学問は爆発だ? 射石魔砲と学園生活
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2021年03月06日 21時47分49秒
麗らかな日差しが南の王国の学舎を照らしている。
試験を果たした学徒達が学びの園より巣立ち、初々しい新入生達が名門と名高き歴史深い門を潜って来る。
そして在校生達は一つ級を進めた。
初春。
セロンガード・シュタインドルフら三名が北のシルトラース帝国よりこの地へと辿り着いたのはそんな季節である。
パンクリアース学園の授業形態には大きく分けて二種類がある。
一つはクラス別に共通で行われる一般教養の授業。
もう一つは生徒個人が希望して受講する専門性の高い講義だ。
専門講義は生徒が講師の教室に赴くが、クラス別の授業はクラスの教室に教師がやってくる。
セロン達三名は、幾つかの試験の結果から一般教養の授業は初年度の学年ではなく、かなり進んだ学年でも良いだろうという評価になり、高学年へ編入される事となった。
帝国に優れた技術を持ち帰る為にやってきた若き俊英達、という設定であったから、セロン達はその決定を受け容れた。
「この三名はシルトラース帝国からの留学生だ。皆、仲良くやるように」
編入された高学年の教室内にて、担任である教師が若干語意を強めて言った。
王国と帝国の関係は微妙であり、複雑怪奇である。
シルトラース帝国は大陸三大国の中で頭一つ抜けた軍事力を有する。つまりは大陸最強だ。
この時代まで、帝国は紛れもなく覇道への意志を見せていた。
しかし、三国が並び立つ状況から積極的な侵略は行い難く、故に軍事的な拡張を進めながらも機を図っているのが現状である。
故に、王国からすれば帝国は将来必ず激突する仮想的国であるがしかし、開戦は未だ成されていないが為に、表面上はこうして友好的な付き合いがあったりもする。
自然、そのお膝元である王都の学園での空気というのも、角度次第で変わる玉虫の色に似た複雑な輝きを帯びていた。
「セラン・フェルゼンブルクと申します。この度は名門パンクリアース学園の末席に加えていただく事となり、大変光栄に思います。どうかよろしくお願いいたします」
教師に促されたセロンはにこやかな笑顔と共に偽名を名乗り、落ち着いた丁寧な物腰でクラス内の一同へと挨拶をした。
およそ同年代とおぼしき三十名程度の少年少女達がセロンへと視線を向けて来る。
その瞳に映る色は様々だった。
興味深そうな目で見ている者、敵意に似たような光を瞳に浮かべている者、窓の外を見ている者、机に突っ伏して寝ている者、教科書を立てて弁当を食べている者……多種多様である。
続くゾフィーの自己紹介はそっけなく、彼女への反応もまたセロンの時と似たようなものだった。しかしスタイルの良い薄紫髪の少女――カサンドラの場合は生徒達の反応は若干違った。
「はいはーい! キャロラインちゃんはそちらのセラン君とどういう関係? 付き合ってるの? それともフリー?」
調子の良さげな男子生徒が挙手して質問を投げて来る。
「えぇと……」
「私語は慎むように!」
教師が一喝し、その場ではその質問は流される事となった。
しかし朝のホームルーム後、教師が退室してから、複数の生徒達にカサンドラは囲まれ質問攻めにあっていた。
なんとなく既視感を覚える光景だとセロンは思った。課程時代も彼女の周りにはいつも人が居た。
「こら、キャロを困らせるなこの有象無象ども!」
「なんだとこのチビ」
「君はお呼びじゃないっての」
ゾフィーが間に入ってチャラい男子生徒達へと毒舌を振るい始めたから、さらに騒ぎになってゆく。
カサンドラがセロンへと助けを求めるような視線を向けて来たのが視界の端に映った。
黒髪の少年は軽く挨拶をかわしていたお隣さんへと断りを入れてから席を立った。
「すいません、ちょっと行ってきます」
「留学生って大変だね」
そんな同情めいた言葉に見送られつつカサンドラ達の傍へと寄る。
「やあ、どうかしたのかいキャロ」
「セラン、わざわざごめんなさい。皆さん、私とセランの関係についてご興味をお持ちのようで……私、折角だから、この機会に真実を包み隠さず知らしめておこうかと思うの」
「え?」
堂々とした碧眼にどこか不穏な雰囲気を感じたセロンが眉を顰める中、カサンドラは立ち上がり、セロンの腕を取って抱きついてきた。
「実は私達、付き合ってるんです」
「「「ええっ?!」」」
周囲の生徒達は異口同音に――ゾフィーまで――驚愕の声をあげる。
まったくもって真実ではない。
――いったい何を言い出す?
