魔法学院へようこそ
王立アプリーリス魔法学院 イベントノベル(テーマ)制作 崎田航輝納品 2021年04月27日 19時13分21秒
青空にカモメが翔ぶ麗らかな日。
美しい校舎を望む中庭に、わいわいとあどけない声が響いていた。
並ぶのは十一歳の子供達。きょろきょろ周囲を眺めたり、不安そうにしている――数十人の少年少女だ。
制服に身を包む前の彼らが何故ここにいるかというと――
「みんな~ちゃんと集まったー?」
最上級生のオトメ・ノギヒラがほんわりと声をかけると、皆がはーい、と手を挙げる。
オトメが表情を和らげると、隣に立つ五年生、ミツキ・アインホルンも微笑みを見せていた。
「この皆が来年、入るかも知れないのね」
そう、彼らは王立アプリーリス魔法学院――教育機関の最高峰たるこの学舎に入学希望の子供達。
今日は在校生たる面々が、そんな彼らへ学院を案内するイベントなのだった。
「ゆいしょ正しい学院生を目指すんだからね! みんなに迷惑をかけちゃダメよ!」
故に現一年の各務原 瑛梨ははりきって、ぴしりと彼らに指差している。
同い年の水島・鹿凛も楽しげだ。
「瑛梨ちゃん、かっこいい!」
「もちろん、だってお姉さんだもの!」
「……しっかし、校舎の中まで案内するなんてな」
と、壁に寄りかかって見ているのは北斗・順凪だ。
「言い方はアレだが、猛獣の檻に連れてくようなもんだろ」
「ふふ、だからしっかり見ててあげないとね?」
そう霧ヶ原 美亜が言葉を返すと、順凪は「ま、そうだな」と歩み出し……横へ視線を向ける。
「行こうぜ」
「あ、ああ……」
と――パヴェル・A・サムルガチェフは応えながらも、不安げだ。
五年という学年以上に大人びた顔に、おどおどとした色が消えないのは、その風貌――下半身が麒麟となった人馬の姿に、周囲の視線が注いでるからかも知れない。
「……でも、や、やる事はやらないと、な……」
本当は奥に引っ込んでいたい、けれど教師の頼みなら断る事も出来ない。最後には皆と共に、歩み始めてゆく。
わくわくする者、楽しみな者、不安な者。
それぞれの思いと共に学院案内が始まった。
●本の伽藍
天窓から光差す回廊、艶めく螺旋階段。
優美な学舎に、少年少女は歩みながら楽しげに見とれている。
そんな中、まずミツキが案内するのは図書室だった。
「私のお気に入りよ」
遥かな高さに書架がそびえるその空間は、荘厳。
少年少女も圧倒されている。
『すごい!』
『本がたくさん!』
「蔵書の多さは有数なのよ」
本好きのミツキにとっては、ここは楽園。自身も楽しげにしつつ招いた。
「こっちは私も部活でやってる剣道とか、武道の本があって……こっちには魔法の本もいっぱいあるわよ」
綺羅びやかな装丁の魔術本に、少年少女は特に惹かれていた。どんな魔法を使えるようになるか、そんな期待感もあるのだろう。
「お菓子の本もあるよ!」
と、大きな料理本を開くのは鹿凛。宝石苺のケーキ、空色ベリーのタルト……絵を見るだけで瞳をきらきらさせる。
「鹿凛さんは本当にお菓子が好きね」
「もちろん! 美味しいもん」
「料理もだけど、色々勉強になるんだよね~」
その横では、オトメが植物の事典を眺めていた。
見る程に広がる知識に、子供達もわくわくしている、が――中には本に興味のない子もいる様子。
そんな数人に、ミツキはくすりと笑んでいた。
(あー、何かやるつもりだな)
と、察したのは順凪。
ミツキは勉強にも部活にも精を出す優等生。なので余人は真面目な印象を抱くが……元来、悪戯も好きなタイプなのだ。
「この本、面白いわよ?」
言ってミツキが渡したそれを、一人が開くと――ばさばさっ! 急に本が羽ばたいて飛翔していった。
『わぁ!』
『本が飛んだ!?』
仰天する少年らに、ミツキは楽しげだ。
「本自体に魔法がかけられているのよ。ふふ、びっくりした?」
少年らも、それには頷いて……皆も変な本を探そうとまた盛り上がるのだった。
そうしてある程度巡ると、ミツキはしゃっきりと切り替えて。
「じゃあ、次の場所へ行きましょうか」
●色彩の園
次に皆を案内するのはオトメ。
「ここだよ~」
中庭を歩んで着くそこは、様々な花や草が育てられる植物園だ。
