RAYNOLA!!2 【おきみやげ】
キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年04月07日 12時23分15秒
王都グランスパーダの市場。そんな市場を歩く三人の姿があった。
「いいな、オリガロッ……違う、エルゼリオ。必ず探し出すんだ」
「うん、わかったよ、父う――じゃない、シグルド兄」
「あー、めんどくせぇなぁ!?」
路地に潜むのは、順にハスラム・レイノーラ、オリガロッド・レイノーラ、そしてエルゼリオ・レイノーラの三人なのだが……。
「一体どこに行った、父上は」
「父上の行きそうな所といえば……」
「若い体だひゃっほー! ってやってそうだな、パパ……」
なぜか三人――いや、もう一人、シグルド・レイノーラの身体に宿ったハスラムを合わせ四人は、体と中身が入れ替わっていたのだった――。
●
「なんだこれ?」
久しぶりに屋敷へと戻ってきていたオリガロッドが、応接室のテーブルに置いてあった小瓶を見つける。
「なんだ、オリガロッド。来ていたのか」
「ああ、シグルドか。なぁ、これなんだ?」
部屋の入り口でオリガロッドを見つけたシグルドも、そう言われ応接室へと入ってきた。
「小瓶? なにが入っているんだ?」
「それを聞きたいのは私の方だ。なんか、意味深に置かれてからさ」
「ふむ。家人の誰かが置いたのだろう。そんなに気になるのか?」
言いながら、二人は机の上の小瓶をまじまじと見つめる。
瓶は手のひらに収まる程度でコルク栓がしてあり、中には緑色の液体が詰まっている。
「あ、二人とも来てたんだ」
そんな二人の元へ、エルゼリオも訪れた。
「なんだ、エルゼリオも来たのか」
「うん、依頼の帰りにちょっとね。さっき母上のお墓参りしてきたんだ」
エルゼリオは応接室の窓から見える庭を指さした。
「水芭蕉の季節だからな」
「うん、もうすぐ咲くってさ」
「母上が喜ぶな」
三人は亡き母を偲び、微笑み合う。
「うん? なんだ手前ェら、こんなとこで何やってんだ」
「パパっ!」
「父上か。全員揃うとは珍しいな」
ついにはハスラムまで顔を出し、期せずしてレイノーラの面々がここにそろった。
「今日何か特別な日だったっけ……?」
エルゼリオが首をかしげる。レイノーラの面々は、多忙に過ごしているので家に集う事など普段は無い。
「別に何もねぇよ。手前ェらこそこんな所で油売ってねぇで仕事しろ仕事」
現れたハスラムは高速で移動してきたオリガロッドに腕を取られながら、しっしとを手を振る。
「仕事終わったから来てるからいいんですー」
そんなハスラムに、エルゼリオはツンとそっぽを向いた。
「私も誰かが寄こした面倒な仕事を片付けたからここに居るんだがな」
同じくシグルドもハスラムの物言いに静かに反論する。
「手前ェら、最近反抗的だな。一回灸をすえねぇとならないか?」
「パパ! 私は素直だよ? パパのいう事なら何でも聞くもん!」
二人のその態度が癪に障ったのか、ハスラムはオリガロッドを引きずる様に部屋の中へと入ってきた。
「シグルド、手前ェにはあの程度の量じゃ足りないみたいだな」
「優秀な秘書官が居るのでな」
「おお、そうだそうだ。今度は招集命令も出しとかねぇとな、その秘書官の」
「断る」
「手前ェに拒否権なんてねぇよ」
バチバチと火花を散らすハスラムとシグルド。
「ちょっ、ちょっと! こんな所で喧嘩しないでよ!」
そんな二人を止めようとエルゼリオは間に割って入った。
「オリエ姉も、父上に見惚れてないで何か言ってよ!?」
「邪魔するな♪」
収まらない火花にエルゼリオはオリガロッドに助けを求めるも一蹴される。
「手前ェがそこまで拒否するとはな。かっかっ! こりゃ、意地でも会わねぇとな」
「一歩でも執務室に足を踏み入れた瞬間、魔法で吹き飛ばしてやろう」
なおも激しく火花を散らす二人。エルゼリオとオリガロッドもそんな二人に注意を引き付けられていたそんな時、人知れず一匹の白鼠が家具の隙間から飛び出してきた。
「ほぉ、そんなに入れたくねぇのか。まぁ、執務室でイチャコラするのは別に軍機違反じゃねぇしな?」
「立派な軍機違反だ。少しは慎め常習者」
――パリンっ!
