銀の修羅

清和アヤカシ闘乱帖 イベントノベル(テーマ)マザリモノ制作 桐崎ふみお納品 2026年04月06日 22時18分51秒

 月光に街の輪郭が浮かぶ。
 夜彲王 射干(ナハティガル=ラー)は尖塔から、眠るように静かな街を見下ろした。
 野犬の鳴く声。
 暗雲がゆるりと月を隠し、世界が黒へと塗り替わる。
 生ぬるい春の風に運ばれてくる血の臭い。
 闇は血の色を隠しても、臭いばかりは消せないらしい。

 いや、寧ろ自身に沁みついた臭いか、と射干は皮肉気に口元を歪めた。

 兄弟姉妹――同じ母を持ちながら、最後の一人になるまで殺し合うのが夜彲王家に生まれた者の宿命(さだめ)であれば、何を今更、と。
 己が立つのは幾多の屍の上。

「     」

 紡いだ言葉は風にかき消される。
 ……ハッ。悪態一つ吐く自由もないのか、と乾いた笑いが夜気に溶けた。
 何度、反逆を考えたか知れない。
 死んでしまえば、終わるのかもしれない。

 だがその度に脳裏に浮かぶのは――

 射干の手が無意識に腰に佩く刀へと触れる。

 妖神・訶利帝母――夜彲王家の本邸、その結界の奥で、数百年に渡って“胎”として利用され続ける哀れな『母』。
 夜彲王家との契約に縛られる彼女を残して死ぬ事はできなかった。

「いつの日か必ず……」

 その先を、声にすることはなかった。
 誓いは口にすれば軽くなる。さきほどの言葉が風に攫われてしまったかのように。
 代わりに母の角より鍛えられし刃をただ握りしめた。

 ――その時、闇に足音が響く。一つ、二つ……十。
 鬼神(母)の血を引き、人並外れた鋭さを持つ射干の五感はその者たちの構成を正確に把握した。

「今宵の敵は井上機関の狗共か……。狗だけによく群れる」

 彼らは自身が狩れるとは思ってもいないのだろう。愉し気に狩を楽しんでいる。
 獲物はまだ弱い妖神。おそらく武器の動力源として魔導科学庁へ送られるのだろうが、理由は考えても意味がない。
 そこに理由はなく、命じられるままに動く、夜彲王に許されているのはそれだけだ。
 それは数百年前に交わされた夜彲王家と結社との盟約。夜彲王家の保護と引き換えに請け負うのは、要人護衛や汚れ仕事。

「……井上の狗共を笑えないな」

 言い終えるより早く、射干の姿は尖塔から掻き消えた。
 次の瞬間、銀の軌跡が闇に閃く。

 鮮血が咲いた。間を置かず、さらに一閃。
 漸く自分たちの立場に気付いた狗たちが武器を構えはするが、遅い。
 次々と血飛沫が上がる。

 雲の切れ間から射した月光が照らしたのは、射干ではなく一体の銀の修羅。

 母を解放する、その時まで銀の修羅はその身を血で染め続けるのだ。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0