レインボーリリーやマジカルローズ。美しく、時に奇怪な色彩と形が満たす空間は無二の雰囲気で――少年少女も物珍しげだ。
オトメは歩みつついくつか示していった。
「この薬草から魔法回復薬も作られるんだよ~。こっちは良く使われる物で、こっちは良く効くけど量が採れなくて――」
魔法に関わるとなると、彼らも熱心に聞き入る。
不用意に触れようとする子がいれば、オトメはそっと止めつつ……皆にも注意。
「ここのは薬だけじゃなく、毒にもなるの~。使い方を間違えたりすると……こわ~いことになっちゃうかもね……?」
言ってマンドレイクの逸話を聞かせると、皆が怖がって背筋を正していた。
それでもやんちゃな者がいれば、ミツキは鉢を手に、花から花粉を噴出。わっと驚かせている。
「これは安全だけど。有害なものを出す花も中にはあるから、取り扱いは慎重にね?」
こくこくと、その少年も頷くのだった。
色鮮やかな植物の一角では、美亜も交じって説明。
「この辺りは薬だけじゃなくて、色んな道具に使えるものが多いね」
魔力で色を変える塗料や、複数の香りを持つ香木。生活に芸術、時に実戦に利用出来るものを紹介した。
『植物ってすごいんだ!』
「そうだよ~。ここはとっても大切な場所なの。ハーブティーになる植物もあるからね~」
オトメはぽん、と手を合わせ、皆にリラックス効果のある一杯を試飲させてあげた。
まだまだ知りたい者には、知識は惜しまずに。
「何かわからないことがあれば何でもお姉さんに聞いてね~!」
一年生に異母妹がいるからでもあろう、お姉さんらしく、面倒見よく――優しく皆に教えてあげるのだった。
●研究と形象
「次は瑛梨が案内するからね!」
植物園を出て先頭に立つのは瑛梨だった。
少年少女の一つ上だけに、見た目の年齢は変わらない。寧ろ皆より子供っぽさすら感じさせるのは、名家のお嬢様だからだろうか。
入学時にねだった大きめの帽子とマントを揺らし、誕生日に祖父からもらった魔法の懐中時計を大切に首から下げて……とてとてと小さな体で歩き出す。
「迷わないようにしっかり着いてくるのよ!」
胸を張ってお姉さんぶるのは、そうしたい年頃だから。
実際は『あれ? こっちじゃない……』『ちょっと間違えただけなんだから!』と行ったり来たりしつつ――何とか目的地に辿り着いた。
そこは魔法道具の研究室。
蒸気を上げる小さな金属炉や、細工された鉱物が転がっていて――少年少女達も見回している。
『不思議なのがいっぱいある!』
『ここなぁに!?』
「瑛梨がまじっくあいてむを作る教室よ」
瑛梨は少々誇らしげに腰に手を当てる。
と、案内を始める中……パヴェルはそこでも恐る恐るだ。
「お、俺が入っても大丈夫かなァ……?」
「もちろんよ!」
瑛梨は言うけれど、パヴェルはあくまで慎重。というのも――人馬の見た目となっているのが、魔法の失敗が原因だからでもあろう。
「端っこの方で見ておくよ……」
というわけで隅で待機。そこから中を眺めた。
瑛梨はそんな中、今進めている実験の説明。
「上手くいくと、とっても綺麗な光が生まれるのよ! 材料を間違えたりなんてしたら、粉だらけになっちゃうんだからね」
と、炉の周りが真っ白な粉だらけなのは瑛梨の仕業だけれど、それは内緒にしつつ。
あくまでお姉さんらしく、転がってる水晶玉をとった。
「これはね、魔法を込めると色んな色に光って――」
すると既に充填されきっていたのか、突如最高光度でめちゃくちゃな色に明滅する。
瑛梨は『きゃっ!』とびっくりして手放すけれど……それを上手くキャッチして説明を続けるのが、美亜だった。
「これをちゃんとした魔法灯に加工するのが、向こうにある美術室だよ」
『そ、そうよ!』と胸を張り直す瑛梨と共に、皆はその足で移動。彩色中の魔法具や、デザイン画が掛けられたその部屋に入った。
見た目に訴える物は、少年少女の興味を勿論惹き付ける。そんな皆を美亜は案内する。
「魔法灯も丁度作ってるね。ああやって魔法を阻害しない材質を使いつつ……使う場所に合わせて色や形とかを決めていくんだ。見た目を決める重要な工程なんだよ」
少年少女も、自分達も知る道具の舞台裏を見たようで盛り上がっていた。美亜は笑みつつ自分の作業場に連れて行く。
「あたしは杖とかホウキをよく作るんだ」
そこにあるのは精密に描かれた杖の絵。
