小さき獣は喧騒を起こす

王立アプリーリス魔法学院 イベントノベル(テーマ)制作 屋守保英納品 2021年04月13日 16時30分38秒

●カーバンクル、脱走
 ああ、最悪だ。
 アウル・アンサラーの心の中はそんな思いでいっぱいだった。
 生物部の教師から、脱走したカーバンクルの捕獲を頼まれた時に、試作中の魔法道具のテストになるからと安請け合いしたことを、今更ながらに後悔する。
 話を聞きつけた同じオウル寮らしい女子生徒が、瞳を輝かせながら首を突っ込んでくるし。
「アウルくんだけじゃ心配ね! 仕方ないから、瑛梨も着いていってあげる。感謝なさい!」
 とか偉そうに宣っていた各務原(かがみはら) 瑛梨(えり)は、偉そうなことを言うだけでちっとも役に立たない。
「知った顔ではあるけど、別に一緒に探す必要ねーじゃん……」
 そうぼやく俺の言葉も聞いちゃいないで、俺の手を引いてグイグイ進んでいくのだ。
「おじい様が言っていたのよ! カーバンクルは光り輝くものが好きだって!」
 などと言いながら、胸から下げた懐中時計を見せびらかすように歩くけれど、仮に本当だったとしてこのアプリーリス魔法学院に光り輝くものが、どれだけあると思う? 全く当てにならない情報だ。
 そうこうする間にもあの小さな生き物はあっちこっちで騒動を起こしていた。
「うわあああああ! 完璧にとったノートに足跡が!!」
 3年生の教室からグリフォン寮の明坂(あきさか) 桜侍(おうじ)の怒りに満ちた声が聞こえてくると同時に、その教室からさーっとカーバンクルは飛び出してくるし。
「あら、何事? 生物部のカーバンクルが逃げ出した? ……仕方ないわね」
 家庭科部の教室に乱入してボタンケースをひっくり返すカーバンクルを見て、サーペント寮のアヴェラ・ウッチェロがやれやれと言った様子で捕物に参加してくるし。
 学年も寮も性別も年齢も、てんでバラバラ。そんな状態でカーバンクルを追いかけ回す羽目になるのだった。
「あーもー、何なんだよー!」
「大丈夫よアウルくん、おじい様が言っていたのよ! 偶然の出会いから友情は始まるって!」
「瑛梨さん、背伸びは良くないわ……ふふ、可愛い指」
「ふざけんなよゴルァァア!! ノートの恨み!!!」
 もう、色々と大変だ。

●カーバンクル、追跡
 次に四人がカーバンクルの姿を発見したのは、2年生の使う教室が並ぶ廊下だ。ちょうど教室の横になる場所にいる。
「キュッ!」
 こちらの接近に気が付いたカーバンクルが耳をピンと立てるが、遅い。桜侍が手早く指示を出す。
「よし居たな! アウル、瑛梨、教室の中通って反対側に回り込め! アヴェラはこっちからアイツを追い詰めるぞ!」
「分かった!」
「了解です!」
 その言葉を受けてアウルと瑛梨が手前側の扉から教室の中に飛び込んだ。そのまま教室の中を駆けて、カーバンクルの背後に回り込む作戦だ。
 手前側ではアヴェラが桜侍と一緒になって、じりじりとカーバンクルとの距離を詰めている。
「桜侍先輩、真面目ですわね」
「うっせ」
 そうこうする内に二人が奥側の扉から飛び出してきた。すぐさまカーバンクルに教室に入られないようガードする。逃げ場を失ったカーバンクルがしきりに左右に首を振った。
「キュ……!」
「よし、挟み撃ちだ! さっそく、この試作中の魔法銃で……」
 そう言いながらアウルが取り出したのは彼自信が組み上げた魔法銃の試作品だ。魔法を籠めたカートリッジを交換することで、魔力が少なくても即時に魔法を展開できる代物だ。
 銃を取り出したアウルを見咎めて、瑛梨が声を上げる。
「ちょっとアウルくん!? 傷つけたりしたら先生に怒られちゃうわよ!」
「何だよ、捕まえればいーんだろ? 任せろよ!」
 彼女の物言いにニヤリと笑いながら、アウルは「麻痺(パラライズ)」のカートリッジを取り出した。魔法銃に装填、照準をカーバンクルに合わせて。
「撃つ!」
「キュッ……!」
 引き金を引くと、麻痺の魔法が銃口から飛び出してカーバンクルにヒットした。カーバンクルが衝撃でのけぞる。このままその身体がしびれて動けなくなる……はずだったのだが。
「……キュ?」
 カーバンクルは特にそんな素振りを見せない。魔法弾が当たったところをペロペロ舐めていた。
「んー? ……イマイチだなぁ。魔力の伝達率が悪いのか?」
 思った通りの効果を得られなかったからか、アウルが首をひねった。そのままそっぽを向いて魔法銃の調整を始めてしまう。
 慌てたのは手前側の二人だ。このままではせっかく追い詰めたのが無駄になる。
「アウル先輩、しっかりしてください」
「んだよ、駄目じゃねーか! おい行くぞ、逃げられる!」
 アヴェラと桜侍が駆け出す中、瑛梨はアウルの腕を持って彼を揺すっていた。何とか抑え込むことだけでもやってほしいが、作業に夢中なアウルは全く反応しない。
「ここをこうして……繋ぎ方を変えて……術式の組み合わせは……魔力の伝達率が……」
「アウルくん、アウルくん! カーバンクル逃げちゃうから!」
 戸惑ったように耳を立てるカーバンクルとその向こうで全く抑えが出来ていない二人を見ながら、アヴェラがさっと手を挙げた。
「もう、仕方ないですね……雷の風よ、吹き荒れよ! 邪なる者の足を止めよ!」
 広範囲に影響を及ぼす麻痺の魔法を発動させる。雷を纏った風が廊下に吹き荒れ、確実にカーバンクルの足を止めにかかった。
「キュァッ……!?」
「アヴェラさんすごい! ここは瑛梨が……」
「よし、今だ……あ?」
 カーバンクルに明確な異常が見えたところで、嬉々として瑛梨と桜侍が確保せんと飛び出そうとする、が。
 二人の身体も、しびれて思うように動けなかった。どうやら魔法が味方にも誤爆してしまったらしい。
「おい」
「あら……失敗したわ、私たちも麻痺させちゃったみたいね」
 桜侍が批判的な視線をアヴェラに向けると、困ったように彼女は笑った。
 しかしこれはチャンスだ。カーバンクルも床の上に転がって動けずにいる。対してこちらは痺れてこそいるが動こうという意思はある。
「んっく、でも、動けないっ、ほどじゃっ……!」
「ねぇってか……! よし、このまま……!」
 廊下の上を這うように、二人がにじり寄る。アヴェラも加わって、三方向からじりじりと。
 そうして桜侍が、瑛梨が、アヴェラがタイミングを合わせて。
「うりゃーっ!」
「それーっ!」
「確保ーっ!」
「キュゥーッ!」
 カーバンクルに飛びついた。確保だ。
 そして次の瞬間、作業に没頭していたアウルが顔を上げる。
「……よし、この魔力式なら大丈夫……あれ? 捕まえたのか? もう?」
 すっかり自分の世界に潜っていた彼は、麻痺が暴発していたことにも気付いていなかったとか、どうとか。

