落ちたのはただひと欠片
清和アヤカシ闘乱帖 イベントノベル(テーマ)マザリモノ制作 九弐ニデル納品 2026年05月03日 08時59分01秒
白昼、その廃寺は静かだった。
普段ここに入ることのない夜彲王 射干は、不思議な確信とともに草の伸びた敷地を歩いていた。足は自然と本堂の裏手、手入れされていない木々が痛々しく緑に装った庭に向く。
一本の桜の枝が頭上にかかるところで、彼はゆっくりと刀を抜いた。
その枝は揺れなかった。ただ、残っていた花がひとつ散っただけだった。
射干の刀が火花を散らす。小さな閃きが二つ、弾かれて揺れる。
枝から飛んだそれが、軽い音を立てて着地する。彼と似た年恰好の男だった。
二人の間には何の言葉もなかった。だが、同じ理解に達していた。彼らは母を同じくする兄弟、掟に依りて一人のみ立つことを許される兄弟だった。違うのは、彼が諦念とともに眺める運命を男が喜んで握りしめていることだ。
故に、行われることは単純明快。
二人が体の髄から指の先まで走らせた鬼気に、遠い柳から鴉が飛んだ。
射干は改めて刀を構え、短い二刀を持ち上げた男の走りくる方へ切っ先を向ける。男は矢の如く向かってくると見せ、直前で身を沈めた。足を浮かせば罠にかかる。射干は刃が振るわれるより前に踏み込み、刀を真向に斬り下ろした。
手ごたえはない。男は驚異的なばねで後ろに退いていた。睨み合いは一瞬。右から左から迫る風が射干の白銀の髪を揺らす。射干は刀が相手を識るまで黙って待っていた。
一閃。
初めて息の音をさせた男の手から、刀がひとつ落ちる。左の指が一本、白々と陽光を受け飛んで行った。それが池に水の輪を広げたときには、男の首も同じ運命を辿っている。
射干は足元に転がったそれを取り上げ、体と共に本堂の床下に置いた。その奥に潜んでいた浮浪少年と目が合ったが、瞬きもせずに踵を返した。
先生はランプの明かりに、浮浪少年が“先生に土産”と持ってきた骨を翳した。少年の言では、男と斬り合った“月鬼”が去り、じきに死体は白い炎に巻かれて消えた。だが斬り飛ばされた指だけは残っていた……という由縁はどこまで真実であるか怪しかった。
見たところ骨は確かに人間の手指だ。途中で鋭く断たれた中節骨と、靭帯で繋がる末節骨。
――腐るにしては不自然な残り方だ。最初から骨だった?
男は月鬼の兄弟だろう。ならば、最後まで立っているためにいくらかの小細工をした者もいよう。結局は一刀の重みを凌駕できなかったということだが。
――ならば私の喚び掛けに応えないのも当然か。
普段ここに入ることのない夜彲王 射干は、不思議な確信とともに草の伸びた敷地を歩いていた。足は自然と本堂の裏手、手入れされていない木々が痛々しく緑に装った庭に向く。
一本の桜の枝が頭上にかかるところで、彼はゆっくりと刀を抜いた。
その枝は揺れなかった。ただ、残っていた花がひとつ散っただけだった。
射干の刀が火花を散らす。小さな閃きが二つ、弾かれて揺れる。
枝から飛んだそれが、軽い音を立てて着地する。彼と似た年恰好の男だった。
二人の間には何の言葉もなかった。だが、同じ理解に達していた。彼らは母を同じくする兄弟、掟に依りて一人のみ立つことを許される兄弟だった。違うのは、彼が諦念とともに眺める運命を男が喜んで握りしめていることだ。
故に、行われることは単純明快。
二人が体の髄から指の先まで走らせた鬼気に、遠い柳から鴉が飛んだ。
射干は改めて刀を構え、短い二刀を持ち上げた男の走りくる方へ切っ先を向ける。男は矢の如く向かってくると見せ、直前で身を沈めた。足を浮かせば罠にかかる。射干は刃が振るわれるより前に踏み込み、刀を真向に斬り下ろした。
手ごたえはない。男は驚異的なばねで後ろに退いていた。睨み合いは一瞬。右から左から迫る風が射干の白銀の髪を揺らす。射干は刀が相手を識るまで黙って待っていた。
一閃。
初めて息の音をさせた男の手から、刀がひとつ落ちる。左の指が一本、白々と陽光を受け飛んで行った。それが池に水の輪を広げたときには、男の首も同じ運命を辿っている。
射干は足元に転がったそれを取り上げ、体と共に本堂の床下に置いた。その奥に潜んでいた浮浪少年と目が合ったが、瞬きもせずに踵を返した。
先生はランプの明かりに、浮浪少年が“先生に土産”と持ってきた骨を翳した。少年の言では、男と斬り合った“月鬼”が去り、じきに死体は白い炎に巻かれて消えた。だが斬り飛ばされた指だけは残っていた……という由縁はどこまで真実であるか怪しかった。
見たところ骨は確かに人間の手指だ。途中で鋭く断たれた中節骨と、靭帯で繋がる末節骨。
――腐るにしては不自然な残り方だ。最初から骨だった?
男は月鬼の兄弟だろう。ならば、最後まで立っているためにいくらかの小細工をした者もいよう。結局は一刀の重みを凌駕できなかったということだが。
――ならば私の喚び掛けに応えないのも当然か。