その画力に見惚れている子供達に、美亜は実物も示してあげながら――複数の彫刻刀を浮遊させ、ざくざくと掘ってみせた。
「絵を元に、こんな風に形にしていくんだ。これでも、アンティークな細工に拘ってるんだよ?」
五年生らしく、魔法の扱いも慣れたもの。
少年達に交じり、順凪も感心の声音だ。
「こうやって見ると見事だな」
「ふふ、ありがとう」
『僕もやりたい!』
「あれは魔法を自在に使えるようになってからね?」
と、彫刻刀を手に取る少年をやんわり止めるのはミツキ。
美亜はそれを見て「みんなでも触っていいのは――」と魔法の髪留めを手にとっていた。
「これ、ほら」
言って宙に放ると……しゅるしゅると髪に巻き付いて、アップに纏めてくれる。
「わぁ、かわいい!」
と、鹿凛も興味津々。あたしも! とやってみると、しゅるるると三編みになっていた。
子供達にも、少女を中心に人気となって――『わぁ、かわいい!』『私も!』と、皆で色々な髪型を楽しんで、盛況の様相だった。
●番長と憩い
美術室を出た後は、座学の教室が並ぶ一角を案内していく。
「あんま遠くに離れるなよ」
言って先導するのは順凪だ。
というのも他の生徒も多い為、トラブルを警戒しての事だ。
そうでなくとも――
「入学してからも、面倒事と完全に無縁ってのは難しいからな。誰がワルで、喧嘩の一つでも売ってきそうなのか、知っておくことが大事だ」
と、言う傍から順凪は目を細める。
前方に、こちらを睨む男子数人がいた。
目当ては順凪だろうか。実際、順凪自身ガラが悪いところがあり、その上腕っぷしも立つから――何かと目をつけられるのだ。
が、順凪は動じない。
こちらの行く手を塞ぐその生徒に、すたすた歩むと肩に手をおいて。
「今案内してるから、どいてくれるか」
声音は変化なく、けれど視線は鋭く。
みしりと音を立てて肩を握り締めると、その生徒らもすぐに顔に恐怖を浮かべる。
元より順凪は“番長”。絡まれる事も多いが、降りかかる火の粉は全て払ってきた。
五年生の今日までそんな日々を送ってきたからこそ、名も評判も広まってしまったとも言えるけれど……何にせよ、その威容に男子達はそそくさと逃げ去った。
『今の、なぁに?』
『怖い人?』
「ああいうヤツらは大した事ないさ」
順凪は少年少女らに視線を合わす。
「実力を磨けば、あのくらいはどうにでもなる。イキってる奴らはうじゃうじゃいるが、本物は一握りだ」
そうして不良達や各勢力のパワーバランスについて事細かに説明し始めた。
「いいか。中でもこの五人をトップとする勢力は――」
と、途中で鹿凛がそんな順凪をつんつん。
見ると子供達が少々ぽかんとしていたので……順凪は咳払い。
「……ま、ここでする話でもないか。食事場所でも案内するか?」
「それ良いね!」
喜んだ鹿凛は早速、学院内に建つカフェ『スイート』へ皆を案内した。
テラス席もあり大所帯でも余裕のあるそこは、鹿凛の行きつけ。
何しろ軽食だけでなくスイーツが豊富で――
「これ! あたしオススメのメニューなの! お茶と一緒に食べると絶品なんだ!」
言って看板に描かれたケーキを差すと、ぐぅ。
「なんかお腹空いて来ちゃった」
それから思いついたように華やかな笑顔になって。
「ケーキ食べてかない? 美味しいよ!」
「わぁ、いいね~」
オトメがほわりと笑むと、少年少女も大賛成。暫し皆でお茶会となった。
わいわいと楽しげな皆の、注文を纏めるのはミツキ。
「お茶も色々あるから、選んでね」
『はーい!』
良い返事の子供達に、品がやってくると……瑛梨は自分もそわそわしつつも、しっかりと手を合わせて。
「いただきますを言ってからだからね!」
そうして皆で頂くと――苺は瑞々しく、クリームはふんわり甘く。鹿凛は思わずほっぺに手を当てている。
「んー! 何回食べても美味しい!」
「ここのは見た目も良いんだよね。どの品もしっかり彩りが出来てて、主役を引き立てるようになってて――」
と、美亜は置き方や品の色合いについて話。食欲をそそるデザインの重要性も語って、子供達に新たな知識を授けていた。
それを聞きつつ、オトメは紅茶を一口。
「お茶も美味しいね~」
「あぁ、そうだな……」
応えるパヴェルは、自身の体躯を鑑みて着席を遠慮。端の方で、皆の邪魔にならぬようにとカップを持っているのだった。