「え? あっ、瓶が! あーあ……絨毯にシミが出来ちゃうじゃないか、まったく……」
二人の言い争いにすっかり忘れていたが、机の上に置いてあった小瓶が転げ落ち、床で割れた。
エルゼリオは拭く物を探そうと、部屋の外にいるメイドに声をかけようとするが――。
「えっ!?」
突然、絨毯のシミから沸き上がった煙に視界を閉ざされた。
「なんだこれは!」
煙の向こうからシグルドの焦る声が聞こえる。
「きゃ! パパ怖いっ!」
ここぞとばかりに甘い声を上げるオリガロッドの声が聞こえる。
「シグルド、手前ェ親に向かってその口の利き方――」
煙なんて気にもせず怒り心頭なハスラムの声が聞こえる。
「皆、姿勢を低くして! 出来るだけ煙を吸わないように! もし体に異変を感じたらすぐに言ってね! ボクの魔法で――」
――ムニュ。
「……は? え? は?」
部屋に充満していた煙はすぐに晴れた。
そして、三人の姿が次第に鮮明になってくる。
「……はぁ!? なんで、シグルドと腕組んでるんだ!?」
組んでいた腕をバッと離し距離を取ったオリガロッド(?)。
「私はここ、だ……? なんだ、なぜ私が目の前に」
オリガロッド(?)に呼ばれ答えたシグルド(?)が、面も前に現れた自分に驚き目を見開いた。
「二人とも何を言って……って、ボクがいる!?」
顔を上げたエルゼリオ(?)が、戸惑う三人を見ると、そこにはなぜか自分がいる。
「え? それじゃ、ボクはいったい誰……?」
自分がそこにいるなら、『これ』はいったい誰なのかと、自分の身体を見下ろした。
華奢な自分の手よりもなお細い指。大きくはないが形のいい豊かな――胸。
「むむむ、胸ッ!?!?」
確かな弾力を返してくるそれから慌てて手を離し、顔に手を当てた。
細身の自分によく似ている。でも、肌の質が柔らかい。そう、まるで本当の女性のように――。
「そ、それじゃ、さっきの感触って……」
ぼっと頬が赤くなるのを感じた。
「わ、私がいる……」
と、自分の身体にただただ驚いていると、なんという事か自分がこちらに近づいてくる。
「こ、これってもしかして……」
「だ、だよな……やっぱり……」
「そんな馬鹿な、まさか……」
「「「入れ替わってるーー!?」」」
誰のものともわからぬ絶叫が応接室に木霊した。
●
「うぅ、何だか歩きにくい……」
「男女では骨格の造りが違うからな。慣れるまで少し不便だろう」
「う、うん……」
股の辺りを気にしながら、もぞもぞと揺れるオリガロッド。
「エルゼリオぉ~、なーにしてるのかなぁ?」
そんなオリガロッドを、エルゼリオが覗き込んできた。
「な、なにもしてないよっ!」
「ほほぉ~。じゃ、その手は何かなぁ~?」
と、エルゼリオに言われ、オリガロッドは慌てて手を後ろに隠す。
「べ、別に何もやってないから!」
「なんだよ、せっかく美人のお姉様の身体を手に入れたんだぞ? もっとこう、色々欲望のはけ口的な使い方を思いつくだろ?」
「そそそ、そんなの思いつくわけないでしょ!!」
顔を真っ赤にするオリガロッドを面白がって、エルゼリオは元自分の身体をつつきまくる。
「うーん? どこだ、ここか? うりうり」
「やっ……ちょ、やめっ……! そこは――」
「いい加減にしろ、オリガロッド」
街角でいちゃついている二人をハスラムが見咎めた。
「なんだよ、シグルド、やきもちか? ははーん、さてはパパの身体じゃなくて、私の身体の方がよかったんだろ」
「……そんな貧相なものに興味はない」
「ほぉ、言うねぇ。そこまで言われちゃぁ、女として怒りを露にする所だけど……まぁ、あの子の身体がいつも目の前にあるんだから、仕方ないか」
「……お前と一緒にするな。そのような目で見てなどいない」
「なんだよ、まだ手を出してないのかよ。ヘタレが」
「……」
「ちょ、ちょっと二人とも! そんなことしている場合じゃないでしょ!」
傍から見ればエルゼリオがハスラムを精神的に追い詰めている構図。まったくもって理解不能なその情景をオリガロッドが、慌てて止めに入る。
