RAYNOLA!!2 【蠢く指先】

キャラクターノベル制作 真柄 葉納品 2021年03月25日 22時03分54秒

 昼の長さが日増しに増え、差し込む光も随分と暖かい。
 窓の外から聞こえる街の賑わいが、活気あふれる春の訪れを告げていた。
「オリエ、気付いてるか」
「うん。――たぶん3人」
 街で一番人気のカフェのケーキに口を付けつつ、オリガロッド・レイノーラが答える。
「3か。さて、どうしたもんか」
 オリガロッドの正面に座り、珈琲のカップを傾けるハスラム・レイノーラは、瞳を閉じて呟いた。
「どこの手の者かわかっているの?」
「十中八九、侯爵だろうな」
「あー、結構派手にやっちゃったもんね」
 小声で言いつつ、オリガロッドはケーキのお代りを注文する。
「結局尻尾きりされたがな。――オリエ、捕まえれるか?」
「うん。でも、一人が精一杯かな。散らばってるから後は逃げられると思う」
「ふむ」
 と、カップを置いたハスラムが立ち上がった。
「あれ、どこかに行くの?」
「ちょっと、な。お前は大人しくケーキ食ってろ」
「はーい」
 ニコニコと嬉しそうに返事をしてくるオリガロッドを置いて、ハスラムは店内を歩く。
「マスター」
 向かった先はカウンター。中でグラスを吹いていたマスターに向け、ハスラムはカウンターにすっと手を滑らせた。
「きついのを一杯」
 そう言うと、カウンターの席に腰かける。マスターは無言で頷くとハスラムが差し出したものを回収し、磨いていたグラスに酒を注いだ。
「ありがとよ」
 ハスラムはカウンターを滑ってくるグラスを受け取ると、度のきつい酒を一気に煽る。
「いい酒だ」
 そして、それだけ言い残すとハスラムはカウンターを後にし、席に戻った。

「まぁたうちの部下勝手に使ってぇ」
 ぷぅと頬を膨らませながらハスラムを出迎えたオリガロッド。
「手前ェの部下は俺の部下だろうが」
「違いますぅ。あれは私個人が囲ってる人ですぅ」
 席についたハスラムにオリガロッドは口を尖らせながら訴えた。
「……ったく。で、何が欲しい?」
 そんな娘の仕草だけで何を求めているのか読み取ったハスラムが問いかけると。
「流石パパ、話が早いっ! えっとね、オリエね。この後ね――」
 オリガロッドは嬉々として自分の要求(欲望)を伝えた。

●

――コンコンっ。

 戸を叩く音にシグルド・レイノーラはガタっと腰を浮かせる。

「……入れ」

 ドアの隙間に視線を集中させ、声をかけた。
「失礼します。シグルド参謀、報告書が――どうかなさいましたか?」
 入ってきた兵士が腰を浮かせこちらをまじまじと見る上官の姿に、思わず問いかける。
「い、いや、何でもない。貰おう」
「は、はぁ」
 何処か残念そうに着席したシグルドを不思議に思いつつ、兵士は入室し報告書を手渡した。
「そういえば、そろそろ秘書官殿が帰ってくるんでしたか」
「っ! そ、そうだったか」
 兵士の言葉にシグルドは平静を装いながら答える。
 ミライアを妹の所へ遣ってから既に2週間。そろそろ帰ってきてもおかしくない。
「そうですよ。はぁ……やっとこの激務から解放されますね。ミライア殿が居ない間は地獄でした……ハスラム様も何もミライア殿が居ないこのタイミングでこんなに仕事を寄こしてこなくてもいいと思うんですが」
 はぁと深いため息をついた兵士は、言うだけ言って退出していった。

「……はぁ」
 ふたたび一人になった部屋でシグルドは先程の兵士よりも大きなため息をつく。
「一体何をしているんだ私は……沈着冷静、沈黙寡言の参謀シグルド・レイノーラが聞いて呆れる」
 と、独り言ちたシグルドは、先ほどの兵士が持ってきた報告書に目を落とした。
 報告書の差出人は地方に派遣している部下。羊皮紙で出来た報告書は蝋封で厳重に封印してあった。
「……」
 しばらく報告書を見つめていたシグルドだったが、結局、封を切らずに報告書を机の脇に置くと、再び大きなため息をついた。
「情けない」
 ぽつりと呟いたシグルドは、目を覆うように片手で押さえると椅子にもたれかかる。
 朝からずっとこんな感じだった。一体自分はどうしてしまったのかと、何度も自問した。しかし、答えの代わりに浮かぶのはミライアの顔ばかり。
「こんな事なら、期日を指定するべきだったか」
 瞳を開き壁に掛けられた古時計に視線をやった。
「14時か。夜までには帰ってくるだろうか……」
 秒針の動きがあまりに遅く感じられる。シグルドは秒針の動きに合わせるように、机を指でコツコツと叩きながら、一向に進まない時間を持て余した。