鹿凛はケーキをぺろりと食べてしまうと、タルトを注文。
「皆もタルト、食べない? フルーツたっぷりで美味しいよー?」
『食べるー!』
『私も!』
皆は勿論良い返事。
ベリーに苺、色彩も豊かなフルーツタルトがやってくると、鹿凛は早速はむりと齧って、溢れる果汁に瞳を細めていた。
「んー、最高!」
「軽食も悪くないな」
と、順凪はサンドイッチを食べつつ、子供達を見回す。
皆が楽しんでいると見ると、仄かに目元を和らげた。
「授業も大事だけど息抜きも大事だからな。楽しい思い出、いっぱい作れよ?」
折角学院に入りたいと言っているのだ、楽しい学園生活の手助けはしてやりたいと思うから。
「あ、もし面倒事になったら俺に言ってくれよな。グリフォン寮のカズナって言えば他の奴もわかる筈だから」
それにも少年少女らは、『わかりました!』と元気に応えているのだった。
●臆病と魔物
「ええと、こっちから先に続いてるんだ……」
広い学院でも、狭めの廊下では少々窮屈。
そんな自分の体躯を持て余すように、パヴェルが皆を案内していた。
相貌には不安。見た目ばかりか性格まで反転してしまったように……人前に立つのも誰かを率いるのも乗り気ではなかった。
それは案内が始まって暫くの間も変わらなかったが――
『すごーい!』
『大きい!』
傍で見るパヴェルの体躯に、少年少女は興味深げ。更にたてがみのように伸びる毛にも手を伸ばしていた。
『触っていい?』
「別にいいけど……」
そうしてもふもふと触れた彼らは楽しそうで。
『やわらかーい!』
『ふさふさ!』
「そ、そうか……?」
と、そんな少年らの顔を見ていると、パヴェルの顔もほころぶのだった。
視線は集まるが、少年少女は色眼鏡で見ないからかも知れない。パヴェルの心も僅かに和らいで……ゴブリンや半獣など、人と異なる生徒の紹介もして子供達の純粋な反応を眺めていった。
それから外に出て歩む。
鹿凛は確認するように聞いた。
「森まで行くんだよね?」
「あぁ、その予定だけど――」
『森って、どこの?』
目を向ける子供達に、暫し進んだパヴェルは先を示した。
そこに広がるのは深い森林。どこか禍々しく、学院中心とは打って変わった眺めだ。
パヴェルが受けた役目は『安全な場所と危険な場所を案内する』。故に、誤って立ち入ってしまいそうな危険地帯の入り口前まで連れてきたのだ。
「こ、ここは学院の持ち物ではあるが……認められるまでは無許可で入れないんだ」
「素材が採れるから、必要な時もあるんだけどね」
美亜も声を継ぐと、パヴェルも頷いた。
「時々、“危険”な事もあるからなぁ……不用意に近づかないように――」
と、そこでパヴェルは言葉を止める。
それは木々の間に魔物の気配を感じたから。直後、森の入口に――毒々しい花弁と根をうねらす植物が這い出てきていた。
「あれは――魔毒花だね」
鹿凛が呟く中、少年少女らはその異形に半ば騒然としかける、けれど。
ミツキが既に皆の前に立っていた。
「大丈夫よ」
「うん、心配いらないからね~」
オトメも優しく皆を落ち着かせる。
こんな危険を教え、そして護る為にも自分達がいるのだから。
「手出しはさせないわ!」
瑛梨が燦めく光線を放つと、美亜も宙に描いた星のかけらを降り注がせて攻撃。
鹿凛が魔法の車輪を顕現させてぶつけていくと、魔物も蔓を放ってくるが――
「遅えよ」
走った順凪が受け止めつつ、拳でそれを破壊。
ミツキが光の剣を幾重にも射出して花を穿てば――パヴェルも自身の体で暴れる相手を抑え込み。
「――おらぁッ!」
そのまま弾き返しながら、魔導書を開いて詠唱。炎で跡形もなく焼き払った。
オトメが光のヴェールを生み出し、順凪の傷を癒やせば……わっと歓声が上がる。
鮮やかな勝利に少年少女らは興奮気味に喜んでいた。
怖がっている子は居らず……寧ろ案内の終わりにいいものが見られたという様子。
「多少、予定外の事はあったけれど。楽しかったかしら」
諸々を済ませて学院内に戻った後、ミツキが言うと――少年少女らは『はい!』と肯定を返していた。
元気で、意欲も高い子供達だ。
「この子達が入って来たら、楽しくなりそうだね!」
鹿凛が言えば皆が頷く。
「来年来たら、よろしくね」