「そうだな。一刻も早くこの状況を打破しなくては……」
顔はハスラムのそれなのに、本人は絶対にしないだろう悲壮感漂う表情をしている。
「そうだよなぁ、早くしないと愛しのあの子が――」
「オリガロッド、エルゼリオの身体で父上の身体に勝てると思っているのか?」
グンと顔を寄せながらハスラムがエルゼリオに凄んだ。
「もう! いい加減にしてってば! 早く行かないと、父上がまた何やらかすかわからないんだよ!」
「ああ、エルゼリオの言う通りだな」
「そうだな、いつまでもパパの身体の中身がシグルドじゃ、気色悪いしな」
「おい、どういう事だ」
「そのまんまの意味だよ」
「二人ともっ!!」
前途多難な感じをビンビン発しながらも、三人は一路、軍部へと向かった。
●
「お、冒険者ギルドだ。なぁ、ちょっと寄っていかないか?」
軍部へと急ぐ道中、エルゼリオが王都冒険者ギルド支部を発見し指さした。
「今はそんなことしてる暇ないでしょ!」
と、オリガロッドが諭すが、エルゼリオは走りながらも、ちらちらと横目に見る。
「オリガロッド、お前が冒険者に興味があったとはな」
そんな弟の姿に、ハスラムは意外そうに声をかけた。
「まぁな。もしパパに大森林に修行に出されなかったら、冒険者もいいなって思ってたんだよな」
「えっ、オリエ姉も!?」
「なんだよ、そんなに意外か?」
驚く自分に、少し寂しそうな表情を見せつつ、エルゼリオはギルドの前を走り抜けた。
「ううん、そんなこと全然ないよ! ボクもオリエ姉と一緒に冒険出来たらなって思ったことあるから!」
「おっ、そうなのかエルゼリオ」
「うん! オリエ姉との冒険だなんて、考えただけでも胸躍るよ! 未知のダンジョンとかに二人でもぐったりしてさ。宝を探したり、魔獣を倒したり。オリエ姉が居ればトラップとかも怖くないしさ! きっと心躍る冒険が待ってるよ!」
「そうか……。いいな、それ。行ってみたいな」
オリガロッドの言葉に、エルゼリオはどこか遠くの空を見上げた。
「冒険者か」
「なんだよ、シグルド。私が冒険者に興味持ったら悪いかよ」
「そうではない。その時は私も連れていけ」
フルフルと首を振りつつ、ハスラムがそんな事を口にした。
「「……えっ!?」」
もちろん、二人は大いに驚く。あの堅物が冒険者なんて自由業に興味を持つなんて、思いもしなかったから。
「シグルド……お前、冒険者に興味があるのか……?」
「なんだ、私が興味を持つのが悪いのか?」
「ううん! 全然そんな事はないよ! むしろとっても嬉しいけど……意外だったことは確かかな」
二人して驚く顔を見せるものだから、ハスラムはむっと表情を険しくした。
「私とて、たまには自由に動きたい時もある。普段自由とは程遠い仕事をしているとなおさらにな。行く場所が、屋敷、軍部、戦場だけではやはり味気ないものだ」
しかし、一転表情を緩めると、ハスラムは心の内を二人に語る。
「そうだな、その往復じゃ、彼女を気の利いた所に連れていけないもんな」
「っ……」
「彼女? ああ、ミライアさんの事か! そうだね、せっかくデートするならお洒落な場所に連れ出して、美味しいもの食べて楽しい思いで作りたいよね」
「デ、デート……」
「はっはっ! シグルド、お前ほんと恋愛沙汰には慣れてないって言うか、ポンコツだな」
「ポンコツだと!?」
「ほら! またそうやってすぐにからかう! そう言うオリエ姉はどうなのさ。全然そう言う噂聞かないけど?」
「私にはパパがいるからいいんだよ。寄ってくる男は、まぁそれなりにいるけどな」
「居るんだ!!」
「おい、エルゼリオ。それはどういう意味だ?」
「な、なんでもありません……!」
エルゼリオに凄まれ、オリガロッドはびくりと肩をすくませた。
「そう言うエルゼリオはどうなんだよ。うかうかしてるとシグルドに先を越されるぞ?」
「後先の問題ではない。いい加減にしろオリガロッド」
