巡り会えた日
キャラクターノベル制作 伊治納品 2021年02月18日 18時41分06秒
カッシアは、吟遊詩人である。
授恵者となった現在は冒険者でもあり、冒険者ギルドで紹介を受けたシェアハウスの一部屋を借りて生活している。
生計の主はギルドで依頼の報酬だが、吟遊詩人としての仕事も細々受けている。
今日はシェアハウスのオーナーである老夫婦がカッシアの演奏を聴きたいと希望してくれたので、オーナーの家まで赴いて演奏し――今はその帰り道。
カッシアの目線は下、両手に抱えているリュートへ落ちる。
表面板の部分には月と狼の横顔をモチーフにしたシンプルな紋章の焼き印が押されているこのリュートは見る人が見れば判るもので、老夫婦は知っていた。
(やっぱりあいつに見る目がなかった)
カッシアはこのリュートを手に入れた日を思い出していた。
粗雑な外套のフードを被り直し、カッシアは街を歩いていた。
(帝都からだいぶ離れたとは言え、まだここは帝国だ)
従姉が機転を利かせて帝都から脱出させてくれたものの、一族の中でも立場がないとはいえ一族の血があるのは事実、連座して処分されるのは確実だった。
けれど、従姉はカッシアの生を願い、逃してくれた。
(最低でも帝国領を抜けるまでは油断できない)
帝都を脱出した後顔を隠す外套を購入し、換金できるものを換金しつつ同盟、冒険者ギルドがあり授恵者でなくとも紛れやすいリブラネスタを目指していた。
(逃げるしかできることがないってのも腹立たしいが……)
いや。
カッシアはそこで眉間にしわを寄せた。
逃げることもできなくなりそうな状態になっている。
簡単に言うと――お金がない。
(節約はしたが……)
追手の危険性を考え、帝都からだいぶ離れるまで宿はそこそこいい所の個室を選ぶ必要があった。
単独で街々を移動するような強さもなく、事情を詮索されて居場所が露見されるようなことは避けたい為街々を移動する乗合馬車を使わざるを得なかった。
が、同盟まであと少しという今、宿代すら怪しい。
(少しでも足しになるか?)
カッシアは荷の中から物語が記された本を取り出す。
帝都脱出の際、持ち出せた本を手放したくはないが、同盟領に入るまでは――
「あの時、俺は自分が世間知らずだと改めて思い知ったな」
カッシアは、当時を思い出して苦笑した。
古道具屋を選んで入ったが、店の主は字が読めなかった。
そう、貴族の立場にあったカッシアは教育を受けてきたから文字が読めたが、庶民の多くは文字を読むことができない。
店の主に読めないと返されるまで気づかず、同時に自身に立腹もした。
(本を持っているってのは、十分な手がかりだった)
文字が読めないのに本を持っている理由はそんなに多くない。
自分の当たり前を疑わなかったら、カッシアは閉ざされる。
あの時も今もそこは変わらない。
文字が読めないという店の主は、一応鑑定してくれた。
と言っても、本の状態や装丁、それと挿絵は見るだけだ。
「これなら、そこのガラクタのどれかひとつと交換だな」
身なりで貧乏人と見たのか、店の主は顎で無造作に置かれている一か所を指し示した。
(本はここで手放した方が上手く逃げられそうだ)
カッシアは頭の中で切り替え、がらくたに目をやる。
ひとつずつ見て、持っていても浮かず、少しでも金になりそうな掘り出し物を探すしかない。
カッシアの足元を見ている店の主がそれとなくこちらの様子を見ているのは判ったが、カッシアは構わず見て回った。
「っ」
少し大きめのがらくたが置いてある棚に目をやり、息を呑んだ。
見た目古いリュートだ。
手にし、表面板を確認すると、月と狼の横顔をモチーフにした焼き印が押されてある。
「……」
状態に問題がないことを確認すると、主に断ってから弾いてみた。
音色は――当たりだ。
(ルーガルの帝都時代の作品だ)
帝都郊外に生を受け、後に学術都市ヴェルクリエへ渡った楽器職人の帝都時代の作品だ。
ルーガルのリュートの音色を好んだという商人以外の買い手はつかなかったという評価されていない時代でもあり、その商人がいなければヴェルクリエに渡ることはもちろん、今日の食事にすらありつけなかったとか。
商人と共にヴェルクリエに渡って以後職人として大成し、工房も持って、生涯現役だったようだ。
現在も彼の技術や志を受け継ぐ弟子達が工房で楽器を作っているらしい。
(ルーガルだけが名うての楽器職人ではないし、気にしない奴も多いと思うが……この店主、見る目がないな)
カッシアが知っていたのは、書物で知って詳しくなったという従姉のお陰だ。
特に、ルーガルの楽器のどこかにある紋章が好みだったらしい。
ルーガルの若い時代の作品は月と狼の横顔をモチーフにした紋章だが、ヴェルクリエで工房を持った後はこの紋章に勿忘草が加わっている。
生涯独身であったルーガルには想う人がいて紋章に託したのでは……と、従姉がカッシアに熱い自論を展開したことがあった。更に、共にヴェルクリエへ向かったという商人はその後どうなったかは弟子達の間では伝わってないのも興味があったらしい。が、カッシアはその辺聞き流したのでよく憶えていない。
(巡り合わせなのか?)
