
「まぁ待て。落ち着くのだナハティガル。相手は所詮、ただの紙っぺらだ」
ナハティガルはじっとりと額に浮かぶ汗を左の手の甲で拭い、大きく息をついた。
三十数年という人生経験は、伊達では無い筈だ。自身にそういい聞かせ、ナハティガルは何度もかぶりを振った。
一応、サイドデスク上には各隊員の関連資料が積み上げられており、それらの内容については既に目を通してある。ナハティガルの頭の中には、彼らの情報が一字一句違わずにしっかりと叩き込まれていた。彼自身に限っていえば、わざわざ身上書を作成し、保管する必要などは無かった。
だがこの事務作業は、各隊に課せられた義務であった。戦場で隊員の身に何かあった場合、他の隊による救護やその他諸々の状況が発生した場合に、隊員個人の情報が必要となってくる。もし仮にナハティガルがその場に居合わせていなければ、尚更だ。
この身上書作成はいわば、部下達を守る為の最低限の保険手段なのだ。これは決して、疎かにして良いものではない。
しかしナハティガルは、隊員の誰かに身上書作成を指示するつもりも無かった。この様な作業に時間を割くぐらいならば、遊兵としての訓練や休息に充てて貰いたい。例え僅かでも、訓練不足や疲労蓄積の原因となるような作業は、隊員達には押し付けたくなかったのである。
ナハティガルは羽ペンをペン壺に戻し、両掌で己の頬を軽く打った。
「そうだ。これは俺にしか出来ない仕事だ。気合を入れろ」
左掌に右拳をばしっと叩きつけ、もう一度羽ペンを手に取る。その瞳の奥に、闘志が爛々と輝いていた。
●炎のライター
まず攻略しなければならないのは、自由記入欄だ。身長や体重、出身地、外見的特徴等は、ただ機械的に分かっている情報を書き込んでいけば良い。何も考える必要は無い。後回しにしたところで、支障は無いだろう。
だが、自由記入欄という奴は極めて厄介だ。何を書いても良いが、逆をいえば、何を書けば良いのかがはっきりとしない。
日頃接している際に感じた、あらゆる事象をそのまま書けば良いのだろうか。いやしかし、そんなものを細かく書き始めたらきりが無い。或る程度のフィルターをかける必要がある筈だ。
文体にも気を遣わなければならない。何から何まで、堅苦しい語調で書けば良いというものではないだろう。時には少しばかり砕けた表現で書いた方が、事実が伝わり易いというケースもある。
同じ表現や用語を繰り返し使うのは、如何なものだろう。他の隊長達は気にしないかも知れないが、少なくとも歩兵団長は貴族だから、余り宜しくないかも知れない。読んでいる側に、こいつ語彙が無いんじゃないか、と思われるのは少々癪だ。
いやいや、ちょっと待て。何を迷っている。そんなことはどうでも良い。要は事実が的確にして簡潔に伝われば良いのであって、その様な文学的考慮は必要無いだろう。
ナハティガルは再び羽ペンをペン壺に戻し、腕を組んで考え込んだ。初心者の物書きにありがちな負のスパイラルに陥りつつあったのだが、本人には全くその自覚が無い。事務作業や文書作成の経験が少ない者ならば、大体一度は通りそうな道であった。多分。
すっかり冷えてしまったティーカップの中身をごくりと飲み干してから、ナハティガルはもう一度、圧倒的な程に巨大過ぎる空欄を、無言で凝視した。
何故、ここまで苦しめられるのか。その点について、思考を巡らせる。
「俺が初めて剣を振るい、敵と戦った時はどうだったか?」
誰でも最初は、初心者だ。ベテランと呼ばれる熟練の戦士といえども、ビギナーだった時期はある。それはナハティガルであっても例外ではない。