「うっさい、シグルドは黙ってろ。で、どうなんだよ、エルゼリオ。私の情報網が得た情報では――」
「うわぁぁ!! オリエ姉! それは卑怯だよ! なんで軍部の人間使って調査してるんだよ!」
不敵に笑うエルゼリオに、オリガロッドは慌てて食って掛かるが――。
「ほーう、やっぱりいるのか。で、どんな子なんだ?」
「え……? 調べたんじゃないの?」
「そんなもん、調べるか。軍の人間動かすのにどれだけカネがかかると思ってるんだ」
驚くオリガロッドに、呆れるエルゼリオ。そして、その言葉にうんうんと頷くハスラム。
「えっ、でもさっき情報網がとかなんとか……」
「こういうのを誘導尋問って言うんだ。よーく覚えとかないと、馬鹿見るからな」
「えぇっ!?」
「で、どんな子なんだよ。年は上か? 下か? お前の事だから上の子か?」
「そ、そんなのどうだっていいでしょ! それにボク達はまだそう言うのじゃ……ない……と思う……」
「おぉ、初々しいねぇ。ってか、うちの男子のヘタレ具合はどうなってんだ。それでもパパの子か?」
こんな前代未聞の状況の中、こんなどうでもいい事を話しながら走れるのは、レイノーラの豪胆の血のおかげか――。
そして、会話を交わしながらも、向かっていた軍部の建物がようやく見えてきた。
●
一方その頃、軍部将官室では――。
「閣下、ご命令により参上いたしました!」
「おう、入れや」
「え……? あ、はい……」
シグルドにそう言われ、戸惑いながらも入室するミライア。
「あの、閣下」
「ほぉ……これは中々」
「あ、あの、シグルド閣下?」
「――あ? なんだ?」
まじまじと自分の身体を見つめられ、ミライアは少し体を捻りながらシグルドに話しかけた。
「こ、この部屋はハスラム将軍のお部屋なのではありませんか? なぜこの場所に……?」
「そんな細かいこと気にするんじゃねぇよ。ほら、何してやがる。こっちに来い」
入り口の傍で怯える様に辺りを伺うミライアに、シグルドが手招きする。
「は、はい……」
ミライアはシグルドに呼ばれ、戸惑いながらも足を前に出した。
目の前には親愛なる上官が座っている。しかし、何かいつもと違う。本来安心すべき上官の隣へと向かおうとしているのに、今は一歩歩くごとに不安が押し寄せてくる。
「あ、あの」
「なんだ?」
ミライアは再び足を止め勇気を振り絞り声を上げた。
「貴方は……閣下なのですか……?」
自分でも何を言っているかわからなかった。目の前にいるのは確かにシグルド・レイノーラ。自らを見出してくれた敬愛すべき上官……のはずなのだが。
「おう、閣下だ、閣下。だからこっちこい」
そんなミライアに、面倒臭さそうに手招きするシグルド。
「……やはり違う。閣下はいったいどうされてしまったのですか……?」
何と失礼な事を聞いているんだと自分の中のもう一人が囁きかける。
しかし、どうしても聞かずにはいられなかった。だって、目の前のその人はそんな顔をするような人ではないから。
「申し訳ありません……私はこれ以上前に進めません。貴方は本当に閣下なのですか……?」
そう言ってミライアは足を止めたまま、シグルドをじっと見つめた。
「……はぁ、なんだよ、もうバレたのか。ったく、姿だけかわってもにじみ出る強者オーラは隠せなかったか」
じっと睨み付けるミライアに、シグルドはあっけらかんと告白する。
「は……え? あ、あの……」
「やっぱ口調か? でもなぁ、あんな堅苦っしい喋り方は性に合わねぇしな」
突然の告白に戸惑うミライアに、シグルドは椅子から立ち上がりゆっくりと近づいていく。
「い、いったい誰なのです! 閣下の姿をした……まさかクリーパー!!」
「はは、ちげぇよ。正真正銘のレイノーラ様だ」
「こ、来ないでください! 私は……私は閣下の」
「そんなに警戒すんな。別に盗って食おうっていう訳じゃねぇよ」
びくりと肩を竦めるミライアにシグルドはさらにゆっくりと近づいて――。
――バタンっ!!!