期待の心でミツキが言うと、少年少女もまた瞳を希望に煌めかせて返事をするのだった。
美しい校舎を望む中庭に、わいわいとあどけない声が響いていた。
並ぶのは十一歳の子供達。きょろきょろ周囲を眺めたり、不安そうにしている――数十人の少年少女だ。
制服に身を包む前の彼らが何故ここにいるかというと――
「みんな~ちゃんと集まったー?」
最上級生のオトメ・ノギヒラがほんわりと声をかけると、皆がはーい、と手を挙げる。
オトメが表情を和らげると、隣に立つ五年生、ミツキ・アインホルンも微笑みを見せていた。
「この皆が来年、入るかも知れないのね」
そう、彼らは王立アプリーリス魔法学院――教育機関の最高峰たるこの学舎に入学希望の子供達。
今日は在校生たる面々が、そんな彼らへ学院を案内するイベントなのだった。
「ゆいしょ正しい学院生を目指すんだからね! みんなに迷惑をかけちゃダメよ!」
故に現一年の各務原 瑛梨ははりきって、ぴしりと彼らに指差している。
同い年の水島・鹿凛も楽しげだ。
「瑛梨ちゃん、かっこいい!」
「もちろん、だってお姉さんだもの!」
「……しっかし、校舎の中まで案内するなんてな」
と、壁に寄りかかって見ているのは北斗・順凪だ。
「言い方はアレだが、猛獣の檻に連れてくようなもんだろ」
「ふふ、だからしっかり見ててあげないとね?」
そう霧ヶ原 美亜が言葉を返すと、順凪は「ま、そうだな」と歩み出し……横へ視線を向ける。
「行こうぜ」
「あ、ああ……」
と――パヴェル・A・サムルガチェフは応えながらも、不安げだ。
五年という学年以上に大人びた顔に、おどおどとした色が消えないのは、その風貌――下半身が麒麟となった人馬の姿に、周囲の視線が注いでるからかも知れない。
「……でも、や、やる事はやらないと、な……」
本当は奥に引っ込んでいたい、けれど教師の頼みなら断る事も出来ない。最後には皆と共に、歩み始めてゆく。
わくわくする者、楽しみな者、不安な者。
それぞれの思いと共に学院案内が始まった。
●本の伽藍
天窓から光差す回廊、艶めく螺旋階段。
優美な学舎に、少年少女は歩みながら楽しげに見とれている。
そんな中、まずミツキが案内するのは図書室だった。
「私のお気に入りよ」
遥かな高さに書架がそびえるその空間は、荘厳。
少年少女も圧倒されている。
『すごい!』
『本がたくさん!』
「蔵書の多さは有数なのよ」
本好きのミツキにとっては、ここは楽園。自身も楽しげにしつつ招いた。
「こっちは私も部活でやってる剣道とか、武道の本があって……こっちには魔法の本もいっぱいあるわよ」
綺羅びやかな装丁の魔術本に、少年少女は特に惹かれていた。どんな魔法を使えるようになるか、そんな期待感もあるのだろう。
「お菓子の本もあるよ!」
と、大きな料理本を開くのは鹿凛。宝石苺のケーキ、空色ベリーのタルト……絵を見るだけで瞳をきらきらさせる。
「鹿凛さんは本当にお菓子が好きね」
「もちろん! 美味しいもん」
「料理もだけど、色々勉強になるんだよね~」
その横では、オトメが植物の事典を眺めていた。
見る程に広がる知識に、子供達もわくわくしている、が――中には本に興味のない子もいる様子。
そんな数人に、ミツキはくすりと笑んでいた。
(あー、何かやるつもりだな)
と、察したのは順凪。
ミツキは勉強にも部活にも精を出す優等生。なので余人は真面目な印象を抱くが……元来、悪戯も好きなタイプなのだ。
「この本、面白いわよ?」
言ってミツキが渡したそれを、一人が開くと――ばさばさっ! 急に本が羽ばたいて飛翔していった。
『わぁ!』
『本が飛んだ!?』
仰天する少年らに、ミツキは楽しげだ。
「本自体に魔法がかけられているのよ。ふふ、びっくりした?」
少年らも、それには頷いて……皆も変な本を探そうとまた盛り上がるのだった。
そうしてある程度巡ると、ミツキはしゃっきりと切り替えて。
「じゃあ、次の場所へ行きましょうか」
●色彩の園
次に皆を案内するのはオトメ。
「ここだよ~」
中庭を歩んで着くそこは、様々な花や草が育てられる植物園だ。
レインボーリリーやマジカルローズ。美しく、時に奇怪な色彩と形が満たす空間は無二の雰囲気で――少年少女も物珍しげだ。
オトメは歩みつついくつか示していった。
