そして豊かな南の王国の学園へと
キャラクターノベル制作 望月誠司納品 2021年02月27日 22時30分45秒
セロンガード・シュタインドルフが十六歳の時の話だ。
リヒテンシュタットの戦いで負った傷も癒え、退院して帝都に帰還したセロンとゾフィーは、カサンドラと共に旅の準備を仕上げるとパンクリアース学園への潜入任務を果たす為に兵舎から出た。
「いよいよ出発だね」
朝、黒髪の少年が同行者たる少女達へと言うと。
「学園での生活を思うとドキドキするなぁ」
「何事もなく王都まで辿り着けると良いんだけど」
銀髪ポニーテールの娘は期待に赤瞳を煌かせ、薄紫色の長髪の娘は遠大な旅路を思ったか横顔に翳りを見せていた。
ゾフィーはそんなカサンドラを一瞥してからセロンへと小首傾げ、
「えぇと、案内の人達とは帝都の外で合流するんだっけ?」
黒髪の少年は頷いた。
「うん、その予定。その方が怪しまれないから」
顔見知りが多い帝都からはひとまずは軍人の態で出て、近くの町で案内役と合流し、装いを貴族のそれへと変える予定だった。
「合流予定地点はグリューンシュタットの酒場だ。だから今日中には町に辿り着かないといけない」
「なるほど、まぁ町までは道草食わなきゃ大丈夫でしょ。キャシー、案内がいるんだからグランスパーダまでだって大丈夫だよ」
「ええ、そうね」
セロン達三人はそんな会話をかわしつつ兵舎前から移動を開始した。
冬の朝陽が差す中、活気に溢れた通りを抜け、帝都を囲む巨大な市壁を南門から潜って外へと出る。
三人は石畳が敷かれた大きな街道を南へと向かって歩き出した。
リーンエス王国の王都グランスパーダは帝都シルトラースの遥か南方にある。
あたりが暗くなる程度まで歩き通すとやがてそれなりに賑やかな宿場町へと辿り着いた。
町を囲む壁の門を潜って中へと入り、通りを進んで横に逸れ裏の道へと入り、あまり流行っていなさそうな一軒の酒場へと入る。
ヴェヒター・ヌルの息がかかった酒場だった。二階は宿屋になっている。
店内に入ると店主と給仕の娘、そしてカウンター席に三人だけ客がいた。
「こんばんは~、いらっしゃ~い」
眼鏡をかけた赤毛の娘が振り向いて、セロン達へとニコニコと声をかけてきた。
「今晩はです。すいません、お待たせしてしまいましたシガさん」
「いえいえセロン君~、こっちも今さっき来たところ~。あと今回の任務の間はオリヴィアって呼んで~、学園の任務ではそう名乗ってたから~」
「わかりました」
眼鏡の彼女もヴェヒター・ヌルの諜報員だった。
「今回はよろしくお願いします」
「ま、気楽に行こうぜ!」
「長旅ですからねぇ。肩肘張ってると疲れてしまいますよ」
金髪の青年が親指を立てて笑顔を見せ、痩躯の赤毛の青年が眼鏡を中指で押し上げて位置を調整しながら頷く。
それぞれオリヴィア、エーゴン、フリードリヒと名乗っていた。共に年齢は十代後半程度である。
この三人が今回、道案内としてセロン達の旅路に同行してくれる部隊員達だった。これまで学園に潜入していたが先日卒業となり下番となった三人である。
今回進む道は、大陸三大国のうちの二つの大国同士の首都を繋ぐ道だ。街道としてはかなり大きなものとなる。
その為、道自体に迷う可能性というと低かった。
しかしなにぶん、踏破すべき道程自体は遠大なものがある長旅である。
乗り合い馬車の乗り継ぎの仕方や、関所の通り方、宿の手配など、そういった面では往来経験が豊富な人間が同行してくれていた方が都合が良い。
王都グランスパーダは広大なリーンエス王国内のほぼ中央部にあり、帝国人達にとって風習も常識も異なる慣れない異国に入ってからもかなりの距離を移動しなければならないとなるとなおさらだ。
またバルバロイなどの脅威が出没しないとも限らず、万一の際のそれへの対応、またそもそもの抑止力としても人数は居た方が良かった。
セロン達が無事に学園に辿り着いた、との確かな報告を部隊へと連絡するのもオリヴィア達の役割なのだろう。