●カーバンクル、捕獲
 カーバンクルを腕に抱いて、四人は生物部の部室に戻った。
 先生に捕獲したことを告げて、ケージの中に戻して終わり、かと思っていたのだが、先生から「折角だし、カーバンクルと遊んでやってくれないか」との声が。
 扉もしっかり閉じ、窓の鍵も締めてから、生物部の部室でもふりタイムだ。
「うふふー、カーバンクルは可愛いわねー」
 瑛梨がニコニコしながら、膝の上で丸くなっているカーバンクルを撫でる。その毛並みは滑らかで、ふわふわしていて、上質なシルクのようだ。
 油断しっぱなしの彼女に、アウルが苦笑しながら告げる。
「そんなふうにしていて、また逃げられても知らないぞ?」
「あら、大丈夫よ。おじい様が言っていたのよ、膝の上にいるカーバンクルは猫と同じだって!」
 しかし瑛梨はそんな声などどこ吹く風。気持ちよさそうに微睡むカーバンクルの背中に手を置きながら、自信満々にそう言った。
 そんな彼女と、カーバンクルを眺めながら、アヴェラもにこやかに笑う。その瞳はカーバンクルに、というよりは、瑛梨の手に注がれているような気もするけれど。
「まぁ、確かにカーバンクルは可愛いわね」
「お、なんだアヴェラ、てめぇ澄ました風な表情しといて、可愛いものには目がないってクチか」
 と、そこに桜侍がちゃちゃを入れてきた。彼の言葉に、蕩けた表情をしていたアヴェラが即座に顔を引き締める。
「ちっ、違うわよ! 私が好きなのは指だけよ!」
 が、発する言葉は自身の好みがダダ漏れ。心の箍は緩んだままの様子。
「じゃあ、カーバンクルの指も好きなのかしらー?」
「それは……っ、んん……」
 瑛梨がにんまりと笑いながら声をかけると、アヴェラはそっと視線をそらした。その視線の先にはアウルの、技術者らしい整った指があって。
 そんな目を向けられているとは露知らず、アウルが肩をすくめて言う。
「まぁ、いいや。とりあえず一通り撫でたら先生に返そうぜ。今度は逃げられないようにさ」
「ああ、そうだな」
 その言葉に桜侍も頷いて。四人はもうしばらく、カーバンクルとのふれあいの時間を楽しむのだった。
 学年も寮も性別も年齢も、てんでバラバラ。それでも、仲良くなるのには何の問題もない。瑛梨の祖父の言葉が本当に話されたものかは置いておくとして、その言葉に偽りはなかったようだ。

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