望まぬ決意

キャラクターノベル制作 Char納品 2021年02月16日 12時31分22秒

 母親が死んだのは、シャルロットが10歳の時だった。
 この時代、外傷であれば魔法によって治せもするが、流行り病に感染したとあっては、貴族であっても未だ薬師を呼んで祈る以外の手立てが無かった。
 彼女は娘や夫に見守られながら、最後の力を振り絞るようにして二人に優しく微笑みかけた。まだ若い頃に夫を射止め、いつも娘が大好きだと思っていた美しい笑顔だった。そして、そのまま息を引き取った。

 意気消沈したシャルロットの支えとなったのは、一人の侍女だった。
 年は近いが、シャルロットより上であったその侍女は、元気だけれども心配りを忘れないその振る舞いによってまさしく姉のような存在になり、シャルロットの精神を救った。ある時、どうしてそんなに優しくしてくれるのかとシャルロットが尋ねると、彼女は最初、お仕えする身なのですからこれぐらい当然ですと言ってはぐらかした。何故幼いシャルロットにはぐらかしている事が分かったのかと言えば、彼女の尻尾が不自然に揺らめいていたからだ。それは彼女に後ろめたい事がある時の癖で、彼女はハーフビーストだった。
 その事を指摘されると、侍女は少しだけ逡巡してからこう言った。お嬢様が元気になられたので、ご当主様は私の働きを認めて下さっています。それは私の故郷のためにもなるのです。彼女はオーシュ領外れにある村の村長の娘だった。
  つまり私の事は見ていなかったのか、とシャルロットは思わなかった。侍女の態度には今は亡き母親に似た物を覚えていたし、そうであったからこそシャルロットは救われていた。そしてシャルロットもまた、母と侍女に贈られた物をそのまま返した。でも私は嬉しかったわ、ありがとう、と言った。自分が嫌われる事も織り込んで話を進めていた侍女は、その時だけ礼儀を忘れて、シャルロットを抱きしめた。

 同じ頃、オーシュ領隣の男爵領では複数の人間が困り果てていた。
 そこを治めていた男爵は傭兵を雇い入れて、別の貴族に私戦を仕掛けている最中だった。王国法によると、貴族同士の争いは裁判によって解決し、武力を頼んではならないという建前になっていたけれど、それを徹底する力が王家には無く、また論理的な抜け道も開発され尽くしていた。
 しかし、男爵は敗北した。困ったのは、勝敗に関わらず傭兵に払わねばならない賃金を持っていなかった事だ。男爵はそれを戦いに勝利した後に獲得した賠償金で払う予定でいた。何故戦いに勝利する前提でいたのか、それは本人にしか分からないが、これで彼は逆に金を毟られかねない立場になり、他人に構っている余裕など全く無かった。
 これで傭兵達の方も困ってしまった。戦いに敗北して人員も装備も消耗したのに、給料まで無いのでは、何のために雇われたのか分からない。
 激高した彼らはそれを手っ取り早い手段で埋め合わせる事にした。まず正規兵も殆ど残っていない男爵領のとある村が略奪の憂き目に遭った。傭兵達はそれでも満たされず、別の村に目を向けた。土地勘の無い彼らには預かり知らぬ事だったが、それは別の領地への越境であり、その村はとある侍女の故郷だった。そして侍女には年に一度、休暇を得て故郷に帰る許可を貰っていた。

 結局悪かったのが誰であったのか、シャルロットは未だによく考える。
 直接的に侍女を殺した傭兵――食いつめものの平民なのか。
 その原因を作った考えなしで――欲望だけは一人前の貴族か。
 あるいはそれを止める義務だけがあり――実力は無かった王家。
 隣の領地の情報を迅速に掴めなかった父、そして私。休暇と略奪のタイミングを引き合わせた神々。

 結論はいつも同じだった。きっとその全てが悪い。であれば、どうするべきなのか?

 例え穏やかで幸福な生活を送っていたとしても、いつか誰かがそれを壊しにやってくる事をシャルロットは学習した。そしてそれを防ぐのは自分しか無いという事も。あの後男爵を政治的に血祭りにあげた父が壮健である内は良いが、その後は自分の番なのだから。とは言え、全てを守ることなど出来ない。侍女が死んだのは全てのせいだが、母が死んだのは誰のせいでも無かった。出来ることと出来ないことが世の中にはあり、救える者だけを救うしかない。さしあたっては、オーシュ領とそこに住まう者。そしてこれから出会うかも知れない優しい人達。例えそれ以外の全てを生贄にしても――かつて彼女ですらそうされたのならば。

 こうしてシャルロット・ド・オーシュの精神は永遠に変質してしまった。華麗なる貴族令嬢でありながら、奥底に生真面目で臆病な内面を持ち、学園時代は隠れて勉学に没頭した。そうして身につけた知識を元に、せめてこれ以上何かを失わないようにと、保守的で悲観的な決意を胸に抱く。そんな彼女がこれからどういった生涯を歩むのか、それはまだ分からない。

登場キャラクター

アーカイブ生成日時 2026年08月05日 14時56分25秒 ・ world0