そういった諸々の必要性の為、案内役がつけられているのである。
年上の部隊員達は言った。
「それじゃ任務成功の前祝いにぱ~っとやろうぜ!」
「お、賛成~、やっぱり景気をつけないとね何事も~」
「単に飲みたいだけだろお前ら……ああ、こうなると聞かないんだ。君たち悪いね、付き合ってやってくれるかい?」
「ええ、喜んで」
セロンは笑顔を浮かべて頷いた。
かくてその晩は酒宴が開かれ飲み明かされる事となったのだった。
●
翌朝、セロン達はいつもの、そしてここまで着込んで来た七四大隊の軍装では無く、帝国の下級貴族風の旅装へと服を変えていた。
学園への潜入任務は、表向き貴族として留学するという体裁であったからだ。
ただ貴族ではあったが、移動に自家用の馬車は用いなかった。貴族とはいってもさほど裕福ではない最下級貴族という設定にしてある。
何故、貧乏にするのかというと、裕福であるなら随行する使用人がいないと不自然な為だ。
ただ、そうなると一人の使用人も連れていけない貧乏貴族が名門校へ留学? という疑問も発生するのだが帝国は実力主義で名高い。
名門校で優れた知識と技術を身に着け、後に母国に持ち帰り立身出世を大望している家々、という具合で辻褄を合わせていた。
セロン達はそれぞれの家の期待を背負って異国へと旅立つ優秀な若人達なのである。
三人とも首席と次席なのでその設定に耐えられるだけの学力があるのが幸いだった。
名前もそれぞれ、
セラン・フェルゼンブルク
フィーネ・メローヴイング
キャロライン・ネッカーラント
と偽名を用意し、合わせたカバーストーリーも用意してある。
この酒場を出た瞬間から、三人は諜報部隊の軍人ではなく、貴族の留学生となるのである。
が、
「あぁ~、頭いたぃぃぃ、迎え酒ぇぇぇえええ」
「姉さん…………」
案内役のオリヴィアが二日酔いなようで、頭痛を誤魔化す為に朝っぱらから酒を注文しようとし弟に止められていた。
そう、実はオリヴィアとフリードリヒは兄弟なのである。
「しょうがねぇ奴だなぁ……ほら、水飲んどけ水」
「あぁん、ありがとだーりぃんんんん、愛してる~! 今日もイッケメ~ン!」
「ふ、お前には負けるさハニー!」
「やんっ」
そして昨晩聞いた話によるとオリヴィアとエーゴンは恋人同士であるのだそうだ。
なんでもオリヴィアは在学中に『決闘に勝利したら付き合って』と挑戦して見事に勝利しエーゴンの恋人の座を勝ち取ったらしい。
ぽわぽわした見た目と口調に反してなかなか豪傑な女である。
なおフリードリヒも学園で知り合ったどこかの令嬢と交際しているらしい。
そのように学園に入学中、他の学生と親密になる者や、同伴した諜報員と禁断の恋を始める隊員も稀にいるのだとか。
ゾフィーが火色の瞳に氷のような恐れを宿し、一歩後退って固まった。
「え、もしかして、パンクリアース学園に辿り着くまでの間、ずっとこのバカップルっぷりを見せつけられるの……? 死では……?」
「まあフィーネ、そんな事を言わないの。仲が良い事は美しい事よ。世界に愛が溢れているのは素晴らしい事だわ。地平に愛と平和を、産めよ増やせよ、と神様もおっしゃられていたもの」
カサンドラはニコニコとそんな事を言っている。
ゾフィーが頭を抱えた。
「セロンッ」
「酒場から出たらセランだからね」
とクギを刺しつつセロンは彼方を見つめた――遠い目で。
「まぁ任務さえしっかりやってくれれば良いんじゃないかなぁ……」
「くそう! この土壇場以外事なかれ主義者めっ! ここが土壇場だぞっ!」
「僕にどうしろと」
「私の知覚範囲内からあの動く砂糖式精神殺戮兵器どもを消し去ってっ!」
「無理に決まってるでしょーが、ヴェヒター・ヌルの先輩で案内人なんだから……まぁ、これも耐性つける為の修業だと思えば良いんじゃないかな」
セロンは顎に手をやり少し考えてからそのように言った。
銀髪ポニテ娘が目を瞬かせ小首傾げる。
「耐性?」
「昨晩聞いた話が真実なら、溢れてるんでしょ、学園って、こちらのお二人みたいなのが……」