「無事か、ミライア!!」
ドアを蹴り開けハスラムが部屋へと乗り込んできた。
「ハ、ハスラム将軍!?」
「ミライア、無事だったか……よかった」
ハスラムは驚くミライアの元に早足で歩み寄ると、その手を取った。
「あ、あの、ハスラム将軍……」
「――あ、す、すまない」
自分のものではない名を呼ばれ、はっと顔を上げたハスラムは慌ててミライアから手を離した。
「ちっ。なんだよ、もう来やがったのか」
「父上、やっていい事と悪い事があるぞ」
本気で怒っている時の声。声色はハスラムのそれなのに、それは間違いなくシグルドの言葉だった。
「え、え、え……?」
「ははは、わけわかんないよね」
にらみ合う二人のやり合いに、まったくついていけないミライアにオリガロッドが声をかけた。
「オリガロッド司令……?」
「あ、ごめん。見た目はそうなんだけど、中身はエルゼリオなんだ」
「え……?」
「なんでかよくわからないんだけどな。なんか、そんな事になってる」
続いて入ってきたエルゼリオも、困ったように話しかけた。
そして、戸惑うミライアに二人は事の顛末を説明した――。
「いいな、オリガロッ……違う、エルゼリオ。必ず探し出すんだ」
「うん、わかったよ、父う――じゃない、シグルド兄」
「あー、めんどくせぇなぁ!?」
路地に潜むのは、順にハスラム・レイノーラ、オリガロッド・レイノーラ、そしてエルゼリオ・レイノーラの三人なのだが……。
「一体どこに行った、父上は」
「父上の行きそうな所といえば……」
「若い体だひゃっほー! ってやってそうだな、パパ……」
なぜか三人――いや、もう一人、シグルド・レイノーラの身体に宿ったハスラムを合わせ四人は、体と中身が入れ替わっていたのだった――。
●
「なんだこれ?」
久しぶりに屋敷へと戻ってきていたオリガロッドが、応接室のテーブルに置いてあった小瓶を見つける。
「なんだ、オリガロッド。来ていたのか」
「ああ、シグルドか。なぁ、これなんだ?」
部屋の入り口でオリガロッドを見つけたシグルドも、そう言われ応接室へと入ってきた。
「小瓶? なにが入っているんだ?」
「それを聞きたいのは私の方だ。なんか、意味深に置かれてからさ」
「ふむ。家人の誰かが置いたのだろう。そんなに気になるのか?」
言いながら、二人は机の上の小瓶をまじまじと見つめる。
瓶は手のひらに収まる程度でコルク栓がしてあり、中には緑色の液体が詰まっている。
「あ、二人とも来てたんだ」
そんな二人の元へ、エルゼリオも訪れた。
「なんだ、エルゼリオも来たのか」
「うん、依頼の帰りにちょっとね。さっき母上のお墓参りしてきたんだ」
エルゼリオは応接室の窓から見える庭を指さした。
「水芭蕉の季節だからな」
「うん、もうすぐ咲くってさ」
「母上が喜ぶな」
三人は亡き母を偲び、微笑み合う。
「うん? なんだ手前ェら、こんなとこで何やってんだ」
「パパっ!」
「父上か。全員揃うとは珍しいな」
ついにはハスラムまで顔を出し、期せずしてレイノーラの面々がここにそろった。
「今日何か特別な日だったっけ……?」
エルゼリオが首をかしげる。レイノーラの面々は、多忙に過ごしているので家に集う事など普段は無い。
「別に何もねぇよ。手前ェらこそこんな所で油売ってねぇで仕事しろ仕事」
現れたハスラムは高速で移動してきたオリガロッドに腕を取られながら、しっしとを手を振る。
「仕事終わったから来てるからいいんですー」
そんなハスラムに、エルゼリオはツンとそっぽを向いた。
「私も誰かが寄こした面倒な仕事を片付けたからここに居るんだがな」
同じくシグルドもハスラムの物言いに静かに反論する。
「手前ェら、最近反抗的だな。一回灸をすえねぇとならないか?」
「パパ! 私は素直だよ? パパのいう事なら何でも聞くもん!」
二人のその態度が癪に障ったのか、ハスラムはオリガロッドを引きずる様に部屋の中へと入ってきた。
「シグルド、手前ェにはあの程度の量じゃ足りないみたいだな」
「優秀な秘書官が居るのでな」
「おお、そうだそうだ。今度は招集命令も出しとかねぇとな、その秘書官の」
「断る」
「手前ェに拒否権なんてねぇよ」
バチバチと火花を散らすハスラムとシグルド。
「ちょっ、ちょっと! こんな所で喧嘩しないでよ!」
そんな二人を止めようとエルゼリオは間に割って入った。
「オリエ姉も、父上に見惚れてないで何か言ってよ!?」
「邪魔するな♪」
収まらない火花にエルゼリオはオリガロッドに助けを求めるも一蹴される。
「手前ェがそこまで拒否するとはな。かっかっ! こりゃ、意地でも会わねぇとな」
「一歩でも執務室に足を踏み入れた瞬間、魔法で吹き飛ばしてやろう」
なおも激しく火花を散らす二人。エルゼリオとオリガロッドもそんな二人に注意を引き付けられていたそんな時、人知れず一匹の白鼠が家具の隙間から飛び出してきた。
「ほぉ、そんなに入れたくねぇのか。まぁ、執務室でイチャコラするのは別に軍機違反じゃねぇしな?」
「立派な軍機違反だ。少しは慎め常習者」
――パリンっ!