「この薬草から魔法回復薬も作られるんだよ~。こっちは良く使われる物で、こっちは良く効くけど量が採れなくて――」
魔法に関わるとなると、彼らも熱心に聞き入る。
不用意に触れようとする子がいれば、オトメはそっと止めつつ……皆にも注意。
「ここのは薬だけじゃなく、毒にもなるの~。使い方を間違えたりすると……こわ~いことになっちゃうかもね……?」
言ってマンドレイクの逸話を聞かせると、皆が怖がって背筋を正していた。
それでもやんちゃな者がいれば、ミツキは鉢を手に、花から花粉を噴出。わっと驚かせている。
「これは安全だけど。有害なものを出す花も中にはあるから、取り扱いは慎重にね?」
こくこくと、その少年も頷くのだった。
色鮮やかな植物の一角では、美亜も交じって説明。
「この辺りは薬だけじゃなくて、色んな道具に使えるものが多いね」
魔力で色を変える塗料や、複数の香りを持つ香木。生活に芸術、時に実戦に利用出来るものを紹介した。
『植物ってすごいんだ!』
「そうだよ~。ここはとっても大切な場所なの。ハーブティーになる植物もあるからね~」
オトメはぽん、と手を合わせ、皆にリラックス効果のある一杯を試飲させてあげた。
まだまだ知りたい者には、知識は惜しまずに。
「何かわからないことがあれば何でもお姉さんに聞いてね~!」
一年生に異母妹がいるからでもあろう、お姉さんらしく、面倒見よく――優しく皆に教えてあげるのだった。
●研究と形象
「次は瑛梨が案内するからね!」
植物園を出て先頭に立つのは瑛梨だった。
少年少女の一つ上だけに、見た目の年齢は変わらない。寧ろ皆より子供っぽさすら感じさせるのは、名家のお嬢様だからだろうか。
入学時にねだった大きめの帽子とマントを揺らし、誕生日に祖父からもらった魔法の懐中時計を大切に首から下げて……とてとてと小さな体で歩き出す。
「迷わないようにしっかり着いてくるのよ!」
胸を張ってお姉さんぶるのは、そうしたい年頃だから。
実際は『あれ? こっちじゃない……』『ちょっと間違えただけなんだから!』と行ったり来たりしつつ――何とか目的地に辿り着いた。
そこは魔法道具の研究室。
蒸気を上げる小さな金属炉や、細工された鉱物が転がっていて――少年少女達も見回している。
『不思議なのがいっぱいある!』
『ここなぁに!?』
「瑛梨がまじっくあいてむを作る教室よ」
瑛梨は少々誇らしげに腰に手を当てる。
と、案内を始める中……パヴェルはそこでも恐る恐るだ。
「お、俺が入っても大丈夫かなァ……?」
「もちろんよ!」
瑛梨は言うけれど、パヴェルはあくまで慎重。というのも――人馬の見た目となっているのが、魔法の失敗が原因だからでもあろう。
「端っこの方で見ておくよ……」
というわけで隅で待機。そこから中を眺めた。
瑛梨はそんな中、今進めている実験の説明。
「上手くいくと、とっても綺麗な光が生まれるのよ! 材料を間違えたりなんてしたら、粉だらけになっちゃうんだからね」
と、炉の周りが真っ白な粉だらけなのは瑛梨の仕業だけれど、それは内緒にしつつ。
あくまでお姉さんらしく、転がってる水晶玉をとった。
「これはね、魔法を込めると色んな色に光って――」
すると既に充填されきっていたのか、突如最高光度でめちゃくちゃな色に明滅する。
瑛梨は『きゃっ!』とびっくりして手放すけれど……それを上手くキャッチして説明を続けるのが、美亜だった。
「これをちゃんとした魔法灯に加工するのが、向こうにある美術室だよ」
『そ、そうよ!』と胸を張り直す瑛梨と共に、皆はその足で移動。彩色中の魔法具や、デザイン画が掛けられたその部屋に入った。
見た目に訴える物は、少年少女の興味を勿論惹き付ける。そんな皆を美亜は案内する。
「魔法灯も丁度作ってるね。ああやって魔法を阻害しない材質を使いつつ……使う場所に合わせて色や形とかを決めていくんだ。見た目を決める重要な工程なんだよ」
少年少女も、自分達も知る道具の舞台裏を見たようで盛り上がっていた。美亜は笑みつつ自分の作業場に連れて行く。
「あたしは杖とかホウキをよく作るんだ」
そこにあるのは精密に描かれた杖の絵。
その画力に見惚れている子供達に、美亜は実物も示してあげながら――複数の彫刻刀を浮遊させ、ざくざくと掘ってみせた。
