『緋玖国後宮物語ー異聞ー』~それははじまりの物語~
キャラクターノベル(グループ)制作 真柄 葉納品 2021年03月15日 19時54分32秒
時は悠久の彼方。現と夢が交わる世界で起こった、出会いの物語。
「お前が噂の妖か?」
「噂……?」
大通りに佇む少女に向け、一人の男が剣鞘を肩に担ぎ問いかけた。
「街に出没する妖がいるって報告があってな。悪さをする前に捕まえに来た。さぁ、その被り物を取ってもらおうか」
「……断るわ」
鞘付きとはいえ剣を突き出す青年に、少女はたじろぐ様子もなく佇んでいる。
通行人は脇に避け、通りはいきなり始まった二人の対峙を眺める見物客が続々と集まってきた。
「断るって事は、自らを妖だと認めるか。なら!」
青年は剣を抜き放つと鞘を投げ捨て、地面を蹴る。
「……なんで私にかまうの」
一方、少女は小さくため息をつくと、何もない空へ腕を差し込んだ。
そして、引き抜かれた手には一本の槍が握られている。
――ギンッ!
「面白い技だな! それがお前の獲物か!」
「……賑やかな人」
交わった剣と槍。拮抗する力が二人の間で火花を散らす。
「俺の名前はアーシ……アシルだ。お前、名は?」
「名前……名前はアンネ」
「アンネ、か! 覚えたぞ!」
言ってアシルは剣を力任せに弾いた。再び距離を取った二人。
その後、何十もの干戈を交える少女と青年。囲む野次馬達は戦いの成り行きを固唾を飲んで見守った。そして、半刻――。
「はぁはぁ……俺の、勝ちだな」
「……」
槍を弾き飛ばされ、喉元に剣先を突きつけられたアンネは、うつろな瞳でアシルを見つめる。
「顔を見せてもらおうか」
言って、アシルはアンネの被り物を外した。
「っ……!」
現れた美しい少女の顔。そして人ならざる者の象徴である夜空色の角に、アシルは息を飲む。
「……なに?」
「あっ、い、いや、何でもない。悪いが縛に取らせてもらうぜ」
「……捕えてどうするの?」
「それは……それを決めるのは俺じゃねぇ」
さっきまでの勝気はどこへ行ったのか。どこか申し訳なさそうに呟く青年は、アンネに縄をかけていく。
「アンネ」
「なに?」
「……抵抗しないのか?」
「したら逃がしてくれるの?」
「……いや」
それっきり喋らなくなった青年を、アンネはじっと見つめていた。
●
時は十の年を跨ぐ。
重く冷たい鎖に繋がれ幾つの昼夜を越えただろうか。数えるのも億劫になった。そもそも時は無限。悠久こそ自らの理。十の年など、瞬きにも等しき短き時間――。
「すまねぇ、長い間待たせたな」
後どれくらい囚われるのだろうかと、ぼんやりと考えていたその日、変わらない毎日は突然終わった。
「あなたは……アシル?」
「覚えててくれたのか」
アシルはアンネが囚われていた牢獄へと踏み入ってくる。
「何をしに来たの……?」
アシルが手に持つ小刀に強い力を感じ、アンネは問いかけた。しかし、アシルは無言でアンネを縛る鎖を小刀で断ち切っていく。
「……私を逃がすというの?」
「逃がす……訳にはいかねぇ」
「……なら処刑でもする?」
「馬鹿が!」
霊刀を放り投げ、肩を痛いくらいに掴んでくるアシルに、アンネは思わず目を瞠る。
「あ……いや、そうじゃない」
じっと見つめるアンネの瞳にはっと我に返ったアシルは、彼女から視線を逸らし落とした小刀を拾った。
「こうできるようになるまで、10年だ。ようやく念願叶った」
「……一体何の事?」
アンネの問いかけにアシルは答えず、最後の鎖の一本を断ち切る。
「アンネ、腹は減ってねぇか」
「空いたわ」
「なにかご馳走しよう。何がいい? 何でもいいぞ、なんせ俺は皇帝だからな」
「皇帝……そう」
目の前の青年がさらりと口にした一言。それは先帝が捕えた妖を解放するために、わざわざ自分が皇帝に上り詰めた――そんな世迷い事にも聞こえる。
「なんだ、驚かないのか」
「ええ、別に興味ないもの」
「興味がない、か。結構頑張ったんだけどな、俺」
アンネの言葉を反芻し、アシルは報われない自分に自嘲した。
「まぁいい。それで、何が食いたい?」
「桃を」
「桃か。他には?」
「他には何もいらないわ」
「10年、何も食ってないのにそれで足りるのか……?」
