白業にあらず
清和アヤカシ闘乱帖 イベントノベル(テーマ)マザリモノ制作 杜ノ門納品 2026年06月27日 13時11分09秒
護衛任務、それも道具の運搬係を。違和感は、それが何処へ向かう使いで、何を運ぶかを知れば納得もいく。——夜彲王家との契約により結界に囚われている妖神。その結界を維持する為の祭具を守る事が、此度夜彲王 射干に与えられた仕事だった。
木箱に収まる祭具を運ぶのは結社の若い僧だ。祭具に封の呪を施しているので、彼自身は無防備になる。射干が守るべきは彼であり、彼が鎮めている祭具なのだった。その妖神——射干の母を戒める為の道具を。
「兄……いや、弟か?」
山道を歩いていると、前方から声が掛かる。——これを奪いに来るとしたら、きっとそうだと思っていた。母の血の匂い。母の胎から産み落とされた、当主の座を奪い合うはらから。
「それを此方へ渡せ、兄弟。そんなものを納めれば、母上はまた永く囚われ続ける」
まだ母を檻に繋ぐのか。解放するべきだ。それを母も望んでいよう。
重ねられる言葉は、僅かに射干の眉根を歪ませる。母の苦しみを断つ。それが射干の生きる理由だ。深い諦念の中にあっても、母を残して死ぬ訳にはいかぬと思い続けてきた。
兄弟に祭具を託すべきか。しかしぐらりと揺れた射干の心は、続いた兄弟の言葉で迷いを消した。
「楽にしてやろう。母上さえいなくなれば、夜彲王は滅び、新たな悲劇は生まれずに済む」
男は母の死を望んでいた。死を解放と謳っているのだ。一方的な殺戮は救済ではない。そんな事は、山と積まれた屍の上に立つ射干が誰よりもよく理解している。射干が殺した兄弟達が、呪われた運命から解放されたなどと、楽観的に考えてはいない。それは罪過だ。
「愚かな兄弟。それがわからぬのなら……死ね!」
鼻先に感じた母の匂いに、射干は同じ温もりを宿す刀を抜いた——。
地に伏し血に溺れた兄弟が、口から赤い呪詛を吐き出す。お前は人の心がわからぬ人でなしだ、と。
夜彲王を呪い、母を哀れむ。根本は同じ筈なのに、射干と男はこんなにも相容れない。同じ血を分けた兄弟同士、母を思う気持ちに嘘はないというのに。
「お前に母上は救えまい。最後に残ったのがお前だとして、母上は幸せになどなれるものか」
お前は孤独だ。今際の呪いが射干を刺す。事切れた男の言葉には答えず、射干は祭具守を連れて歩き出す。
「俺達にもいつかは終焉の時が来よう。……だが、その前に」
死ねぬのだ。母を置いては、決して。口の中だけで呟いた言葉は、誰の耳に届く事なく噛み潰された。
木箱に収まる祭具を運ぶのは結社の若い僧だ。祭具に封の呪を施しているので、彼自身は無防備になる。射干が守るべきは彼であり、彼が鎮めている祭具なのだった。その妖神——射干の母を戒める為の道具を。
「兄……いや、弟か?」
山道を歩いていると、前方から声が掛かる。——これを奪いに来るとしたら、きっとそうだと思っていた。母の血の匂い。母の胎から産み落とされた、当主の座を奪い合うはらから。
「それを此方へ渡せ、兄弟。そんなものを納めれば、母上はまた永く囚われ続ける」
まだ母を檻に繋ぐのか。解放するべきだ。それを母も望んでいよう。
重ねられる言葉は、僅かに射干の眉根を歪ませる。母の苦しみを断つ。それが射干の生きる理由だ。深い諦念の中にあっても、母を残して死ぬ訳にはいかぬと思い続けてきた。
兄弟に祭具を託すべきか。しかしぐらりと揺れた射干の心は、続いた兄弟の言葉で迷いを消した。
「楽にしてやろう。母上さえいなくなれば、夜彲王は滅び、新たな悲劇は生まれずに済む」
男は母の死を望んでいた。死を解放と謳っているのだ。一方的な殺戮は救済ではない。そんな事は、山と積まれた屍の上に立つ射干が誰よりもよく理解している。射干が殺した兄弟達が、呪われた運命から解放されたなどと、楽観的に考えてはいない。それは罪過だ。
「愚かな兄弟。それがわからぬのなら……死ね!」
鼻先に感じた母の匂いに、射干は同じ温もりを宿す刀を抜いた——。
地に伏し血に溺れた兄弟が、口から赤い呪詛を吐き出す。お前は人の心がわからぬ人でなしだ、と。
夜彲王を呪い、母を哀れむ。根本は同じ筈なのに、射干と男はこんなにも相容れない。同じ血を分けた兄弟同士、母を思う気持ちに嘘はないというのに。
「お前に母上は救えまい。最後に残ったのがお前だとして、母上は幸せになどなれるものか」
お前は孤独だ。今際の呪いが射干を刺す。事切れた男の言葉には答えず、射干は祭具守を連れて歩き出す。
「俺達にもいつかは終焉の時が来よう。……だが、その前に」
死ねぬのだ。母を置いては、決して。口の中だけで呟いた言葉は、誰の耳に届く事なく噛み潰された。