王国の奇貨

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年04月02日 20時56分40秒

 七色の花弁が大地を彩り、春の薫りが庭を埋め尽くす。
 あの方はそんな季節が好きだった。こうやって庭にご自身で花を植えられ、少しずつ育っていくのを見るのがとてもお好きだった。

「今年も綺麗に咲きそうだね」
「おや、これはエルゼリオお坊ちゃま。いつお帰りに?」
「ついさっきね」
「今日はどなたかに呼ばれたんで?」
「ううん、久しぶりにこの庭が見たくなってね。依頼で近くまで来たから寄っちゃった」
 馴染みの庭師に笑顔を向けるエルゼリオ・レイノーラ。
「そうでしたか。でも、少し早かったですね。もう少しすればあの花も咲き誇りますのに」
 と、庭師が指したのは池に浮かぶ水草を指さした。
「そっか、もうそんな季節だもんね」
 それはレイノーラ家にとってとても大切な花。亡き母の愛した水芭蕉だった。
「今年も綺麗に咲きそう?」
「それはもちろんですよ。あの奥様に鍛えられた我々庭師が精魂込めて育てたのですからね」
「はは、それは頼もしいね」
 力こぶを作る庭師を見つめ朗らかに笑うエルゼリオ。
 本当によく笑うようになった。庭師はエルゼリオの表情を見ながらそう思った。
「うん? ボクの顔に何かついてる?」
「いえ、ご立派になられたなと。それに奥様に似てこられたなと」
「えっ!? ほんとに……?」
「ええ、本当に。目元とかよく似てきましたよ」
「うわ、それは嬉しいかも」
 エルゼリオは庭師の言葉に本当に喜んでいる。
「はは、年頃の男子は母親に似てると言われると嫌な顔をするものですが、流石はエルゼリオお坊ちゃまですな」
 そんなエルゼリオの姿に、庭師もつられて笑顔になった。
 幼少の頃から綺麗な物には目がない事は知っている。好んで女性ものの衣装を着ていたくらいだ。だから、あえて母親似である部分を伝える。それがこの小さな主人がもっとぼ喜ぶ事だとわかっているから。
「だって、いくら顔がよくっても、あのずぼらで傲岸不遜で唯我独尊な人と似てるとか言われるの嫌だし」
「ははは、随分な言われようだ」
 うんざりと肩を落とすエルゼリオに、庭師はかっかと笑った。残念ながら父上に似ている部分も沢山ありますよ、という心の声は表に出さずに。
「……って言うか、母上はあの人をどうやって御してたんだろう」
「ある意味、傑物でしたからね奥様は」
 何処か物憂げにそう語るエルゼリオに、庭師も深く頷いた。
「さてと。それじゃ、ボクはこのお花達の主にご挨拶に行ってくるよ」
「ああ、それはいい考えだ。ごゆっくりと親子の時間を過ごしてください」
「うん、そうさせてもらうね。色々お話してくれてありがとう!」
「いえいえ。あ、そうだ、エルゼリオお坊ちゃま。これを――」
 礼を言って、庭の奥へ駆けていこうとしたエルゼリオを庭師が止めた。
「まだ開ききってはいないですが」
 そう言って、花壇に咲いた花に鋏を入れた庭師が、一輪の花をエルゼリオに差し出した。
「これはアネモネだね。母上の好きだった花だ」
「ええ、どうか供えてあげてください。この花も奥様の近くで咲けるのは、誇らしい事でしょう」
「お花にもそう思ってもらえるのなら、母上もきっと喜ぶよ」
 小さな花弁を見つめながら呟いたエルゼリオに、庭師は今は亡きエルゼリオの母親の姿を重ねる。
「……本当によく似てこられて」
「うん? 何か言った?」
「いえ、なにも。ほら、切り花はあまり長くはもちませんよ。早く墓石の花瓶へ」
「あ、そうだね。行ってくるよ、ありがとう!」
 そう言って元気よく手を振るエルゼリオに、小さく手を振り返した庭師は、再び花壇に向かった。