「……なら、あなたを食らうわ」
「っ!」
ふっと妖艶な笑みを浮かべ見上げてくるアンネに、アシルは身構える。
「冗談よ」
そんなアシルの姿に、アンネはくすくすと可愛らしい笑みをこぼした。
「それで私をどうするの? 縛を解いて、まさか野に放つの?」
「悪いがそれはしてやれねぇ。だが、自由は約束する」
「野に放たずに自由?」
「後宮に入れ。悪いようにはしない」
「……私に籠の中の鳥になれと?」
「後宮は俺の庭だ。誰にも手出しさせん」
「っ……まさか、妃にでもするつもり?」
アンネの問いに返ってくる言葉はない。代わりに手を取られた。
「久しぶりの陽の光だろ。ゆっくり浴びるといい」
アシルはアンネの手を引き牢を脱すると、陽の光の元、優し気に微笑んだのだった。
●
時の流れは無情。
「……侍女のアンネを呼んでくれ」
「侍女でございますか?」
「そうだ……」
「は、はい。すぐに」
声が途切れ、気配が遠のく。戸が開かれる音と共に、冷たい外気が流れ込んできた。
自らの治世もすでに50年。領土を広げ善政を敷いた。おそらく愚帝とは呼ばれまい。その程度には威を示してきたはずだ。
再び戸が開き冷気が部屋に舞い込んでくる。そして、小さな足音も。
「アンネをここに」
側近の宦官の声がした。
「……うむ、人払いを」
「へ、陛下!」
「早くしろ」
「しかし……」
「……頼む」
「……はっ」
宦官が不承不承出ていく。そして、他の従者達も。
部屋に残ったのは自分と侍女の二人になった。
「……こうして二人で話すのは、何年ぶりだったか」
「そうね、15年ぶりかしら」
「そうか、そんなに経ったか」
瞳を開くのも億劫で、少しも変わらない少女の声に耳を傾ける。
「……お前は変わらないな」
「人ではないから……」
老人が宙に手を伸ばすと、温かで小さな手が包んでくれた。
「朕の名前は、アーシェル・G・クライン。緋玖国皇帝だ」
「知っているわ」
「……お前の名を、聞かせて、くれないか」
そう言われアンネは一瞬戸惑うも、閨に横たわる老人の耳元に口を寄せ囁く。
「私の名前は、アンネエルカ。金羊のアンネエルカよ」
「……そうか。それがお前の、真名か」
耳元で紡がれる少女の声に、閨の老人は嬉しそうに微笑んだ。
「アンネエルカ」
「……はい」
「頼みを……聞いてもらえないか」
「頼み?」
老人の手が暖かで小さな手を力いっぱい握り返す。
「朕は……いや、俺は、必ず生まれ、変わる……そして、必ずお前に、会いに、来る」
「……」
「だから、それまで、待っていては、くれないか?」
息を切らしながらも懸命に言葉を紡ぐ老人。最早、残された時間はほとんど無いのだろう。
「……あなたのその言葉は呪いよ。それをわかっていて言っているのかしら?」
「もちろん、だ。俺は、強欲な皇帝、だからな」
「……変な人」
その言葉は呪いか願いか。それを決めるのは自分だ。目の前の老人は死の間際に、その選択をアンネエルカに迫ってきた。
「アンネエルカ」
淀みのない声で名を呼ばれる。答えを返せと、急かしてくる。
アンネエルカは皺枯れた手をぎゅっと握ると、静かに口を開く。そして、答えた――。
「悠久の時の中で、あなたを待っています」
アンネエルカのその言葉を聞き、アーシェルはふっと微笑むと、声にならない言葉で何かを呟き、穏やかな表情を湛えたまま静かに息を引き取ったのだった――。
「お前が噂の妖か?」
「噂……?」
大通りに佇む少女に向け、一人の男が剣鞘を肩に担ぎ問いかけた。
「街に出没する妖がいるって報告があってな。悪さをする前に捕まえに来た。さぁ、その被り物を取ってもらおうか」
「……断るわ」
鞘付きとはいえ剣を突き出す青年に、少女はたじろぐ様子もなく佇んでいる。
通行人は脇に避け、通りはいきなり始まった二人の対峙を眺める見物客が続々と集まってきた。
「断るって事は、自らを妖だと認めるか。なら!」
青年は剣を抜き放つと鞘を投げ捨て、地面を蹴る。
「……なんで私にかまうの」
一方、少女は小さくため息をつくと、何もない空へ腕を差し込んだ。
そして、引き抜かれた手には一本の槍が握られている。
――ギンッ!
