裏山のデンジャラス・ビースト

王立アプリーリス魔法学院 イベントノベル(テーマ)制作 大和気 いぐる納品 2021年04月22日 21時01分24秒

 魔獣討伐競争。
 王立アプリーリス魔法学院の春の伝統行事である。

 学年と寮の垣根をまたぐ親睦イベントである。
 字面からは危険なように思えるが、そうでもない。
 野外授業の拡大版のようなものだ。

 生徒たちは四人一組になり、指定された場所(エリア)へ行く。
 学院敷地内の森や洞窟、旧校舎などの場合が多い。
 そこには、あらかじめ魔獣が配置されている。
 もちろん野生ではなく、教師や上級生が召喚したものだ。
 その魔獣を何らかの方法で片付けて、戻るまでのスピードを競う。
 そういう催しであった。



 白羽(ヒバリ)・ヒバリ(シラハネ)は当初、はりきっていた。
 実のところ、座学よりも身体を動かすことが好きなのだ。
 魔獣相手に思う存分に腕試しをして、その上、高評価も得られる。
 実に自分むきのイベントだ。

 六年生ともなれば、裏方に回るのが慣例だ。
 だが、そのあたりの依頼(オネガイ)は全て固辞した。
 昨年は二位と、かなりイイ線までいったのだ。
 面子に恵まれれば、優勝も目指せるかも。
 ……いや、信じるのは己の拳、ただひとつ。
 チームメイトを自分がリードするくらいでいなければ。

 なのに、なのにである。

「ぴえん」
 思わず、真顔でヒバリはつぶやいた。

「うわっ、きも。似合ってないんだけど。お・ば・さ・ん」

 チームメイトは、よりにもよって、ギド・フェルミだった。
 サーペント寮の一年生。
 先日、模擬戦で派手にやりあった。

 一見すると無邪気で可愛い弟キャラだが、この煽りである。
 色んなものを舐めくさった態度の、食えない奴。
 実力が全くないわけでもないのが、これまた腹立たしい。

 彼の顔を見た瞬間、ヒバリは魔獣討伐競争での優勝を諦めた。
 この問題児が、チームメイト。
 はっきり言って、優勝どころの騒ぎではない。

「はじめまして。塔(イフ)・イフ(アララギ)といいます。
 スワン寮の一年生です」

 少女が、優雅に礼をした。
 もうひとりのチームメイトだ。
 白い髪と少し幼い雰囲気だけなら、ギドに似ていなくもない。

「この子は、カトレアっていいます」
 はにかみながら、連れた白猫を紹介する。

「わあっ、ねこだあ! たべられちゃいます~」
 ギドがおどけた口調で、連れているひよこを襟元に隠した。

 一見、ひよこを庇っているような仕草だが、ヒバリは知っている。
 あのひよこの名前は『非常食』だということを。
 あと、あれ、たぶんアヒルの子だろ。

「だいじょうぶよ。カトレアはそんなことしないわ」

 安心させるように優しく微笑むイフ。
 その姿を見て、ヒバリは思った。
(――まずい)

 別にイフは悪くない。問題はギドである。
 あのクソガキが、このお嬢さんにトラウマ級の粗相でもしてみろ。
 自分の評判にかかわるではないか。

(――あれ?)
 ギドは別にドラゴン寮じゃない。交流だってほとんどない。
 なんで、そんなことを考えたんだろう?

 ヒバリは背後をちらりと振り返り――。

(まあいいや)
 ……流した。
 頭でごちゃごちゃ考えるのは得意ではない。
 とにかく、あのクソガキがやらかしたら鉄拳制裁あるのみ。

 ヒバリは両拳をバスンと打ち付けて言った。
「ドラゴン寮所属、ヒバリと申します。しがない一般生徒ですよ」

 それを聞きながら、ギドがこっそりと、あかんべえをした。



 そして、最後のチームメイト。
「……オウル寮三年、オースケ・ケラ……です」

「ええと、ケラさん。なんで、隅っこにいるんですか」

 ヒバリに問われ、オースケは「ふぐっ」と変な咳払いをした。

「……すみません。……こう、なんというか。眩しかったので」

 別に日光の話ではない。いや、それほど日光も得意ではないが。
 三人が眩しかったのである。

 黙っていれば美少年のギド。中性的な麗人のヒバリ。
 そして、可憐が服を着て歩いているような、イフ。

 三人に比べたら、自分はスライムだ。
 それか、岩の下でうごめくダンゴ虫かも。
 ――服の下は、このザマだし。

「話しづらいんで、こっち来てください」
「はい」

 単刀直入にヒバリに言われ、オースケは、もそもそ寄っていった。
 ――ああ、でも。やっぱり眩しすぎる。

「すみません。慣れるまでコレかけてて、いいですか」
「はあ……」

 オースケは懐から黒眼鏡を取り出し、装着した。
 古めかしい真鍮のフレーム。
 なぜか虫の足みたいな謎の突起が、たくさんついている。
 それらは、カサカサうごめき、イヤーカフを引っ掻いた。

