RAYNOLA!!2【結び】
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年05月04日 22時51分25秒
「わぁ、砂漠だ」
次第に広がる砂地を馬車から眺めながら、姉オリガロッド・レイノーラの姿を借りるエルゼリオ・レイノーラが声を上げる。
「砂漠は初めてですか?」
と、声を聞き御者台と馬車を繋ぐ窓からミライアが顔をのぞかせた。
「うん。本格的に入るのは初めてかも」
「そうなのですね。冒険者をされていらっしゃるので、砂漠にも足を運ばれた事があるのかと思っていました」
「うん、入った事はあるんだけど、ビッグオウムで来てビッグオウムで帰ったから、こうやって地道で入るのは初めてなんだ」
興味深そうに砂漠を眺めるオリガロッドに、ミライアは「砂しかありませんので、退屈ですが」と苦笑しながら答えた。
「ミライア。あんたの里『アガルガダ』にはあとどれくらいで着くんだ?」
顔を出したついでだとエルゼリオがミライアに問いかける。
「はい。後2時間ほど馬車で行けば砂漠の宿場町が見えてきます。そこで馬車を降りて、半日ほど歩けば到着します」
「げっ、歩きかよ」
「宿場で駱駝を調達していきますので、疲れたら乗ってください」
「へぇ、駱駝か。乗ったことないな」
「馬と違い乗るのに少しコツが要りますが、司令でしたらすぐに乗りこなせるかと」
ミライアは姿の異なる二人を前にしても、まるで混乱する様子を見せない。
「里への連絡は済ませてあるのか?」
そんな副官の隠れた才能に驚きつつ、対面に座る父ハスラム・レイノーラの姿そっくりのシグルド・レイノーラが問いかけた。
「はっ、既に族長へ文を出し、返答もいただいております」
「そうか」
「なんだシグルド、緊張してるのか? ミライアの実家に挨拶行くの」
そんな二人の事務的なやり取りに、エルゼリオはおちょくる様に声をかける。
「……ミライアの実家に顔を出すわけではない。私達は族長にこの薬の効果を解除してもらいに行くんだ」
「はぁ? お前折角、ミライアの故郷に行くのに実家に挨拶しないって、ヘタレかよ」
「お前には関係ないだろう。なにが悲しくてお前達を連れている前で挨拶など。馬鹿馬鹿しい」
「ははぁ~ん。挨拶する時はあれか? パパの姿じゃなくちゃんとした自分の姿で、正装して土産持ってって、そういう社交的で紳士的な司令官様を演じる気か?」
「もぉ、二人とも! こんな所で言い争いしてどうするのさ!」
二人の口喧嘩の仲裁に入ろうとオリガロッド立ち上がった。
「父上もなんとか言ってよ! って、寝てるし!?」
オリガロッドはシグルドに助けを求めるが、本人はいびきをかいて寝ている。
「あ、あの……」
と、中の話を聞いていたのか、覗き窓からミライアが申し訳なさそうに顔を出した。
「言い忘れていて申し訳ありません。族長は、その……私の祖母です」
「なっ……!」
ミライアの突然の告白にハスラムは言葉を失う。
「なんだよ、結局ご実家訪問じゃないか」
一方、エルゼリオは、楽しそうに笑った。
「どういう事だ、ミライア。お前は族長の直系なのか……?」
「はい、血筋で言うならばそうです」
「し、しかし、お前は口減らしのために軍へと――」
と、ハスラムはミライアの軍属への経緯を口にしそうになり咄嗟につぐむ。
「直系といっても私の父は数いる兄弟の末子ですので、他の住民と変わりません。ですので、生活は苦しいんです。軍から頂くお給金のおかげで、今は違いますが」
そんなハスラムにミライアは心配ありませんと少し困ったような笑顔で答えた。
●
馬車は宿場町へと入り役目を終える。一行は貸駱駝を手に入れ、日の高いうちにというミライアの言葉に従い砂漠へと出た。
5月だというのに砂漠の太陽は容赦なく地面を焼く。直射日光を浴びないように顔まで覆うように巻かれた布を今すぐに剥いでしまいたい衝動に駆られつつ、一行はミライアの案内で砂漠を進んだ。
途中、オアシスで休憩を挟みつつ一行は砂漠を進み、日も傾き気温がぐっと下がってきた頃――。
「見えました。あれが『アガルガダ』です」
ミライアが前方に見えた灯を指さした。
●
「結構立派な集落なんだね」
駱駝を入口の柵へと繋ぎ、オリガロッドは改めて集落を見渡す。
以外にも地面は砂や土ではなく石畳。建てられた建物も干しレンガではなく石積みだ。ただ、建物の数は少なく人もまばらだ。
オリガロッドはどこか遺跡を思わせる造りの集落を見渡しながら、ミライアの後に続き奥へと進んでいった。