セロンが視線で問いかけると、カサンドラはにこっと微笑んでセロンの瞳を一度見つめてから、周囲を見回し、
「そういう訳ですので、私は他のどなたともお付き合いするつもりはございません。御免なさい」
すると立ち待ちのうちに男子生徒達は項垂れた。
「ま~じ~で~、キャロちゃん売約済み~?」
「かーっ、残念」
「ま、そりゃそーだわな」
口々にぼやきつつ、チャラ男達が散ってゆく。
(……あぁ、なるほど、上手い具合に虫除けにされた気がする)
きっと先程、カサンドラがセロンを見つめて来た視線の意味はおおかた、
――話を合わせて。
といった所だろう。
その目論見通り上手く男達を追っ払えた訳だ。
しかし、
「きゃー、えー、二人とも付き合ってるのー?」
「どの辺まで関係進んでるー?」
今度はミーハーそうな女子陣から質問を受ける事になるのだった。
●
どうにかこうにか適当な具合に女子達からの質問攻めを切り抜けて昼食時、セロン達は大食堂へと三人で移動し、隅にあるテーブルに陣取ってひそひそと会話をかわしていた。
「朝の時は御免なさいねセラン」
カサンドラが申し訳無さそうに頭を下げて来た。
「いきなり吃驚したよ」
セロンは苦笑した。
ただその甲斐あってか、もう既に現在では大分他の生徒達からの興味は和らいだようだった。
「おかげさまで助かったわ」
「む~、でもキャロ、セランとずっと恋人同士なふりするの?」
ゾフィーが口を尖らせている。
「そうね……ねぇセラン、学園にいる間はお願いできないかしら? やっぱり嘘でしたって言う訳にもいかないし……」
薄紫色の長い髪の少女が、懇願するような潤んだ瞳でセロンを見つめて来る。
セロンは少し思案し、咀嚼していたパンを飲みこんでから、
「えぇと……うん、まぁ良いよ。こうなってしまったらね。あんまり上手く出来るかは解らないけど」
「……ありがとう!」
ぱっとカサンドラが花咲くように笑顔になる。
ゾフィーは仏長面でもぐもぐとパスタを啜っている。
「えーと……午後からは選択式の講義になるんだっけ?」
「ええ、そうねセラン」
機嫌良さそうにカサンドラが答えた。
「確か次はバシリカ先生の講義よ」
●
セロン達は幾つか専門性の高い講義も受講する事にしたのだが、その中に『バシリカ教室』なるものがあった。
正式には『紋具による空気圧縮と推進による物体運動に関する研究Iの教室』というのだが、生徒は誰もその名では呼ばず、その研究講義を行っているバシリカ・ボンバード教師の名からとって『バシリカ教室』あるいは『紋動研』と呼んでいた。
「えー、私がー! 紋動研Iの担当講師バシリカ・ボンバードだー! ちなみにIIとIIIも私の担当だから、紋動研を全部履修するならほぼ毎日私と会えるぞー! 喜べー!」
はっはっはーと笑うのは、鍔の広いとんがり帽子をかぶり、色気の無いだぼっとした長衣に身を包んだ女だった。
年の頃は三十手前程度だろうか。長い金髪はボサボサで化粧もまったくしていない様子である。
なんか、こう、全体的によれてて、薄汚れてて、洒落っ気の欠片も無い女先生だった。ただその大粒の緑色の瞳だけは、キラキラと少女のように輝いている。
「単位落とした奴でこの体験講義を再履修した奴はいないからー! 今日は全員、初参加だなー!」
最初の数回は体験講義として生徒達は仮受講出来る事になっていた。
体験講義を受けてみて、想像していたものとなんか違った、となったら履修をキャンセルして良いのである。
そして聴講するに足る、と判断した場合は本履修を申請し、最低一期間は受講して試験をパスし単位を得なければならない。
