『キスしないと出られない部屋』sideセロンガード

キャラクターノベル(グループ)制作 夜団子納品 2021年03月11日 18時42分56秒

「キスしないと出られない、ですか」
 セロンガード・シュタインドルフの優しい声色に、固まったティトの肩がビクリと揺れた。「なんで、知って」と小さくつぶやく彼女の頬にそっと触れる。
 始め——ティトが抜刀したときは本当に何事かと思った。かつて帝国の諜報機関『見えざる見張り番(ヴェヒター・ヌル)』として、彼女とは実は既に相まみえていて。仮面を被った己よりも上級に当たる諜報員——それがティトだと知ったときは、少し驚いたものだ。そんな相手が豹変して剣を抜いたとなるとセロンガードとしても身構えずにはいられなかった。
 それでも武器を抜かなかったのは、彼女から敵意を感じ取ることはなかったから。なにやらどす黒い雰囲気を纏ってこそいても、刃を向けない、向けたくないと思ってしまった。自分の甘さを痛感するものの、今回はそれでよかったな、とセロンガードは胸中で頷く。
 腰を壁につけながら、屈んでティトへ顔を近づける。彩られた頬をもう一度撫でれば、追い詰めているはずの彼女が確かにたじろいた。
「そんなに怯えないでください、大丈夫ですよ」
「だ、だいじょ、ばないっ!」
「先ほどは大丈夫と言ってくれたじゃありませんか」
 少し意地悪かな、と思いつつも迫るのは止めない。その緑の瞳が揺れるのを見つめながら、さっきの約束を思い出す。
 壁まで追い詰められた辺りで、どうもきな臭いぞとは思っていた。ティトほどの諜報員ともなれば、体格差が大きくとも戦闘能力の格差にはつながらない。だから脇に剣を刺されたときは流石に武器を抜きかけたが……そのあと無理やり壁ドンをしようとして、戸惑い始めた辺りで(……ん?)となった。どうにもなにか別の目的があるような——そんな様子。セロンガードを害する目的はやはりないのだと、確信にいたるには十分で。
 そこで先ほどの発言から『一緒に依頼に行く約束』を持ちだしてみることにした。
 戸惑っているようではあったが応じてくれたことには安堵した——セロンガードにとって約束は大きな意味を持つから。誤魔化しのように口にした言葉ではあるが、あれはすべてセロンガードの本心だ。素敵だと思ったのも、ティトと約束を結びたいと思ったのも。
「せ、セロン、さんっ!」
 ティトの声で我に返る。顔を真っ赤にした彼女は、セロンガードが目と鼻の先で考え込んだせいか完全にパニックを起こしてしまったようで。目をぐるぐると回しながら辛抱できなくなってついにそれを口にした。
「わかっちゃったならいじわるしない、で……っ。き、き、きす、して、よ」
 コミュニケーションが苦手なことも相まってティトの懇願は拙くて。どもりながらも言葉にしたそれにセロンガードにも照れが伝播した。
「それじゃあ……少し、目を閉じていただいても?」
「ん……」
 素直に目を閉じたティトへさらに顔を近づける。産毛が見えてしまうほど近い距離。頬を、顎を支えて——そっとその小さな手に唇を落とした。
「…………えっ」
「場所の指定は、どうやらないみたいですので」
 言われてみれば、と書かれたような顔で呆然とするティト。キスと言われたら唇に当たるものだと思い込んでしまったが、確かに指定はなかった。じゃあぼくの努力は……と顔を覆ってしまったティトの頭を優しく撫でる。そんなセロンガードもぎりぎりになって場所の指定がなかったことに気が付いたのだとは流石に言えなかった。
「さて、命令通りキスしましたし、きっとこれで扉が……」
 変な雰囲気になる前に、と足早に扉へ向かい、ノブに手をかける。しかし思ったような手ごたえは得られなかった。ガチリ、と。ドアノブは固まったまま。
「あれ、おかしいな……扉が開きませんね」
 何度か試すも手ごたえは変わらず。遅れてやって来たティトが試してみても扉は開かなかった。よぎるいやな予感に、セロンガードはこっそりと息を飲む。