道中、建物の窓からは子供達がじっとこっちの様子を伺っている。
「やはりよそ者は忌避されるか」
「いえ、きっと皆様の髪の色が珍しいのかと」
「髪色がか?」
警戒する様に建物に視線を向けていたハスラムに、ミライアが振り向き微笑んだ。
日も落ちた事で頭に巻いてあった布は外した。当然、レイノーラ家の特徴であるストロベリーブロンドの髪が露わになっていた。
「砂漠の民の集落は外界との繋がりがあまりありません。しかし、だからと言って排他的という訳ではありませんので、ご安心ください」
先頭を歩くミライアが砂漠の民の特徴を語るのを聞きながら集落を歩く一行。
「着きました。ここが族長の家になります」
それほど広くない集落を歩く事10分。ミライアが立ち止ったのは、他の家々とそれほど大差の無い一軒の家の前だった。
「ついていらしてください」
4人はミライアに言われるままに家に入る。そこに族長であるミライアの祖母が居るのだろうと身構えていると。
「ここから降ります」
ミライアは石造りの階段を指さした。
「地下があるの?」
「はい、この集落は遺跡の上に作られているので、地下に部屋を持つ家も多いんですよ」
問いかけたオリガロッドに答えたミライアは、そのまま階段を下っていった。
●
「よくおいでくださった」
4人を迎えたのは、確かにミライアと血の繋がりを感じさせる老婆だった。
まるで祭壇のような造りの部屋に佇む老婆は、4人に向け深い皺の入った笑顔を向ける。
「初めまして! えっと、ミライアさんにはいつもお世話になっています!」
と、そんな老婆に向け、オリガロッドが頭を下げた。
「こちらこそ、孫が世話になっておりますじゃ。レイノーラの皆さん」
返す言葉に顔を上げたオリガロッドに、老婆は話を続ける。
「話はそこのミライアに聞いておりますじゃ。何でも『幻想薬』を使われたのだと」
「ご老体、ミライア殿に伺いました。ここに来ればこの薬の効果を解くことができると」
レイノーラを代表しハスラムが老婆に問いかけた。
「うむ、薬の効果を解くことは可能ですじゃ」
「おぉ、では早速お願いしたい。報酬ならば用意してあります」
後ろでエルゼリオが「えぇ、もう戻すのかよ」と文句を言ってるが、シグルドとしては一刻でも早く元の姿に戻りたい。例え潜在的な憧れだと言われようと、この姿のままでは……。
「そう慌てなさんな。――ミライアや」
ぐいぐいと前に来るシグルドから視線を外した老婆は、4人の後ろで待っていたミライアに声をかけた。
「はい、なんでしょう族長様」
「少し席を外していなさい」
「え?」
思いもしなかった指示にミライアは驚く。
「今からこの方々に大切な話がある。お前は聞かなくていい話じゃ」
「……わかりました。失礼します」
族長である老婆の言葉は絶対なのか、ミライアは悲しそうに表情を歪めながらも頷くと、階段を上がっていった。
「ミライアさんは居ちゃダメなの……?」
そんな彼女の事を思ってかオリガロッドが老婆に問いかける。
しかし、老婆はフッと微笑むだけで答えなかった。代わりに――。
「『幻想薬』は砂漠の民のとある一族だけが作る事の出来る秘薬ですじゃ」
『幻想薬』について語り出した。
老婆が言うには『幻想薬』は、元々その一族が儀式用に作っている秘薬で、集落の外に持ち出されることはまずないという。それが何故、レイノーラ邸に仕込まれたのかはわからないが、効果の解除は可能だと。しかし、それには一つ問題があり――。
「問題? 何か特別な素材が必要だったりするの?」
言い淀んだ老婆にオリガロッドが老婆に問いかける。
「素材、といえば素材ですな」
「むむ?」
勿体ぶる様な老婆の言葉に、オリガロッドは顔をしかめた。
「『幻想薬』はメドゥ神がお造りになられた秘薬の一つと言われておりますじゃ」
と、老婆は薄く微笑むと、いきなりとんでもない名前を出す。
「なにメドゥだと。おい、婆。それはどういう事だ」
その名が出た途端、シグルドの目の色が変わった。
「お若いの、焦りなさんな。いや、中身は違うのでしたかな」
ハスラムを押しのけ老婆の前へと出てくるシグルドに、老婆は柔らかな笑みを湛えたまま答える。
「あなた方が知っておられるメドゥとは、『メドゥの指先』と言われておる無法者の集まりですじゃろ」
「同じだろうが」
「あの様な無法の者と同じなどと、メドゥ神の怒りを買いますぞ」
シグルドの威勢を、ほほほと笑い飛ばし老婆は続ける。