初めて剣を振るい、命のやり取りをした時は、兎に角生き延びることに必死だった。技量を尽くし、的確に務めを全うするという様なプロとしての責任感は無かった。死なないことだけを考えた筈だ。
今はもう記憶の奥底に埋もれ、思い出すことも困難だが、確かに経験した。それは間違いない。
ならば、身上書作成も同じ発想で手を付ければ良いのではないか。
ナハティガルにとっては、事務作業は今回が初めての戦場なのだ。
これはもう、ただの文書作成ではない。戦いだ。ひとつの真剣勝負だ。得物が剣ではなく、ペンに置き換わっただけだ。
「あの時の緊張感を、もう一度思い出せ。そうすれば、勝てる」
勝つのは自分自身に対してだ。
今更ながらの話だが、正直いって、かなり面倒な作業を引き受けてしまった。だが逃げる訳にはいかない。これは己との戦いなのだ。
その時、扉をノックする乾いた音が、室内に鳴り響いた。
「隊長、紅茶のお代わりでも……」
遊兵6番隊所属の若き女性隊員がティーポットをトレイに乗せて入室してきたが、彼女は身上書を睨みつけ、羽ペン片手に闘志を剥き出しにしているナハティガルに相当びっくりしたらしく、言葉を失ってその場に立ち尽くしてしまった。
ナハティガルは目線を動かさず、空になったティーポットを掲げた。
我に返った女性隊員はまさに恐る恐るといった調子で執務卓に近づき、熱い紅茶で満たされた代わりのティーポットを卓上にそっと置くや、ナハティガルから受け取った空のティーポットを小脇に抱え、まるで逃げる様にして室を辞していった。
後に、この女性隊員が証言した内容は以下の如きである。
「あの時の隊長は、本当に燃えてました。まるで全身から炎が噴き出る様な、物凄い形相で……きっとああいうのを、炎のライターっていうんでしょうね」
●勝利の朝
ナハティガルは、羽ペンをペン壺に差し込んだ。
彼の背には、爽やかな朝の陽光が窓越しに降り注いでいる。
完徹だった。一睡もせず、ひたすらペン先を走らせ続けた。言葉では表現出来ない程の充実感と達成感が、疲労や倦怠といった感覚を麻痺させている。
困難を乗り越え、偉業を成し遂げた気分だった。
たかが20人。されど20人。
生死を共にし、お互いの背中を預け合う大事な仲間達だ。彼らの身にもしものことが起きたとしても、この身上書があれば決して不利には働かない。
ナハティガルの努力が無に帰することは無いだろう。
それにしても、恐ろしい敵だった。
長い裏社会生活でも、そして授恵者に覚醒し、冒険者として踏み出してからも、これ程の強敵に遭遇することはそうそう無いだろう。
ナハティガルはこの日、重要なことを学んだ。
白紙――これだけは絶対に避けなければならない。兎に角、書くこと。書きさえすれば、必ずや打開の道が見えてくる。
文才や語彙量はこの際、どうでも良い。文字に臆さぬ心を持つことが、何よりも肝心だ。書かなければ始まらないし、仕上げなければ批評を受ける資格すら得られない。
(世にいう文豪達も、この様な試練と日々戦い続けているのだろうか。彼らに対しては改めて、敬意を表しなければならないな)
立ち上がり、窓の外を眺める。小鳥のさえずりが耳に心地良い。
どこかから鼻孔をくすぐる美味そうな香りが漂ってきた。昨日、紅茶のお代わりを供してくれた隊員が、朝食の用意を進めてくれているのかも知れない。
ナハティガルの人生史上、最も過酷な戦いのひとつといっても過言ではないであろう激闘を終えた朝。充足感が食欲へと変じ、胃袋が悲鳴を上げる。
ナハティガルは食堂へ向かおうとしたが、その時どこかで聞きかじったフレーズを、ふと思い出した。
「ペンは剣よりも強し……確かに、手強かった。これ程の強敵だとは思わなかった」
残念ながら、それはちょっと意味が違う。