「え? あっ、瓶が! あーあ……絨毯にシミが出来ちゃうじゃないか、まったく……」
二人の言い争いにすっかり忘れていたが、机の上に置いてあった小瓶が転げ落ち、床で割れた。
エルゼリオは拭く物を探そうと、部屋の外にいるメイドに声をかけようとするが――。
「えっ!?」
突然、絨毯のシミから沸き上がった煙に視界を閉ざされた。
「なんだこれは!」
煙の向こうからシグルドの焦る声が聞こえる。
「きゃ! パパ怖いっ!」
ここぞとばかりに甘い声を上げるオリガロッドの声が聞こえる。
「シグルド、手前ェ親に向かってその口の利き方――」
煙なんて気にもせず怒り心頭なハスラムの声が聞こえる。
「皆、姿勢を低くして! 出来るだけ煙を吸わないように! もし体に異変を感じたらすぐに言ってね! ボクの魔法で――」
――ムニュ。
「……は? え? は?」
部屋に充満していた煙はすぐに晴れた。
そして、三人の姿が次第に鮮明になってくる。
「……はぁ!? なんで、シグルドと腕組んでるんだ!?」
組んでいた腕をバッと離し距離を取ったオリガロッド(?)。
「私はここ、だ……? なんだ、なぜ私が目の前に」
オリガロッド(?)に呼ばれ答えたシグルド(?)が、面も前に現れた自分に驚き目を見開いた。
「二人とも何を言って……って、ボクがいる!?」
顔を上げたエルゼリオ(?)が、戸惑う三人を見ると、そこにはなぜか自分がいる。
「え? それじゃ、ボクはいったい誰……?」
自分がそこにいるなら、『これ』はいったい誰なのかと、自分の身体を見下ろした。
華奢な自分の手よりもなお細い指。大きくはないが形のいい豊かな――胸。
「むむむ、胸ッ!?!?」
確かな弾力を返してくるそれから慌てて手を離し、顔に手を当てた。
細身の自分によく似ている。でも、肌の質が柔らかい。そう、まるで本当の女性のように――。
「そ、それじゃ、さっきの感触って……」
ぼっと頬が赤くなるのを感じた。
「わ、私がいる……」
と、自分の身体にただただ驚いていると、なんという事か自分がこちらに近づいてくる。
「こ、これってもしかして……」
「だ、だよな……やっぱり……」
「そんな馬鹿な、まさか……」
「「「入れ替わってるーー!?」」」
誰のものともわからぬ絶叫が応接室に木霊した。
●
「うぅ、何だか歩きにくい……」
「男女では骨格の造りが違うからな。慣れるまで少し不便だろう」
「う、うん……」
股の辺りを気にしながら、もぞもぞと揺れるオリガロッド。
「エルゼリオぉ~、なーにしてるのかなぁ?」
そんなオリガロッドを、エルゼリオが覗き込んできた。
「な、なにもしてないよっ!」
「ほほぉ~。じゃ、その手は何かなぁ~?」
と、エルゼリオに言われ、オリガロッドは慌てて手を後ろに隠す。
「べ、別に何もやってないから!」
「なんだよ、せっかく美人のお姉様の身体を手に入れたんだぞ? もっとこう、色々欲望のはけ口的な使い方を思いつくだろ?」
「そそそ、そんなの思いつくわけないでしょ!!」
顔を真っ赤にするオリガロッドを面白がって、エルゼリオは元自分の身体をつつきまくる。
「うーん? どこだ、ここか? うりうり」
「やっ……ちょ、やめっ……! そこは――」
「いい加減にしろ、オリガロッド」
街角でいちゃついている二人をハスラムが見咎めた。
「なんだよ、シグルド、やきもちか? ははーん、さてはパパの身体じゃなくて、私の身体の方がよかったんだろ」
「……そんな貧相なものに興味はない」
「ほぉ、言うねぇ。そこまで言われちゃぁ、女として怒りを露にする所だけど……まぁ、あの子の身体がいつも目の前にあるんだから、仕方ないか」
「……お前と一緒にするな。そのような目で見てなどいない」
「なんだよ、まだ手を出してないのかよ。ヘタレが」
「……」
「ちょ、ちょっと二人とも! そんなことしている場合じゃないでしょ!」
傍から見ればエルゼリオがハスラムを精神的に追い詰めている構図。まったくもって理解不能なその情景をオリガロッドが、慌てて止めに入る。
「そうだな。一刻も早くこの状況を打破しなくては……」
顔はハスラムのそれなのに、本人は絶対にしないだろう悲壮感漂う表情をしている。
「そうだよなぁ、早くしないと愛しのあの子が――」
「オリガロッド、エルゼリオの身体で父上の身体に勝てると思っているのか?」
グンと顔を寄せながらハスラムがエルゼリオに凄んだ。