「ひぃぃっ! なんという魔境……! おうちかえりたくなってきたぁ~……!」
ゾフィーが涙目になっている。
そんな調子で会話をかわしていると、
「おい、乗り合い馬車の時間、大丈夫なのか?」
ぼそっと野太い声で亭主が一同へと言葉を投げた。
「あっ、いっけない~、セラン君~」
「ええ、急ぎましょう!」
一同は急ぎ町の乗り合い馬車乗り場へと向かうのだった。
●
六人が飛び込んだ乗り合い馬車は街道を南へと向かった。
乗り合い馬車業は農民が農閑期に副業でやっている事が多く、馬車の乗り心地はあまり良いとはいえない。
授恵者の足ならば速度的にもそう変わらないか、むしろ遅いまであるのだが、それでも体力的に楽な事は確かだった。
「学園内は勿論、道中でも能力の行使は控えたほうが良いよ~。どこで見られてるかわからないからね~」
冬の寒風の中、吹き曝しの乗り合い馬車の座席で身を寄せ合っている時、オリヴィアが囁いた。
「授恵者はやはり目立ちますか」
「だね~、やっぱり絶対的に数が少ないからねぇ」
もうじきに爆発的に増える事になる時代が迫っていたが、この時点では授恵者はまだまだ非常に稀有な存在だった。
「それに、学園内には帝国の『敵対勢力』が潜んでるからな」
金髪の青年が声を潜めて言う。
「敵対勢力、ですか……」
黒髪の少年が表情を引き締めると赤毛の青年は眼鏡をクィッと押し上げて位置を直し、
「ま、帝国側の人間もちらほらとはいますけどね。例えば――」
三人はそのように学園における勢力の細部を教えてくれたのだった。
主要な町へと辿り着くとオリヴィアお勧めの宿へと一泊した。そうしてまた別の乗り合い馬車へと乗り込んで再び南へと向かう。
何日もそれを繰り返していると、やがて気温も和らいでゆき、見える景色も帝国の寒色が強いものから穏やかなものへと色合いを変化させ始めた。山の間を抜ける度にそれは顕著だった。
やがて国境の関を越え、リーンエス王国内へと入った。
大分、過ごしやすくなっていたが、しかし旅の速度は逆に落ちた。
関所がやたらと多かったからだ。
中央集権された絶対王政の帝国と比べ、王国の実態はまだまだ地方分権色の強い封建国家であり、領地を跨ぐごとに色々と手続きが厄介だった。
「こんなに面倒で、よく王国内の商人はやっていけますね。関を通るたびに税も取られるのでしょう?」
ある時、辟易してセロンが言うと。
「南の大地は豊かだからね~、北とは何もかもが違うよ~」
政治体制が旧態依然としていても、各領主の力が強くバラバラでまとまりがなくても、それでも大陸の三大国として帝国と張り合えるだけの地力が、この南の豊かな国にはあるようだった。
「驚異的な底力を持っていますねリーンエス王国は。もし彼等が制度を効率良く整えたら……」
「まぁそれが出来れば王国側も苦労はないんだろうけどね~」
「どうも、なかなか根深いようだぜリーンエスの王家と諸侯間の問題は」
「むしろ中央集権を成功させたバルダス家と帝国が異常でしょう。まぁ北は征竜の脅威などがありましたが……」
厳しい大地なだけにまとまらざるをえなかった、というのはプラスに働いたのだろうとフリードリヒは言った。
豊かな王国内をさらに南下してゆき、二毛作の光景などに驚きつつも、やがて一行の目に王都グランスパーダが見えてきた。
「それじゃ、私達はここまでだね~」
「道中楽しかったぜ!」
「頑張ってくださいね」
道案内の三名とセロン達は別れ、王都の門をくぐったのだった。
●
パンクリアース学園は王都グランスパーダに広大な敷地を持つ名門校である。
その敷地は高さニメートル程の塀で以ってぐるりと取り囲まれている。
学園の周辺には学生向けの店が多く建ち並んでおり特に飲食店が目をひいた。
乗り合い馬車も定期運航されているようで、それは市内の中央と往来しているようだった。
正門の付近には目つきの鋭い初老の男達が立っていた。
かなり歳を喰っている様子だったが、立ち姿に隙は無い。
恐らく、引退した兵士か冒険者か、あるいは騎士か、いずれにせよ確かな心得のある者達だろう。