「お坊ちゃんも大きくなられて」
 草花の間から見える小さな背中を眺めながら庭師は呟く。
 一時は勘当同然の扱いで家を出たレイノーラ家の次男。特に父親のハスラム卿と馬が合わず、思春期の時期は事あるごとにぶつかっていた。
 それが今はどうだ。この家へも頻繁に戻ってくるようになり、父兄姉とも仲良くやっていると聞く。執事長やメイド長がご家族の事をそれはもう嬉しそうに語る姿は、見ていて気持ちがいい。何より、沈んでいた家内の雰囲気がここ数か月で見違えるように明るくなったのは、エルゼリオお坊ちゃんの心の変わりようが色濃く反映されているのだろう。
「そう言う所は奥様にそっくりですな」
 間引きの為に小さな蕾を落としつつ、庭師は在りし日の家族を偲ぶ。
 庭に咲き誇る水芭蕉の主は、常に微笑みと慈しみを絶やさなかったレイノーラ家の太陽のような人だった。
 そんな太陽の元、レイノーラ家は家人共々、穏やかな日々を過ごし、笑顔の溢れる場所を作っていた。――あの日、太陽が地平線に顔を隠してしまうまでは。
「それもようやく終わりが来るのですかね」
 曲がった腰に気合を入れつつ立ち上がると、庭師はぐっと伸びをする。

 沈んだ太陽は、必ずまた昇る。永い夜は実に12年も続いたが、それもようやく終わりが見えてきた。
 庭師はなんとなく日の登る東の空を見つめると小さく呟いた。

「ようやく新しい旭日が顔を出しましたよ、奥様」

●
 磨き上げられた大理石の床を二つの足音が先行する。
 一つは磨き上げられた真っ白なブーツ。
 もう一つは無骨な革製のブーツ。
 歩幅も違う二つの足音は、競う様に先へ先へと歩を進めていた。

「犬猿の仲とは聞いていたけど……」

 噂通りの雰囲気を醸し出す、先を行く男女。一人は騎士卿ハスラム・レイノーラ。豪胆、傲岸不遜が服を着て歩いていると言わる王国の問題児。そして、もう一人は近衛隊長グリューネ・フォン・プラシドール。清廉潔白、品行方正。まるでお伽噺にでも出てきそうな高潔な騎士像を体現する淑女が彼女だった。
 そんな対照的な二人であるのだから、衝突するのは当然。特にこの王宮で顔を合わせた時にはいつも決まって言い争っているらしい。

 国王陛下付きのメイドとして配属になり、最初の大仕事がこの二人を謁見の間へとお連れする事。ただ付き添うだけの簡単なお仕事だと言われているのだけど、先輩のメイドには決して言葉を発せず、空気になりなさいと、再三言われた。

「なるほど、こういう事なのね……」

 先輩の話を聞いた時には、どういう事かわからなかったけど、なるほど、これを見れば先輩の言に妙に納得してしまう。それ程に、この二人の間に流れる空気感は独特だった。
 年齢差があるとはいえ、一介の騎士卿が、騎士の最高峰であるともされる近衛隊長と、敬称も敬語もなく話す姿は、見ていてとても不思議だった。恐れずに言うなら、どちらが近衛隊長なのかわからない。
 なのに、妙にしっくり来てしまうのは、いったいなんだろう……本当に独特な空気感だと思う。

「確かに、これは下手に割って入るべきじゃないわ……」

 これでも陛下付きに抜擢される程には優秀なメイドだと自負している。だから、目の前の二人とは住む世界が違い過ぎるというのがよくわかる。
 またまた先輩メイドの言を借りるなら、まさに『空気になれ』。二人の世界に水を差す存在であってはならないと強く感じた。

 前を行く二人は肩をぶつけそうになりながらも、絶妙な距離を保ちつつ、歩みを進めていく。私も遅れまいと必死でついていくが、あまりの速度にほとんど駆け足状態だ。
 王宮の廊下を歩き、階段を上がる。再び廊下を行き、何度目かの角を曲がった。
 その速度についていくのがやっとで、息も上がってきた時、ふと近衛隊長が足を止める。
 今までの早足が嘘のように、慣性力0で停止した近衛隊長は、くるりと90度横を向き、壁際に設置された胸像へ向かい最敬礼を取った。
 そして、近衛隊長に合わせる様に騎士卿も足を止める。同じく、胸像へ敬礼するのかと思ったら、頭を下げるどころか逆に見下す様に胸を反らした。
 それはあまりにも不敬で、胸像――先代国王陛下へのこの態度が、それこそ近衛隊にでも見られれば、王族侮辱罪で、死罪――とまではいかないまでも、投獄の憂き目にあう事は想像に難くない。どこかに『目』がないかときょろきょろしていると――。

