星の導きの元

キャラクターノベル制作 紀藤トキ納品 2021年03月20日 21時10分42秒

 星が落ちていると思った。よく見れば、綺麗な服を着た若いヒト(ヒューマン)の女だと分かったけれど。鉱石飾りなど目にする機会が無かったから目を奪われたのだろうか。

「……死んでるのか?」
「いえ、胸が動いています。ほら」
「いやらしい奴だな」

 村の境を守るのが、冬葉(ルドレラ)氏族より与えられた自分とリアンの役目だった。自分よりも彼女の方が弓の腕は良い。警戒は任せて近づいてみた。

「もし、意識はありますか。聞こえますか」

 声を掛ければ、うっすらと目を開く。樹の幹のような落ち着いた色をしていた。

「……お嬢、様?」
「え?」

 背後から、プッと吹き出す声が聞こえた。自分が女性に見えたのだろうか。むしろ誰かと見間違えたようだ。どういう事かと問い返そうとしたのだが、女性は本格的に意識を失っていた。

「どうしましょう……? リアン」
「どうって。お前が先達だろう」

 リアンは呆れたようにそういう。パッと見れば彼女の方が年かさに見えるだろうし口調も偉そうなのだが、実際は自分の方が年上だ。なので、この場の決定権は自分に合った。冬葉(ルドレラ)は年功序列なのだ。

「連れて帰りましょう」
「ま、そうだよな」

 乱暴な口調のわりに優しいリアンが、ホッとしたように言った。冬葉(ルドレラ)はフィルエスでは一般的な価値観を持っている。狭い自分たちの社会に閉じこもり、森の恵みと共に生きる。それが第一だと考えているから、外の世界のヒト(ヒューマン)やそれ以外の種族とは距離を置いていた。距離を置いているとはいえ、行き倒れを見殺しにできない程度の人の良さはある。

「衰弱してる感じでしょうか。怪我もしているようですね」
「女の脚をじろじろ見るなよ。あたしがやる」

 足に怪我をしていたから、放っていたら野生動物が血の匂いを嗅ぎつけていたかもしれない。女をとりあえず保護して帰ると、冬葉(ルドレラ)の長からはお前たちが当面の面倒を見るようにと指示があった。それが、彼女との――外の世界との、出会いだった。まあ、元気になったら森の外まで送っていけばよい。最初はそう思っていたのだが。

●
「あの女、帰らないって? ここに住み着くつもりか」
「そのようですね……」

 数日が過ぎた頃。二人のエルフは困惑していた。着ている衣服からして、育ちが良いヒト(ヒューマン)だと思ったのだ。まさか、森で住む気になるとは思わなかった。今日も、食べるものを届けに来たついでに話を聞く。

「いらっしゃい、というのもおかしいわね。とりあえず、お座りくださいな」
「あ。ああ……」
「それでは、失礼します」

 まるで自分たちの方が客人のようだった。まあ、そう言っても良いのかもしれない。この家は昔、ヒト(ヒューマン)の世捨て人が住んでいた場所だ。エルフの物ではない。森の見回りに都合が良い場所にあったので手入れをしていたが、彼女が住むというならヒト(ヒューマン)に返すのが筋だろう。

「そういえば、私の事情をお話していませんでした」
「迷い込んだって訳じゃないのか?」
「ええ……」

 彼女が語った内容はその当時の自分には良く分からなかった。彼女の名前はエトワール・フォルジェと言うらしい。ヒト(ヒューマン)の王国には貴族という者たちがいて、彼女の一族は罪を問われて皆殺しの憂き目にあったのだそうだ。彼女一人が追っ手から逃れ、森へ落ち延びてきたのだという。お前も罪人なのかとリアンが問えば、そうではないと答えた。濡れ衣というのがどうにもわからない。人間の社会では、正しい裁決を頂くためにハイアルヴにお告げを聞くという訳にはいかないようだ。