「オースケさん、はじめまして」

 イフに微笑まれ、謎の突起の動きが、いっそう激しくなる。

「……よろしく」
 オースケは、やっとのことで、にたっ……と笑った。
 精一杯の笑顔であった。



 四人に割り当てられた場所(エリア)は学院の裏山だった。
 配置された魔獣を別にしても、熊などの危険な野生動物がいる。
 おまけに、数年前から謎の大男が住み着いているという噂もあった。

 新入生の二人はそろって震え上がった。
 もっともギドの演技は、ヒバリにはお見通しだったが。

「ケラさんは、大男の噂知ってます?」
「……『噂』は、呪詛学の基本ですよ。
 俺も、それなりには、蒐集してます」

 それなり、どころではなかった。
 オースケは、とっておきの噂話を披露した。しまくった。
 話し出すと止まらない。眼鏡の突起の動きも止まらない。

 やれ、大男ではなく猫科の魔獣だの。
 いや、半人半魔の巨人だの。
 目が合うだけで『汚染』されるだの。
 道に迷った生徒を小屋に誘い込み、ピカピカに研いだナイフで……。

 ヒバリは(この人、急に早口になったな……)と思った。
 ギドは(スキを見て、あの謎の眼鏡をとってやろう)などと企んでいた。
 イフは、カトレアを抱いて、ただ震えていた。

「……すみません」

 我にかえり、オースケは謝罪した。



 地図を手に、四人は山をうろついた。
 さして高い山でもないが、何しろ地図がわかりにくい。
 これも試練の一環ということだろうか。

「たぶん、このあたり……かな」
 オースケが地図を睨みながら言った。

 ちなみに例の黒眼鏡は、もう外していた。
 だいぶん慣れてきたから……だけではない。
 途中でギドの『かわいいおねだり』に根負けして貸したのだ。
 ……もう二度と、あの眼鏡はもどらないような気がする。