「絵を元に、こんな風に形にしていくんだ。これでも、アンティークな細工に拘ってるんだよ?」
五年生らしく、魔法の扱いも慣れたもの。
少年達に交じり、順凪も感心の声音だ。
「こうやって見ると見事だな」
「ふふ、ありがとう」
『僕もやりたい!』
「あれは魔法を自在に使えるようになってからね?」
と、彫刻刀を手に取る少年をやんわり止めるのはミツキ。
美亜はそれを見て「みんなでも触っていいのは――」と魔法の髪留めを手にとっていた。
「これ、ほら」
言って宙に放ると……しゅるしゅると髪に巻き付いて、アップに纏めてくれる。
「わぁ、かわいい!」
と、鹿凛も興味津々。あたしも! とやってみると、しゅるるると三編みになっていた。
子供達にも、少女を中心に人気となって――『わぁ、かわいい!』『私も!』と、皆で色々な髪型を楽しんで、盛況の様相だった。
●番長と憩い
美術室を出た後は、座学の教室が並ぶ一角を案内していく。
「あんま遠くに離れるなよ」
言って先導するのは順凪だ。
というのも他の生徒も多い為、トラブルを警戒しての事だ。
そうでなくとも――
「入学してからも、面倒事と完全に無縁ってのは難しいからな。誰がワルで、喧嘩の一つでも売ってきそうなのか、知っておくことが大事だ」
と、言う傍から順凪は目を細める。
前方に、こちらを睨む男子数人がいた。
目当ては順凪だろうか。実際、順凪自身ガラが悪いところがあり、その上腕っぷしも立つから――何かと目をつけられるのだ。
が、順凪は動じない。
こちらの行く手を塞ぐその生徒に、すたすた歩むと肩に手をおいて。
「今案内してるから、どいてくれるか」
声音は変化なく、けれど視線は鋭く。
みしりと音を立てて肩を握り締めると、その生徒らもすぐに顔に恐怖を浮かべる。
元より順凪は“番長”。絡まれる事も多いが、降りかかる火の粉は全て払ってきた。
五年生の今日までそんな日々を送ってきたからこそ、名も評判も広まってしまったとも言えるけれど……何にせよ、その威容に男子達はそそくさと逃げ去った。
『今の、なぁに?』
『怖い人?』
「ああいうヤツらは大した事ないさ」
順凪は少年少女らに視線を合わす。
「実力を磨けば、あのくらいはどうにでもなる。イキってる奴らはうじゃうじゃいるが、本物は一握りだ」
そうして不良達や各勢力のパワーバランスについて事細かに説明し始めた。
「いいか。中でもこの五人をトップとする勢力は――」
と、途中で鹿凛がそんな順凪をつんつん。
見ると子供達が少々ぽかんとしていたので……順凪は咳払い。
「……ま、ここでする話でもないか。食事場所でも案内するか?」
「それ良いね!」
喜んだ鹿凛は早速、学院内に建つカフェ『スイート』へ皆を案内した。
テラス席もあり大所帯でも余裕のあるそこは、鹿凛の行きつけ。
何しろ軽食だけでなくスイーツが豊富で――
「これ! あたしオススメのメニューなの! お茶と一緒に食べると絶品なんだ!」
言って看板に描かれたケーキを差すと、ぐぅ。
「なんかお腹空いて来ちゃった」
それから思いついたように華やかな笑顔になって。
「ケーキ食べてかない? 美味しいよ!」
「わぁ、いいね~」
オトメがほわりと笑むと、少年少女も大賛成。暫し皆でお茶会となった。
わいわいと楽しげな皆の、注文を纏めるのはミツキ。
「お茶も色々あるから、選んでね」
『はーい!』
良い返事の子供達に、品がやってくると……瑛梨は自分もそわそわしつつも、しっかりと手を合わせて。
「いただきますを言ってからだからね!」
そうして皆で頂くと――苺は瑞々しく、クリームはふんわり甘く。鹿凛は思わずほっぺに手を当てている。
「んー! 何回食べても美味しい!」
「ここのは見た目も良いんだよね。どの品もしっかり彩りが出来てて、主役を引き立てるようになってて――」
と、美亜は置き方や品の色合いについて話。食欲をそそるデザインの重要性も語って、子供達に新たな知識を授けていた。
それを聞きつつ、オトメは紅茶を一口。
「お茶も美味しいね~」
「あぁ、そうだな……」
応えるパヴェルは、自身の体躯を鑑みて着席を遠慮。端の方で、皆の邪魔にならぬようにとカップを持っているのだった。
鹿凛はケーキをぺろりと食べてしまうと、タルトを注文。