大抵の生徒達は余裕をもって履修計画を建てるので、講義を一つか二つ落としても即落第とはならないが、落とし過ぎて単位が足りなくなれば当然、落第だ。
だから講義は受けるからには単位取得を成功させるべきものだった。
ちなみにこの『バシリカ教室』にはセロン達三名しかいなかった。
三名しかいなかった。
つまり、在校生と王国からの新入生は誰も寄りついていない。
(……案内にあった講義の概要を読んだ限りだと、画期的な新技術に思えたけど……なんでだろう?)
あまりの不人気っぷりにセロンが不思議に思っている中、だぼだぼ長衣の先生が意外に豊かな大きな胸を張って言った。
「我が教室の研究目的はズバリ、マホウを作る事だな!」
「……魔法を作る? 新スキルを開発する、という事ですか?」
ゾフィーが小首を傾げた。
すると女教師は「ちっがーう!」と特徴的な節回しで叫びつつ、白墨を振るってカカカッと黒板に板書した。
「――魔砲だ!」
魔と砲を意味する単語が連続して黒板には書かれていた。
なおセロンは帝国ではそんな単語は目にした事がなかった。恐らくこの先生の造語であろう。
聞き慣れないフレーズにカサンドラも碧眼をぱちくりとさせている。
「魔砲……?」
「それが、あれですか、長い筒の中に球体を詰め込んで、紋具を用いて空気を圧縮させて爆発的に発生させる事により、空圧で物体を押し出し加速させ飛ばすという」
セロンが事前に読み込んでいた講義案内をかいつまんで言うと、バシリカ先生は緑瞳を大きく見開きさらに輝かせた。
「おお! そうそう、つまり、ざっくり言うとそういう事なんだ! 偉いぞ君! セラン君だっけ? きちんと私が書いた案内で予習しているね! すばらしいすばらしい!!」
魔女帽をかぶった女教師はセロンへとにゅっと手を伸ばして来ると、上機嫌になでなでと頭を撫で回してくれた。
(大の男が十六になってまで頭を撫でられるとは……)
少し啞然とする所である。
このセンセ、あんまり常識的な人間ではないような気配がしてきた。
「まぁ百聞は一見に如かずだね! ちょうど試作型六十六号が完成した所だからその性能を見せたげよう! ついてきたまへ少年少女達よ!」
●
ポカポカとした日差しが蒼天より降り注ぐ中、セロン達はバリシカ先生に案内されて学園の敷地内にある緑の芝生が生い茂った領域へと来ていた。
少し離れた位置に的があり、バシリカ先生の胸には金属製の筒が抱かれていた。
筒の口の大きさは人の拳大程度の大きさだろうか。長さはセロンが片腕を真っ直ぐに伸ばした時の腕の長さ程度あった。
「まずこれにだね! 礫となる球をきゅっと詰め込むんだ!」
バシリカ先生は筒の片側を地につけると、口からやはり拳大程度のサイズの丸く削られた石球を入れた。
そして太い棒を筒口に入れて何度もドンドンと力を入れて突いてゆく。しまいにはサラサラと砂っぽいものまで筒口から入れてさらに突いた。
「で、十分に詰められた事が確認できたら目標へと砲口を向け構える」
魔女帽をかぶった女は片膝を立てて地面に座ると金属筒を肩に担ぐ。
「そうして十分に狙いがつけられたら、この部分に手をあててエーテルを流し込む」
魔女が肩に担ぐ金属筒が眩く光輝き、轟音と共にその砲口から石弾が勢い良く飛び出した。
それは的の脇をかすめ抜け、奥に張られていた鋼鉄の分厚い壁に激突し轟音を響かせながらバラバラに砕け散る。
どうやら強烈な破壊力があるようだった。
(……やはりこれは凄い)
セロンは驚嘆した。
概要を読んだ時から予感はしていたのだが、この技術は近い将来、戦いの在り方を根本から変えてしまうかもしれない。