 だが、ミライアがその日帰ってくることはなかった――。

●
「……あのなぁ、見張られるの忘れてんじゃねぇだろうな」
 オリガロッドの要望を聞き、店を出た二人は賑やかな通りを歩く。
「見てる人が多いほど燃えるもん。パパだって知ってるでしょ?」
「そりゃ、戦場でだろうが」
「もうここも立派な戦場だよ」
 肩を竦めるハスラムに、オリガロッドは腕を絡ませ微笑みかける。
「ったく、血生臭くなりやがって。一体誰のせいだ」
 そんなオリガロッドの頭に手を回し、ハスラムは溜息をつく。
「似て来たでしょ?」
 と、オリガロッドは「誰に」とは言わず、にっこりと微笑んだ。
「はっ、生意気になりやがって」
「パパの子ですから~」
「どういう意味だそりゃ」
「ふふ」
 ハスラムに絡ませた腕にぎゅっと力を込めながら、オリガロッドは上機嫌に笑う。
「でも、本当にどうするの? このまま戻るのは流石に嫌だよ?」
 と、オリガロッドがハスラムを見上げて問いかけた。
「そうだな……」
 ハスラムは視線だけを動かし、状況を確認する。歩いている場所は大通り。時間帯もあってか人通りは多い。そんな状況もあり、スキルを使いにくいのだろう相手は目視でこちらを見張ってるようだ。
「ちょっと揺すってみるか」
「え? きゃっ!」
 そう言うとハスラムはオリガロッドの腰に腕を回すと、持ち上げるように抱え込み、建物と建物の間の路地へと身を滑り込ませる。
 二人はゴミと異臭の路地を奥へ奥へと進んでいった。
「オリエ、【捜波】だ」
 建物の角を曲がりながら、ハスラムが言う。
「う、うん」
 オリガロッドはドキドキと高鳴る胸を押さえながら頷き、【捜波】を後方へ放った。
 捉えた人影の数は3。見張っていたと思われる人数と合致する。
「よし」
 オリガロッドが指で『3』を作ったのに頷いたハスラムは、路地を行く速度を上げた。

「ついて着てやがるな」
「うん。結構やるね」
 何度も路地を曲がり距離を離そうと試みるも、3つの人影は食らい付いてくる。
 もちろん、本気を出せば振り払う事は容易だが、目的はそれじゃない。
「オリエ、そろそろ行くぞ」
「うん!」
 そう言うとハスラムはオリガロッドの手を取り、大きく身体ごと振り回す。
 オリガロッドは回転の勢いを借り、大きく頭上へ跳躍した。
「さぁ、追って来な」
 ハスラムはオリガロッドを空中に残し、再び走り出す。そして、次の角を曲がった所で急停止。元居た路地の様子を静かに伺った。
 すると、すぐに3人分の足音が追い付いてくる。何やら話し声のような声も聞こえるが遠いからか聞き取れない。
 足音は近づき、角へと差し掛かった、その時。
「そこまでだ」
 ハスラムが人影の前に立ち塞がった。

『――っっ!!?』

 人影は驚くと共によわからない奇声を上げ急停止。即座に戦闘態勢に入る。
「ふん、この俺様とやろうってのか?」
 一方のハスラムは丸腰であるにもかかわらず、だらりと腕を下げまるでやる気を見せない。

『――っ!!』

 再び奇声を上げた一体がハスラムに向け突撃してくる。
「ほぅ、いい速度だ」
 突き出された拳を紙一重でかわしたハスラムが、すれ違いざまに人影の首筋に手刀を落とす。
「まずは1匹だ。ほら、どうした。次来いよ」
 背後でどさりと倒れ込む音を聞きつつ、ハスラムは残り二体に体を向けた。

「パパ、後ろ!」

――シュッ!

「なにっ」
 頭上からかけられた声に、瞬時に体を捻ったものの、ハスラムの頬には一筋の血が滲んでいた。
「あれを食らって起き上がるのか。タフな野郎だぜ……」
 振り返ったハスラム。常人であれば一撃で昏倒するほどの威力を叩き込んだ人影は既におきあがり、こきこきと首を鳴らす。
「オリエ!」
「うん!」
 ハスラムが頭上に向け声をかけると、【壁歩き】で壁に張り付いていたオリガロッドが残り2つの人影をハスラムと挟むように降り立った。
「さぁて、楽しませてくれよ?」
 態勢は五分と五分。互いに挟撃状態にある中、ハスラムは不敵に微笑んだのだった。