「これって……」
「回数が、足りていないんでしょうか」
 なにか言いかけたティトの言葉を遮り、今度は反対の手を取る。膝を折って手の甲へ唇を寄せる……が、やはり扉が開く気配はない。ならば、とセロンはティトの純白の髪を掬い取る。
(流石にティトさんの唇を奪うわけには……!)
 どうかこれで開いてくれ、と願いながら髪へキスを落とすも、現実は非情で。何の変哲もなく見えるその扉は未だピクリともしなかった。額や指先、頬といくつか場所を変えても、結果は変わらない。
「そんな……まさか、指令自体が間違っているとか……」
「きっと違うんじゃない、かな」
 細剣を鞘に戻したティトが、考えながらうろうろと歩き回っていたセロンガードの裾を掴む。何度も色々な所にキスされたせいでその頬は未だ赤いが、逆に開き直ってしまったのか先ほどのような狼狽の色はもうない。
 むしろ逆に——ティトがこれから言おうとしていることを察してか、セロンガードの方が気まずそうに視線を逸らしている。
「セロンさんも気がついてるよ、ね?」
「……なんのことでしょう」
「書いてなかっただけで、やっぱり指定されてたんじゃない、かな」
 つまり、それは。結局唇を奪わなくてはいけないということ……。
「待ってください、まだそうと決まったわけでは……!」
「それとも、ぼくとはいや?」
「そんなことは一言も言っていません!」
 大きな声を出してしまいハッとするも、それで怯えるティトではない。むしろ嬉しそうに笑う彼女に、気まずくなってつい視線を逸らす。
「じゃあ、試してみるのも一つの手じゃない、かな」
 くいくい、としゃがむよう腕を引っ張られて、セロンガードはおずおずと膝を折った。これで、身長差の問題はクリア。今度はティトがセロンガードの頬を両手で包む。
「ですが、その、こういうことはやっぱり、」
「セロンさん、もう逃げ場はない、よ?」
 目の前でくす、と悪戯っぽく笑われて、今度はセロンガードが赤面する番だった。言われるまま、ゆっくりと目蓋を下ろす。頬を撫でられる感覚に、かかる吐息に、落ち着かない気持ちでその時を待つ。
 そして——ちう、と鼻先に柔らかい感触が触れた。
「……へっ?」
「ふふ、さっきの仕返し、だよ」
 そう言われて、全く同じことを仕返されたのだと思考が追い付く。だがそう言って笑うティトの顔もまた真っ赤で、自分と同じように直前で恥ずかしくなってしまったのだろうと予想が付いた。お互い真っ赤な顔を見合って、思わず力が抜ける。
 ガチャリ。
 だから、その音は完全に不意打ちだった。弾かれたように二人が音の方を向けば、あれだけ固く閉ざされていた扉は半開きになっていて。また閉まったりしないよう、慌ててその扉を開け放つ。
「開いた、ね?」
「ど、どういうことでしょう。条件は一体……」
 結局唇には触れていない。やっぱり条件は回数で、たまたま今それが達成されたのか? それにしては前触れがない……。
「もしや」
「もしかして」
 二人で顔を見合わせ、同時に辿り着いた答えを口にする。
「「お互いにキスをしないと出られない」」
 言われてみれば、ティトがキスしたのは今の一度だけ。あとは全てセロンガードから捧げていた。
「……こほん。とりあえず、開いてよかったです。色々とこう、すみません」
「だいじょうぶ、だよ。……あ、でも」
 少し気まずい空気の中二人は扉をくぐる。その刹那ティトはセロンガードの手、その小指を握って柔らかく笑った。
「約束は有効だから、ね」
 その笑顔に肩の力が抜けるのを感じながら、セロンガードも「そうですね」と笑い返した。

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アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0