大型化すれば今の戦場にある平衡錘投石機よりもよほど威力が出るものになるだろう。小型の床弩相手なら既に現段階で勝っているかもしれない。
――この技術は必ず帝国に持ち帰るべきだ。
そのように思う。
カサンドラやゾフィーも驚いている様子だった。
ただ、当のバシリカ先生はこの試射結果には納得がいかなかったようで、
「あれ? ちゃんと狙ったのにハズレてしまったぞ。ちょっと待ってね、今度こそあてるから……」
ブロンド女はいそいそと再び金属筒に石弾を詰め込み肩に担いで膝立ちに構えた。
「えー、では今度こそ……! この魔砲の威力をとくとご覧あれっ! ふぁいあーッ!!」
女教師が担ぐ金属筒が眩く輝き――先程よりもさらに強烈に光輝いて――爆裂四散した。
カッと周囲に激しい閃光を撒き散らした金属筒は、エーテルの波動を膨れ上がらせると融解して魔的エネルギー体と化し、白い大爆発を巻き起こしてバシリカ先生を吹き飛ばした。
セロン達はしばし呆然と立ち尽くしたが、
「せ、先生ーーーッ?!」
女先生が全身から煙を噴き上げて痙攣し起き上がる様子が無いのを見て、慌てて駆け寄り、ヒールを連射したのだった。
●
その後、セロン達が保健室へとバシリカ先生を担ぎ込むと保健医はまたか、といった顔をした。
バシリカは高頻度で暴発騒ぎを起こして度々担ぎ込まれているらしい。
敵の前に自分を吹き飛ばすような武器は戦場で命を預ける武器足りえない。
どうやら『魔砲』はおよそ実用の段階には達していないらしかった。
「いやぁ、午後の講義はなかなか波乱だったなぁ」
放課後、セロン達は学園付近の良さげな酒場に入って肉を焼いていた。
美味い、安い、量が多い、が売りの学生向けの店である。
「ええ、バシリカ先生が吹き飛んだ時は心臓が止まるかと思ったわ」
「私はきっと爆発するんだろうなって思ってたよ」
もぐもぐと焼いた肉を食べつつゾフィー。
セロンは軽く驚いた。エールの杯に口付けつつ問いかける。
「え、フィーネ、あれが上手くいかないって気づいてたの?」
「あのセンセー駄目げなニオイがした。絶対こいつ失敗するぞって」
なんとなく解るような気がしないでもない。言われてみるとあの先生は色々ダメそうだ。
「構想自体は有用そうだとは思うけど……あの講義、どうする?」
「今は駄目でも将来的にはあれは必ず重要技術になる。履修しておいて損はないよ」
もしも将来、帝国との戦が起こった時、王国側があの技術に基づいた兵器を持ち出して来ても、基礎を学んでおけば対策は立てやすいから、役に立つだろう。
「王国側はよく帝国の人間の受講を禁止しないね、あれバリバリの重要軍事技術じゃないの」
「実は王国からはあんまり評価されてないんじゃないバシリカ先生」
「うわ、気の毒だけどありえそう」
そんな事を語りつつセロン達は満腹になるまで存分に飲み食いしたのだった。
試験を果たした学徒達が学びの園より巣立ち、初々しい新入生達が名門と名高き歴史深い門を潜って来る。
そして在校生達は一つ級を進めた。
初春。
セロンガード・シュタインドルフら三名が北のシルトラース帝国よりこの地へと辿り着いたのはそんな季節である。
パンクリアース学園の授業形態には大きく分けて二種類がある。
一つはクラス別に共通で行われる一般教養の授業。
もう一つは生徒個人が希望して受講する専門性の高い講義だ。
専門講義は生徒が講師の教室に赴くが、クラス別の授業はクラスの教室に教師がやってくる。
セロン達三名は、幾つかの試験の結果から一般教養の授業は初年度の学年ではなく、かなり進んだ学年でも良いだろうという評価になり、高学年へ編入される事となった。