●

「シグルド兄、ただいま!」

 開いたドアからエルゼリオ・レイノーラは、元気いっぱいに飛び込んできた。
「…………なんだエルゼリオか」
「え? あ、うん。ただいま」
 腰を浮かせ悲壮感漂う顔で出迎えたシグルド。思っていた反応との違いにエルゼリオは首を傾げた。
「どうしたの、元気ないけど……」
「いや、何でもない。あちらはどうだった」
「うん、なんと言うかいつも通り? オリエ姉が父上引き受けてくれたから、ミライアさんは無事だよ」
「そうか」
「あれ、喜ばないの?」
「……なぜ私が喜ぶんだ」
「えっ……。いや、まぁいいんだけど」
 明らかに安堵している兄の表情と言動の差にエルゼリオは苦笑する。
「それで、ミライアはいつ戻る。そろそろ戻ってもらわないと……その、なんだ。業務が滞るんだが」
 シグルドは、コホンと咳払いしエルゼリオに問いかけた。
「え? ミライアさん居ないの?」
「うん? まだ戻ってないが……」
「そんなはずないんだけど……ボクより3日も前にオリエ姉の所を出発したんだよ?」
「なに……?」
 エルゼリオの移動手段は馬。対してミライアは乗合馬車での移動だ。移動速度的にはエルゼリオの方が早いにしても、3日もあった差が縮まる程ではない。
「道中、何かトラブルでも見たか?」
「ううん、特には何も。途中の街でも騒動らしい騒動は無かったから、馬車が遅れてるとも考えにくいんだけど……ほんとに帰ってきてないの?」
 エルゼリオは途端に心配になり、道中の事をできるだけ思い出すが、特にこれといったトラブルが思い当たらない。
「いつ帰ってくるように伝えてあるの?」
 表情に出さないようにグッと耐えるシグルドに、エルゼリオは問いかけた。
「……期限は決めていない」
「そっかぁ……どこかで寄り道してるのかなぁ」
 ちらりと兄を見つつ「そういえば、途中の街にお洒落なアクセサリーショップがあったかも……」なんて、不確かな事を言ってみたりする。
「期日を決めず送りだしたんだ。日頃の激務で疲れた体をどこかで休めているのだろう……」
 その言葉とは裏腹に、シグルドの声は重く沈んでいた。
「シグルド兄……ボクでよければ探してこようか……?」

――ガタッ!

「い、いや。お前も冒険者の仕事で忙しいだろう。あれも子供ではないんだ、そのうち帰ってくる……」
 浮かした腰を再び椅子に沈めながら、シグルドは首を振る。
「そうだけど……やっぱり心配だし、ボク見てくるよ」
 そう言うと、エルゼリオは踵を返した。
「ま、待て、エルゼリオ! これは軍の不明だ。冒険者のお前に頼るわけにはいかない。数日して帰ってこないようなら、軍から捜索の人を出す」
「そうだけど、もし何か事件に巻き込まれてるんだったらどうするんだよ! 何日も悠長に待ってたら取り返しのつかない事になるかもしれないじゃないか!」
 呼び止めたシグルドに向け、エルゼリオは再び踵を返すと、どんと机に両手を打ち付け訴えかける。
「そ、そこまであれの事を考えてくれるのはありがたいが……なぜそこまで気に掛ける。お前とはほとんど面識がないだろう」
 やたらと真剣に訴えてくるエルゼリオに、シグルドは眉を顰めるが。
「そんなことないよ! あの堅物だったシグルド兄にとうとう訪れた理解のある人だよ! ボクが『弟』としてしっかりとサポートするのは当然じゃないか!」
「そ、そうか……いや、ちょっと待て。なんださっきの評価は――」
「じゃ、ボク行ってくるから!」
 と、シグルドが気付いた時には既にエルゼリオはドアをくぐった後だった。