「面白い技だな! それがお前の獲物か!」
「……賑やかな人」
交わった剣と槍。拮抗する力が二人の間で火花を散らす。
「俺の名前はアーシ……アシルだ。お前、名は?」
「名前……名前はアンネ」
「アンネ、か! 覚えたぞ!」
言ってアシルは剣を力任せに弾いた。再び距離を取った二人。
その後、何十もの干戈を交える少女と青年。囲む野次馬達は戦いの成り行きを固唾を飲んで見守った。そして、半刻――。
「はぁはぁ……俺の、勝ちだな」
「……」
槍を弾き飛ばされ、喉元に剣先を突きつけられたアンネは、うつろな瞳でアシルを見つめる。
「顔を見せてもらおうか」
言って、アシルはアンネの被り物を外した。
「っ……!」
現れた美しい少女の顔。そして人ならざる者の象徴である夜空色の角に、アシルは息を飲む。
「……なに?」
「あっ、い、いや、何でもない。悪いが縛に取らせてもらうぜ」
「……捕えてどうするの?」
「それは……それを決めるのは俺じゃねぇ」
さっきまでの勝気はどこへ行ったのか。どこか申し訳なさそうに呟く青年は、アンネに縄をかけていく。
「アンネ」
「なに?」
「……抵抗しないのか?」
「したら逃がしてくれるの?」
「……いや」
それっきり喋らなくなった青年を、アンネはじっと見つめていた。
●
時は十の年を跨ぐ。
重く冷たい鎖に繋がれ幾つの昼夜を越えただろうか。数えるのも億劫になった。そもそも時は無限。悠久こそ自らの理。十の年など、瞬きにも等しき短き時間――。
「すまねぇ、長い間待たせたな」
後どれくらい囚われるのだろうかと、ぼんやりと考えていたその日、変わらない毎日は突然終わった。
「あなたは……アシル?」
「覚えててくれたのか」
アシルはアンネが囚われていた牢獄へと踏み入ってくる。
「何をしに来たの……?」
アシルが手に持つ小刀に強い力を感じ、アンネは問いかけた。しかし、アシルは無言でアンネを縛る鎖を小刀で断ち切っていく。
「……私を逃がすというの?」
「逃がす……訳にはいかねぇ」
「……なら処刑でもする?」
「馬鹿が!」
霊刀を放り投げ、肩を痛いくらいに掴んでくるアシルに、アンネは思わず目を瞠る。
「あ……いや、そうじゃない」
じっと見つめるアンネの瞳にはっと我に返ったアシルは、彼女から視線を逸らし落とした小刀を拾った。
「こうできるようになるまで、10年だ。ようやく念願叶った」
「……一体何の事?」
アンネの問いかけにアシルは答えず、最後の鎖の一本を断ち切る。
「アンネ、腹は減ってねぇか」
「空いたわ」
「なにかご馳走しよう。何がいい? 何でもいいぞ、なんせ俺は皇帝だからな」
「皇帝……そう」
目の前の青年がさらりと口にした一言。それは先帝が捕えた妖を解放するために、わざわざ自分が皇帝に上り詰めた――そんな世迷い事にも聞こえる。
「なんだ、驚かないのか」
「ええ、別に興味ないもの」
「興味がない、か。結構頑張ったんだけどな、俺」
アンネの言葉を反芻し、アシルは報われない自分に自嘲した。
「まぁいい。それで、何が食いたい?」
「桃を」
「桃か。他には?」
「他には何もいらないわ」
「10年、何も食ってないのにそれで足りるのか……?」
「……なら、あなたを食らうわ」
「っ!」
ふっと妖艶な笑みを浮かべ見上げてくるアンネに、アシルは身構える。