セロン達は学園の門へと近づくと門番達に声をかけた――
リヒテンシュタットの戦いで負った傷も癒え、退院して帝都に帰還したセロンとゾフィーは、カサンドラと共に旅の準備を仕上げるとパンクリアース学園への潜入任務を果たす為に兵舎から出た。
「いよいよ出発だね」
朝、黒髪の少年が同行者たる少女達へと言うと。
「学園での生活を思うとドキドキするなぁ」
「何事もなく王都まで辿り着けると良いんだけど」
銀髪ポニーテールの娘は期待に赤瞳を煌かせ、薄紫色の長髪の娘は遠大な旅路を思ったか横顔に翳りを見せていた。
ゾフィーはそんなカサンドラを一瞥してからセロンへと小首傾げ、
「えぇと、案内の人達とは帝都の外で合流するんだっけ?」
黒髪の少年は頷いた。
「うん、その予定。その方が怪しまれないから」
顔見知りが多い帝都からはひとまずは軍人の態で出て、近くの町で案内役と合流し、装いを貴族のそれへと変える予定だった。
「合流予定地点はグリューンシュタットの酒場だ。だから今日中には町に辿り着かないといけない」
「なるほど、まぁ町までは道草食わなきゃ大丈夫でしょ。キャシー、案内がいるんだからグランスパーダまでだって大丈夫だよ」
「ええ、そうね」
セロン達三人はそんな会話をかわしつつ兵舎前から移動を開始した。
冬の朝陽が差す中、活気に溢れた通りを抜け、帝都を囲む巨大な市壁を南門から潜って外へと出る。
三人は石畳が敷かれた大きな街道を南へと向かって歩き出した。
リーンエス王国の王都グランスパーダは帝都シルトラースの遥か南方にある。
あたりが暗くなる程度まで歩き通すとやがてそれなりに賑やかな宿場町へと辿り着いた。
町を囲む壁の門を潜って中へと入り、通りを進んで横に逸れ裏の道へと入り、あまり流行っていなさそうな一軒の酒場へと入る。
ヴェヒター・ヌルの息がかかった酒場だった。二階は宿屋になっている。
店内に入ると店主と給仕の娘、そしてカウンター席に三人だけ客がいた。
「こんばんは~、いらっしゃ~い」
眼鏡をかけた赤毛の娘が振り向いて、セロン達へとニコニコと声をかけてきた。
「今晩はです。すいません、お待たせしてしまいましたシガさん」
「いえいえセロン君~、こっちも今さっき来たところ~。あと今回の任務の間はオリヴィアって呼んで~、学園の任務ではそう名乗ってたから~」
「わかりました」
眼鏡の彼女もヴェヒター・ヌルの諜報員だった。
「今回はよろしくお願いします」
「ま、気楽に行こうぜ!」
「長旅ですからねぇ。肩肘張ってると疲れてしまいますよ」
金髪の青年が親指を立てて笑顔を見せ、痩躯の赤毛の青年が眼鏡を中指で押し上げて位置を調整しながら頷く。
それぞれオリヴィア、エーゴン、フリードリヒと名乗っていた。共に年齢は十代後半程度である。
この三人が今回、道案内としてセロン達の旅路に同行してくれる部隊員達だった。これまで学園に潜入していたが先日卒業となり下番となった三人である。
今回進む道は、大陸三大国のうちの二つの大国同士の首都を繋ぐ道だ。街道としてはかなり大きなものとなる。
その為、道自体に迷う可能性というと低かった。
しかしなにぶん、踏破すべき道程自体は遠大なものがある長旅である。
乗り合い馬車の乗り継ぎの仕方や、関所の通り方、宿の手配など、そういった面では往来経験が豊富な人間が同行してくれていた方が都合が良い。
王都グランスパーダは広大なリーンエス王国内のほぼ中央部にあり、帝国人達にとって風習も常識も異なる慣れない異国に入ってからもかなりの距離を移動しなければならないとなるとなおさらだ。
またバルバロイなどの脅威が出没しないとも限らず、万一の際のそれへの対応、またそもそもの抑止力としても人数は居た方が良かった。
セロン達が無事に学園に辿り着いた、との確かな報告を部隊へと連絡するのもオリヴィア達の役割なのだろう。
そういった諸々の必要性の為、案内役がつけられているのである。
年上の部隊員達は言った。