「メドゥ神とは、かつて原初の人々に七日七晩教えを説き、最後に世界の真実を語ろうとしたところで泥となって消えた神。決して無法者を先導した悪神ではありませんのじゃ。そして、我々の部族は、世界に教えを説いて回ったメドゥ神より『幻想薬』の秘法を授けられし、一族の末裔ですじゃ」
「という事は……ミライアさんの一族が『幻想薬』を作ってるの……?」
震える声で問いかけるオリガロッドに、老婆は笑顔でこくんと頷いた。
「神だのなんだのはいいからさ。『幻想薬』の解き方を教えてくれよ。何が必要なんだ?」
と、ずっと黙っていたエルゼリオがしびれを切らしたのか口を開く。
「おぉ、そうですじゃな。その薬の効果を解くには、我等一族の血が必要となりますじゃ」
「一族の血……? それは比喩ではなく、本当の血が必要となるという事ですか?」
老婆の言葉にハスラムは眉をひそめ問いかけた。
「ですじゃ」
「血って、婆さんのを分けてもらえるのか?」
訝しむエルゼリオの問いに、老婆はゆっくりと首を振る。
「残念ながら、集落の者以外に血を分ける事は、我々の戒律で禁止されておりますじゃ」
「えっ!? それじゃ、どうすれば……」
「……まさか、無理やり奪えとか言うんじゃねぇだろうな」
老婆の言葉に驚くオリガロッドに代わり、シグルドが鋭い視線を老婆に向けた。
「ほほほ、それも一つの手段やもしれませぬな」
「躊躇するとでも思ってんのか?」
相変わらず柔和な笑みを浮かべる老婆をシグルドが睨み付ける。
「思っておりませぬし、そうされるのならば、我らに止める術はありませぬな」
「もぉ! そんなことする訳ないでしょ!」
微笑みと怒りが交錯する中に、オリガロッドが割って入った。
「お婆さん、他にも方法があるんでしょ? もっと平和的な方法がいいな」
「そうですじゃな。一番平和な方法は――血に混じる事ですじゃ」
「血に混じれば……? えっと、どういう事?」
そんな老婆の言葉にオリガロッドは首を捻る。
「なんだよ、エルゼリオ。わからないのか?」
「えっ! オリエ姉はわかるの!」
「む……なんだ、その私なのに的な返しは」
「そ、そんなつもりじゃないよ! それより、本当にわかるの……?」
ムスッと見てくるエルゼリオに、オリガロッドは問いかけた。
「その婆さんは私達に集落の者の一員になればいいって言ってるんだ」
「……ええっ!? じゃ、ここに住まなきゃいけないって事!?」
「違う違う。お前も鈍いなぁ、エルゼリオ」
「鈍い……? ごめん、さっぱりわからないんだけど……」
「なんだ、婆。シグルドとあの女の事知ってたのかよ」
後ろで二人が話す中、再び老婆と向き合うシグルドは毒気を抜かれた表情で問いかける。
「先日、あの子が里帰りしてきました折に聞きましたのじゃ」
「けっ、食えねえ婆だぜ。……それで、そっちの部族的には問題ないのか?」
「外戚となりますゆえ、この集落に置いておくわけにはいきませが、集落を出さえすれば問題ありませぬじゃ」
「追放って事か」
「そのような物騒な事はメドゥ神に誓っていたしませぬ。帰って来たければいつでも帰ってくればよろしい」
「ほぅ、存外自由じゃねぇか」
「ほほ、ただし秘法は伝授できませぬがな」
「まぁ、そりゃ当然だろう」
微笑む老婆にシグルドは肩を竦めた。
「それよりも、そちらはどうですのじゃ? 名のある騎士家の長男に、このような名もなき砂漠の民の小娘。釣り合いましょうや?」
「だとよ、シグルド」
と、老婆に言われシグルドは、静かに聞いていたハスラムに話を振る。
「……」
しかし、ハスラムは答えず、ぐっと表情を険しくする。
「なんだよシグルド、よかったじゃないか外堀埋まってよ」
そんな兄をエルゼリオがからかう様に背中を叩くも、ハスラムは沈黙しつつ、老婆の足元を睨み付けている。
シグルドは考えていた。ようやく王国でのレイノーラ家の名声が高まっている時期に、家名を継ぐべき長男である自分が、貴族でも騎士でもない者を家に迎え入れる事が許されるのか。レイノーラの名を王国で盤石にするため、それこそ先日の子爵令嬢のように、爵位ある者の血を入れるべきではないのか――。
「……一ついいでしょうか」
と、顔を上げたハスラムが老婆に話しかけた。
「ミライア殿は、『幻想薬』の解き方を知っていて我々をここへ連れて来たのですか?」
「ふむ、なるほど。ご心配されるな。あの子は薬の事を知っておっても、解き方までは知りませぬじゃ」
「……ということは」
ハスラムは再び沈黙する。ミライアは打算的な考えの元にここへと招いたわけではなく、純粋な善意で連れて――。
――ドンッ!!