「……要するに、自分は罪人ではないが巻き添えで命を狙われている、と。そういうことか?」
「そういうことになります」

 リアンの問いに、彼女はどこか他人事のように答えた。

「私を探しに来る人がいたら、私は死んだとお伝えください」
「死んでしまった事に、したいのですか?」
「そうしないと困る人がいるのです」

 ヒト(ヒューマン)の社会は良く分からない。冬葉(ルドレラ)よりも複雑なようだ。特に深入りするつもりは無かったので、あまり詳しく聞くつもりは無かった。それよりも、だ。

「あなたは森に住みたいという。これから何をして食べていくつもりですか?」

 村長にも言われたが、拾ってしまった責任がある。ヒト(ヒューマン)女の一人くらい、森番ついでに食事を届ければ養えるだろう。それでも一応尋ねてみた。すると、エトワールは困ったように眉根を下げる。

「そうですね……。洋服を作れます。糸を紡いで布を織る所からもできますけれど、一番得意なのは仕立てね。直しもできるわ。そちらのあなた」
「オ、オレか?」
「ええ。ちょっとこちらに。そう、ここがほつれているわ。それに大きさもあっていない」

 きょとんとしたリアンの衣装を手早く剥ぎ取って直していく。いうだけある手際だ、と眺めていたら怒られた。

「じろじろ見るな! いやらしい奴だな」
「……え。あの、もしかして。そちらの方は男性ですか?」

 そういえば、ここ数年は問われることが無かったが、近隣氏族の者に間違われることがあった。確かに、自分は線が細い。ヒト(ヒューマン)から見ても女性に見えるというのは初めて知った。

「いいから、早く後ろを向け」

 リアンが青筋を立てていたので、渋々従う。エトワールの手先の動きを、もう少し見ていたかったのだが是非もない。

●
 やがて、秋が来た。エトワールには、危惧していたよりも生活力があるようだった。傷んだ衣服を預ければ繕い、布を渡したら見たことがないようなデザインで仕立ててくる。刺繍飾りは森を行くには華美に過ぎるが、エルフ女性には人気だった。食べる物や家具などを裁縫仕事の対価に手に入れているようで、冬を越すのにも問題ないと見える。

 それは、良いのだが。

「ありがとう。やっぱり貴方をモデルにすると創作意欲が湧くわね」
「……それは素直に喜んでいい物なのでしょうか」

 女性のリアンでは駄目なのかとも思うのだが、自分が良いのだという。他のエルフたちでもなく。

「ほら、随分綺麗でしょう。エルフはずっと若くて綺麗だっていうのは羨ましいわ」
「ヒト(ヒューマン)よりも、加齢による衰えは少ないそうですね。ハーフリングのように神の祝福を得たわけではないのでいつかは老いますが」
「私達は年を取って、皺が増えて、こんな服は似合わなくなるわ。エルフが羨ましい」

 その感覚は分かるような、分からないような。体の動きが衰えて森番ができなくなれば、がっかりはするだろう。けれども、外見についてはあまりピンとこなかった。ヒト(ヒューマン)にとって老いとは、良くないものなのだろうか。

「もったいないわね。こんなに綺麗なのに。そうだ、ちょっと口調を変えてみてくれない?」
「口調……ですか」

 自分の事をボクと言い、リアンのような喋り方をして欲しい、と言われた。応じてみると、少し不思議な感じだ。別の誰かになったような。エトワールは満足そうに、そしてどこか寂しそうな表情でこちらを見ていた。おそらく、彼女は自分を通して誰かを見ているのだろう。別にそれはそれで構わないのだが、少し気にはなる。

「お嬢様、という方が私……。ボクに、似ているのかな?」
「……何のことかさっぱりわかりません」

 尋ねてみたがはぐらかされてしまった。あまり聞かれたくない様子だったのでそれ以上問うのをやめた。森の家を出て、空を見上げる。木々の向こうに広がる空に、星が一つ、二つ。森に居ながらにして目にする事ができる、森の外の物だ。儚く輝くあの星は、ヒト(ヒューマン)の世界でも変わらず見えるのだろうか。強い月や太陽はきっと変わらないのだろうけれど。