「皆もタルト、食べない? フルーツたっぷりで美味しいよー?」
『食べるー!』
『私も!』
皆は勿論良い返事。
ベリーに苺、色彩も豊かなフルーツタルトがやってくると、鹿凛は早速はむりと齧って、溢れる果汁に瞳を細めていた。
「んー、最高!」
「軽食も悪くないな」
と、順凪はサンドイッチを食べつつ、子供達を見回す。
皆が楽しんでいると見ると、仄かに目元を和らげた。
「授業も大事だけど息抜きも大事だからな。楽しい思い出、いっぱい作れよ?」
折角学院に入りたいと言っているのだ、楽しい学園生活の手助けはしてやりたいと思うから。
「あ、もし面倒事になったら俺に言ってくれよな。グリフォン寮のカズナって言えば他の奴もわかる筈だから」
それにも少年少女らは、『わかりました!』と元気に応えているのだった。
●臆病と魔物
「ええと、こっちから先に続いてるんだ……」
広い学院でも、狭めの廊下では少々窮屈。
そんな自分の体躯を持て余すように、パヴェルが皆を案内していた。
相貌には不安。見た目ばかりか性格まで反転してしまったように……人前に立つのも誰かを率いるのも乗り気ではなかった。
それは案内が始まって暫くの間も変わらなかったが――
『すごーい!』
『大きい!』
傍で見るパヴェルの体躯に、少年少女は興味深げ。更にたてがみのように伸びる毛にも手を伸ばしていた。
『触っていい?』
「別にいいけど……」
そうしてもふもふと触れた彼らは楽しそうで。
『やわらかーい!』
『ふさふさ!』
「そ、そうか……?」
と、そんな少年らの顔を見ていると、パヴェルの顔もほころぶのだった。
視線は集まるが、少年少女は色眼鏡で見ないからかも知れない。パヴェルの心も僅かに和らいで……ゴブリンや半獣など、人と異なる生徒の紹介もして子供達の純粋な反応を眺めていった。
それから外に出て歩む。
鹿凛は確認するように聞いた。
「森まで行くんだよね?」
「あぁ、その予定だけど――」
『森って、どこの?』
目を向ける子供達に、暫し進んだパヴェルは先を示した。
そこに広がるのは深い森林。どこか禍々しく、学院中心とは打って変わった眺めだ。
パヴェルが受けた役目は『安全な場所と危険な場所を案内する』。故に、誤って立ち入ってしまいそうな危険地帯の入り口前まで連れてきたのだ。
「こ、ここは学院の持ち物ではあるが……認められるまでは無許可で入れないんだ」
「素材が採れるから、必要な時もあるんだけどね」
美亜も声を継ぐと、パヴェルも頷いた。
「時々、“危険”な事もあるからなぁ……不用意に近づかないように――」
と、そこでパヴェルは言葉を止める。
それは木々の間に魔物の気配を感じたから。直後、森の入口に――毒々しい花弁と根をうねらす植物が這い出てきていた。
「あれは――魔毒花だね」
鹿凛が呟く中、少年少女らはその異形に半ば騒然としかける、けれど。
ミツキが既に皆の前に立っていた。
「大丈夫よ」
「うん、心配いらないからね~」
オトメも優しく皆を落ち着かせる。
こんな危険を教え、そして護る為にも自分達がいるのだから。
「手出しはさせないわ!」
瑛梨が燦めく光線を放つと、美亜も宙に描いた星のかけらを降り注がせて攻撃。
鹿凛が魔法の車輪を顕現させてぶつけていくと、魔物も蔓を放ってくるが――
「遅えよ」
走った順凪が受け止めつつ、拳でそれを破壊。
ミツキが光の剣を幾重にも射出して花を穿てば――パヴェルも自身の体で暴れる相手を抑え込み。
「――おらぁッ!」
そのまま弾き返しながら、魔導書を開いて詠唱。炎で跡形もなく焼き払った。
オトメが光のヴェールを生み出し、順凪の傷を癒やせば……わっと歓声が上がる。
鮮やかな勝利に少年少女らは興奮気味に喜んでいた。
怖がっている子は居らず……寧ろ案内の終わりにいいものが見られたという様子。
「多少、予定外の事はあったけれど。楽しかったかしら」
諸々を済ませて学院内に戻った後、ミツキが言うと――少年少女らは『はい!』と肯定を返していた。
元気で、意欲も高い子供達だ。
「この子達が入って来たら、楽しくなりそうだね!」
鹿凛が言えば皆が頷く。
「来年来たら、よろしくね」
期待の心でミツキが言うと、少年少女もまた瞳を希望に煌めかせて返事をするのだった。