●
 裏路地の攻防は、あまりにも呆気なく幕切れしていた。

「選んだ相手が悪すぎんだよ」

 地に伏した三つの人影を見下ろし、ハスラムが吐き捨てる。
「パパと私に挑むにはちょーっと実力不足すぎだよね」
 再びハスラムに腕を絡ませながら、上機嫌にオリガロッドが答えた。
「さぁて、どんな面か拝んでやるか」
 そんなオリガロッドを従えながら、ハスラムは地面に転がる人影のフードを脚で捲る。そして、そこにあった顔に絶句した。
「……オークなのか?」
「そんな、オークがこんな所にいる訳……えっ、うそ、これって……」
 じっとハスラムの顔を見ていたオリガロッドも、その口から出た言葉に視線を落とす。
 昏倒する3体はどれも服を着て人間のような体格をしている。しかし、その顔は紛れもなく豚人と言われるオークの特徴を色濃く残していた。
「何だこりゃ、オークと人のハーフか……?」
「そんな。人種と亜人種の交配は禁忌だし、もし仮に妊娠しても死産になるって……」
「よく勉強してるじゃねぇか」
「もぉ! 今は茶化してる場合じゃないでしょ!」
 オリガロッドはハスラムの腕を離すとしゃがみ込む。
「さっきの奇声は亜人言語……だから何言ってるかわからなかったんだ」
 オリガロッドは昏倒して意識のないハーフオーク(仮)達を入念に調べる。体は人のそれに近いが、やはり筋肉の付き方や骨格が若干歪だ。
「パパ、こいつらどうするの? 見ただけでヤバいってわかるけど、出すとこに出す?」
「……」
「パパ?」
 問いかけても返事がないハスラムに、オリガロッドは首を捻った。
「これは罠か?」
 返ってきたと思った返事はオリガロッドへの答えではなかった。
 ハスラムはじっとハーフオーク(仮)を睨み付けながら呟く。
「どういう事……?」
「こいつらをけしかけてきた人間がどこかにいる」
「うん、それはそうだと思うけど……」
「そいつはわざとこの禁忌を露見するよう仕向けた」
「えっ!?」
「……とは考えられないか?」
 と、ここでようやくハスラムはオリガロッドに問いかけた。
「ごめん、パパ。私にはさっぱりわからない。どういう事か説明してもらえる?」
 ハスラムの頭の中で組み立てられた推理を理解できず、オリガロッドは逆に訊き返す。
「簡単な事だ。こいつらを作ったのはレイノーラだって濡れ衣を着せるつもりの奴がいる」
「えっっ!!」
 ハスラムの口から飛び出した言葉に、オリガロッドは驚愕に目を剥いた。
「あくまで仮定だがな。でなけりゃ、負けるとわかっててわざわざこんなヤバい奴等ぶつけてこねぇよ」
「そ、そうなんだ……」
「こりゃ、出すとこに出した時点でアウトだな」
 天性の勘がそう告げるのか、ハスラムは予測を確信と捉え呟いた。
「それじゃ、どうするの……? このまま放置する?」
「いや、監禁する」
「捕まえとくって事ね。それなら、うちの地下が開いてる」
「いや、駄目だ。それだと難癖付けられる。他にないか?」
「うーん……。あっ! 郊外の遺跡とかどうかな。この間調査が終わって、中は無人なんだ」
「よし、そこだ。オリエ、【探波】しろ」
「うん」
 言われてオリガロッドは辺りに【探波】の網を張る。
「……何もいない」
「よし、すぐに部下を呼べ」
「わかった。えっとここからなら……あそこかな」
 オリガロッドは頭の中で街の地図を思い浮かべ、連絡所として置いてある露店の位置を思い出す。
「ちょっと通りに出てくるね」
「急げよ」
 ハスラムの言葉に頷いたオリガロッドは、スキルも使い通りへと急いだ。

●
 オリガロッドに命を受けたという男達数人がすぐに路地にやってきて、手際よくハーフオーク(仮)をズタ袋に放り込み持ち去っていった。

「あ、終わった?」
「おう、なかなかいい手際してるじゃねぇか」
「えへへ、日頃から鍛えてるもん」
 部下を褒められたことに、戻ってきたオリガロットは胸を張る。
「それで監禁するのはいいんだけど、この後どうするの?」
「こういう厄介事は他人に押し付けるに限る」
「え?」
 にやにやと不遜な笑みを浮かべるハスラムに、オリガロッドは首を傾げた。
「さっき、マスターに持たせただろ」
「え……? あっ! もしかして、カフェのマスター?」
「そうだ」
「あの時に渡してたのって……」
「ああ、あの女へ向けた手紙だ」
「あの女……えっ、もしかして近衛隊長!?」
「そうだ」
 オリガロッドの驚愕がよほど楽しいのか、ハスラムは悪童の笑みを浮かべる。
「でも、あの時はまだこの事わかってなかったでしょ……手紙になんて書いたの?」
「あぁ? やばい事が起きそうだから人寄こせって書いただけだ」
「そんなので人寄こしてくれるの……?」
「深読みして勝手に苦労背負い込む貧乏性だからな。まぁ、送ってくるだろう」
「あはは……流石パパ。あの堅物女の性格をよくわかってる」
「はっはっはっ! 褒めても何も出ないぞ?」
 娘の苦笑を賞賛と受け取ったのか、ハスラムは満足げに高笑いを上げた。
「さぁ、オリエ、また楽しくなるぞ。一先ず軍の仕事は誰かに投げてこい」
「うんっ! またパパと一緒に仕事できるんだね」
 それが嬉しくて、オリガロッドは再び腕をハスラムのそれに絡ませる。

「今後は本体を頂くぜ、侯爵様よぉ」

 ハスラムの宣言は娘の耳にだけ届くと、路地の静けさに消えた――。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0