帝国に優れた技術を持ち帰る為にやってきた若き俊英達、という設定であったから、セロン達はその決定を受け容れた。
「この三名はシルトラース帝国からの留学生だ。皆、仲良くやるように」
編入された高学年の教室内にて、担任である教師が若干語意を強めて言った。
王国と帝国の関係は微妙であり、複雑怪奇である。
シルトラース帝国は大陸三大国の中で頭一つ抜けた軍事力を有する。つまりは大陸最強だ。
この時代まで、帝国は紛れもなく覇道への意志を見せていた。
しかし、三国が並び立つ状況から積極的な侵略は行い難く、故に軍事的な拡張を進めながらも機を図っているのが現状である。
故に、王国からすれば帝国は将来必ず激突する仮想的国であるがしかし、開戦は未だ成されていないが為に、表面上はこうして友好的な付き合いがあったりもする。
自然、そのお膝元である王都の学園での空気というのも、角度次第で変わる玉虫の色に似た複雑な輝きを帯びていた。
「セラン・フェルゼンブルクと申します。この度は名門パンクリアース学園の末席に加えていただく事となり、大変光栄に思います。どうかよろしくお願いいたします」
教師に促されたセロンはにこやかな笑顔と共に偽名を名乗り、落ち着いた丁寧な物腰でクラス内の一同へと挨拶をした。
およそ同年代とおぼしき三十名程度の少年少女達がセロンへと視線を向けて来る。
その瞳に映る色は様々だった。
興味深そうな目で見ている者、敵意に似たような光を瞳に浮かべている者、窓の外を見ている者、机に突っ伏して寝ている者、教科書を立てて弁当を食べている者……多種多様である。
続くゾフィーの自己紹介はそっけなく、彼女への反応もまたセロンの時と似たようなものだった。しかしスタイルの良い薄紫髪の少女――カサンドラの場合は生徒達の反応は若干違った。
「はいはーい! キャロラインちゃんはそちらのセラン君とどういう関係? 付き合ってるの? それともフリー?」
調子の良さげな男子生徒が挙手して質問を投げて来る。
「えぇと……」
「私語は慎むように!」
教師が一喝し、その場ではその質問は流される事となった。
しかし朝のホームルーム後、教師が退室してから、複数の生徒達にカサンドラは囲まれ質問攻めにあっていた。
なんとなく既視感を覚える光景だとセロンは思った。課程時代も彼女の周りにはいつも人が居た。
「こら、キャロを困らせるなこの有象無象ども!」
「なんだとこのチビ」
「君はお呼びじゃないっての」
ゾフィーが間に入ってチャラい男子生徒達へと毒舌を振るい始めたから、さらに騒ぎになってゆく。
カサンドラがセロンへと助けを求めるような視線を向けて来たのが視界の端に映った。
黒髪の少年は軽く挨拶をかわしていたお隣さんへと断りを入れてから席を立った。
「すいません、ちょっと行ってきます」
「留学生って大変だね」
そんな同情めいた言葉に見送られつつカサンドラ達の傍へと寄る。
「やあ、どうかしたのかいキャロ」
「セラン、わざわざごめんなさい。皆さん、私とセランの関係についてご興味をお持ちのようで……私、折角だから、この機会に真実を包み隠さず知らしめておこうかと思うの」
「え?」
堂々とした碧眼にどこか不穏な雰囲気を感じたセロンが眉を顰める中、カサンドラは立ち上がり、セロンの腕を取って抱きついてきた。
「実は私達、付き合ってるんです」
「「「ええっ?!」」」
周囲の生徒達は異口同音に――ゾフィーまで――驚愕の声をあげる。
まったくもって真実ではない。
――いったい何を言い出す?