「うだうだ考えてんじゃねーよ!」
そんなハスラムの背中を、エルゼリオが思い切り叩いた。
「とっとと迎えに行ってこいよ。あの子は上で心細くしてるぞ」
そして、階段を指さしたエルゼリオは、ハスラムに不敵な笑みを向ける。
「事はそんなに簡単な事じゃないんだぞ。これはレイノーラの――」
「うるせぇよ。オリエの言う通りだ、とっとと迎えに行ってこい」
「父上まで! わかっているのか、私はレイノーラの長男だ! それが……その……」
ぐっと拳を握り声を荒げたハスラムだったが、その気勢はゆっくりと萎んでいく。
「ったく面倒臭ェな。レイノーラの名が邪魔なら捨ててやる。別に惜しいもんでもないしな。それでいいか?」
「な、何を言っている! 気は確かか!!」
「当り前じゃねぇか。俺様を誰だと思ってやがる」
と、エルゼリオに負けず劣らぬ不敵な笑みを浮かべるシグルド。
「じゃ聞くがよ。レイノーラの名にどれほどの価値があるよ。貴族でもなんでもない、たかだか騎士卿の名前なんぞ、そこら中にゴロゴロしてる。それに、名を失ったって俺様が死ぬわけでもねぇしな」
グッと顔を寄せるシグルドの迫力に、ハスラムは気圧される。
「所詮その程度のもんだ。気にせず迎えに行け」
そして、そのまますれ違うとエルゼリオが叩いた場所を、そっと押してやった。
●
ハスラムが階段を上がっていくのをじっと見つめながら、オリガロッドは呟いた。
「オリエ姉……やっぱり、よくわからないんだけど、ちゃんと説明してくれないかな」
「はぁ? まだわかってないのか、お前は。どんだけ鈍感なんだ」
「ど、鈍感? え……なに、そういうお話だったの、血が混じるって」
呆れるエルゼリオに、オリガロッドは恥ずかしそうに問いかける。
「そうだ。ミライアがうちに嫁に来る」
「や、やっぱり!」
「なんだ、随分うれしそうだな」
「そりゃそうだよ! そっか、ミライアさんが……」
そんな時だった、階段から二人が降りてきたのは――。
●
「本当にいいのか?」
「閣下こそ……その、私などでよろしいのでしょうか」
老婆から全ての話を聞かされたミライアはとても驚いた。そして同時に、とても喜んだ。
「問題ない」
「はっ、ありがとうございます」
「堅ぇ!!」
「なんだよ、そのお堅いやり取り! 軍部かここは!?」
人生において最も喜ばしい事の一つが決まったというのに、全く変わらない二人の態度にエルゼリオが思わず声を上げる。
「も、申し訳ありません、司令」
「司令? 違うだろ、ミライア」
頭を下げるミライアに、シグルドは眉をしかめた。
「え、えっと……ごめんなさい、オリガロッド……様」
「うん!?」
「オリガロッドさん!」
「うんうん、それでいい」
戸籍上、ミライアはオリガロッドの姉になる。だから呼び方もそれに準じる必要がある。
エルゼリオはミライアの答えに満足げに頷いた。
「ハスラム将軍にも、これからお世話になります」
「ああ、残念だが仕方ねぇな」
「おい、何処を見ている」
「あぁ? 娶るって決めたら所有者面か?」
「所有者、だと……! いくら父上といっても言っていい事と悪い事が――」
「け、喧嘩はよしてください! そ、その……お義父様も旦那様も……!」
また言い争いを始めそうになるハスラムとシグルドの間に割って入ったミライアが、シグルドに向かい頭を下げる。
「……ほぉ。悪くねぇな。お義父様か」
「ちょっとパパ! 可愛い娘はここに居るでしょ! 若い方がいいって言うの!? それとも胸なの!?」
「落ち着けオリエ。わかったから……」
猛然と食って掛かるエルゼリオに、シグルドはまたかと肩を落とした。
一方、ハスラムは……。
「旦那様……」
グッと何かを嚙みしめていた――。