「もう! いい加減にしてってば! 早く行かないと、父上がまた何やらかすかわからないんだよ!」
「ああ、エルゼリオの言う通りだな」
「そうだな、いつまでもパパの身体の中身がシグルドじゃ、気色悪いしな」
「おい、どういう事だ」
「そのまんまの意味だよ」
「二人ともっ!!」
前途多難な感じをビンビン発しながらも、三人は一路、軍部へと向かった。
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「お、冒険者ギルドだ。なぁ、ちょっと寄っていかないか?」
軍部へと急ぐ道中、エルゼリオが王都冒険者ギルド支部を発見し指さした。
「今はそんなことしてる暇ないでしょ!」
と、オリガロッドが諭すが、エルゼリオは走りながらも、ちらちらと横目に見る。
「オリガロッド、お前が冒険者に興味があったとはな」
そんな弟の姿に、ハスラムは意外そうに声をかけた。
「まぁな。もしパパに大森林に修行に出されなかったら、冒険者もいいなって思ってたんだよな」
「えっ、オリエ姉も!?」
「なんだよ、そんなに意外か?」
驚く自分に、少し寂しそうな表情を見せつつ、エルゼリオはギルドの前を走り抜けた。
「ううん、そんなこと全然ないよ! ボクもオリエ姉と一緒に冒険出来たらなって思ったことあるから!」
「おっ、そうなのかエルゼリオ」
「うん! オリエ姉との冒険だなんて、考えただけでも胸躍るよ! 未知のダンジョンとかに二人でもぐったりしてさ。宝を探したり、魔獣を倒したり。オリエ姉が居ればトラップとかも怖くないしさ! きっと心躍る冒険が待ってるよ!」
「そうか……。いいな、それ。行ってみたいな」
オリガロッドの言葉に、エルゼリオはどこか遠くの空を見上げた。
「冒険者か」
「なんだよ、シグルド。私が冒険者に興味持ったら悪いかよ」
「そうではない。その時は私も連れていけ」
フルフルと首を振りつつ、ハスラムがそんな事を口にした。
「「……えっ!?」」
もちろん、二人は大いに驚く。あの堅物が冒険者なんて自由業に興味を持つなんて、思いもしなかったから。
「シグルド……お前、冒険者に興味があるのか……?」
「なんだ、私が興味を持つのが悪いのか?」
「ううん! 全然そんな事はないよ! むしろとっても嬉しいけど……意外だったことは確かかな」
二人して驚く顔を見せるものだから、ハスラムはむっと表情を険しくした。
「私とて、たまには自由に動きたい時もある。普段自由とは程遠い仕事をしているとなおさらにな。行く場所が、屋敷、軍部、戦場だけではやはり味気ないものだ」
しかし、一転表情を緩めると、ハスラムは心の内を二人に語る。
「そうだな、その往復じゃ、彼女を気の利いた所に連れていけないもんな」
「っ……」
「彼女? ああ、ミライアさんの事か! そうだね、せっかくデートするならお洒落な場所に連れ出して、美味しいもの食べて楽しい思いで作りたいよね」
「デ、デート……」
「はっはっ! シグルド、お前ほんと恋愛沙汰には慣れてないって言うか、ポンコツだな」
「ポンコツだと!?」
「ほら! またそうやってすぐにからかう! そう言うオリエ姉はどうなのさ。全然そう言う噂聞かないけど?」
「私にはパパがいるからいいんだよ。寄ってくる男は、まぁそれなりにいるけどな」
「居るんだ!!」
「おい、エルゼリオ。それはどういう意味だ?」
「な、なんでもありません……!」
エルゼリオに凄まれ、オリガロッドはびくりと肩をすくませた。
「そう言うエルゼリオはどうなんだよ。うかうかしてるとシグルドに先を越されるぞ?」
「後先の問題ではない。いい加減にしろオリガロッド」
「うっさい、シグルドは黙ってろ。で、どうなんだよ、エルゼリオ。私の情報網が得た情報では――」
「うわぁぁ!! オリエ姉! それは卑怯だよ! なんで軍部の人間使って調査してるんだよ!」
不敵に笑うエルゼリオに、オリガロッドは慌てて食って掛かるが――。
「ほーう、やっぱりいるのか。で、どんな子なんだ?」
「え……? 調べたんじゃないの?」
「そんなもん、調べるか。軍の人間動かすのにどれだけカネがかかると思ってるんだ」
驚くオリガロッドに、呆れるエルゼリオ。そして、その言葉にうんうんと頷くハスラム。
「えっ、でもさっき情報網がとかなんとか……」
「こういうのを誘導尋問って言うんだ。よーく覚えとかないと、馬鹿見るからな」