「おい。なんて格好してるんだ」
「変かい? ボクは気に入ってるんだけど」

 リアンには滅茶苦茶変な顔をされた。彼女では森の外の常識について来れないようだ。ふふん。

●
 何度目かの冬が来た。野生の獣は眠りについたが、リアンと共に森境へ向かう。武装したヒト(ヒューマン)が入り込んでいると、お告げがあったのだ。全部で三名の、鎧を着こんだ戦士だった。

「どうするよ?」
「まずは話を聞きましょう。あなたは後ろで見ていてください」

 いざ、自分が倒れるなら村へ知らせてもらわねばならない。不服そうではあったが、彼女は頷いた。自分ひとりで枝から降りて彼らを待つ。すぐに侵入者は姿を現した。

「ヒト(ヒューマン)の皆さま。ここは我が氏族の森です。何故、境を侵されましたか?」
「……エルフか」

 身構えた一人を、若い男が手振りで制した。この集団の長だろうか。敵意が無いと示すように、兜を脱いだ。

「私は王国騎士、マクシミリアンと申します。かつてこの森に我が婚約者のエトワールが入ったと知り、探しにまいりました」
「左様、我らはそのマクシミリアン殿の助力に参った。エトワール嬢についてご存知か?」

 いや、三人目の男が長なのかもしれない。マクシミリアンと名乗った男が、苦い顔をしたのが見えた。彼らの関係は良く分からないが、答えは決まっている。約束したのだ。

「その名前は存じ上げませんが、随分前にヒト(ヒューマン)の女性が森の中で亡くなられていたのは見つけました」
「亡くなって……。そうですか」

 奇妙な温度だ。婚約者だというこの男は、生きていてほしいとは思っていないのだろうか。

「ふむ。嘘を申すと為にならぬぞ。お前たちがフォルジェの娘を匿っているなら、森一つ焼けぬ事は無い」

 もう一人が身を乗り出してがなりたてる。森を焼く? 探しに来た相手がいるかもしれないと思っているのに? どうにも理屈が分からないが、嫌な気分にはなった。

「森の獣に喰われ、顔立ちなどは分かりませんでしたが……。どのような有様だったかお話いたしましょうか?」
「いや、良い。そうか……」

 マクシミリアンは、ひとつ息を吐いて目をつむった。無駄足だったか、と脇の男が苦々し気に踵を返す。他の面々も、引き返すようだ。諍いにならずによかった。そう思ったところで、マクシミリアンは小さく口を動かした。

「……動きやすそうな、良い服ですね。その服を作られた方に、どうかお元気で、とお伝えください」

 返事に困った間に、男はさっと身をひるがえす。敵意は感じなかったが、背筋は寒くなった。リアンが枝の上を走っていく。彼らが森から出るまで、見張らなければ。そう思ったところで、足が動かない事に気が付いた。

●
「……マクシミリアン様が。ええ、あの方は私の、エトワールの婚約者ですわ」

 一瞬の間があったが、気が付かぬふりをした。それにしても、随分物々しい集団だった。森の中では動きが鈍るかと思っていたが、そんな事もない。リアンと二人でも止められなかっただろう。そう述べれば、エトワールは苦笑を返した。

「あなたは知らないのね。王国騎士といえば、並の兵隊が束になっても叶わない強い人よ。戦いにならなくてよかったわ」
「そうですね。足がすくむ、と言う感覚は久しぶりでした」

 初めて子連れの熊を見た以来だろうか。世界は広いのだ、と思い知った感じがした。時々聞かされる外の話は少し面白い。ヒト(ヒューマン)の住む街では、夜空の星は良く見えないのだと教わった。

