【清明】かの迷い家は花を愛でる

清和アヤカシ闘乱帖 イベントノベル(テーマ)魔導科学庁制作 鍵島納品 2026年05月01日 00時52分47秒

 人気のない森の奥を、 シュネー (マリィ・スノードロップ)は走っていた。
 忙しない足取りに揃えるよう、後ろ髪に垂らす長い三つ編みが無造作に跳ねる。
 自慢の本は片腕にしっかりと抱えているが、もう一方に持つ資料の紙切れは、いくつか落としていた。
「ぅわああもお! 現場は論外! ボクは研究員に過ぎないんだからね……!」
 紙切れの一つが、シュネーを追いかける妖神によって裁断される。
 何やら鋭い刃を携えている妖神だ。後ろを振り向いて異形の姿を拝んでやりたい所だが、紙切れと同じ運命を辿るのは御免被る。
 早く追跡を撒いてしまいたい。なれども……森に人の道は無く、ただがむしゃらに獣道を突き進むのが精一杯だ。
 万事休すか……!
 常に自信満々として笑みを絶やさぬシュネーの顔に、焦りからくる一筋の汗が流れ落ちる。
「……!! 家ぇ!? こんなトコで……」
 息が荒くなる最中、前方にぽつんと明かりを灯す古びた家屋が目に映る。
 家に人がいたら巻き込んでしまいかねない、だがこれ以上の打開策もない。シュネーは眉宇を寄せつつ、家屋へと靴先を向ける。
 依然として後ろからは妖神が迫っていた。姿も判然としない、ただ鋭い刃で無差別に周囲を斬り付けて動く妖神。
「お、じゃましま、……!」
 家屋の敷地へ一歩踏み入った先で、シュネーは瞳を瞬かせて驚きを顕わにする。
 誰もいない家屋の戸が独りでに引かれたのだ。まるでシュネーが飛び込むのを待っていたかのように。すぐさま、戸は軽快な音を立てて閉まる。
 式台に転げるシュネーが目にしたのは、引き戸のすり硝子越しに自分を見失った妖神の影。
 ほんの数秒、数十秒か……とても長く感じられた時間の後、妖神の影は家屋から遠く離れていった。
「……たすかった……ぁ?」
 土間に足を投げ出し、式台に片手を突いて上半身を起き上がらせるシュネー。
 ふと鼻先を掠める花の香りに眉を顰める。
 見渡せば目につくのは、花瓶に生けられたスイセンの花。式台の片隅に置かれている。
 ……飛び込んだ時、こんなものは無かったはずだが。
 履き込んでいる靴を放り、家屋の中を物色すると……小ぢんまりとした居間には、春を象徴とする花がいくつも花瓶に生けられている。
 どれもこれも新鮮な花姿をしていて……視界を外れた途端に、花瓶がひとつ、またひとつと増えているような。
「……嘘だろぉ……?」
 居間の囲炉裏の横に佇むひと際大きな花瓶には、見合わぬ刃(件の妖神の一部)が飾られていた。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0