「えぇっ!?」
「で、どんな子なんだよ。年は上か? 下か? お前の事だから上の子か?」
「そ、そんなのどうだっていいでしょ! それにボク達はまだそう言うのじゃ……ない……と思う……」
「おぉ、初々しいねぇ。ってか、うちの男子のヘタレ具合はどうなってんだ。それでもパパの子か?」
こんな前代未聞の状況の中、こんなどうでもいい事を話しながら走れるのは、レイノーラの豪胆の血のおかげか――。
そして、会話を交わしながらも、向かっていた軍部の建物がようやく見えてきた。
●
一方その頃、軍部将官室では――。
「閣下、ご命令により参上いたしました!」
「おう、入れや」
「え……? あ、はい……」
シグルドにそう言われ、戸惑いながらも入室するミライア。
「あの、閣下」
「ほぉ……これは中々」
「あ、あの、シグルド閣下?」
「――あ? なんだ?」
まじまじと自分の身体を見つめられ、ミライアは少し体を捻りながらシグルドに話しかけた。
「こ、この部屋はハスラム将軍のお部屋なのではありませんか? なぜこの場所に……?」
「そんな細かいこと気にするんじゃねぇよ。ほら、何してやがる。こっちに来い」
入り口の傍で怯える様に辺りを伺うミライアに、シグルドが手招きする。
「は、はい……」
ミライアはシグルドに呼ばれ、戸惑いながらも足を前に出した。
目の前には親愛なる上官が座っている。しかし、何かいつもと違う。本来安心すべき上官の隣へと向かおうとしているのに、今は一歩歩くごとに不安が押し寄せてくる。
「あ、あの」
「なんだ?」
ミライアは再び足を止め勇気を振り絞り声を上げた。
「貴方は……閣下なのですか……?」
自分でも何を言っているかわからなかった。目の前にいるのは確かにシグルド・レイノーラ。自らを見出してくれた敬愛すべき上官……のはずなのだが。
「おう、閣下だ、閣下。だからこっちこい」
そんなミライアに、面倒臭さそうに手招きするシグルド。
「……やはり違う。閣下はいったいどうされてしまったのですか……?」
何と失礼な事を聞いているんだと自分の中のもう一人が囁きかける。
しかし、どうしても聞かずにはいられなかった。だって、目の前のその人はそんな顔をするような人ではないから。
「申し訳ありません……私はこれ以上前に進めません。貴方は本当に閣下なのですか……?」
そう言ってミライアは足を止めたまま、シグルドをじっと見つめた。
「……はぁ、なんだよ、もうバレたのか。ったく、姿だけかわってもにじみ出る強者オーラは隠せなかったか」
じっと睨み付けるミライアに、シグルドはあっけらかんと告白する。
「は……え? あ、あの……」
「やっぱ口調か? でもなぁ、あんな堅苦っしい喋り方は性に合わねぇしな」
突然の告白に戸惑うミライアに、シグルドは椅子から立ち上がりゆっくりと近づいていく。
「い、いったい誰なのです! 閣下の姿をした……まさかクリーパー!!」
「はは、ちげぇよ。正真正銘のレイノーラ様だ」
「こ、来ないでください! 私は……私は閣下の」
「そんなに警戒すんな。別に盗って食おうっていう訳じゃねぇよ」
びくりと肩を竦めるミライアにシグルドはさらにゆっくりと近づいて――。
――バタンっ!!!
「無事か、ミライア!!」
ドアを蹴り開けハスラムが部屋へと乗り込んできた。
「ハ、ハスラム将軍!?」
「ミライア、無事だったか……よかった」
ハスラムは驚くミライアの元に早足で歩み寄ると、その手を取った。
「あ、あの、ハスラム将軍……」
「――あ、す、すまない」
自分のものではない名を呼ばれ、はっと顔を上げたハスラムは慌ててミライアから手を離した。
「ちっ。なんだよ、もう来やがったのか」
「父上、やっていい事と悪い事があるぞ」
本気で怒っている時の声。声色はハスラムのそれなのに、それは間違いなくシグルドの言葉だった。
「え、え、え……?」
「ははは、わけわかんないよね」
にらみ合う二人のやり合いに、まったくついていけないミライアにオリガロッドが声をかけた。
「オリガロッド司令……?」
「あ、ごめん。見た目はそうなんだけど、中身はエルゼリオなんだ」
「え……?」
「なんでかよくわからないんだけどな。なんか、そんな事になってる」
続いて入ってきたエルゼリオも、困ったように話しかけた。
そして、戸惑うミライアに二人は事の顛末を説明した――。