セロンが視線で問いかけると、カサンドラはにこっと微笑んでセロンの瞳を一度見つめてから、周囲を見回し、
「そういう訳ですので、私は他のどなたともお付き合いするつもりはございません。御免なさい」
すると立ち待ちのうちに男子生徒達は項垂れた。
「ま~じ~で~、キャロちゃん売約済み~?」
「かーっ、残念」
「ま、そりゃそーだわな」
口々にぼやきつつ、チャラ男達が散ってゆく。
(……あぁ、なるほど、上手い具合に虫除けにされた気がする)
きっと先程、カサンドラがセロンを見つめて来た視線の意味はおおかた、
――話を合わせて。
といった所だろう。
その目論見通り上手く男達を追っ払えた訳だ。
しかし、
「きゃー、えー、二人とも付き合ってるのー?」
「どの辺まで関係進んでるー?」
今度はミーハーそうな女子陣から質問を受ける事になるのだった。
●
どうにかこうにか適当な具合に女子達からの質問攻めを切り抜けて昼食時、セロン達は大食堂へと三人で移動し、隅にあるテーブルに陣取ってひそひそと会話をかわしていた。
「朝の時は御免なさいねセラン」
カサンドラが申し訳無さそうに頭を下げて来た。
「いきなり吃驚したよ」
セロンは苦笑した。
ただその甲斐あってか、もう既に現在では大分他の生徒達からの興味は和らいだようだった。
「おかげさまで助かったわ」
「む~、でもキャロ、セランとずっと恋人同士なふりするの?」
ゾフィーが口を尖らせている。
「そうね……ねぇセラン、学園にいる間はお願いできないかしら? やっぱり嘘でしたって言う訳にもいかないし……」
薄紫色の長い髪の少女が、懇願するような潤んだ瞳でセロンを見つめて来る。
セロンは少し思案し、咀嚼していたパンを飲みこんでから、
「えぇと……うん、まぁ良いよ。こうなってしまったらね。あんまり上手く出来るかは解らないけど」
「……ありがとう!」
ぱっとカサンドラが花咲くように笑顔になる。
ゾフィーは仏長面でもぐもぐとパスタを啜っている。
「えーと……午後からは選択式の講義になるんだっけ?」
「ええ、そうねセラン」
機嫌良さそうにカサンドラが答えた。
「確か次はバシリカ先生の講義よ」
●
セロン達は幾つか専門性の高い講義も受講する事にしたのだが、その中に『バシリカ教室』なるものがあった。
正式には『紋具による空気圧縮と推進による物体運動に関する研究Iの教室』というのだが、生徒は誰もその名では呼ばず、その研究講義を行っているバシリカ・ボンバード教師の名からとって『バシリカ教室』あるいは『紋動研』と呼んでいた。
「えー、私がー! 紋動研Iの担当講師バシリカ・ボンバードだー! ちなみにIIとIIIも私の担当だから、紋動研を全部履修するならほぼ毎日私と会えるぞー! 喜べー!」
はっはっはーと笑うのは、鍔の広いとんがり帽子をかぶり、色気の無いだぼっとした長衣に身を包んだ女だった。
年の頃は三十手前程度だろうか。長い金髪はボサボサで化粧もまったくしていない様子である。
なんか、こう、全体的によれてて、薄汚れてて、洒落っ気の欠片も無い女先生だった。ただその大粒の緑色の瞳だけは、キラキラと少女のように輝いている。
「単位落とした奴でこの体験講義を再履修した奴はいないからー! 今日は全員、初参加だなー!」
最初の数回は体験講義として生徒達は仮受講出来る事になっていた。
体験講義を受けてみて、想像していたものとなんか違った、となったら履修をキャンセルして良いのである。