「……あ、隣に隊長が居るんだったわ」

 近衛隊どころか、その隊長が横にいて、騎士卿の態度に険しい表情を向けている。流石にこれは一悶着あるかと身構えていたのだが、近衛隊長は睨み付けただけで何も言わず再び歩き出してしまった。

「あれ……」

 歩き出した近衛隊長の後を追う様に、騎士卿も歩き出すので、私も後を追う。
 さっきまであんなに言い合っていたのに、この重罪に対しては何も言わないなんて、いったいどういう事だろう。
 まさか、近衛隊長も先代国王を快く思っていない……? なんて、どちらが不敬なんだと思わなくもない考えが浮かんだのを、頭を振って追い出した。
 もちろんそんな訳はない。胸像へ向かう近衛隊長の表情は、心酔している者が見せる顔だったんだから。

 そんな事を考えながら、再び二人についていくと、ついに目的地の大きな扉の前へと到着した。

 両脇に控える甲冑姿の近衛隊がドアを押し開け、二人を部屋の中へと通す。私も遅れまいと駆け足で入室した。

 この王宮でも最も豪奢で荘厳な場所の一つ。そう、そこは王の謁見の間だった。
 広い部屋を奥へと導くように敷かれた真っ赤な絨毯の上を、二人は威厳に満ちた態度でゆっくりと歩いていく。
 毛足の長い高級な赤絨毯は、二人の足音を完全に消し、部屋には静寂だけが広がっていた。

 私といえば、入り口を入ってすぐ脇によけ、先輩のメイド達と肩を並べる。
 上座におわす陛下のお姿を直視しないよう、少し頭を下げつつ誰かが静寂を破るのを待った。

 最初に声を上げたのは近衛隊長だった。凛とした声で高らかに陛下のお名前と前口上を述べると、絨毯へ傅いた雰囲気を感じた。
 そして、騎士卿はというと――。

「た、ため口――うぐっ」

 思わず声に出てしまい、急いで自分の口を塞ぐ。
 先輩メイドの怒りのオーラを横に感じながら、そっと視線だけを上げた。
 すると、あの騎士卿があろう事か、陛下とまるで近所の露店で買い物でもするように気さくで話しかけている。
 事前に聞いていたとはいえ、実際に見るとまさに信じられない光景だった。陛下にため口をきく人間など、この王国広しと言えど先代国王陛下位ではないだろうか。いや、先代国王陛下は既に崩御されているので、実質誰もいないはず……なのだが。

「ほんとだったんだ……うぐっ」

 思わず漏れた出てしまった言葉に、隣の怒りオーラが膨れるのを感じ、慌てて口元を押さえる。
 事前に聞いた話では、騎士卿と陛下の関係は青年期にまで遡るらしい。そこで運命的な出会いを果たして以来、この関係が続いているとか。だが、いくら王太子時代からの友人だとはいえ、ロスガリアに覇を唱えるリーンエス王国の主に対する態度があれでは、陛下の威厳が保てない。それに、他の者への示しもつかないのではないだろうか。
 個々人の会合で口調を崩すのならまだわかる。いや、それでも十分に不敬なんだけど……。
 しかし、これは公務での謁見だ。
 当然、陛下はそれをわかってやっているのだろう。私なんかでは到底考えが及ばない様な、深慮遠謀があって……。と、そう思わずにはいられなかった。

 謁見は進み、騎士卿、近衛隊長共にそれぞれの進捗を報告し終わる。
 それに対し、陛下が労いの言葉をかけるのだが、これも近衛隊長と騎士卿では随分と違った返答を見せた。
 近衛隊長には威厳と高貴に満ちた言葉を、一方、騎士卿には飾りっ気のない親愛に溢れた言葉を。

 本当に、あの騎士卿、いったい何者なんだろうか。

 謎は深まるばかりである。
 先輩のメイドからは、深入りすると大火傷を負うからやめておきなと、きつく言われているが、興味が出てしまったのだから仕方がない。
 陛下付きのメイドという立場であるから、そうそう接点はないだろうけど、これからも出会う事があれば観察を続けたいと思う程には、騎士卿の人となりが気になった。

 先輩メイドには申し訳ないけど、迷惑をかける訳じゃないから、いいわよね。

 と、自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、謁見を終え再びいがみ合いながら退室していく二人を目で追う。

 待遇は最高だけど形式ばった堅苦しい職場で見つけた、『楽しみ』は大切にしないとね。

 再び心の中でぺろりと舌を出しながら、メイドは二人の後を追っていった。


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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0