 なぜかヒバリが平謝りして、ギドにゲンコツを食らわせていた。
(そのあと、ちょっとした小競り合いに発展した)
 まあ、高いものでもないから、良いのだが。

「ちょっと地図を見せてくださいな。
 ……これは、おうちの絵かしら?」
「たぶん。これが、あそこの松の木で……」

 木立の奥に目をやれば、大きめの丸太小屋が建っていた。

 四人は、顔を見合わせた。
 噂の大男が住むという小屋なのだろうか。
 それとも、あれは学院の設備で、中に魔獣が配置されているんだろうか。



「じゃあ、まず私が突貫します」
 真顔でヒバリが宣言した。

「え……ちょっ……」
「あ、ずるーい!」
 オースケが面喰らい、ギドが口をとがらせた。

「たのもう! そしてすかさず魔法パンチ!!」

 ヒバリは構わず、扉に先制攻撃を食らわせた。
 接触(インパクト)の瞬間、魔力が一気に膨れ上がる。
 木製の扉は文字通り、木っ端微塵に吹っ飛んだ。

「い、いいのかしら」
 イフは、目を丸くして、なりゆきを見守った。

 もうもうとあがる、魔力と土埃が混じった煙。
 やがてそこに、のっそりと大きな影が映り込んだ。

「で、でぇたぁーっ!!」
 ギドは大袈裟にわめきたて、オースケの背中をぐいぐい押した。

 オースケは、盾にされているのは承知で、されるがままでいた。
 それより、噂の真相のほうに興味があったのだ。

「……壊さないでもらえないか」

 煙の中から現れたのは、見上げるような大男だった。



「我が名はエシギ。職人の頂を目指す者なり」

 大変なありさまになった戸口を器用に直しつつ、大男は名乗った。

「職人? 世紀末の拳王とかではなくて?」
 微妙に失礼なヒバリであった。
 だがまあ、そのくらいの迫力(オーラ)のある人物ではあった。

「というか……六年のエシギさんじゃないですか。
 先輩の工房……ここだったんですね」

 オースケの言葉で、一同はようやくエシギの制服に気がついた。
 確かによく見れば、オースケと同じオウル寮のものだ。

「じゃあ、じゅうなな? うそだあ、りゅうねんしてるでしょ」
 煽って相手を怒らせ、ペースを握ろうとする、ギドの悪癖が出た。

「留年はしていない」
 だが、エシギは気にしたそぶりもなく、首を振るだけ。
 物陰でギドは「ちぇっ」と舌打ちをした。

「ところで、せっかく来たのだ。
 我とて客人をもてなす礼儀ぐらいは、持ち合わせている。……如何か」

 四人は、ふたたび顔を見合わせ――うなずいた。
 別にエシギを訪ねてきたわけではないが、山登りで疲れてもいた。
 それに、どうせ競争のほうは、参加賞だろうし。
 何より、ちょっと面白そうではないか。



「『てゅ~る』だ……」
 まるで「粗茶ですが」みたいな口ぶりだ。
 エシギは、四人を食卓につかせ、筒袋に入ったペーストを勧めてきた。

 一同は勧められるまま口にした。
 なかなか、美味だ。
 魚介と思われる香りが広がり……。

「まあ、カトレアもほしいの?」
 普段はお行儀のよい白猫(カトレア)が伸び上がり、興味を示している。
 イフはどうしたものかと、エシギを見た。

「食べすぎないよう、少しだけなら。水で薄めてやるといい……」
「ありがとう! どうぞ、カトレア」

 ぴちゃぴちゃと皿を舐めるカトレアを、ふたりは目を細めて見守った。

「……エシギさんのお耳と尻尾は、カトレアとおそろいなのね。
 ちょっと、うらやましいわ」

 おそろい? そうかなあ。
 他の三人はそう思ったが、結局口にはしなかった。



 軽食をご馳走になり、お茶を飲み、改めて自己紹介などを行って。

「そういえば、エシギさん。
 私たちは、魔獣討伐競争で来たんですが……。
 ここいらで、魔獣を見かけませんでした?」

 ヒバリが切り出した。
 優勝する気はとうに失せていたが、失格するほど遅くなるのもまずい。

「……魔獣討伐競争」
「そーだよー」
「そういえば、先輩は参加しなかったんですね」
「……争いは、好まん」

 エシギは容姿に全く沿わぬことを言いつつ、考えこんだ。
 深い眉間の皺が、さらに深くなり――。
 やがて、ぶわり……とこめかみに汗が浮かんだ。

「つかぬことを聞くが。
 その魔獣とは、どんな外見のものだ?」

「しりませーん!」
「……知らされてないです。
 ただ、識別用のタグはつけてあるはずですが」

「むぅん」
 エシギが唸る。

「……そんなにマズい奴なんですか」
「いや、そうではない――」

 言って、エシギはのっそり立ち上がった。
 そのまま、ダイニングと工房を隔てる扉に手をかける。

「ああっ!?」

 開かれた扉の奥には、キマイラが鎮座していた。
 その獅子の頭は、懸命にさっきの『てゅ~る』を舐めしゃぶっている。
 ついでに、その足には学院のタグが、きっちりついていた。



 そんなに複雑な話ではない。
 魔獣討伐競争という行事を綺麗さっぱり忘却していたエシギ。
 工房を構えた山で、魔獣と遭遇した。
 争いを好まない彼は、魔獣を……保護した。

 魔獣は、ある程度戦闘してくれないと困るので、空腹状態で配置される。
 ネコ科の頭を持つキマイラにとって、『てゅ~る』は極上の食事だった。
 骨抜きになったのは、言うまでもない。



「……結局、山小屋行って、皆でお茶しただけじゃないですか」

 10位入賞の賞状を手に、ヒバリは呆れたように、ため息をついた。

 魔獣(キマイラ)を連れ戻ってみれば、意外に到着は早くて、この戦果。
 いや、全然戦ってはいないのだけれど。
 魔獣は『何らかの方法で片付けて』いれば、合格らしい。
 討伐、とは何だったのか。

「いーじゃないですか、まるもうけだし」
 ギドは、まるきり気にしていないようだった。

「そういえば、オースケさん。
 がっかりしなかったんですか? 裏山の噂の真相があれで」

「いえ……あれはあれで。
 ……幽霊の正体見たり、というのも興味深いオチ……ですよ」
 オースケは、陰気ながらも楽しそうに笑う。

「イフは、いいと思うの。誰も怪我をしなかったのだし。
 ……キマイラさんもふくめて、ね」

 イフがにっこりと微笑んで、一同はそれもそうか、と納得した。

 そもそも親睦イベント、という触れ込みなのだし。
 まあ、こんな結果のチームが一つくらいあったって、別にいい。

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