そして聴講するに足る、と判断した場合は本履修を申請し、最低一期間は受講して試験をパスし単位を得なければならない。
大抵の生徒達は余裕をもって履修計画を建てるので、講義を一つか二つ落としても即落第とはならないが、落とし過ぎて単位が足りなくなれば当然、落第だ。
だから講義は受けるからには単位取得を成功させるべきものだった。
ちなみにこの『バシリカ教室』にはセロン達三名しかいなかった。
三名しかいなかった。
つまり、在校生と王国からの新入生は誰も寄りついていない。
(……案内にあった講義の概要を読んだ限りだと、画期的な新技術に思えたけど……なんでだろう?)
あまりの不人気っぷりにセロンが不思議に思っている中、だぼだぼ長衣の先生が意外に豊かな大きな胸を張って言った。
「我が教室の研究目的はズバリ、マホウを作る事だな!」
「……魔法を作る? 新スキルを開発する、という事ですか?」
ゾフィーが小首を傾げた。
すると女教師は「ちっがーう!」と特徴的な節回しで叫びつつ、白墨を振るってカカカッと黒板に板書した。
「――魔砲だ!」
魔と砲を意味する単語が連続して黒板には書かれていた。
なおセロンは帝国ではそんな単語は目にした事がなかった。恐らくこの先生の造語であろう。
聞き慣れないフレーズにカサンドラも碧眼をぱちくりとさせている。
「魔砲……?」
「それが、あれですか、長い筒の中に球体を詰め込んで、紋具を用いて空気を圧縮させて爆発的に発生させる事により、空圧で物体を押し出し加速させ飛ばすという」
セロンが事前に読み込んでいた講義案内をかいつまんで言うと、バシリカ先生は緑瞳を大きく見開きさらに輝かせた。
「おお! そうそう、つまり、ざっくり言うとそういう事なんだ! 偉いぞ君! セラン君だっけ? きちんと私が書いた案内で予習しているね! すばらしいすばらしい!!」
魔女帽をかぶった女教師はセロンへとにゅっと手を伸ばして来ると、上機嫌になでなでと頭を撫で回してくれた。
(大の男が十六になってまで頭を撫でられるとは……)
少し啞然とする所である。
このセンセ、あんまり常識的な人間ではないような気配がしてきた。
「まぁ百聞は一見に如かずだね! ちょうど試作型六十六号が完成した所だからその性能を見せたげよう! ついてきたまへ少年少女達よ!」
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ポカポカとした日差しが蒼天より降り注ぐ中、セロン達はバリシカ先生に案内されて学園の敷地内にある緑の芝生が生い茂った領域へと来ていた。
少し離れた位置に的があり、バシリカ先生の胸には金属製の筒が抱かれていた。
筒の口の大きさは人の拳大程度の大きさだろうか。長さはセロンが片腕を真っ直ぐに伸ばした時の腕の長さ程度あった。
「まずこれにだね! 礫となる球をきゅっと詰め込むんだ!」
バシリカ先生は筒の片側を地につけると、口からやはり拳大程度のサイズの丸く削られた石球を入れた。
そして太い棒を筒口に入れて何度もドンドンと力を入れて突いてゆく。しまいにはサラサラと砂っぽいものまで筒口から入れてさらに突いた。
「で、十分に詰められた事が確認できたら目標へと砲口を向け構える」
魔女帽をかぶった女は片膝を立てて地面に座ると金属筒を肩に担ぐ。
「そうして十分に狙いがつけられたら、この部分に手をあててエーテルを流し込む」