リュートとは言え、その手の価値が判る者ならそれなりの値段はつける。
元の持ち主が手放した経緯は判らないが、少なくとも価値の判らないこの店の主によってがらくた扱いされていいものではない。
本よりも確実に高く、ここで手に入れて売却すれば本以上の金になる。
「それでいいのかい」
「ああ。これにするよ」
店の主に聞かれ、カッシアは決めた。
「手伝いねぇ……。それなら、リュート弾いてもらっていいかい」
宿の主は、カッシアのリュートを見てそう言った。
1階が酒場、2階が宿という賑やかなそこは、カッシアが今まで泊まってきたものよりも格段に安く、個室でもなければ追手が来た時に対処もできない。しかもうるさい。
「いいですよ」
それで素泊まりさせてもらえるならありがたい。
吟遊詩人という誤解を訂正しなかったカッシアは外面の良い笑みで引き受けた。
(リュートは初めてだな……。何かパフォーマンスを加えて誤魔化すか)
弦楽器は教養として扱えたし、その一環でリュートの弾き方も知識として知っている。
が、リュートそのものを聴かせる方向だと、ほぼ確実に素人だとばれる。
(こいつと交換した本の話を歌うか)
交換したあの本は物語だった。
文字が読める者が少ないなら気づく者も少ない。
だから、歌って困ることはない。
実際にやってみたら酒場での反応は良かった。
拍手だけでなく、投げ銭が寄越され、宿の主はまかないもつけてくれた。
(俺を褒めてくれる物好きは1人だけだと思ってたけど、そうでもないのかなって驚いたな)
あれがあって、吟遊詩人カッシアが誕生したともいうべきか。
その後同盟領に入り、リブラネスタを目指している最中に帝国崩壊の報を聞いた。自分が授恵者となっていることに気づいたのも帝国崩壊の後だ。
冒険者となり、後日売ろうと思っていたリュートは、今もカッシアの手にある。
「――帰るか」
カッシアはかつての自分の残滓を奥底にしまい、リュートから前へ視線を戻した。
今は、自由。今は、それでいい。
それは従姉から託されたカッシアの物語。
白雪の詩人は、今日もカッシアを奏でている。
授恵者となった現在は冒険者でもあり、冒険者ギルドで紹介を受けたシェアハウスの一部屋を借りて生活している。
生計の主はギルドで依頼の報酬だが、吟遊詩人としての仕事も細々受けている。
今日はシェアハウスのオーナーである老夫婦がカッシアの演奏を聴きたいと希望してくれたので、オーナーの家まで赴いて演奏し――今はその帰り道。
カッシアの目線は下、両手に抱えているリュートへ落ちる。
表面板の部分には月と狼の横顔をモチーフにしたシンプルな紋章の焼き印が押されているこのリュートは見る人が見れば判るもので、老夫婦は知っていた。
(やっぱりあいつに見る目がなかった)
カッシアはこのリュートを手に入れた日を思い出していた。
粗雑な外套のフードを被り直し、カッシアは街を歩いていた。
(帝都からだいぶ離れたとは言え、まだここは帝国だ)
従姉が機転を利かせて帝都から脱出させてくれたものの、一族の中でも立場がないとはいえ一族の血があるのは事実、連座して処分されるのは確実だった。
けれど、従姉はカッシアの生を願い、逃してくれた。
(最低でも帝国領を抜けるまでは油断できない)
帝都を脱出した後顔を隠す外套を購入し、換金できるものを換金しつつ同盟、冒険者ギルドがあり授恵者でなくとも紛れやすいリブラネスタを目指していた。
(逃げるしかできることがないってのも腹立たしいが……)
いや。
カッシアはそこで眉間にしわを寄せた。
逃げることもできなくなりそうな状態になっている。
簡単に言うと――お金がない。
(節約はしたが……)
追手の危険性を考え、帝都からだいぶ離れるまで宿はそこそこいい所の個室を選ぶ必要があった。
単独で街々を移動するような強さもなく、事情を詮索されて居場所が露見されるようなことは避けたい為街々を移動する乗合馬車を使わざるを得なかった。
が、同盟まであと少しという今、宿代すら怪しい。
(少しでも足しになるか?)