「それじゃ任務成功の前祝いにぱ~っとやろうぜ!」
「お、賛成~、やっぱり景気をつけないとね何事も~」
「単に飲みたいだけだろお前ら……ああ、こうなると聞かないんだ。君たち悪いね、付き合ってやってくれるかい?」
「ええ、喜んで」
セロンは笑顔を浮かべて頷いた。
かくてその晩は酒宴が開かれ飲み明かされる事となったのだった。
●
翌朝、セロン達はいつもの、そしてここまで着込んで来た七四大隊の軍装では無く、帝国の下級貴族風の旅装へと服を変えていた。
学園への潜入任務は、表向き貴族として留学するという体裁であったからだ。
ただ貴族ではあったが、移動に自家用の馬車は用いなかった。貴族とはいってもさほど裕福ではない最下級貴族という設定にしてある。
何故、貧乏にするのかというと、裕福であるなら随行する使用人がいないと不自然な為だ。
ただ、そうなると一人の使用人も連れていけない貧乏貴族が名門校へ留学? という疑問も発生するのだが帝国は実力主義で名高い。
名門校で優れた知識と技術を身に着け、後に母国に持ち帰り立身出世を大望している家々、という具合で辻褄を合わせていた。
セロン達はそれぞれの家の期待を背負って異国へと旅立つ優秀な若人達なのである。
三人とも首席と次席なのでその設定に耐えられるだけの学力があるのが幸いだった。
名前もそれぞれ、
セラン・フェルゼンブルク
フィーネ・メローヴイング
キャロライン・ネッカーラント
と偽名を用意し、合わせたカバーストーリーも用意してある。
この酒場を出た瞬間から、三人は諜報部隊の軍人ではなく、貴族の留学生となるのである。
が、
「あぁ~、頭いたぃぃぃ、迎え酒ぇぇぇえええ」
「姉さん…………」
案内役のオリヴィアが二日酔いなようで、頭痛を誤魔化す為に朝っぱらから酒を注文しようとし弟に止められていた。
そう、実はオリヴィアとフリードリヒは兄弟なのである。
「しょうがねぇ奴だなぁ……ほら、水飲んどけ水」
「あぁん、ありがとだーりぃんんんん、愛してる~! 今日もイッケメ~ン!」
「ふ、お前には負けるさハニー!」
「やんっ」
そして昨晩聞いた話によるとオリヴィアとエーゴンは恋人同士であるのだそうだ。
なんでもオリヴィアは在学中に『決闘に勝利したら付き合って』と挑戦して見事に勝利しエーゴンの恋人の座を勝ち取ったらしい。
ぽわぽわした見た目と口調に反してなかなか豪傑な女である。
なおフリードリヒも学園で知り合ったどこかの令嬢と交際しているらしい。
そのように学園に入学中、他の学生と親密になる者や、同伴した諜報員と禁断の恋を始める隊員も稀にいるのだとか。
ゾフィーが火色の瞳に氷のような恐れを宿し、一歩後退って固まった。
「え、もしかして、パンクリアース学園に辿り着くまでの間、ずっとこのバカップルっぷりを見せつけられるの……? 死では……?」
「まあフィーネ、そんな事を言わないの。仲が良い事は美しい事よ。世界に愛が溢れているのは素晴らしい事だわ。地平に愛と平和を、産めよ増やせよ、と神様もおっしゃられていたもの」
カサンドラはニコニコとそんな事を言っている。
ゾフィーが頭を抱えた。
「セロンッ」
「酒場から出たらセランだからね」
とクギを刺しつつセロンは彼方を見つめた――遠い目で。
「まぁ任務さえしっかりやってくれれば良いんじゃないかなぁ……」
「くそう! この土壇場以外事なかれ主義者めっ! ここが土壇場だぞっ!」
「僕にどうしろと」
「私の知覚範囲内からあの動く砂糖式精神殺戮兵器どもを消し去ってっ!」
「無理に決まってるでしょーが、ヴェヒター・ヌルの先輩で案内人なんだから……まぁ、これも耐性つける為の修業だと思えば良いんじゃないかな」
セロンは顎に手をやり少し考えてからそのように言った。
銀髪ポニテ娘が目を瞬かせ小首傾げる。
「耐性?」
「昨晩聞いた話が真実なら、溢れてるんでしょ、学園って、こちらのお二人みたいなのが……」
「ひぃぃっ! なんという魔境……! おうちかえりたくなってきたぁ~……!」
ゾフィーが涙目になっている。