魔女が肩に担ぐ金属筒が眩く光輝き、轟音と共にその砲口から石弾が勢い良く飛び出した。
それは的の脇をかすめ抜け、奥に張られていた鋼鉄の分厚い壁に激突し轟音を響かせながらバラバラに砕け散る。
どうやら強烈な破壊力があるようだった。
(……やはりこれは凄い)
セロンは驚嘆した。
概要を読んだ時から予感はしていたのだが、この技術は近い将来、戦いの在り方を根本から変えてしまうかもしれない。
大型化すれば今の戦場にある平衡錘投石機よりもよほど威力が出るものになるだろう。小型の床弩相手なら既に現段階で勝っているかもしれない。
――この技術は必ず帝国に持ち帰るべきだ。
そのように思う。
カサンドラやゾフィーも驚いている様子だった。
ただ、当のバシリカ先生はこの試射結果には納得がいかなかったようで、
「あれ? ちゃんと狙ったのにハズレてしまったぞ。ちょっと待ってね、今度こそあてるから……」
ブロンド女はいそいそと再び金属筒に石弾を詰め込み肩に担いで膝立ちに構えた。
「えー、では今度こそ……! この魔砲の威力をとくとご覧あれっ! ふぁいあーッ!!」
女教師が担ぐ金属筒が眩く輝き――先程よりもさらに強烈に光輝いて――爆裂四散した。
カッと周囲に激しい閃光を撒き散らした金属筒は、エーテルの波動を膨れ上がらせると融解して魔的エネルギー体と化し、白い大爆発を巻き起こしてバシリカ先生を吹き飛ばした。
セロン達はしばし呆然と立ち尽くしたが、
「せ、先生ーーーッ?!」
女先生が全身から煙を噴き上げて痙攣し起き上がる様子が無いのを見て、慌てて駆け寄り、ヒールを連射したのだった。
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その後、セロン達が保健室へとバシリカ先生を担ぎ込むと保健医はまたか、といった顔をした。
バシリカは高頻度で暴発騒ぎを起こして度々担ぎ込まれているらしい。
敵の前に自分を吹き飛ばすような武器は戦場で命を預ける武器足りえない。
どうやら『魔砲』はおよそ実用の段階には達していないらしかった。
「いやぁ、午後の講義はなかなか波乱だったなぁ」
放課後、セロン達は学園付近の良さげな酒場に入って肉を焼いていた。
美味い、安い、量が多い、が売りの学生向けの店である。
「ええ、バシリカ先生が吹き飛んだ時は心臓が止まるかと思ったわ」
「私はきっと爆発するんだろうなって思ってたよ」
もぐもぐと焼いた肉を食べつつゾフィー。
セロンは軽く驚いた。エールの杯に口付けつつ問いかける。
「え、フィーネ、あれが上手くいかないって気づいてたの?」
「あのセンセー駄目げなニオイがした。絶対こいつ失敗するぞって」
なんとなく解るような気がしないでもない。言われてみるとあの先生は色々ダメそうだ。
「構想自体は有用そうだとは思うけど……あの講義、どうする?」
「今は駄目でも将来的にはあれは必ず重要技術になる。履修しておいて損はないよ」
もしも将来、帝国との戦が起こった時、王国側があの技術に基づいた兵器を持ち出して来ても、基礎を学んでおけば対策は立てやすいから、役に立つだろう。
「王国側はよく帝国の人間の受講を禁止しないね、あれバリバリの重要軍事技術じゃないの」
「実は王国からはあんまり評価されてないんじゃないバシリカ先生」
「うわ、気の毒だけどありえそう」
そんな事を語りつつセロン達は満腹になるまで存分に飲み食いしたのだった。