カッシアは荷の中から物語が記された本を取り出す。
帝都脱出の際、持ち出せた本を手放したくはないが、同盟領に入るまでは――
「あの時、俺は自分が世間知らずだと改めて思い知ったな」
カッシアは、当時を思い出して苦笑した。
古道具屋を選んで入ったが、店の主は字が読めなかった。
そう、貴族の立場にあったカッシアは教育を受けてきたから文字が読めたが、庶民の多くは文字を読むことができない。
店の主に読めないと返されるまで気づかず、同時に自身に立腹もした。
(本を持っているってのは、十分な手がかりだった)
文字が読めないのに本を持っている理由はそんなに多くない。
自分の当たり前を疑わなかったら、カッシアは閉ざされる。
あの時も今もそこは変わらない。
文字が読めないという店の主は、一応鑑定してくれた。
と言っても、本の状態や装丁、それと挿絵は見るだけだ。
「これなら、そこのガラクタのどれかひとつと交換だな」
身なりで貧乏人と見たのか、店の主は顎で無造作に置かれている一か所を指し示した。
(本はここで手放した方が上手く逃げられそうだ)
カッシアは頭の中で切り替え、がらくたに目をやる。
ひとつずつ見て、持っていても浮かず、少しでも金になりそうな掘り出し物を探すしかない。
カッシアの足元を見ている店の主がそれとなくこちらの様子を見ているのは判ったが、カッシアは構わず見て回った。
「っ」
少し大きめのがらくたが置いてある棚に目をやり、息を呑んだ。
見た目古いリュートだ。
手にし、表面板を確認すると、月と狼の横顔をモチーフにした焼き印が押されてある。
「……」
状態に問題がないことを確認すると、主に断ってから弾いてみた。
音色は――当たりだ。
(ルーガルの帝都時代の作品だ)
帝都郊外に生を受け、後に学術都市ヴェルクリエへ渡った楽器職人の帝都時代の作品だ。
ルーガルのリュートの音色を好んだという商人以外の買い手はつかなかったという評価されていない時代でもあり、その商人がいなければヴェルクリエに渡ることはもちろん、今日の食事にすらありつけなかったとか。
商人と共にヴェルクリエに渡って以後職人として大成し、工房も持って、生涯現役だったようだ。
現在も彼の技術や志を受け継ぐ弟子達が工房で楽器を作っているらしい。
(ルーガルだけが名うての楽器職人ではないし、気にしない奴も多いと思うが……この店主、見る目がないな)
カッシアが知っていたのは、書物で知って詳しくなったという従姉のお陰だ。
特に、ルーガルの楽器のどこかにある紋章が好みだったらしい。
ルーガルの若い時代の作品は月と狼の横顔をモチーフにした紋章だが、ヴェルクリエで工房を持った後はこの紋章に勿忘草が加わっている。
生涯独身であったルーガルには想う人がいて紋章に託したのでは……と、従姉がカッシアに熱い自論を展開したことがあった。更に、共にヴェルクリエへ向かったという商人はその後どうなったかは弟子達の間では伝わってないのも興味があったらしい。が、カッシアはその辺聞き流したのでよく憶えていない。
(巡り合わせなのか?)
リュートとは言え、その手の価値が判る者ならそれなりの値段はつける。
元の持ち主が手放した経緯は判らないが、少なくとも価値の判らないこの店の主によってがらくた扱いされていいものではない。
本よりも確実に高く、ここで手に入れて売却すれば本以上の金になる。
「それでいいのかい」
「ああ。これにするよ」
店の主に聞かれ、カッシアは決めた。
「手伝いねぇ……。それなら、リュート弾いてもらっていいかい」
宿の主は、カッシアのリュートを見てそう言った。
1階が酒場、2階が宿という賑やかなそこは、カッシアが今まで泊まってきたものよりも格段に安く、個室でもなければ追手が来た時に対処もできない。しかもうるさい。
「いいですよ」
それで素泊まりさせてもらえるならありがたい。
吟遊詩人という誤解を訂正しなかったカッシアは外面の良い笑みで引き受けた。
(リュートは初めてだな……。何かパフォーマンスを加えて誤魔化すか)
弦楽器は教養として扱えたし、その一環でリュートの弾き方も知識として知っている。
が、リュートそのものを聴かせる方向だと、ほぼ確実に素人だとばれる。
(こいつと交換した本の話を歌うか)
交換したあの本は物語だった。
文字が読める者が少ないなら気づく者も少ない。
だから、歌って困ることはない。
実際にやってみたら酒場での反応は良かった。
拍手だけでなく、投げ銭が寄越され、宿の主はまかないもつけてくれた。
(俺を褒めてくれる物好きは1人だけだと思ってたけど、そうでもないのかなって驚いたな)
あれがあって、吟遊詩人カッシアが誕生したともいうべきか。
その後同盟領に入り、リブラネスタを目指している最中に帝国崩壊の報を聞いた。自分が授恵者となっていることに気づいたのも帝国崩壊の後だ。
冒険者となり、後日売ろうと思っていたリュートは、今もカッシアの手にある。
「――帰るか」
カッシアはかつての自分の残滓を奥底にしまい、リュートから前へ視線を戻した。
今は、自由。今は、それでいい。
それは従姉から託されたカッシアの物語。
白雪の詩人は、今日もカッシアを奏でている。