「へぇ。星より明るいかがり火か。樹が燃えちまいそうだな」
「ヒト(ヒューマン)の街には森ほどの樹はないそうですよ」

 リアンはあまり森の外に興味を惹かれないらしい。長老に話をすると、奥から古い本を出してきてくれた。星の本だ。まだ森に定住する前、神代に星は旅をするエルフたちの道標となったらしい。動かない星と、動く星がある事を知った。どれも同じに思っていたが、色や明るさにも差があるらしい。

「ボクも今まで気が付かなかったよ。子供の頃から同じ空を見上げてたのにな」
「言われてみれば、そうですね。ふふふ、レース編みに星の並びの石をつけるのも面白そうです」

 エトワールと夜空を見上げる。彼女はリアンと違って、こっちの話に合わせてくれた。けれども、夜天の下へ引っ張り出すのには交換条件がいる。この口調と、衣服。

「そういえば、これ。最初にキミが着てた服かい?」
「よく覚えていましたね。ええ……。直してみたんですよ。良く似合いますね」

 エトワールと自分は似たような体格をしている。なるほど、この服は銀の髪に映える。助けたばかりの時はエトワールも銀髪だったが、いつの間にか栗色っぽく変わっていた。ヒト(ヒューマン)は季節で髪色が変わる、というわけでもないらしい。

「色を変えていたんですよ。……まあ、もうその必要は無いですね」

 むしろ、髪を伸ばす必要もなくなりました、とつぶやいた翌日。ばっさりと切り落としていた。

「へぇ。綺麗な髪だったのにもったいねぇなあ」
「ありがとう。でも、年を取ったら髪もダメになりますから。ちょっと早めの気分転換ですよ」

 リアンとそんな会話をしている。まだ若いのに、すぐ年を取った話をするのは何故だろう。この森で老いていく事を、諦念と共に受け入れたような風情。私も髪を切ってみようかと言えば、二人掛かりで止められてしまった。

●
 それから、何事もない日々が過ぎた。木の葉が色づき、落ちてまた青く茂る。さらさらと流れる清水が、凍てついてまた動き出す。虫が入れ替わり、動物の子が親となり。そしてエトワールは老いた。人間の老いというものはエルフよりも外見に出るようだ。

「……嫌ですね。最近どうも頭がぼんやりしてて。こんなに長生きできるとは、思っていませんでした」
「ボクには分からないな」
「こうして森から出ずに、老いていくのは寂しいけれど。でも、あの時死んでしまうよりきっと、幸せだったわ」

 手に皺が増えて、顔にも染みができる。そう言った外見的な変化をエトワールは恥じているようだった。貴方はずっと綺麗でいてね、と言われる。この格好をして喋り方を変えていると、時折エトワールと呼びかけられる事もあった。気が付かないふりをしていたけれども。

「エトワール、と言う名前は星と言う意味なの。貴方が星(エトワール)を好きになってくれて、嬉しかったわ」

 それが最期の言葉だった。眠るように息を引き取った彼女を、住まいだった家の裏に葬る。墓標には少し迷ったけれども、エトワールと書いた。彼女がそう望んだように扱ってあげよう、と。森番の役目は、もうずいぶん前に若いエルフへ引き継いだから、迷い人の世話と言う役目が終わればもう冬葉(ルドレラ)の使命は無い。明日からどうしようか、と夜空を見上げれば、変わらぬ星が目に映った。

「旅するエルフは、星を道標として世界を渡ったそうだよ」
「昔の事は分からないけどさ。お前はすっかり星に魅せられちまったなあ」

 リアンが言う。彼女も自分も伴侶はおらず、身軽だ。一緒に来るかい、と尋ねてみたが首を振られた。

「やめとく。なんか邪魔してる感じになるのは嫌だしな。でも、飽きたらまた戻って来いよ」
「飽きたら、ね」
「ああ。ずっと待ってるからさ。あたしは」

 外の世界は綺麗な物が一杯あるのだろう。そして、恐ろしい物も。飽きることはあるだろうか。リアンに見送られて、森の外へ足を踏み出す。久しぶりに、足が震える感覚を覚えた。

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