そんな調子で会話をかわしていると、
「おい、乗り合い馬車の時間、大丈夫なのか?」
ぼそっと野太い声で亭主が一同へと言葉を投げた。
「あっ、いっけない~、セラン君~」
「ええ、急ぎましょう!」
一同は急ぎ町の乗り合い馬車乗り場へと向かうのだった。
●
六人が飛び込んだ乗り合い馬車は街道を南へと向かった。
乗り合い馬車業は農民が農閑期に副業でやっている事が多く、馬車の乗り心地はあまり良いとはいえない。
授恵者の足ならば速度的にもそう変わらないか、むしろ遅いまであるのだが、それでも体力的に楽な事は確かだった。
「学園内は勿論、道中でも能力の行使は控えたほうが良いよ~。どこで見られてるかわからないからね~」
冬の寒風の中、吹き曝しの乗り合い馬車の座席で身を寄せ合っている時、オリヴィアが囁いた。
「授恵者はやはり目立ちますか」
「だね~、やっぱり絶対的に数が少ないからねぇ」
もうじきに爆発的に増える事になる時代が迫っていたが、この時点では授恵者はまだまだ非常に稀有な存在だった。
「それに、学園内には帝国の『敵対勢力』が潜んでるからな」
金髪の青年が声を潜めて言う。
「敵対勢力、ですか……」
黒髪の少年が表情を引き締めると赤毛の青年は眼鏡をクィッと押し上げて位置を直し、
「ま、帝国側の人間もちらほらとはいますけどね。例えば――」
三人はそのように学園における勢力の細部を教えてくれたのだった。
主要な町へと辿り着くとオリヴィアお勧めの宿へと一泊した。そうしてまた別の乗り合い馬車へと乗り込んで再び南へと向かう。
何日もそれを繰り返していると、やがて気温も和らいでゆき、見える景色も帝国の寒色が強いものから穏やかなものへと色合いを変化させ始めた。山の間を抜ける度にそれは顕著だった。
やがて国境の関を越え、リーンエス王国内へと入った。
大分、過ごしやすくなっていたが、しかし旅の速度は逆に落ちた。
関所がやたらと多かったからだ。
中央集権された絶対王政の帝国と比べ、王国の実態はまだまだ地方分権色の強い封建国家であり、領地を跨ぐごとに色々と手続きが厄介だった。
「こんなに面倒で、よく王国内の商人はやっていけますね。関を通るたびに税も取られるのでしょう?」
ある時、辟易してセロンが言うと。
「南の大地は豊かだからね~、北とは何もかもが違うよ~」
政治体制が旧態依然としていても、各領主の力が強くバラバラでまとまりがなくても、それでも大陸の三大国として帝国と張り合えるだけの地力が、この南の豊かな国にはあるようだった。
「驚異的な底力を持っていますねリーンエス王国は。もし彼等が制度を効率良く整えたら……」
「まぁそれが出来れば王国側も苦労はないんだろうけどね~」
「どうも、なかなか根深いようだぜリーンエスの王家と諸侯間の問題は」
「むしろ中央集権を成功させたバルダス家と帝国が異常でしょう。まぁ北は征竜の脅威などがありましたが……」
厳しい大地なだけにまとまらざるをえなかった、というのはプラスに働いたのだろうとフリードリヒは言った。
豊かな王国内をさらに南下してゆき、二毛作の光景などに驚きつつも、やがて一行の目に王都グランスパーダが見えてきた。
「それじゃ、私達はここまでだね~」
「道中楽しかったぜ!」
「頑張ってくださいね」
道案内の三名とセロン達は別れ、王都の門をくぐったのだった。
●
パンクリアース学園は王都グランスパーダに広大な敷地を持つ名門校である。
その敷地は高さニメートル程の塀で以ってぐるりと取り囲まれている。
学園の周辺には学生向けの店が多く建ち並んでおり特に飲食店が目をひいた。
乗り合い馬車も定期運航されているようで、それは市内の中央と往来しているようだった。
正門の付近には目つきの鋭い初老の男達が立っていた。
かなり歳を喰っている様子だったが、立ち姿に隙は無い。
恐らく、引退した兵士か冒険者か、あるいは騎士か、いずれにせよ確かな心得のある者達だろう。
セロン達は学園の門へと近づくと門番達に声をかけた――