「冗談よ」
そんなアシルの姿に、アンネはくすくすと可愛らしい笑みをこぼした。
「それで私をどうするの? 縛を解いて、まさか野に放つの?」
「悪いがそれはしてやれねぇ。だが、自由は約束する」
「野に放たずに自由?」
「後宮に入れ。悪いようにはしない」
「……私に籠の中の鳥になれと?」
「後宮は俺の庭だ。誰にも手出しさせん」
「っ……まさか、妃にでもするつもり?」
アンネの問いに返ってくる言葉はない。代わりに手を取られた。
「久しぶりの陽の光だろ。ゆっくり浴びるといい」
アシルはアンネの手を引き牢を脱すると、陽の光の元、優し気に微笑んだのだった。
●
時の流れは無情。
「……侍女のアンネを呼んでくれ」
「侍女でございますか?」
「そうだ……」
「は、はい。すぐに」
声が途切れ、気配が遠のく。戸が開かれる音と共に、冷たい外気が流れ込んできた。
自らの治世もすでに50年。領土を広げ善政を敷いた。おそらく愚帝とは呼ばれまい。その程度には威を示してきたはずだ。
再び戸が開き冷気が部屋に舞い込んでくる。そして、小さな足音も。
「アンネをここに」
側近の宦官の声がした。
「……うむ、人払いを」
「へ、陛下!」
「早くしろ」
「しかし……」
「……頼む」
「……はっ」
宦官が不承不承出ていく。そして、他の従者達も。
部屋に残ったのは自分と侍女の二人になった。
「……こうして二人で話すのは、何年ぶりだったか」
「そうね、15年ぶりかしら」
「そうか、そんなに経ったか」
瞳を開くのも億劫で、少しも変わらない少女の声に耳を傾ける。
「……お前は変わらないな」
「人ではないから……」
老人が宙に手を伸ばすと、温かで小さな手が包んでくれた。
「朕の名前は、アーシェル・G・クライン。緋玖国皇帝だ」
「知っているわ」
「……お前の名を、聞かせて、くれないか」
そう言われアンネは一瞬戸惑うも、閨に横たわる老人の耳元に口を寄せ囁く。
「私の名前は、アンネエルカ。金羊のアンネエルカよ」
「……そうか。それがお前の、真名か」
耳元で紡がれる少女の声に、閨の老人は嬉しそうに微笑んだ。
「アンネエルカ」
「……はい」
「頼みを……聞いてもらえないか」
「頼み?」
老人の手が暖かで小さな手を力いっぱい握り返す。
「朕は……いや、俺は、必ず生まれ、変わる……そして、必ずお前に、会いに、来る」
「……」
「だから、それまで、待っていては、くれないか?」
息を切らしながらも懸命に言葉を紡ぐ老人。最早、残された時間はほとんど無いのだろう。
「……あなたのその言葉は呪いよ。それをわかっていて言っているのかしら?」
「もちろん、だ。俺は、強欲な皇帝、だからな」
「……変な人」
その言葉は呪いか願いか。それを決めるのは自分だ。目の前の老人は死の間際に、その選択をアンネエルカに迫ってきた。
「アンネエルカ」
淀みのない声で名を呼ばれる。答えを返せと、急かしてくる。
アンネエルカは皺枯れた手をぎゅっと握ると、静かに口を開く。そして、答えた――。
「悠久の時の中で、あなたを待っています」
アンネエルカのその言葉を聞き、アーシェルはふっと微笑むと、声にならない言葉で何かを呟き、穏やかな表情を湛えたまま静かに息を引き取ったのだった――。